977 get wildをかけながら
私は無事救助されし魔族の一般女性クレモン。
私たちをさらおうとした悪人の皆さんは、無事全員拘束された。
それこそ何十人といたけれど一人も逃さず。
すぐさま魔王軍の兵隊さんたちが現場に流れ込んできたから。
「やあやあグレイシルバくん! 今回もお手柄だったねえ!」
「今回も遅いぞ! 全部ことが片付いてから突入してきやがって。お前らのシマで起きた犯罪なんだからお前が取り締まらないと筋じゃねえだろう」
「悪が滅びるならどうだっていいさ。誰が手を下してもね」
そうマスターと言い争っているのは、お店に来ていたお客さんじゃない?
仕事をサボりに来ているとか言っていた。
今はやけにカッシリした服装だけど……!?
そんなお客さんに兵士さんの一人が駆け寄ってきて……。
「魔軍司令閣下、賊を全員拘束しました。拘置所へ護送いたしたく思いますが」
「いいや、その前にこの場で軽く取り調べちゃって。仲間がまだいるだろうから、ソイツらの居場所を特にね。こういうのはスピードが命だから、多少手荒くなってもキリキリ吐かせて」
「承知いたしました!」
お客さんからの指示を受けて兵士さんがキビキビ動いていく。
あんなに兵士さんを従えるなんて……しかも『魔軍司令』って言われてたわよね、ハッキリと……!?
「まさか本当に魔軍司令閣下!?」
「あれ? もしかして信じられてなかった? まあ仕方ないよねえ僕、普段から覇気がないし」
では、本物のベルフェガミリア様……!?
現魔王様から『我が分身』とまで呼び讃えられる最強の四天王……!?
「まあ、僕らとしてはキミがここにいることの方がビックリだけれどね?」
「うッ?」
そこを突かれると本当に痛いんだけど……!?
マスターは?
いることはいるけど、さっきから何も話さず、視線も合わせない。
それにもかまわずベルフェガミリア様はからかうように。
「まあ、ここにいるだけで答えは得たようなものだけどね。アイツら、求人でさらう相手を誘い込んでたんでしょう? キミも釣られたクチ?」
「うッ」
「そんなにグレイシルバくんのとこが不満だったってこと? 給金はそれなりだし、シフトもけっこう自由になるし、いい職場だと思うけどなあ」
そ、そんなにズケズケ言わないでくださいよ。
本人の前で……!
「まあ職業選択の自由は誰にでもあるし、ましてバイトだからねえ。それでもダメだよ、こんなあからさまに怪しい勧誘に引っかかったら」
いいえ、違います!
……違わないけれども。
私はマスターの方を伺う。相変わらずマスターは、こっちに視線を向けようともしない。
「あれ、グレイシルバくんが気になる? まあそりゃそうだよね、ただの喫茶店の店主かと思いきや、こんなところでギャングを蹴散らすとなったら何者かと思うよね?」
「それは、まあ……!?」
というか今夜は驚いて戸惑うことばかりで……!
「グレイシルバくんが人族なの気にならなかった? いくら最近和平が成ってそれぞれ種族の往来が活発になってきたとしてもさ。何より彼は新しい人間国ができるより前にこっちに移住してきたしね」
そ、そうなんですか?
バイトに採用されるまでのマスターのこと知らない……!?
「そんな彼の正体は、かつて人間軍で大活躍していた凄腕の傭兵なのでしたー」
「おい、ベルフェガミリア……」
「いいじゃん、表と裏の両方のキミを知ってしまった彼女には、もう諸々ぶっちゃけてしまった方が、あとあと面倒くさくなくていいよ」
傭兵!?
ただのうだつの上がらない場末マスターだと思っていたのに、そんな経験が。
「戦争時代の彼は、それはもう魔王軍から恐れられたもんだよ。正面からはぶつかってこないけどとにかく神出鬼没で、こっちの叩かれて痛いところを見抜くのが上手くてね。唯一の救いは彼が傭兵で、軍の重要ポストに就けなかったことかな? もし彼が将軍なり、司令官なりを務めていたら我が軍負けてたかも」
今は本物とわかったベルフェガミリア様から言われると真実味が違う。
魔王軍最高の司令官からそこまで評価されてるって、マスター本当に有能だったの?
「しかしながら時の流れは早いもの。人魔戦争は終わり、平和な時代が訪れた。そうなってしまうと兵士は無用の長物。ただ金で雇われるだけの傭兵などその最たるものさ」
たしかに……。
「そこでグレイシルバくんは、傭兵を引退してカタギになったってわけ。知人から勧められて、あそこの喫茶店でマスターをしてるってわけだね。戦いを潜り抜けた功労者にはしかるべき平穏が与えられるべきだよね?」
「よく言うわ。そんなオレの平穏な暮らしに戦乱を持ち込んでるのはお前だろう」
「そうだっけ? えへへ……」
ここで初めてグレイシルバマスターが口を挟んできた。
「オレの前歴に目をつけて、この魔都で起こっている厄介事を運び込んでは解決を依頼してくるだろう。お陰でコーヒーを淹れる練習もできやしねえ」
「それでも律義に協力してくれるのが優しいよね。お陰で魔都にはびこるギャングどもが猛烈な勢いで潰れていく!」
「地下組織の調査の壊滅は、人間国にいた頃にもやってきたからな。オレは戦争よりもこっちの方が向いているようだ」
「今回もそのお陰で助かったんだよお嬢さん? 求人広告なんてあまりにも迂闊すぎて逆に盲点な手段、魔王軍は完全に見逃しちゃったよ。グレイシルバくんぐらい抜け目ないからこそ事前に気づけたのだろうね」
ベルフェガミリア様、マスターのことベタ褒めじゃない?
喫茶店じゃ注文を間違うような頼りないマスターなのに……本当は凄い人だった?
「せっかく平和になったってのに、あんなドブネズミ連中がはびこっちゃ魔都の人々が可哀想だからな。オレもできる限り平穏に過ごしたいしよ」
「軍縮で、けっこうな数の魔王軍兵士が放出されたからね。人間国にも協力してもらってできる限りの受け皿は用意したけど、それでも職にあぶれて犯罪者に落ちぶれる者も多い。そういう連中が、今日捕まえたような犯罪組織に流れ込んでるってわけ」
おかげで最近ちょっと魔都の治安悪いよね、とベルフェガミリア様は何の気なしに言う。
「魔国は、退役兵に充分な新しい生業を用意してくれた。それでも犯罪に手を染める連中は、元から性根が腐ってたってことだ。そういうヤツらは容赦なく逮捕して、鉱山にでもガレー船にでも詰め込んでやればいい」
「それに協力してくれるグレイシルバくんには大助かりさ! 面倒くささが激減りだよね! キミをこっちに送り込んでくれた聖者さんには感謝しないと!」
「聖者様は、けっしてそんなつもりでオレに職を紹介してくれたんじゃないと思うがな」
なんだか話は弾んでいる。
そこへまた魔王軍の兵士さんが駆けえ寄ってきて……。
「閣下、容疑者の尋問が一通り終わりました。これから護送を開始したく思いますが……」
「ああ、いいとも? でもそれぐらいの報告なら面倒くさいからあとでまとめて受けたいなあ」
「それが、その……、救出した女性たちは順次事情を聴いたあとに護衛をつけて自宅へ送り届けるよう処置しているのですが、そちらの……」
そう言って兵士さんの視線がこっちに向く。
私?
「ああ、そうかそうか。彼女のことは気にしなくていいよ。護衛もこっちでつけておくから、まったくかまわないで」
「おい? ちょっと……!?」
マスターが慌てる。
「面倒事は全部片付いたようなので僕も帰るよ。グレイシルバくんも、魔王軍の特命調査官としてのお仕事は終わりだから、あとは喫茶店マスターとしての職務だけだね。そんじゃまたー」
そういってベルフェガミリア様は帰っていかれた。
いやあの、ここで私たち二人だけにするの酷くありません!?
「……クレモンくんは、バイトを変えたかったんだな」
「いッ!?」
ここで間髪入れずにマスターから確認が!?
そうこれもあってお互い気まずかったのに!?
「騙されてここにやってきたのは、そういうことだろう。ウチの、バイト先としての待遇に不満があって、別のバイト先を探そうとした。お陰でこんな事件に巻き込まれてしまった。キミが危険に晒される原因を作ってしまったことをすまなく思う」
「いえいえいえッ! 私がこんな目に遭った理由は唯一つ! 私が迂闊なバカだからであってマスターは何も……!」
「それでもキミが満足できる勤務環境をオレが提供できていれば、こんなことにはならなかった。詫びと言っては何だが新しいバイト先は、オレから紹介させてくれないか? 伝手を頼れば安全に、もっといいところを……」
待って、待って、待って、待って……!?
私が新しいバイト先を探そうとしたのは本当に軽い気持ちで、だからウソに引っかかって酷い目に遭ったのも自業自得で……。
だからマスターがそんな打ちひしがれた表情をしなくても……!
「ああ、そうだ! 私これからもっとお役に立てると思えるんです!」
「?」
だって、今日マスターの裏の(?)仕事を知れたでしょう。
きっと今まで秘密だったんでしょうが、私が従業員としてフォローすれば表と裏で動きやすいと思うんです。
「私、官僚を目指しているんでベルフェガミリア様とかトップの方々と繋がりを持てるのは有利なんです! これで互いに利益があってギブアンドテイク! どうか私をこのまま雇い続けてください!」
「いや……キミがいいなら、こっちは願ったりだが……?」
そうですよね!
私も今のバイト先に俄然興味が出てきました!
表の顔は喫茶店のマスター!
裏の顔は、政府の特命で動く凄腕のエージェント!
そんなアナタを支える敏腕助手がこの私!
これから頑張っていきますよ!!






