993 マタニティラプソディ2:ドラゴン生態の謎
グィーンドラゴンのブラッディマリー、今なお絶賛混乱中!!
『落ち付け! 落ち着くんだマリー! 深く考えるな、お腹の子に障るぞ!』
何よお父様! 元々アナタが言いだしたことでしょう!?
ドラゴンは胎生なの卵生なの?
哺乳類なの爬虫類なの!?
ドラゴン形態から人間形態、妊娠中に変身することでお腹の赤ちゃんに影響は出るの!?
そういえばパッファさんから言われていたわ。妊娠中はお酒やタバコを控えるように、お茶コーヒーなどもダメだと!!
レントゲン検査やCTスキャン、ワープ航行も胎児に重大な影響が出かねないと聞くわ!
赤ちゃんって何てデリケートな生き物なの!?
いかなる攻撃にも傷一つつかないドラゴンからは想像もできないか弱さだわ!
こんなか弱い生物をお腹に収めてわたしは一体どう行動すればいいの!?
怖くて一歩も歩けないわ!
『かつて次期皇帝竜の最有力候補であったマリーが、ここまで狼狽するとは。これもホルモンバランスの変化とかいうヤツか!? ホラ、おしゃぶりでもしゃぶって落ち着くんだ!』
それは赤ちゃんが生まれたあとにするヤツよ!
母親の方にしゃぶらせてどうするの!?
……本当にドラゴンは育児出産について何の知識も揃っていないのね。
恐ろしいことだわ。
『……よし、こうなれば知識の整理をしていこうではないか』
お父様も事態を重くとったのか、深呼吸して態度を改めたわ。
『たしかに我々は、本来の生物の繁殖を知らぬ。それはドラゴンが頂点を極めた完璧生物だからだ。頂点は常に一つ。完全完璧であるからこそ他者に脅かされる必要もなく、よって同族を増やす必要もない』
それさっきも言いましたわ。
『煩い復習と思え!……それでは万象母神ガイアの切り替えを受ける以前、おれたちドラゴンはどうやって種を保存していたか、それを思い返してみよう』
有性生殖が始まるまでのドラゴンは、複製によって同族を増やしていたのよね。
いわゆるクローン。
『そう言えばクローンだというのに性別が変わったりと個体差があったのはなんで?』
『あえて微細な変化は容認してあったのだ。完璧なコピーは劣化しかもたらさんのでな。ゆえに数多くの複製を生み出して殺し合わせる、戦って最後に残った一体が最強なのは言うまでもないからな。そうしてドラゴンは代替わりしても最強が保たれるというスンポーだ』
最強という割に殺伐とした余裕のない種族だったのねえ。
それが最近仕様変更になって他の生物同様に有性生殖となった。
世の中平和になったんだから、そんなヒリつくような増え方しなくていいって? 要約したらそういう感じね。
『クローン繁殖していた頃って具体的にどういう感じで増えていたんですの?』
『卵で』
マジですか。
卵生なんて下等生物の方式なんて豪語していたのに、よりにもよって以前がズバリそのもの卵生だったなんて……!!
『お前が予想する卵とはちょっと違うかもしれんがな』
どういうことです?
『クローンでドラゴンを増やす際には、まず素体となるガイザードラゴン……、つまり当時のおれ自身から細胞を採取し、それを培養殻に入れて新たなドラゴン単体になるまで生育するのだ。その培養殻……すなわち卵というわけだな』
はあ、わたしたちってそんなシステマチックな出生してたのね。
自分のことだというのに知らなかったわ。
『ただおれから細胞を切り分けただけじゃ、それが別単体のドラゴンにまで成長しない。プラナリアじゃあるまいしな。培養殻には保護目的に合わせ、育成中の細胞を望んだ方向性に育成する魔力が発せられている。それを受けて初めて細胞は、別のドラゴン個体へ生誕するというわけだ』
なるほど。
その培養殻の製造使用データをガイザードラゴンが独占しているために、他のドラゴンは自身の複製を作れない。
そうしてドラゴン族の繁殖をコントロールしてきたってことね。
『ある程度成長し、保護が必要なくなると培養殻を下から叩けば勝手に割れて、中の子ドラゴンが出てくる。「でっていう」と言って』
『でっていう?』
『そう』
そうなの……。
まあいいわ。
かつてのドラゴンはそうやって数を増やし、殺し合いという選別を行った末にたった一体となり、ガイザードラゴンの名を継いで種を継続してきた。
殺伐の一言に尽きるわ。
しかし時代は変わった。ドラゴンはそんな殺し合い憎み合いをする必要もなく、手に手を取り合って愛し合って次代を育むことができるのだわ!!
わたしとアードヘッグのように!
その証拠がわたしのお腹の中に宿っている!
この子を世に送り出し、育むことにわたしはかつてない情熱を燃やしているのよ! かつてガイザードラゴンを目指した時以上に!!
……と、決意も改まったところで……。
『妊娠中に変身してもいいかどうかの解決の糸口も掴めなかったがな』
そうなのよッ!!
肝心かなめの問題解決が何ともなっていないじゃない!
どういうことよお父様!
無駄話に付き合わされただけ!?
『いやいや、過去の事例を照らし合わせたら、それをヒントに何かいいアイデアが出るもんかと思ったんだよ。そういう思考法ってあるだろ? ビックリするほど何も出なかったが……!』
実績があったとしても、まさに今、何も役に立たなかったら意味がないでしょう!
どうすればいいの!? このままじゃ本当に出産するまで変身できないわ!
そもそも生む時はニンゲン形態がいいの!? ドラゴン形態がいいの!?
すべてが初めてだからこそぶつかる問題!
誰か教えてくれないかしら!?
『おーい、帰ったぞー』
その声は!?
我が愛する夫、皇帝竜アードヘッグ!?
『おいこらアードヘッグ! お前どこをほっつき歩いていたのだ、この大変な時期にッ!!』
『おおうッ? 何です父上!?』
『マリーは初産ゆえに何もかも初めてで戸惑い、心細い気持ちでいたんだぞ! それを傍で支えてやるのがお腹の子の父親であるお前の役目だろうが! それなのに気軽に留守にして! ニンゲンの夫どもはもっと身重の妻に寄り添っていただろうが見習え!!』
お父様がそんな発言をするなんて、私のことを気遣ってくれていたというの? お腹の子と一緒に?
嬉しいと喜ぶ以上に違和感が半端ないわ。
『正論ながら父上に言われると違和感が際限ないですな』
アードヘッグも同じ意見だったわ。
思考が重なるのはいかにも夫婦っぽいわね!
しかしお父様がアードヘッグを責める気持ちもわかる。
まさか、妊娠したわたしから気持ちが離れてしまったとか? ニンゲンの世界ではそういうこともあると聞くし。
……そんなの嫌よ!
『邪推は不要ですぞ父上。たとえ離れていようとおれはいつでもマリーのことを想っております。今日とて龍帝城を離れたのも、マリーのためを思ってのこと』
『えッ? そうなの?』
えッ? そうなの?
『マリーの妊娠中、ニンゲン形態とドラゴン形態の変身がお腹の子にどんな影響があるか気になりましたので。相談しに行っていたのです』
相談!?
当人ですらまったくわからぬドラゴン妊娠事情に、詳しく答えられる存在がいるというの?
『農場へ』
『アイツらか……、そりゃあそこに行けばあらかたのことは解決するよな』
万能相談所みたいなところあるわよね。
でも、こんなに早い段階からわたしのことを心配して迅速に行動していたなんて!
さすがアードヘッグ! わたしが認めた皇帝竜だわ!!
『で、対応策を示してもらったところ、トラブルはカスタマーセンターに持ち込むのが一番と』
『カスタマーセンター?』
『ほら、我々ドラゴンを生み出した神はガイア様でしょう。我々の繁殖方式を変更したのもガイア様。ならば細かい仕様は、ガイア様に尋ねるのがもっとも早いということで。……お呼びだてしました』
お呼びだてした!?
『ノーライフキングの先生に召喚してもらって、お連れしました』
『ハロー』
これが万象母神ガイア様ぁああああああッッ!?
こんなに気軽に神を呼び出すなんて!?
『相変わらず農場は価値観が狂う水準してるな』
こればかりはお父様と同意見だわ。
農場と関わっていると可能不可能の境界線がゴム紐みたいにたわむのよ。
しかし、すべての疑問に正確に応えてくれそうなガイア様が来ていただいたのは僥倖!!
教えてガイア様!
わたしのお腹に大事な子どもがいる間、わたしはどう振舞えばいいの!?
変身していいの、ダメなの!?
そもそもドラゴンは卵生? 胎生?
せめてドラゴン妊娠中にやっていいこといけないことを教えてガイア様!
『それではお答えください』
『はい……』
促されてガイア様、すっと息を吸って、腹に力を込めて言われる。
『……気合いで!』
『『『気合い!?』』』
『何事も気合いで!』
人魚族のシーラさんと寸分違わぬ回答じゃないの!
女性ってある程度歳が行くと何でも気合いで解決しようとするの!?






