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楽しい休暇の予感

「そういえば、リリィは休暇はどうするの?」


――フォークの先で触れただけで崩れるチョコレートケーキが、舌の上で静かに溶けていく。

その甘さの余韻にうっとりしていた私に、ローザ様が問いかけてきた。


「あぁ、えっと……」


学園はもうすぐ冬期休暇だ。

二週間近い休みに入るため、寮も閉鎖される。

ほとんどの生徒は実家へ戻る……はずなのだけれど。


「ご実家は遠いだろう? 年末の光継祭のこともあるから、王家に滞在しないかと誘っているのだが」


隣でジュリアン殿下が、カップの縁に軽く口を寄せた。

何気ない動作なのに、不思議と場が整えられる。


――そう。

なんと私は今、ジュリアン殿下の私室でティータイムを楽しんでいる。


発端は、ローザ様とライナーの手合わせ。

闇魔法を駆使してライナーを圧倒したローザ様は

「あなたたち、見てしまいましたわね?」

なんて悪役さながらに笑いながら、お茶会に誘ってきたのだ。


「とっておきのスイーツをご馳走するから黙っておくように」とのことらしい。


まったく、私が言いふらすなんて微塵も思ってもいないでしょうに――

(可愛い人なのよね。ギャップ萌えってこういうことを言うのかしら)


そして「私にも声をかけてくれるなんて嬉しいな。しかしご令嬢の私室に入るわけにはいかないから、私の応接室でどうだろう?」という、これまた本当に嬉しそうな殿下の提案により、今に至る。


ローザ様が用意した宝石みたいなケーキに、ジュリアン殿下が用意した「王室とっておき」の香り高いお茶

は、一口で緊張を塗り替えてしまうほどの味わいで。


最初はケーキどころではなかったのに、口の中でほどけた瞬間、全てがどうでもよくなった。


――うん、権力ってすごい。

それ以上に、私の順応力もだいぶすごい。



「あら、リリィ、王家に滞在するのは嫌なの?」


興味深そうに私を覗き込んで言うローザ様の言葉で現実に引き戻された。


「なかなかない機会よ?喜ぶご令嬢がほとんどだと思うのだけれど」


「い、いえ、嫌というわけではないのですが……

 なんというか、気が引けて……」


次は、王子イベントなのだ。

出来ることならあまり親密になりたくはない。

避けられないことはわかってはいても、引き気味になってしまうことは許してほしい。


「ふふ、そう。リリィはきらびやかところより、のんびりしたところがお好みかしら?」


ローザ様がどことなく嬉しそうに目を細める。


――確かに、それもある。

初めての学園生活に、命がけのイベント。

気を張って過ごしてきたのだ。

自分の実家に戻るのが一番だけれど、年末の光継祭の為に一度王都に戻らなければならないので、移動だけで時間が終わってしまう。


「ね、じゃあ、リリィ、年末までは我が家の領地に来ない?」


「え?」


唐突なお誘いに一瞬思考が停止した。


「年末の王都は冷え込むし、海沿いの領地は暖かいわよ。それに……ふふ、温泉もあるのよ」


「温泉ですか!!」


つい身を乗り出してしまった。


「リリィ、入ったことある?」


「は……いえ。聞いたことしか……」


危ない。前世で好きだったとか言えない。


「ああ、クロイツ家の保養地はいいぞ。

 私も子供のころに滞在したが……また行きたいものだな。

 何度も言っているのに、なかなか招いてもらえないのだ」


「ふふ、さすがに子供のころのようにはいきませんわね」


「はは、それもそうだな」


「ね、王家としても我が家で預かるのであれば安心でしょう?

 もちろん、光継祭にも責任をもってお連れしますわよ」


「ふむ……

 ローザリアも手伝いをするのだったな。 

 それなら安心ではあるが……」


ジュリアン殿下がこちらに視線を向ける。


「リリエルは、どうしたい?」


そんなの、決まってる。


「行く!行きたいです!!ローザ様の領地!!」


「では、決定ですわね!殿下、ごめんなさいね?」


「はぁ……私は振られてしまったようだな」


言葉とは裏腹に、どこか優しいまなざしでローザ様を見る。

ローザ様も控えめに微笑み返す。


(いい雰囲気だわ)


このまま、断罪なんて起こらないかもしれない。

そうであればいいなと思う。


「ふふふ、温泉巡り、楽しみですわね」


そんなこんなで、私の休暇の滞在先が決まった。

年末、光継祭までの1週間が、今から楽しみだ。



――光継祭。

神殿と王家が共同で開く、年末最大の儀式。

闇を祓い、光を降ろし、都市を明るく照らす――


(……という名目の大規模イルミネーションね)


しばらく聖女不在で形骸化していたけれど、

今年は“正式な聖女”が参加するということで、

王都中の期待が膨らんでいる。


私が知らされる前にお触れが出てしまったせいで、

断る選択肢なんてもう無い。


とは言え、正直覚悟はしていた。

ゲームではランダムに発生するこのイベント。

現実では当然毎年あるわけで。


王家と神殿の推薦でこの学園にいる以上、

避けて通れるはずもなかったのだ。


(まぁ……このイベントだけは、気絶描写が無かったのが救いね)



そんなこんなで至福のお茶会が終わり、応接室を辞して廊下に出た瞬間、静かな時間はあっさり終わった。


ざわ……ざわ……

こそこそ……ひそひそ……


(……あ、これ、絶対私の話してるやつ……)


数人の女生徒が、こちらに気づいて小さく声を上げた。


「きゃ、聖女様……!」

「今日も綺麗……」

「結界の光、本当に見たかった……!」

「殿下の私室に招かれるなんてさすが……」


(う、うう……やっぱり“聖女様”呼びは慣れない……

 普通、身分が低いのに特別扱いされてる聖女は嫌われるもんじゃないの……?)


さらに、別の集団が妙に興奮気味に話していた。


「ご覧になりました?ローザリア様が歩いた瞬間、廊下の光が一斉に点灯しましたのよ!」

「まぁ!最近のローザリア様は一段と輝いておいでですものね!?」

「やっぱり、火竜を従わせたという噂、本当なのではなくて?」

「間違いありませんわ!」

「さすが、ライナー様を壁にめり込ませただけのことはありますわね……!!」



(……うん、違う。全部、違う。

 いや、廊下の灯りはそうかもしれないけど……

 最近のローザ様、一段と魔力干渉激しいし……)


ふと、火竜がローザ様に向けた従順な瞳を思い出す。


(ううん、さすがにそれはないよね)


なんて考えていたところで、男子生徒の方からも聞こえてくる。


「ライナー先輩、クロイツ令嬢を師匠と崇めてるって!」

「やっぱ最強はクロイツ令嬢か……」

「火竜にまたがって空飛んでたらしいぞ」



(はぁ……火竜イベント以来、なんだか生徒たちに崇拝されているし……  ローザ様はわかるとして、なんで私まで……)


「ふふ、リリィ。なんだか賑やかね?」

「……ローザ様のせいですよね? というか、尾ひれ多くないですか?」

「尾ひれくらい、可愛いものですわ。言わせておきましょ」

「これ、私がローザ様の領地にお邪魔するって知ったら大変なことになりそうですよねぇ……」

「うふふ、それ、面白そうね」

「いや、面白くないですって」


私達は軽口を叩き合いながら廊下を進む。

そうでなければ熱い視線に耐えきれず蒸発してしまいそうだ。


(はあ、冬期休暇まであと2週間。耐えられるかしら)


……なんて思っていたものの。

その後の私は、祭りで配布する簡易護符作りに、衣装合わせに、クロイツ領の気候に合わせた普段着の用意まで――


様々な準備に追われっぱなしで、噂話どころではなかった。



そして――気づけば、あっという間に出発の日がやってきたのだった。





明日20時更新します。

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