六じゅうご
本日、二回目の投稿になります。
ネリキリー達は、河を越えてメーレンゲの大通りに向かった。
目的は真証石屋。
もし、適合するなら、真証石は魔力が少ないマラニュにも大いに力になるだろう。
記憶をたどって、ネリキリーは裏通りへと入る。
だが、高杯から星が流れ落ちる看板が見つからない。
「道を間違えたか」
ネリキリーは少し焦っていた。真証石が二度と手に入らなくなったらどうしようと。
ネリキリーは通りをもう一度歩く。
二人を驚かせたくて、どのような店なのかは、まだ告げていない。
「行きたい店が見つからないのか?店を畳んだとかじゃないよな」
グッチオが推論する。
あり得ないことではない。ネリキリーは久しぶりの客だった。あの売れ行き具合では。
「休みなのかもしれない。特徴的な看板だったので、すぐに判ると思ったのだが」
「じゃ、また来ればいいさ。今度は俺はいないと思うけど」
「すまない。無駄な時間を過ごさせてしまったな」
「問題ない。町を知る良い機会だ」
マラニュがそう言ってくれる。
「俺も特にすることもなかったから。お、あそこに良さそうな酒場があるじゃないか。どうだ、せっかくここまで来たんだ、少し早いが飲んで行こう」
少し先にある酒場を見つけて、グッチオが誘ってきた。
「そうだな。武器屋に付き合って貰ったお礼とここまで引っ張ってきたお詫びにおごる」
「武器屋は勝手に付いていったようなものだけどな。でも、ネリキリーが言うなら、おごってもらおう」
先頭にたってグッチオは酒場に入った。
落ち着いた色の木の卓が並べられている小さな店だ。
客はまだいない。店の者も仕込みをまだしているのか、奥から出てこなかった。
「俺たちが口開けか。店の人、ここに座っていいか?」
グッチオは調理場に声をかけた。
「これは気が付かず、あいすいません。いらっしゃいまし。どうぞどこでもお好きな処へお座りください」
奥から店主だろう男が出てくる。
ネリキリー達は店の隅に陣取った。
「一人でやっておりますもんで、酒は麦酒と葡萄酒も赤白一種類しかありませんがよろしいですか」
「俺は構わんが、ネリキリーとマラニュは?」
「麦酒をくれ」
マラニュが注文を告げた。
「自分も同じものを」
ネリキリーもマラニュに続く。
「早いな。じゃ、俺も麦酒を。あそこから選べばいいのか」
グッチオが壁に貼ってある品書きを指した。
「さようで」
「クックルの玉子焼きと茹で豚。あとはそうだな」
「甘藍の酢漬けに玉葱焼きを」
グッチオに任せると肉ばかりになりそうだと、ネリキリーは野菜を頼み、マラニュにも声をかけた。
「何か食べたいものはないのか」
「乾酪の蜂蜜かけを」
マラニュの注文にグッチオが驚いた顔をした。
「乾酪はそのまま食べたほうが旨いだろ。酒とも合うし」
「……蜂蜜かけも酒に合う」
「そうかあ。ネリキリーはどう思う?あ、でも、ネリキリーは甘党か」
ネリキリーがいつもりんご酒を好んで飲んでいるためか、グッチオが言った。
「甘いものは好きだが。麦酒と蜂蜜か」
ネリキリーは少し悩む。
「お前が食べたくないのなら、別に無理して頼まなくてもいい」
マラニュは少しぶっきらぼうに言い放つ。
「いや、好きなものを頼めばいい。合うかどうか試してみるのも悪くない。店主、頼むよ」
「承りました」
麦酒とつまみが次々と出てくる。
結論から言えば、マラニュの主張は正しかった。
「乾酪の塩気と蜂蜜の甘味、それに麦酒の苦味が重なり合って」
グッチオがもう一口とそれを食べて飲む。
「そうだろう」
マラニュはとても満足げに顎髭を撫でている。
ネリキリーもその組み合わせを気に入った。
「旨いな」
「そうだろう」
マラニュはもう一度そう言った。
店は次第に混みだしてきた。
その中で、一人の客が、三人を見て話しかけてきた。
「そこの人、この間、騎馬試合をした冒険者組合の人だろ」
「そうですが」
ネリキリーが答えるとその客はやっぱりと手を叩いた。
「あの試合は良かった。久々に興奮したよ」
ネリキリーは、どうもありがとうと答える。
「二人ともすごい迫力で、一歩も譲らず。最後は小さい方のお前さんが勝ったけど。そっちの大きいほうの新人さんも良く戦ったよ」
客の男はひとしきり、二人の模擬試合について語った。
周りの客もそれを聞いていたのか、こちらを見ていた。
「そうだ、二人の名前を聞いていいか?」
言われた二人は顔を見合わせた。
「教えて差しあげろよ。ひいきは大切にするもんだぜ」
俺は関係ないとばかりにグッチオが酒を口にした。
「そういうお前さんは、あの時の旗手だね。ついでに名前を教えてくれるか?後の二人の旗手の名前も」
「ついでかよ。まあ、いいさ。俺はグッチオ・ガルニール、もう一人の旗手はカレヌ・トーラン、こっちの大きい方についてたのは、イーネス・カッセ」
「ネリキリー・ヴィンセントです」
「マラニュ・エラスだ」
三人が名乗ると男は相好を崩す。
「俺はハロン・セシェ、よろしくな」
四人はお互いに握手をして、ハロンは自分の連れの席に戻っていった。
ネリキリー達はもう一杯麦酒を頼んだ。
勘定を済ませてる時に、ネリキリーは気になったことを店主に訊ねた。
「このあたりに、高杯から流れる星の看板が扉に下がっている店はないか」
店主はお釣りを渡しながら、怪訝そうな顔をした。
「さて、そんな店があったかな。ですが、うちは夕方からしか開けないから。昼間しか開けない店だと気に留めてないかも」
「そうか」
少し気落ちするネリキリーに若い男が声をかけてきた。
「俺、その店知ってるぜ。ただ、道楽でやってるのかね。看板がかかっていないほうが多い。空いてる時間もまちまちだし」
ネリキリーは真証石屋がこの通りにあるとわかってほっとした。
「そうか。ありがとう。では、また訪ねてみるよ」
「そうしなよ。でも、ほんとにフロランタンのように自由きままな店だからね。開いているかどうかは、竜の心のみぞ知るだね」
男の軽口にネリキリーは笑ってもういちど礼を言った。