[二部九章]悪夢
それは、誰もが持ち得て、知覚しない深層部分。
気が付くと、どんよりとした空気が気味悪い、見知らぬ場所にいた。
(あれ、何してたんだっけ。僕。)
記憶の中を探ると、思い出されるのは賑やかな葵の仲間たちが集合して、事情を説明したところまで。
きっとあの後はそれぞれに部屋をあてがって眠ったはずだから、ここは夢の中、なのだろうか。
けれど、なんだかここは現実の世界よりも現実味を帯びている。
一部、明るいところはあるけれど、一部はその明かりすら飲み込みそうなくらいの漆黒。
(やだな、なんか。‥‥‥‥‥飲み込まれそうだ。)
“それ”から目を逸らすと、今度はありえないものが目に入った。
それは、黒くて、重そうで、ぐしゃぐしゃに絡まった鎖につながれた、“黒い自分”。
その自分は、真っ黒な瞳を開けて、僕自身を見つめている。
「やぁ、初めまして。“僕”。」
『“僕”、‥‥‥‥‥‥?』
僕は、こんなにも皮肉ったような笑みを浮かべる人間だっただろうか。
いや、違う。そうじゃない。“そうじゃない自分であろうとしているはず”だ。
(あれ、でもそれって、)
そこまで考えたところで、思考にノイズが走る。
『‥‥‥‥‥ぅ‥‥‥』
「酷いなぁ、僕はちゃんと挨拶したのに返してくれないだなんて。」
なんでだろうか。黒い自分の声も、酷く耳障りに聞こえる。‥‥‥‥聞きたくない、見たくない。どうして、どうして、なんだろうか。
その答えが出ないうちに、勝手に黒い僕は話を進めていく。
「ま、良いけど。どうせ僕の事なんかすぐに忘れるし、僕も“僕”の質問に答えてなかったからね。」
言っている意味が、分からない。
けれど、なんとなくだけれど、分かりたくない。この“黒い自分”を理解したくない。
なのに、黒い僕は言葉を投げかけてくる。
「“ここ”は、君の心の中さ。」
『心、の‥‥‥‥‥』
辺りを少し見渡して、やっぱり見たくなくって、黒い僕へと視線を戻す。
けれど、この“黒い僕”のことだって、見たくない。聞きたく、無いんだ。
でも、それでも彼の、黒い自分の言葉は唯一の情報として無理やりねじ込まれるように投げかけられる。投げつけられる。
「そ、それで僕がここの番人ってわけ。まぁ、何かしら名称はつけないと呼びにくいだろうからね。」
(嫌だ)
咄嗟に思った言葉は、口に出なかった。
名前を付けてしまったら、もう見て見ぬ振りができない、だから、頼むからやめ—————
「髪の色にちなんで、“黒人”と名乗らせてもらうよ。」
‥‥‥‥‥にげ、られない。
頭痛がする。吐き気がする。何か、気持ちの悪いことを思い出しかけているような気が、気味の悪い感情を思い出しかけているような感覚がする。
だけど、それだけは。
それだけは絶対に思い出したくなくって、僕は黒い僕、黒人に問いかける。
『君は、ずっとここに?』
「そうさ。番人だからね。」
『その姿は、どういう事?』
「‥‥‥‥質問ばかりでつまらないな。そのうち分かるよ。」
分かりたくない。分かりたくないから、敢えて答えてくれなさそうなことを聞いたのだ。
それなのに。きっと黒人はそれをわかっているはずなのに。
僕を、“文人”をあざ笑うかのように、黒人は言葉を紡ぐ。
「というか、さっきも言った通り、ここでの記憶を“僕”は保持できないと思うよ?でもま、」もしも起きた時に覚えていることができたら——————」
『その時は、教えてくれるって事?』
つい、吐き捨てるように言葉をかける。
頼むから、もうこれ以上何も言わないでくれ。何も、聞きたくないんだ。なのに。
「そう。流石は“僕”だ。その辺りだけ、物分かりがよくって助かるね。」
そうやって、黒人は欲しくもない言葉を投げつけてくる。
もう、限界だ。頼むからこれが夢なら覚めてくれと、そう願った瞬間。
「そうだ。」
面白いことを思いついたかのように、黒人が“嗤う”。
聞きたくない、絶対に、聞きたく————————
「その時には、“僕”が知覚していない分まで僕が教えてあげるよ。」
‥‥‥‥‥‥‥‥何故か、その言葉は今までのどの言葉よりも深く突き刺さって。
一瞬、呼吸ができなくなる。
『知覚してない部分、って、』
つい、零れた疑問。
それを見て、“僕”を見て、嘲笑するように黒人は嗤う。
「さぁ、今回はこれで終わりだよ。寿文人。」
『待っ、』
「また次回来てくれたまえ。‥‥‥ま、あるかどうかは知らないけれど。」
その言葉を最後に、僕の記憶は途切れる。
——————————
『‥‥‥‥‥‥‥ぁ、』
声にならない声が零れた。
それが自分の発した音だと認識するのに数秒かかった。
なんだか、異常なほどに気持ちの悪い夢を見ていた気がする。
『ぁ、おい‥‥‥‥‥』
咄嗟に、同じ部屋で、静かに眠る彼女へと視線を向ける。
彼女を呼んだ自分の声が、あまりにも情けなくって。
まるで、“縋るように”声をかけた自分に対して吐き気がして。
『‥‥‥‥‥何、やってるんだ‥‥‥‥僕‥‥‥‥‥』
寝巻はひんやりとした汗で濡れていて。
(朝風呂にでも、入ろう‥‥‥‥)
そう思い、着替えを持ってふらふらとした足取りで浴室へと向かう。
—————————————
『‥‥‥‥‥‥』
自分の事で、すごく心配をかけたことを、謝ろうと思ったのだ。
けれど。
(あれじゃあ、声、かけないのが正解だったかな。)
あんなにも顔色の悪い文人は、初めて見た。
つい、寝たふりをしてやり過ごしたけれど。
少し前の話。幽鬼に教えられた、過去の文人に起きた出来事を思い出す。
意味は、よく分からなかったけれど。
『困ってるなら、頼ってほしい‥‥‥な。』
そう呟いて、私は再度眠りに就く。
ちょっと、体力を大分消耗しているようだから。
葵さんと文人さん。二人の内面世界はこんなにも違っていて。
これが今後どうかかわってくるかはお楽しみにってところです。
ではではまた明日。




