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六じゅうさん

 魔物の姿を認めて、シンスールはそれぞれの指揮者になる中級冒険者に指示を出した。


 冒険者達はすばやく半円を描くように布陣をしていく。

 (ディード)の数は七。


 中央はシンスールを含む(ディード)

 脇に、それぞれ、二頭づつの小象に騎乗するディードが配されていた。


 ネリキリー達は最右翼を任される。


 全員が脚の速いエポナの血をひく馬に乗ってるからだ。


 最左翼と共に、先行してハウサオロンを円陣の中に追い込む役目を担っていた。




出撃(デ・アエー)


 シンスールのよく通る声が冒険者たちの耳に届く。


 彼らは騎獣を疾駆させた。馬の駆ける音。風が兜からはみ出た髪をなぶる。


 ネリキリー達は最速で平原に落ちた黒いしみのようなハウサオロンを囲んでいく。


 振動と音に気付いたハウサオロンが唸り声をあげた。不快な声だが、まだ、狂ってはいない。


 黒光りする敵の鱗は、想像していたより遥かに硬そうだった。大きさもだ。

 小象をゆうゆうと見下ろすほどの大きさだ。


「二年前に出たやつより大きい。気をつけろ」

 バンスタインが大声を張り上げた。


 左右に分かれた冒険者の(ディード)が合流して、円陣が閉じられる。


 今度はディード単位で各々の陣形を取った。


 脇のマラニュの顔は険しいが、怯えてはいなさそうだ。

 ルチナとジョウンも落ち着いているようだ。


「弓を!」

 コナーの指示が飛ぶ。


 間を置かずに、ネリキリー達は、矢をハウサオロンに一斉に放った。


 硬い鱗に阻まれて、矢はハウサオロンに刺さらない。想定内だ。だからと言って、悔しくないわけではない。


 矢の攻撃を受け、囲まれたハウサオロンが動き、冒険者達と同じように小さな円陣を組んだ。


 冒険者と魔物。

 空から見れば、クレーム平原の一角に二重の円が描き出されているだろう。


 こちらを向いたハウサオロンに再び四人は矢を射かけた。

 視界を遮るべく、鰐に似た長い顔に向かって、矢が次々と飛んだ。


 敵は煩わしげに頭を振った。

 爬虫類に似た縦長の瞳孔が、鈍く光る。


 ネリキリー達が放った矢はハウサオロンの動きで弾かれた。


 ハウサオロンの黒い鱗が数枚飛び散る。

 矢の攻撃は、ほとんど効いていない。


 しかし、牽制にはなった。


 先陣のコナーとバンスタインが一気にハウサオロンに迫る。

 その後にカレヌとイーネス。


 ネリキリー達はいったん矢を射かけるのを止める。


 ハウサオロンの前足が、近づいたコナーとバンスタインを捕えようと伸ばされた。


 鋭く尖った長い爪。

 それが、コナーとバンスタインに、一度に襲いかかる。二人の武器は爪を受け止めるための三叉槍。


 三年以上の冒険者歴を持つ彼らは、ハウサオロンとの戦闘においても的確な武器を選んでいた。


 ハウサオロンの躯の内に潜り込むようにして、弱点の腹を突く役割のカレヌとイーネスは鋭く尖った短槍を持っている。


 彼らは馬を左右にして、敵の隙をうかがっていた。


 バンスタインが三叉槍の刃の間に、爪を挟んだ。

 捻りあげて爪を折ろうとする。

 だが、果たせない。


 マラーが魔物の手のひらの部分をひっかくようにして槍を動かす。腹ほどでないが、鱗の部分よりは柔らかい。


 カレヌとイーネスが隙を見計らって、敵の懐に飛び込もうとする。


 魔物が二人の動きを嫌って一歩下がり、半回転するように動いた。長い尾を振って弾き飛ばそうというのだ。


 丸太ほどもある鋼の太い鞭のような尾の攻撃を受けたらひとたまりもない。


「退避しろ!」


 コナーが叫ぶ。


 カレヌとイーネスが馬を操って尾を避ける。


 ハウサオロンが大きく動いたため、灰色の腹がわずかに覗いた。


 弱点である腹部にあるその部分は、体の割りに大きくない。


 爪を挟んでいたバンスタインが、魔物の回転に引きずられ、落馬をしそうになった。

 彼は槍を戻して、引き倒されるのを防いだ。


 その分、馬を後退させるのが遅れた。

 バンスタインの馬の首に敵の尾がかすめた。


 馬が苦しみに高くいななく。


 切り込み隊の四人は馬を操り、一度ネリキリー達がいる後衛の位置まで戻った。


 弓隊は矢を射て、味方が戻るのを助ける。


 ハウサオロンが威嚇するように、こちらにゆっくり近づいてきた。


 速度が遅いのはこちらを警戒していて、群れから離れたくないせいだろうか。


 鰐の口が大きく開かれた。鋭い牙があらわになる。


「くるぞ」


 ネリキリー達は矢を射るのを中止する。


 最後列のグッチオが魔導式を展開した。


 EGO OPT Ae V1B//Para SON


 ネリキリー達の周りを囲む空気が震え、ハウサオロンの狂える咆哮の威力を減じる。


 完全になくなるわけではない。一番強力な高く響く音の響きを阻害するだけだ。


 聞き障りな声が魔法の威力を越えて、耳に届く。


「まったく、気持ちが悪い音だな」

 バンスタインの声がかすかに聞こえ、ネリキリーは安堵した。


「この音が、音楽(サオロン)なんて、悪い冗談です」

 ルチナがうんざりした声をあげた。

「ほんと狂ってる」

 二人の女冒険者は青ざめていたが、ハウサオロンに向かって矢を番えていた。

 かえって闘志が湧いたようだ。


「気持ちが悪い」

 蒼白なのはマラニュも一緒だ。ハウサオロンの攻撃は、可聴域の広い若いものほど効く。


「バンスタインさん、馬を取り換えましょう」

 ネリキリーは弱ったバンスタインの馬と自分の馬との交換を申し出た。


「いや、俺の体格では、スプラウトに無理が出る」

 バンスタインが即座に断った。


「では、私が前衛に出ます」

 弓は全員がもっている。ネリキリーは槍も持っていた。

「だが」

「バンスタイン、悩んでいる暇はない。ネリキリー、頼む」

 コナーが決断を下した。


「承知しました」

 ネリキリーは言って、向かってくるハウサオロンを迎え撃つために、弓と槍とを持ち替えた。

 グッチオの魔法の効果が切れた。

 ルチナ、ジョウン、マラニュ、バンスタインの四人の矢がハウサオロンに向かって飛んでいく。


 その矢のようにネリキリー達は魔物へ馬を走らせた。


 尾が人間を薙ぎ払おうと襲い掛かる。ネリキリーとコナーは左と右に分かれた


 ハウサオロンはどちらに反応しようか迷ったように体を動かす。


 隙ができた。


 イーネスが間隙を縫うようにハウサオロンの懐に飛び込んだ。


 二人を引き裂こうとする前足をコナーとネリキリーが槍を振るって妨害する。


 イーネスは槍を灰色の腹に突き刺さすと、すぐに懐から飛び出た。


 魔物が痛みに鳴き声をあげた。


 コナーの槍が爪を捕らえた。

 ハウサオロンの動きが一瞬止まった。


 カレヌが接近して槍を振るう。

 灰色の腹からじわりと緑の血がにじむ。


 倒したか。

 いや、まだだ。


 魔物は強引にコナーの槍から逃れる。

 力押しに負けたコナーが馬上でぐらついた。


 ネリキリーは槍を振り回して、敵のもう一つの前足がコナーを襲うのを防ぐ。

 カレヌ達の槍もハウサオロンに向かって突き出された。


 槍の先に固い鱗に当たり、わずかに一枚が剥がれ落ちた。


 魔物は空に向かって大きく口を開けた。


 狂える鳴き声を放つ気だ。

 グッチオの魔法がネリキリーたちを包む。


 だが、至近距離で聞いた声は人の魔法を凌駕する。


 頭痛と吐き気。

 ネリキリーは思わず体を折った。


 ハウサオロンの前足がネリキリーを引き裂こうと迫ってくる。


 それを阻んだのは、魔物の頭に降り注がれる矢だった。


 魔法の効果が切れて矢が射れるようになったのだ。


 ネリキリー達は体を起こし、ハウサオロンから

 少し距離を取った。


 ハウサオロンは腹を庇うために体を傾け、そのまま四つ這いになった。


 その姿は、そのまま鰐だ。

 黒光りする鱗に覆われた四肢。長い顔。

 両目が怒りに燃えている。


 その背後で別のハウサオロンと闘っている冒険者が見える。


「あの体勢だとやりにくいな」

 コナーは槍を構えたまま呟いた。


「全員で、槍を使ってひっくり返せないか」

 イーネスが提案した。


「9人、いや8人なら。しかし、そうすると狂った咆哮を食らったら、ひとたまりもない」

 コナーが苦い顔で答える。


「確かに、あんなにきついとは思わなかった」

 カレヌの声は心底嫌そうだ。ネリキリーも同感だった。


「以前に狩った個体より、体が大きい。その分、声の威力も増しているようだ。何とか立ち上がらせるように仕向けるしかないな」

 コナーが攻撃の姿勢を取った。


 ネリキリー達はみたび、ハウサオロンに接近を試みる。


 魔物は、尾を振り回し、口を開けて攻撃をしてきた。


 近づこうとすれば、狂った咆哮を放つ。


 膠着状態が続く。


 回復が速い魔物の相手だ。

 時間が経てば、傷が塞がってしまう。


 ハウサオロンが傷の回復のために動かないので、ネリキリー達は、弓隊がいるところへ、一度下がった。


「鱗は固いが、剥がれますよね。一点を集中攻撃をして剥がした部分に攻撃をかければ」

 ネリキリーは言った。

「鱗の下の皮も硬い。なまなかな金属では貫けないぞ」


 コナーが答える。

 確かに、鋼の槍では貫けない。


 しかし。


「マラニュ。君の大剣は稀少金属できているんだろう?」


「なぜ、それを」

 マラニュがネリキリーの言葉に反応を示した。


「やはりね。手元から離すのを極端に嫌っていたからな。……コナー、バンスタイン、弓手を減らして、一点集中。鱗が剥がれたらマラニュにそこを攻撃してもらいましょう」


「上手くいくかは分からないけど、このまま手をこまねいているよりは、いい」

 イーネスが賛同してくれた。


 コナーとバンスタインが目を合わせて頷きあった。


 決まりだ。


 集中攻撃は右前足の付け根。

 上手くいけば、攻撃を嫌って立ち上がってくれるかもしれない。


 ネリキリー達は、ハウサオロンに攻撃を加えては離脱を繰り返した。


 弓手は、尾の攻撃を牽制するために、休みなく矢を連写する。


 ハウサオロンを逃がさぬように周りを取り囲み、ぐるぐると旋回する。


 何度、突撃をくりかえしたか。


 牽制しきれずにいた尾が掠めて、ネリキリーは手にした槍を取り落しそうになった。


 前衛はみな、傷を負い始めていた。


 それでも、少しずつ、鱗が剥がれ、剣先が突き立つほどになった。


 マラニュが大剣を振りかざす。


 殺気を感じたのだろうか、ハウサオロンが大きく身じろぎをする。

 ネリキリー達、四人は魔物の気をそらすように、顔めがけて槍を振るった。


 マラニュが大剣をわずかに露出した表皮に突き立てた。


 ハウサオロンが前足を振り回した。


 効いている!


「危ない、離れろ!」

 カレヌがマラニュに忠告を発した。


 ハウサオロンが身を起こし、吠え立てようとした。間一髪でマラニュは吹き飛ばされるのを回避した。


 イーネスがすかさず懐に飛び込んで、一撃を食らわせた。


 狂える咆哮ではない、苦悶の鳴き声が魔物の口から洩れる。


 これが好機とカレヌが渾身の力を入れて槍を突きだす。


 槍がハウサオロンの腹に深く突き刺さった。しかし、代わりに槍が抜けなくなる。


「後退しろ」

 すかさず、コナーの声がカレヌに飛んだ。


 マラニュの大剣が腹を狙っている。それが入れば止めとなるに違いない。


 やみくもに前足を振り回すハウサオロンの動きを抑えようと、ネリキリーは鐙を踏みしめ立ち上がる。


 マラニュのつけた傷口からなら、魔法が効くかもしれない。


 1APS Duc mag // V1B//F1am//Ut Sup /TE1-m


 炎をまとえ。わが武器よ。


 ネリキリーは鐙を踏みしめて立ち、槍を足の付け根にたたきこんだ。


 槍の穂先が折れる。


 ハウサオロンが鳴き声をあげて、敵意をネリキリーに向けてくる。


 出来た隙をマラニュは見逃さなかった。


 大剣がハウサオロンの灰色の腹を引き裂き、緑の血が大地を濡らした。



 力尽きたハウサオロンの体が崩れた。


 尾が力なく振られ、やがてそれも止まる。


 闘いの場を見渡せば、ネリキリー達の(ディード)が一番早くハウサオロンを倒していた。


「他の(ディード)を援護するぞ。いいな?」

 コナーが他のものに確認を取る。


「今回の依頼料は、一頭あたりで計算されてるから。他の(ディード)が援護を喜ぶかな?」

 イーネスが身も蓋もないことを言う。

 自分たちの割り当ては倒した余裕がその言葉の端から感じられた。


「ハウサオロンが四つ這いになって膠着しているのが、三匹いるわ。倒し方を教えるくらいならいいのじゃない?」

 ジョウンがネリキリーを見てそう提案した。


 魔物の攻略方法を提示したのはネリキリーだからだ。そして、それは冒険者組合(ギルテ)の評価、階級昇格への評価へ繋がる。


「そうしましょう。あの咆哮をいつまでも聞いていたくない」


 狂える咆哮は、魔法で威力は押さえられている。

 けれど、離れていても漏れ聞こえてくる声は、ネリキリーの耳や体に不快感を伝えていた。



 ネリキリーの言葉で皆は一斉に動き始める。


 まずは、全体の指揮を取っているシンスールが率いる(ディード)へ馬を走らせた。


 小象(チャミング)がいる彼の班は万全かと思ったが、大きな耳を持つ、小象は狂える咆哮をより感じやすいらしく、その力が削がれているようだった。



 膠着状態になり、ハウサオロンとにらみ合っていたシンスールに、コナーが手短に説明をしている。


「今回のハウサオロンはでかいからな。小象より一回りどころか二回りちがう。前回のやつだったら、七、八人の冒険者で十分だったが」

 バンスタインが、何度目かわからない、魔物大きさについて言及した。


 冒険者組合(ギルテ)では、大きいことは判っていて、人数を増やしたが、魔物の能力はそれを上回っていたわけだ。


「マラニュ、前衛に入ってくれ。後は弓手と交代してくれ」

 コナーの話を聞いたシンスールが、こちらに指示を出した。


 ネリキリー達はシンスールの(ディード)の弓手と交代する。


 シンスールは今まで弓手としていた自分の(ディード)の冒険者たちを接近戦に投入するようだ。


 マラニュは先ほどと同じ手順で、ハウサオロンの足の付け根に攻撃を加えた。



 シンスールがその傷に魔法を乗せた槍を突き刺す。前足が立ち上がり、シンスールの(ディード)の者が弱点の腹を攻める。


 一度では倒れない。

 二度、三度とハウサオロンに向かって攻撃すると、やっと魔物が倒れ伏した。


「倒したぞ」


 膠着状態から解放された冒険者が鬨の声をあげた。


 その後は、数の差が勝った冒険者たちが、次々とハウサオロンを屠っていった。


 安全な場所から、戦闘を見守っていた冒険者組合(ギルテ)の職員が、六体のハウサオロンを運ぶために、やって来た。


 ある程度解体して運ぶことになる。

 魔力が無くなった体は、生きている時より、硬度が減り、硬い鱗も剥がれやすくなる。


 それでも相当な重量だ。解体したハウサオロンを乗せた荷台を小象が引くことになった。


 シンスール達は魔物を運ぶために、小象から職員の馬へ乗り換えた。


「お疲れさま。すごい活躍だったじゃないか」

 ハウサオロン退治の要になったマラニュに、イーネスが声をかけた。


「あいつが弱点を作り出す方法を考えて、他の奴らが正確に実行したからだ」

 マラニュがネリキリーに視線を投げて言った。


「それは、そうなんだけど、ほとんど初めての参加でこれだけできれば、大したものさ。な、コナー?」

 イーネスが近くにいたコナーに同意を求める。

「そうだな。期待以上だ」

 コナーもマラニュの功績を認める。


「俺はあいつの命令に従っただけだ」

 マラニュは馬を操り、ネリキリーに近づいてきた。


 ネリキリーは、ハウサオロンの解体を興味深く観察していた。

 少し疲れを感じて、懐からリアクショーで購入した飴を口に放り込む。


 近づいてきたマラニュに、気がついて

「やるよ」

 とウィローにやるように飴を放る。

 マラニュは飴を空中で受け取った。


「途中から、魔導式を展開して傷をつけてたろう。魔力を補給しておいたほうがいい」

 マラニュもオーランジェットの産ではない。魔力はそう多いはずがない。


 マラニュは手にした飴を、表情を変えずに口にして、噛み砕く。

 舐めるという選択肢はないらしい。

 ウィローではなくてイナリーに似ているのか。


 ネリキリーは可笑しくなって、横を向いて密かに笑った。


「ネリキリーさん、これ要りますか」

 ハウサオロンを解体していた職員のガゼルがハウサオロンの中に残った槍の先を見せてくれた。

 鉄のそれは、熱のためか少し形が崩れていた。


「溶かせば再生できるので、要らないのでしたら、冒険者組合(ギルテ)で下取りします」

 ガゼルが言った。

「あー、壊れたから、七割で槍を購入でしたね」

「申し訳ありませんが、規則ですから。ですが、ネリキリーさんもそろそろ自前の武器を揃える頃合いですよ。ご希望なら、相談に乗りますから」


「ありがとうございます。考えてみます。槍先は、とりあえずいただいておきます」

 ネリキリーは槍先をガゼルから受け取る。


 槍だけでなく、剣も新しくしたほうがよいかもしれない。とネリキリーは考えた。

 マラニュとの模擬戦や今回のハウサオロン退治で懐は潤うだろう。


 希少金属には手はだせないと思うが。

 ネリキリーは隣で無表情で魔物の解体を眺めているマラニュの大剣を見て思った。



◇◇◇



 冒険者組合(ギルテ)で、依頼の事後契約を受けて、料金が支払われる。

 今回は町から報償金も上乗せされたという。

 冒険者組合(ギルテ)はその計算のため、支払いに時間をくれと言った。

 ネリキリー達は、冒険者組合(ギルテ)の近くの食堂で食事をとることにした。夕方も近いというのに、朝から何も食べていない。


 マラニュもその中にいた。

 反感を買いつつあったマラニュだが、ハウサオロン退治での貢献で、完全とはいかないまでも、かなり払拭されたようだ。


「あのしわい町長が良く許可を出したな」

 イーネスは口笛を吹きそうな口ぶりだ。

「ハウサオロンが町の近くにきたら、大事(おおごと)だ。あの声が町の近くで出されてみろ」

 バンスタインは、魔物の声を思い出したのか、身震いをして見せた。


「子供の影響が著しく、後遺症が残ることもあるというからな。そうならなくて良かった」

 コナーの声は安堵に溢れていた。


「私たちは、遠かったから、まだましでしたわ。ワームと同じくらい避けたい魔物になりましたけれど」

 ジョウンの声はうんざりといった感じだった。


 ワームは着ている物が溶けるため、引き受ける女性の冒険者はいない。


 食べ終わったネリキリーは、槍先を手の中で転がしながら、みんなの話に耳を傾けていた。


「どうした?大人しいな。狂える咆哮がキツかったか?」

 グッチオが黙ったままのネリキリーに声をかけてきた。

「いや、別に」

 ネリキリーは頭を振った。


 いつものやつだ。

 魔物を退治した後に起こる倦怠感。

 気持ち的にも、身体的にも。


 今日はイナリーを思い出したせいか、特に重い。

 闘いの最中と終わった直後は高揚感が勝るが、高揚感が去った後は憂いが襲ってくる。


「ハウサオロンの血は緑だったなと考えていた」

 ネリキリーは倦怠感の中で、初めて見た緑の血について話す。

「緑の血か。特に力が強くて爬虫類に似たやつには多いらしいな」


冒険者組合(ギルテ)の職員が、解体するときに流していた血も回収していたから、興味が湧いた。血をどうするのだろうって」

 その疑問に、ルチナが答えてくれる。

魔法生物局(マキューショ)が高く買ってくれるようですわ」

魔法生物局(マキューショ)が」

 ネリキリーは納得した。魔法生物局(マキューショ)はどんな魔物にでも興味を示す。

 流された血は無駄にはならないと知ってネリキリーはどこかほっとした。


「本当はどんな魔物でも生きたまま欲しいみたいだけれど、ハウサオロンの捕獲はほとんど無理だから」

 ジョウンが食後のお茶を飲み干した。


 だが、魔法生物局(マキューショ)の研究が進めば、ハウサオロンすらも、人と共存できる日がくるかもしれない。

 ネリキリーは遠い明日を考えた。


 マラニュは魔法生物局(マキューショ)の名を聞いて怪訝そうな顔をしている。


 冒険者組合(ギルテ)の歴史は古く、つとに有名だが、魔法生物局(マキューショ)は最近と言っていいほどの頃に設立された。

 オーランジェト人にさえ、認知度は低かった。

 ただ、これから冒険者をしていくなら、いやでも関わることになる組織だった。





 みなで連れだって冒険者組合(ギルテ)に戻った。

 このところ、人と一緒にいることが多くなったとネリキリーは感じていた。

 ハウサオロンとの戦いでは、みな無傷とはいかなかったが、その顔は明るい。


 ネリキリー達の(ディード)は貢献度が高いので、報償金の割合が多かった。

 7000リーブ近い金額がネリキリーの手に入る。


「やはり冒険者は稼げるな」

 ラスクから金を受け取ったマラニュがふと漏らす。

「マラニュさんは大きな依頼を立て続けにこなしましたから。後先になりますが、マラニュさんは正式に冒険者組合(アルチュール・ギルテ)に登録されました。こちらが証の襟飾りです」

 マラニュはラスクから手渡された襟章を一度握って、自らの服につけた。


 その表情が輝いているようにネリキリーには思えた。


「おめでとう」

 ネリキリーは手を差し挙げ、マラニュが手を叩くのを待つ。

 握手ではない、冒険者特有の挨拶だ。

 しかし、マラニュは知らなかったようだ。それは他の者にもすぐに伝わった。


「冒険者はな、こうやって友好を確かめるんだ」

 カレヌが、見本にネリキリーの手を軽く叩いた。

「ほら、お前もやれよ」

 カレヌがマラニュに同じことを即す。マラニュはゆっくり手を挙げてネリキリーの手を叩いた。


「あ、挙げたままでいろよ」

 ネリキリーはカレヌに言った。下げようとしていたマラニュの手が止まる。


 冒険者組合(ギルテ)に残っていた冒険者たちが、次々にマラニュの手を叩いていく。


「ま、しっかりやれよ」

「今日は助かった」

「ただ、もう少し言葉には気をつかえ」

「登録できて良かったな」

「最初は無理するな」


 おもいおもいの言葉がマラニュにかけられる。

 彼の顔が少しづつ、紅潮する。


 認められて、うれしく、反面、くすぐったい気持ち。冒険者が一度は胸にする感情だ。


 みなの顔は、少し緩んでいる。

 冒険者となった若者を見詰めて。


 マラニュは今、本当の意味で、冒険者としての一歩を踏み出したのだ。

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