↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/90

六じゅうよん

 甘い飴を口に含むと、倦怠感が薄れた。

 思った以上に、自分自身の魔力を使ったようだ。

 では、真証石(マーリア)の魔力はどれほど使ったのか。


 宿の部屋で、ネリキリーは銀の小さな篭を引っ張り出した。蓋を開けて、中身を確かめる。


 金色の針は確かに減っていた。


 だが、まだまだ多い。

 ネリキリーは安心して真証石(マーリア)を元に戻し、耳元で振ってみた。


 涼やかな小さな音が、ハウサオロンの不快な咆哮の記憶を癒してくれる。


 真証石(マーリア)の魔力はまだあるが、あの店を訪れるのも悪くはない。


 幻獣が人の姿になって流した涙。


 ならば、魔物も人の姿を取ったなら、涙を流すのだろうか。






 今日は普通にすごしたい。


 模擬戦も、中級の魔物狩りも無しで。


 ネリキリーはそう考えて、冒険者組合(ギルテ)の扉を開ける。


 そこにはマラニュの大きな体があった。

「おはよう」と言うと「おはよう」と返してくる。

 なんだか、そんな当たり前のことに心が暖かくなった。

 マドレーヌにも挨拶を送る。



「お前は今日は何をするんだ」

 マラニュが問いかけてきた。

 依頼を受ける指針が知りたいのかと、ネリキリーは答えた。

「シュガレット草の採取にクックルの玉子の採取かな。狩りは今日はやめておく」


「なんでだ。狩りのほうが依頼料は高いだろうに」

「シュガレット草の採取も質が良ければ、かなり効率がいい。それに今日は早めに切り上げるつもりだから」


「ネリキリーさんの採取するシュガレット草は評判が良いです。ネリキリー印ってつけて売り出そうかなんて、職員の冗談が出るくらいだから」

 マドレーヌがそんなことを言った。


「そうか」

 マラニュは納得したように頷くと、自分もその二つの依頼を受けると言い出した。


 マドレーヌを見ると「おねがい」と口が動いた。これは、初心者のマラニュの指導を任せたいと言うことだろう。


「マラニュ、最初の頃は先輩の冒険者と一緒に行動することになっている。今日は自分と一緒でいいか」

「当たり前だ」

 マラニュは承諾の返事をした。先輩の指導については知っていたらしい。


「マラニュさん、コツをよーく教えてもらってくださいね。質の高いシュガレット草は大歓迎です」

 マドレーヌが弾んだ声を出す。


「グッチオも一緒だが、良いか?」

 マラニュはグッチオの名前を出すと、少し眉をひそめたが、首を縦にふった。

「お前がそう言うなら」


 後から来たグッチオにも了解を取る

「懐かれたな」

 厩舎でマラニュが馬を引き出しているときに、グッチオが囁いた。

 ネリキリーは、そうかなと首をひねった。


「クックルの玉子はすべて取るなよ」

 グッチオがマラニュに指導する。今日は大人しく彼も聞いていた。

 三人なので、依頼の数は瞬く間に集まった。




「草が動くなんて。話には聞いていたが、おかしな感じだ」

 マラニュはシュガレト草を見て、独り言ちている。

「シュガレット草が動けば動くほど、魔糖が減って、質が落ちる。いかに早く刈り切るかが質を決める」

 ネリキリーはいつものように鎌で刈りきる。


 グッチオは片手剣を使って、マラニュは、大剣を使っていた。

 マラニュの大剣にはシュガレット草は役不足だったが。


 マラニュはやはり勘が良かった。

 シュガレット草を追っては、、馬から身を乗り出しす。そして、大剣を片手で持って薙ぎ払う。

 大剣を片手で扱えるとは、巨体とはいえ、すごい膂力だ。


「そんな小さな刃物なのにお前が刈るのは早いな」

 マラニュが集めたシュガレット草を束ねながら言った。

「ネリキリーの刈り方は、シュガレット草の動きを予測して先回りをしてるからな」

 馬に荷を積み終わったグッチオがネリキリーの刈り方について言及した。


「よく判るな」

「根元を観察すると、その揺れ方でなんとなく判る。慣れればマラニュも判るようになる」

「俺は無理だったけどな。ネリキリーは目がいいんだ。動くものを捕える力が大きいのじゃないか。紅烏(ベンガラス)の時にそう思ったよ。自分で動いて、飛んでいる魔物をあれだけ早く射落としたからな」

 グッチオの言葉に、マラニュも小さく頷いていた。


「目がいいとは前にも言われたことがあるな」

「へえ、誰に?」

「イリ……、カロリングでの友人に」

 彼の鮮やかな美貌が頭をよぎった。彼は言っていた冒険者ではなく、騎士団に入った。

 ロマが統括している騎士団の一つに。


 ネリキリーもマラニュも荷を積み終えた。

「町に戻るか」

 グッチオが大きく伸びをする。今日は買い物をするために、町を回りたいと先に言ってあった。

 時間は、まだ朝と昼の間だ。

 少し前までは、たいがい午前中に依頼を終わらせていた。


 ネリキリーは光さす平原を目を細めて見渡す。久しぶりに、日常が戻ってきた気がした。




 ネリキリーの宿は、冒険者組合(ギルテ)が有る地区にある。


 冒険者を相手にする武器商や鍛冶屋、治療院、食堂や酒場などもある。

 河の向こうの行政地区の賑わいには劣るが、河むこうからくる町の人もいて、なかな活気がある。


 ネリキリーは槍を見立てようとしていた。

 カスタード団に入るのなら、武器も借り物ではなく、自分の身丈に合った槍が必要と感じていた。

 ハウサオロン退治で借り物の槍が折れたこと、

 冒険者組合(ギルテ)の職員の忠告が、その気持ちを後押しした。



 武器屋の印の三本の剣が刻まれている木の扉を開ける。

 冒険者組合(ギルテ)に紹介を受けた店だ。


 店の中には様々な武器が飾られていた。短剣や剣(つるぎ)。槍もある。

 弓が見当たらないのは、ここが刃物専門の鍛冶屋を兼ねているからだろう。


「おいでなさいませ」


 武器屋の徒弟か、まだ若い男がネリキリー達を迎え入れた。


 男はネリキリーとマラニュを見て、目を輝かせた。


「この間、闘技場で闘ったお二人ですね」

 どうやら、先日の槍の模擬試合を見ていたらしい。

「そうだが」

 ネリキリーが肯定すると男は、少し早口で言った。

「試合、素晴らしかったです。お互いに一歩も譲らず。最後には、不利かと思われた、ネリキリーさんが逆転。見ごたえがありました。俺、ネリキリーさんのひいきになりました」


 冒険者にひいき。少し違うような気もするが、彼が自分ついて好意的に思ってくれているのは間違いない。ネリキリーは男に笑いかけた。

「ありがとう」

「笑うと、噂通り感じが変わりますね。これじゃ女の子が騒ぐはずだ」

 何を噂されているのだろう。

 ネリキリーは少し不安になる。


「コルド、何を騒いでる」

 ネリキリーが困惑していると店の奥から別の男が現れた。

「ロヴェーナ親方、闘技場の二戦士が来店されたんですよ」

 コルドと呼ばれた男は後ろを振り返った。


 店主だろうロヴェーナは四十がらみの頑健そうな男だった。

 手には鎚を持っている。


「何の用だ」

 店主の言い方はややそっけない。


「何って、武器を買いに来たに決まっているだろう」

 ネリキリーではなく、マラニュが答えた。

 町に帰るとマラニュは当然のようにネリキリーについてきた。

 グッチオもだ。


「マラニュ、口の聞き方をバンスタインに忠告されただろう?」

 ネリキリーはマラニュを諭す。そのままだとマラニュはまた反感を買ってしまう。

「お前がそういうなら」

 マラニュはそう言って、口をつぐむ。


「申し訳ない、ロヴェーナさん。連れが失礼な言い方をしました」

「いや、こちらも愚問だった。武器屋に来て盾を求める馬鹿はいない」

 ロヴェーナも一歩退いて応じる。


「で、何の武器を求めに来た?」

 改めてロヴェーナが訊ねてきた。

「槍です」

 ネリキリーは短く言った。


「やっぱり。この間の試合で槍を極めたくなった、そうでしょう!」

 コルドが大きな声を出す。

「コルド、お前は口を挟むな」

 店主はコルドを叱った。叱られたコルドは、いつも客の対応は、俺に投げてるのに、と小さく言っている。


「槍と言っても色々ある。客人はどんな種類を希望している?」


「十文字槍 《クロワディス》を」

「攻守に強い、基本中の基本だな」

 ロヴェーナは大きく頷いた。


「円錐槍(コノス)ではないのか」

 マラニュが意外だというように言った。

 騎馬試合では両者が激突するため、円錐槍(コノス)が用いられる。

 また、円錐槍(コノス)のランスと呼ばれた伝説の騎士が好んでいた武器とされているので、有名でもある。


「魔物相手だからな。突撃に突出した円錐槍(コノス)より、突く、切る、受けるの十文字槍(クロワディス)のほうが使い勝手がいい。マラニュも覚えておけよ」

 グッチオがマラニュに忠告する。


 マラニュがネリキリーの方を見るので、そうだと声を出した。


 そんなやり取りをロヴェーナ達は興味深げに眺めていた。


「長さはどれくらい欲しい?柄の材質にこだわりはあるか?」

「7ダレヌか8ダレヌくらいですね。柄の材質はお任せしますよ」

「短くないか?」

 ロヴェーナが頭をひねった。


「狭い場所でも自在操りたい。森の中でも」

 カスタード団に入ればカレーム平原だけでなく、様々な場所に行くことになるだろう。

 例えばアーディス山脈にも。


「そうなると、注文になるが、少し高くなるぞ。汎用だと1800リーブだが、3000リーブは貰わんとならない」

「構いません」

 これらはカレーム平原で採取を主に依頼を受けていた今までとは違う。ハウサオロンのような中級の魔物に対することも多くなるはずだ。


 道具の良し悪しが、依頼の達成に、ひいては命に関わることになる。


 頼みますと、ネリキリーが礼を取るとロヴェーナは胸を二回叩いた。


「よし、解った。最高の槍を作ってやろう。1週間後に取りにこい」

 破格の早さである。


「感謝します」

 槍が出来上がる日、それはカスタード団の仮入団が始まる三日前になる。


 柄の太さをロヴェーナと打ち合わせる。


 ネリキリーが顔を上げると、マラニュが壁に掛かった武器を一渡り眺めていた。


「気になるものがあるのか」

 ネリキリーとグッチオが揃って顔を寄せた。


「有るのでなくてない。斧槍(エリシャ)がないと思って」

 見れば確かに斧槍(エリシャ)はない。


「斧槍(エリシャ)は、掛かっていたものが先日、売れたばかりなんです。ご注文いただけば、お作りします」

 コルドが愛想よく言った。


「緊急に必要と言うわけではない」

 マラニュは自分の大剣に手を置いた。それを片手で振り回すことができるマラニュなら、槍の代わりににはなる。


「それがハウサオロンを次々と斬り倒したと言う剣か」

 ロヴェーナが好奇心を顕にしてマラニュの大剣を見る。

「希少金属が使われてるんだって?サラスーンだと、青炎鉱(ベネライト)あたりか?」

 ロヴェーナは鍛冶らしく、剣に使われている金属が気になるようだった。

「……そうだ」


「青炎鉱(ベネライト)の大剣!」

 コルドが目に見えて興奮する。


「後学のために見せてもらえないですか?」

 コルドが勢い込んで言った。

 今度はロヴェーナも口を挟むなとは言わない。


 グッチオもさりげなくしているが、マラニュの剣に視線を向けていた。


 ネリキリーも希少金属とは察していたが、具体的な名前を聞くと、胸が騒ぎ出す。


 希少金属は魔力と相性が良く、先進的な魔法学の実験では欠かせないからだ。


 ネリキリーの頭に、学んだ知識や魔導式が溢れ出す。

 大剣を作るほどの青炎鉱(ベネライト)があれば、大規模な実験が可能だ。


 青炎鳥(ベヌウ)の魔法の一部が解析できるかもしれない。


「お前も見たいのか」

 マラニュはネリキリーの目を見て言った。

「興味はある」

 武器としてではなく、どちらかと言えば鉱物、魔法の触媒としてだが。


「分かった。見せてやる」

 マラニュは大剣を抜いて、店の卓の上に置いた。

 抜き身の刃が窓から差し込む光で、きらめいている。


 美しい剣だ。


 刃には、はこぼれも曇りもない。


「炎を模したミカエレ様式か。微かに波打つ刃の均衡が素晴らしいな。持ってもいいか?」

 ロヴェーナが問いかけると、マラニュは、「良い」と応じた。


「同じ大きさの鋼よりは幾分か軽いか。それでもかなりな重さだな」


 金属を打ち出す鍛冶だけあって、ロヴェーナは大剣を軽々と両手で持ち上げる。


「鋼との割合は、七割というところか」


「八割だ」

 マラニュはロヴェーナの見立てをすぐに訂正した。青炎鉱(ベネライト)の割合を低く見積もられて、少しむっとしている。


「ロヴェーナ親方、次は私に持たせてくださいよ」


「よいか?」

 ロヴェーナは冒険者三人を見回して問いかける。三人は一様に頷いた。ロヴェーナは一度、剣を卓に戻す。


「重い」

 まだ、師匠ほどは鍛え上げられていないのか、コルドの持ち方は軽々とはいかなかった。


 続いて、グッチオが持ち、最後にネリキリーがマラニュの剣を手にする。


「確かに重いな。自分ではとても片手で持てない」

 ネリキリーの言葉に、コルドがマラニュを見上げた。その顔には驚愕が走っている。

 持ち上げた剣をネリキリーはつぶさに観察する。


 サラスーンが所有する火山島、デルファイに生息する青炎鳥(ベヌウ)。その鳥は再生を得るために火山に飛び込むという。


 けれど、再生を得て、再聖青鳥(ベヌアズール)に成れるのは百年か二百年に一羽ほど。


 その他は燃え尽きて、火山に溶け込んだ魔力が、青炎鉱《ベネライト》を生み出すという。


 何十年に一度の爆発でしか鉱石は流出しないため、珍しく貴重なものとなっている。


「マラニュ試していいか?」

 ネリキリーは鉱石がどれくらい魔法に対して反応するのか試したくなった。


「……構わない」

 一瞬だけマラニュはためらったが、彼は許可を出した。


「試し切りするなら、裏庭に麦わらの束があるぞ」

 ロヴェーナが申し出てくれたが、ネリキリーは首を振った。


 1APS Duc mag //F1g benm


 囁くように、ごくわずかに、ネリキリーは魔力を剣に伝える。


 しかし、効果は絶大だ。周りの空気が冷えて、水滴が剣の刃から零れ落ちた。


「ベリオスが泣いている」


 マラニュが呟いた。


 ベリオス。古い言葉で天を駆ける炎、すなわち太陽を意味す言葉だ。マラニュはこの剣をそう呼んでいるのか。


「魔力の伝わり具合を試してみた。青炎鉱(ベネライト)の効果はすごいな。自分も欲しくなる」


「欲しいのか」


 マラニュが、目を向いて尋ねてきた。表情に比べてその声は、どこか頼りない。


剣を欲しがっていると思われたか。ネリキリーは安心させるように首を振った。


「この剣じゃなくて青炎鉱(ベネライト)がね」


 ベリオスをネリキリーは卓に置いた。グッチオが触って「冷たい」と声をあげる。


「これ、夏に冷気の魔法を導いたら、涼しそうだな。鋼と違って、魔力も長持ちしそうだし」

 グッチオが益体もないことを言った。


「ずっと身につけてたら、凍傷になるぞ。ほんのわずかしか魔力を使ってないのにこれだから、調整が難しそうだ」


「そうか、残念だな」


 グッチオはマラニュの顔を見て言う。


「剣は良き剣であればいい」

 マラニュの言葉はそっけない。彼は武器の素材としてしか青炎鉱(ベネライト)を認識していないようだ。


 冒険者だから、それが正しい姿勢だろう。

 ネリキリーが昔の夢を忘れられないだけだ。



 二人の応酬に頓着せず、マラニュはまだ冷たいままのベリオスを鞘に納めていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。