806 集結する力士たち・人魚族編
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どうかよろしく!!
今日もまたどこかで苦労人の哀哭がこだましてるような気がする。
俺です。
しかし気がするのは気がするだけなので、俺は気にせず自分の道を進むことにした。
もうすぐオークボ城コラボイベント、相撲大会の幕が上がる。
俺は運営側として一歩引いた目線から見守らせてもらおう。
けっして危険から逃げたわけではない。君子危うきに近寄らず、だ。
そんな俺が向かっているのは、オークボ城開催地の一角に設置されている控室。
そこにはこれからスタートするコラボイベントの主役と言うべき人たちが既にスタンバイしていた。
「皆さん準備はどうですかー?」
「聖者様! いつでも行けますぞ!」「もーっすもっすもっす!」「シャーハハハハハハッ!!」「いつもお疲れ様です」
カオス。
相撲大会に向けてウォーミングアップに余念がない男人魚族の皆さんであった。
現人魚王のアロワナさんに……。
加えて先代ナーガスさん。
さらには人魚の将軍シャークさん。
そしてヘンドラーくぅん。
いずれも昨年の相撲大会で大活躍した方々であった。
人魚族限定に僅かな魔族人族のゲストを迎えただけの昨年と違い、今年は大々的に三種族が入り混じる大規模なものと化した。
発起の人魚サイドとしては、そりゃもう気合が入りまくるのであろう。
「今年最大のイベントがやって来ましたぞ! 本年の私は! この日のためにあったと言っても過言ではない!」
過言です。
アロワナさんよ。
仮にも現役人魚王であらせられるのだから、もっと毎日を有意義に過ごしてほしい。
もっと国民のためとか家族のためとかに使うべき毎日があるでしょう?
「アロワナ陛下は明君であらせられます」
「おぉうッ!? ヘンドラーくぅんッ!?」
「先君ナーガス王の治世にて慢性的にはびこっていた因習や汚職を一掃し、クリーンな新体制を作り出すことに成功しています。これまで懸念であった陸の種族とも穏当に交流を深め、前世代では達成できなかった様々な課題を達成していることに、早くも名君の呼び声が高くなっております」
はあ……。
そうすか……。
そういえばヘンドラーくぅんは今アロワナさんの片腕として忙しく働いてるんだっけ?
忠誠心がMAXなんだね。
「なに、それも聖者様を介してできた縁が太くて大きいだけです! 今日の相撲大会とて然り! 聖者様にはいつだって世話になりっぱなしですなあ!!」
いえいえアロワナさんはウチの奥さんのお兄さんですから。
義兄のために何かするのは当然のことですよ。それにアロワナさんたちの持ち込んだ企画のおかげで我らのイベントも大盛り上がりしていますしね。
「相撲大会には魔王さんやダルキッシュさんも出場していますから話題性は充分ですよ」
「おおダルキッシュ殿まで! 三種族代表同盟が揃い踏みですな!!」
そういや魔王さんとアロワナさんとダルキッシュさんでそんなユニット組んでるんだっけ?
魔王と人魚王とユニットを組む人族領主。
ダルキッシュさんの元首への道が益々捗っていくな。
「相撲大会が盛り上がっていくことは間違いありませんな! 我々も人魚国の最精鋭たちを投入していますれば、必ずや彼らが注目を一身に集め、さらなる盛り上がりを見せてくれることでしょう!!」
それはやはり、この控室にい並んでいる暑苦しい面々のことでありましょうか?
人魚王アロワナさんを始めとして、前述のヘンドラーくぅんもなかなかの実力者。
それに続き……。
「シャーッハッハッハッハッ!! たとえ陸の上だろうと余裕シャクシャークだぜぇー!!」
人魚国の将軍シャークさん。
具体的な活躍は少ないけどやたら印象に残るんだよなこの人。
「人魚軍にその人ありをフカされた、このシャーク様がついに上陸だぜー! サメが陸地まで上がってこないと安心してたら大間違い! 風に乗ってやってくるんだぜぇー!! 頭部が増えたりもするんだぜぇー!!」
言ってることがまったくもって意味不明なんだが、そのお陰で印象に残るのもまた然り。
今回もなかなかの迷活躍を見せてくれることなんだろう。
さらに加え……。
「人魚闘士ホウボウ見参……!!」
うおッ? 何かいたッ!?
さらにもう一人の男人魚さんが!?
冒頭に声出してなかったんで気づかなかった……。
「諸事情から陸で十年以上の歳月を過ごし、独自の人魚闘法を編み出した男。それがオレだ。昨年の相撲大会で敗北を喫し、その悔しさをバネにさらに技を磨いてきた。今年こそ我が人魚蹴脚術の恐ろしさを天下に知らしめてくれよう!」
人魚蹴脚術……。
だから相撲で蹴り技は禁止なんですってば。
そうした実に個性派の暑苦しい面々が揃った人魚控室。
ここだけ温度が高くなっているような気がする。
彼らだけでも相当に強力な面子だが、さらにこの場が暑苦しくなる強力なお方が目の前にいらっしゃる。
「ももっす!!」
先代人魚王ナーガス様である。
その筋骨隆々の肉体を聳え立たせ、神話に登場する海神のごとき威風堂々さを持つ。
既に王位をアロワナさんに譲っていながら、老いたり衰えたりした様子がまったく見られない。
今でも現役の最強精鋭になれそうな逞しいおじいさんが前人魚王ナーガス様であった。
「もっす!!」
「ナーガスさんも参加するんですか……!?」
まあ退位されたんで時間的余裕は現役のアロワナさんよかあるんだろうが……。
それでもこの手のイベント皆勤賞で来るってどうなの?
お年もお年でしょう?
「父上は今年こそ聖者殿に勝とうとまた一年修行に費やしたのです。引退してなおその強さは増しています」
老いて盛ん!?
「それだけ聖者様に勝とうという父上の想いは強いのでしょう。今のところはまだ公の場で聖者様に勝ったことがないですからな父上は」
「もす!!」
そう言えばそうだっけ?
というかたしかに俺、今までも複数回ナーガスさんと戦ってるんだよなあ。
その執念深さの理由は、俺の奥さんがプラティであるということ。
人魚王の王妹であるプラティは、言い換えるなば前王ナーガスさんの娘。
ナーガスさんからすれば可愛い娘をかっさらっていったクソヤロウが俺ということになり、そりゃ一発ぐらいぶん殴りたくもなるだろう。
「だからってもう勘弁してくださいよ? もう何回も戦ったでしょう!?」
「もすぅッ!!」
いつぞやの武泳大会とか、去年の相撲大会とか。
「父上としては、プラティを任せるに足る男かどうか何度でも試していきたいようです。むしろプラティを御しきれる男など七つの海を探そうと聖者様以外におらぬと思うのですがね」
そう思うならアロワナさんからも切実に訴えてくださいよ!!
年一で舅に殺される機会があるなんて嫌すぎる!!
「まあ、でも今年は大丈夫だな。何しろ相撲大会に参加してないんだから」
「もすぅッッ!?」
知らなかったのかナーガスさんは衝撃を受けるご様子。
当然俺が出場するものと思っていたか。
「もすぅ! もすもすもすもす!! もっすぅ! もすもす!!」
シーラさんが通訳してくれないと基本何言ってるかわからないナーガスさんだが、この慌てた口調は何となく意訳はできた。
『なんで不参加なんだよズルい! ちゃんと戦おうよ!!』とでも言ってるんだろう。
「今回俺は主催者側ですからね。イベントそのものが無事終わるように立ち回らないと」
「もすぅ!!」
「いい加減そろそろ戦いの歴史に幕を下ろしてください」
何となくナーガスさんの言うことがわかるようになってきた俺ヤバい。
まあ俺が参加せずとも本日の相撲大会には数々の強豪が登場する予定だから、きっと退屈はしないでしょうよ。
魔王さんは元より、ウチの卒業生であるリテセウスくん。
四天王のマモルさん、宰相のルキフ・フォカレさん、S級冒険者のシルバーウルフさん。
人間共和国元首の座をかけてダルキッシュさんの活躍にも注目だ。
そして今目の前にいる男人魚の皆様も、実力充分の気合も充分。
きっと大会を盛り上げてくれることであろう。
「この大会をきっかけに人魚族と地上の種族の交流が深まればいいですね。そのためにコラボしたんですから」
「いいえ、そうではありませんぞ」
え?
「この大会は、我ら人魚族が相撲にて最強ということを陸人にわからせるために開いたのです! 本戦では我ら人魚勢が陸の力士たちを片っ端から投げ飛ばして制圧してみせましょう!! 見ていてください聖者様!」
……。
本大会が平和の懸け橋になるどころか戦争の火種になりそうだった。
しかし大丈夫。
相撲大会の出場者はまだいる。
とっておきの大横綱が。
それは誰かって?
よく思い出してごらん。今日の相撲大会が一体何のイベントとのコラボであるか?
そうオークボ城だ。
彼の名が関するイベントに彼が出てこないということがあり得るだろうか?
あったな今まで何度か。
しかし今回は違う。
ゾス・サイラと結婚し幸せな家庭を築いた彼が、どのような形で今日姿を現すのか?
降臨の時は近い。






