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大きすぎる副庁舎

――帝国暦三二一年・秋初め 東ロンバルディア帝国騎士団領 中央区画――


 大きかった。

 何度見ても、大きかった。

 騎士団区画の中央。

 総庁からも、第七騎士団本庁からも見える位置に、その建物は少しずつ形を成していた。


 石材。

 鉄骨。

 足場。

 運び込まれる資材。

 働く職人達。

 そのどれもが、普通の庁舎の規模ではなかった。


「……大きすぎませんか?」

 リリアが小さく呟く。

 隣で、クリスも同じ建物を見ていた。

「大きいな」

「第十二騎士団の庁舎より、大きいですよね?」

「比べる相手が悪い」

 クリスは少しだけ顔をしかめる。


「というか、第十二の庁舎、最近工事止まってないか?」


 リリアが首を傾げる。

「そういえば……」

 少し前まで、第十二騎士団の庁舎建設は進んでいた。


 新設騎士団。

 まだ第七本庁と共同運用中。

 いずれ独立するための建物。

 そう聞いていた。

 だが、最近、その工事の音が減っている。

 代わりに中央区画の巨大建設だけが、やたらと進んでいた。


「……嫌な感じがしますね」

 リリアが言う。

「リリアも分かるようになったか」

「はい。お兄様の周りで建物が大きくなる時は、だいたい良くないことが起きます」

「成長したな」


 まったく嬉しくない成長だった。


 ■第七騎士団 本庁・執務室


「第十二の庁舎建設が止まっている?」

 レオンが資料から顔を上げる。

 クリスが頷いた。

「止まってるっつーか、資材が中央区画に回されてるように見える」

「……なぜだ」

「俺に聞くな」

 レオンは少し考える。


 そして、窓の外を見る。

 中央区画。

 巨大な建物。

 まだ完成前。

 だが、すでに威圧感がある。


「第十二の庁舎が遅れれば、共同運用が続く」

「そうだな」

「仕事が増える」

「そこに帰結すんな」

「事実だ」

 かなり正しかった。


 だが、問題はそこだけではない。

 エリシアは机上の配置図を見ていた。

「中央区画の建物は、単独騎士団用ではありませんね」

「大きすぎるか」

「はい」

 エリシアは静かに頷く。


「一個騎士団の庁舎としては過剰です」

「総庁拡張か?」

「それにしては配置が違います」

 メリーも資料を確認していた。

 表情はいつも通り静か。


「メリー」

「はい、お兄様」

「あれは何だ」

「調査中です」

「嘘をつく時、顔が変わらないな」

「褒め言葉として受け取ります」

「褒めていない」

 メリーは微笑むだけだった。

 かなり怪しかった。


 ■第七騎士団 本庁・廊下


 噂は広がっていた。

「総庁の新館らしいぞ」

「いや、新設騎士団の合同庁舎だろ」

「貴族対応施設という話もある」

「保養所では?」

「保養所にあの規模は要らないだろ」

「第十二の庁舎工事が止まったのも関係あるんじゃないか?」

 誰も正解を知らない。

 だから、噂だけが増える。


 カイルは浮かれて言った。

「第十二の庁舎が遅れるということは……」

「はい」

 フィアナが頷く。

「カイルさんは完全に第七にいられます」

 笑顔で考え。

「……怒られる機会が増えますね!」

「喜ぶな」

 クリスが疲れた声で言った。


 その横で、フィアナは静かにリリアに抱きついていた。

「第十二の庁舎が遅れるなら、リリアさんの補給環境は完全に維持されます」

「補給環境って何ですか……?」

 リリアは困っていた。


 ■総庁・総長執務室

 その頃。

 ヴァルド・エイゼンは、窓の外を見ていた。

 中央区画の巨大建設。それは、だいぶ形になってきている。まだ壁は未完成。だが、全体の輪郭は見えてきた。


 隣には、グラナート・グランフェルトが立っている。


 次期総長候補。

 厳格な男は、しばらく建物を見たあと、静かに口を開いた。


「……大きすぎます」

「そうだな」

 ヴァルドは笑う。

「総騎士団副庁舎と聞いていますが」

「そうだ」

「副庁舎としては、規模が過剰です」

「副庁舎だけならな」


 グラナートの目が細くなる。

「ほかにも使うつもりですか」

「いずれな」

 ヴァルドは窓の外を見たまま言う。

「今の騎士団領は、騎士団が多すぎる」

「第一から第十二まで」

「それぞれが強い」

「それぞれが正しい」

「だが、それでは大きな戦には遅い」

 静かな声だった。


 だが、重かった。

「南方か」

 グラナートが言う。

「サルヴァディアが静かにしておればよいがな」

「そうは見えません」

「だろうな」

 ヴァルドは小さく笑った。

「だから、仕組みを変える」


「複数の騎士団を、一つの騎士軍団として動かす」

 グラナートは黙った。

 驚きはしない。

 だが、簡単な話ではない。

 騎士団長達は、それぞれ独立した権限を持つ。


 歴史もある。

 誇りもある。

 それを一つの軍団として運用する。

 反発がないはずがない。

「従来、一個騎士団はおよそ五千」

 ヴァルドは続ける。

「うち、正式な騎士資格を持つ騎士は千ほど」

「主力は歩兵と騎兵」

「それで騎士団領は成り立ってきた」

 グラナートは頷く。

「単独騎士団としては十分です」

「そうだ」


 ヴァルドの声は低い。

「だが、独立して戦い続けるには足りん」


「補給線」

「陣地構築」

「渡河」

「道路整備」

「長期行軍」

「戦場での修復と維持」

「今の騎士団は、戦うことには長けている」

「だが、戦いを続ける仕組みが弱い」

 グラナートの視線が、ほんの少し鋭くなる。


「工兵と輜重兵ですか」

「そうだ」

 ヴァルドは頷いた。

「歩兵と騎兵だけでは軍団にはならん」

「工兵を加え」

「輜重兵を加え」

「補給を組み込み」

「独立して一定規模の戦闘を遂行できる単位にする」


「それが騎士軍団だ」

 部屋が静かになる。

 ただ騎士団をまとめるのではない。

 騎士団を、戦争を遂行できる単位へ作り替える。


 それは、軍制改革だった。

「まずは三個騎士団」

 ヴァルドは続ける。

「試しにまとめる」

「実験ですか」

「改革だ」

「同じことでしょう」

「少し違う」

 ヴァルドは楽しそうだった。

「三個騎士団を一個軍団として動かす」

「それが成立すれば」

「いずれ二個軍団を合わせ、方面軍にする」

 グラナートの表情が、少しだけ険しくなる。


「南方進出を見据えて、ですか」

「まだ先の話だ」

「だが、備えは今からいる」

 ヴァルドは窓の外を見た。

 巨大な建物。

 一個軍団でも、持て余す規模。

 だが。

 二個軍団。

 方面軍。

 そう考えれば、過剰ではない。

「私は、それを引き継ぐわけですか」

 グラナートが低く言う。

「そうだ」

 ヴァルドはあっさり答えた。

「わしは構想を残す」

「お前が制度にする」


「そして、実際に動かすのは別の男だ」

 グラナートは、答えを知っていた。

 その名を、口にする。

「……レオンハルト・ヴァイス」


「他に誰がいる」

 ヴァルドは即答した。

「第七、第十、第十二」

「複数騎士団を同時に見て、基準を揃え、補給も人員も回した」

「各騎士団の独自運用を、共通の仕組みに落とし込んだ」

「本人は嫌がるがな」

「でしょうな」

 グラナートも否定しなかった。


「総騎士団副長」

 ヴァルドが言う。

「名目は、新設された総長補佐職でいい」

「最初は、権限も限定的に見せる」

「だが、実務はそこへ集まる」

「三個騎士団を軍団としてまとめる試験運用も、そこへ乗せる」

 グラナートは静かに息を吐いた。

「逃げ場を潰すおつもりですか」

「逃げるからな」

 即答だった。


 かなりひどかった。

 だが正しい。

「反発は出ます」

「出るだろう」

「若すぎる」

「だからお前を総長にする」


 ヴァルドはグラナートを見る。

「お前が上に立つ」

「レオンは副長として実務を握る」


「表向きの重さはお前が受けろ」

「実務の流れはあれに持たせる」

 グラナートはしばらく黙った。

 それは、かなり歪な構造だった。


 騎士団領を変えるには、現実的でもある。

「娘が苦労します」

「分かっている」

「本当に分かっていますか」

「多少はな」

 かなり怪しかった。


 ■総庁・総長執務室

 グラナートはもう一度、窓の外を見た。

 中央区画の巨大副庁舎。

 名目は副庁舎。


 実態は、次の軍制改革の中枢。

 そして、いずれ南方へ向かうための、最初の器。


「……第十二騎士団の庁舎建設が止まっているのも」

「資材をこちらへ回した」

「勝手なことを」

「必要なことだ」

 ヴァルドは悪びれない。


「第十二はしばらく第七と共同運用でいい」

「すでに回っている」

「レオンハルトが嫌がります」

「嫌がるだろうな」

 また笑った。


 かなり楽しそうだった。

 ■第七騎士団 本庁・執務室


 同じ頃。

 レオンは中央区画の建物を見ていた。

 窓越しに、じっと。

「……嫌な予感がする」

 低い声だった。


 エリシアが隣で資料を確認しながら答える。

「同感です」

「何かが増える」

「おそらく」

「逃げるか」

「却下します」

 即答だった。


 レオンは黙った。

 少しして。

「第十二の庁舎は」

「止まっているようです」

「なぜだ」

「分かりません」

「分からないことが多いな」

「はい」

 エリシアは資料を閉じる。


「ですが、一つだけ分かることがあります」

「何だ」

「あの建物は、おそらく団長に関係しています」

 レオンはしばらく黙った。


 そして。

「壊すか」

「却下します」

 二度目だった。


 ■中央区画

 夕方。


 建設中の建物に、夕日が差していた。

 まだ名は公表されていない。

 けれど、内部では、もう決まっている。

 総騎士団副庁舎。


 そして、いずれ。

 騎士軍団を動かすための中枢。

 一個軍団ですら持て余すほどの大きさ。

 だが、その先には、二個軍団。

 そして、方面軍がある南方は、まだ遠い。


 けれど、その準備はもう始まっていた。

 レオンだけが、まだそれを知らない。

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