## 彼女が聞くと、彼は「なんでもない」と答えた。
「——、え?」
……今、なんて?
「ん? これから、毎日一緒に公園行こうよって」
「……はい?」
本多さんの言葉が、本当に頭に入って来ない。
え、マジでなんて?
「……え、……えぇっ、と? えっと、俺と本多さん、が……?」
「毎日一緒に、公園に行くの」
にこっと黄昏のような笑みを浮かべる彼女の言葉に、俺は段々と理解が追い付いてきて絶句する。
「……なんで?」
「え? だってさ、橘山くん今も通ってるんでしょ? 公園」
「……え、うん……」
こくりと俺が戸惑いながら頷くと、本多さんはにひっと明るく笑った。
「だったらさ? わたしも行ってるんだし、一緒に行った方がよくない?」
「……どういう理論……?」
「まあまあ、とにかく! 今日は一緒に帰るからね……というか今日から!」
「えっ、」
俺が上げかけた声を遮って、本多さんは黄昏の笑顔を浮かべて走り去って行った。
「……え、なんで?」
「瞬ー、一緒に帰らねー?」
「あー……ごめん和也、今日も用事あって……ってか、今日からはしばらく一緒に帰れないかも」
「本多さんと一緒に帰るから」、なんて和也に言えば、それこそ発狂するだろう。
声大きいからなこいつ……。
「そっかー……」
至極残念そうにしている和也に、少し罪悪感が芽生える。
——いつかは、話そう。
こいつは絶対、受け入れてくれるから。
「あっねえ、座る場所の問題なんだけどさ……」
突然横を歩いていた本多さんが鈴のような声を奏でて、俺は思わずびくっとしながら彼女の方を向く。
……まさかまた、あそこはわたしの場所って言うんじゃないだろうか。
「交代ごうたいで座ればいいんじゃないかなって思って!」
「ぉ、」
想定外の言葉が飛んできて、俺はふっと目を見開いた。
「橘山くん、いい?」
上目遣いで聞いてくる本多さんに、俺はこくりと頷く。
「最初さ、じゃんけんで決めない? その方がフェアだよね」
にこっと笑った彼女の言葉に、俺はふっと僅かに口元を緩ませた。
「そうだね」
結果。
俺が勝った。
「……あの時パーを出してたら……チョキ出してなければ……」
俺の隣には、ずどーんと落ち込み小声で愚痴っている本多さん。
その姿が面白くて、俺は思わず笑みを零す。
「あーっ、今笑ったな! 笑ったな橘山くん……!」
「っ、だって、面白くてっ……」
むーっと頬を膨らませる本多さんを見たらまた笑いがこみ上げてきて、俺は彼女から顔を背ける。
それにまた本多さんの頬が膨らんで行って、え、破裂しないの? と言いたくなるような大きさになった。
それにまた俺が笑って、本多さんの頬がどんどん膨らんで行って……を繰り返し。
俺たちは、そんな攻防戦を5分ほど繰り広げて行った。
「はー……もうほんと、笑い過ぎだよ橘山くん」
「や、だって面白かったし……あと、いつもおちょくられてる仕返し?」
俺がそう悪戯っぽく笑って言うと、本多さんはふわりと笑った。
——その笑顔は、まるで今の夕陽のようで。
うつくしくて、とおくて、はかなくて、ちからづよくて、あかるくて、でもくらくて、せつなくて。
不思議な笑顔だな、と思った。
朝日みたいに、爽やかな笑顔じゃない。
真昼の太陽みたいに、燦々と輝く笑顔じゃない。
かといって、夜中の月みたいに冷たい笑顔じゃない。
暮れなずむ空に浮かぶ、温かくも切ないひかり。
本多さんは、何も言わない。
ただ、その光をたたえたまま、静かにこちらを見ている。
俺は少しだけ、息を詰めた。
さっきまでの軽口が、やけに遠く感じられて。
「……ずるいな」
思わず、そんな言葉がこぼれる。
何がずるいのか、自分でもよく分からないまま。
本多さんは、ほんの少しだけ首を傾げた。
きっとこの人は、何かを隠しているわけじゃない。
ただ、抱えたままなんだ。
言葉にしないで、零さないで、でも消さないで。
だから。彼女の笑顔は、やさしくて、さびしくて、つよい。
風が吹いた。
どこかで、烏の鳴く声がした。
夕方は、絶対に闇に沈む。
だけど、なぜか。
この人の笑顔は、沈み切らない気がして。
俺は、どうしても彼女から目を逸らせなかった。
「ずるい、って……何が?」
不思議そうに、本多さんは俺に聞く。
それに、俺はふっと笑って、告げた。
「なんでもないよ」
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