792 ライバル登場
「豆ンケンシュタイナー!!」
「スーパー豆ゼンチンバックブリーカー!!」
「ナットームストレッチ!!」
「追い打ちエルボー!!」
レタスレートの快進撃が止まらない。
いや、今はミス・マメカラスか。
とにかくマスクを被った彼女はリングを舞うアゲハ蝶。
軽やかに舞ってクワガタのように相手をガッシリホールドして投げ放つ。
冒険者たちが扮する覆面女子レスラーたちが次々挑戦の狼煙を上げるが、いずれも試合開始とほぼ同時にフェイバリットが決まって勝敗確定した。
強い。
レタスレート強すぎる。
マスクを被った彼女の前ではいかなる対戦相手も一秒もたず、時代劇のザコ敵だってもう少し粘るだろうと思えるほどだ。
「いたしかたありません。豆パワーを得て超絶進化したレタスレートの前では人類など虫けら程度にしかすぎませんので」
解説してくれるホルコスフォンの語彙が気になるところだった。
「ごーごー、いけいけまめますくー」
ジュニアも、試合内容にご満悦だ。
子どもは一方的な殺戮劇を好む。
「しかしこのままの展開はあまり好ましくありませんね」
とホルコスフォン。
「勝つにしろ、そこまでの過程に少しはスリルというか息詰まる展開がないと観戦者が退屈してしまいます。単調な展開はすぐ飽きられてしまいますので」
「まあ、そうかもしれないけれど……!?」
でもそれ、筋書きのあるフィクションで気にすべきであって、実際の競技ではどうしようもないんじゃないの?
「競技だろうと何だろうとお客様に見せて楽しんでいただくには展開の吟味は必要です。ピンチからの大逆転があってこそお客様は感動してお金を払ってくれるのです」
「はあ……!?」
ホルコスフォンがプロモーターみたいなこと言いおる。
コイツもコイツで大分俗世に染められてきた感があった。
「ですので私は、ここで試合を盛り上げる切り札を用意しています。レタスレートには苦しい戦いになるでしょうが、それを乗り越えねば花形レスラーにはなれません」
それどういう目線で言ってるの?
「さあ、入場してもらいましょう。私が用意した対レタスレートの刺客。今回初めてリングに登る最強華麗の特別レスラーたちを!!」
ホルコスフォンの号令と共に、リングに降り立つ覆面レスラー。
やはりマスクで顔を隠した女子レスラーだ。
ありがちな、体にピッチリフィットしたリングコスチュームを着ていて、華やかであると同時に扇情的だった。
しかし俺は、それ以上に現れた新レスラーについて驚愕すべき点があった。
「あれプラティじゃない!?」
マスクしてようとわかるヤツにはわかるわ!
夫たるもの、そう簡単に妻の見分けがつかなくなるなんてあるはずがない!
あの覆面レスラーは間違いなく我が妻プラティ!?
子どもらを俺に任せて一体どこに行ったのかと思ったら!?
このためにさっきからまったく姿が見えなかったのか!?
予想外にアレなことに!?
「私が出演交渉いたしました」
「お前の仕業か!?」
ホルコスフォンのそんな行動力にビックリだよ!?
「奥様は、農場においても最強の一角に食い込む女性。そんな彼女が立ちはだかれば、試合の盛り上がりは間違いありません」
「い、いつの間にそんなことを考えるようになって行動を……!?」
要請を受けてリングに立つ、ウチのカミさんもカミさんだがな!!
二児の母になってまで何してんだ!?
リングコスがハイレグで股にまで食い込んでいるぞ!?
「ままー、かっこいいー、ままー」
ジュニアにもバッチリバレておる!?
どうすんだコレ後々黒歴史となって尾を引かないか……!?
「レタスレートよ……、あの小娘が随分と大きくなったものね……」
コーナーポストに立って、いかにも偉そうな風でマイクパフォーマンスするプラティ。
「あれから何年が経ったことかしら? 今日は、あれからのアンタの成長具合を確かめる意味も込めて参加させてもらったわ。かつてはアタシの腹パン一発で沈んだアンタが、どれほど逞しくなったか見せてもらおうじゃないの!!」
「ちょうどいい機会だわ!」
レタスレートも負けずに応じる。
「かつてアンタに叱られてビビり倒していた私はもういない! 数多の試練を乗り越えて、豆と友に支えられて私は進化したのよ! その成果を今、アンタに叩きつける!!」
「いいでしょう、ただし! リングの上でのアタシも一人の覆面レスラー。ここはそれらしくリングネームを名乗ることにしましょう!」
プラティも、リングの上ではプラティじゃないの?
それもそうか。彼女も今日の試合のコンセプトに倣ってマスクを被っているのだからな。
「今日という争いのために颯爽と現れたゲストレスラー! 深海よりやってきた謎の覆面美女! 人魚国出身! 大海ではなく今日はリングを生け簀に泳ぎ回る覆面人魚レスラー! よって、アタシのことはネプチューンクィーンとでも呼びなさい!」
ネプチューンクィーン!?
覆面レスラー、ネプチューンクィーン!?
たしかに海だけども、そこはかとないギリギリ感を漂わせるのは気のせいだろうか。
「今日のアタシはネプチューンクィーンとして、アンタのマスクを狩る! 全世界にアンタのおもろい素顔を晒すがいいわ!!」
ダメでしょう!?
ネプチューンクィーンことプラティは農場関係者なんだから、レタスレートのご尊顔が公衆に晒された時の被害をわかってくれるはずなんだが!?
なのに何故率先して剥がそうとするの!?
「マスターも彼女の配偶者なら、彼女の性格を御存じかと思われますが」
なんだホルコスフォン!?
そんな悟りきった表情で!?
「プラティは、目の前に面白そうなことがあったらあらゆる損得よりも優先するのです」
「そうだった!」
プラティはまさにそういうヤツだった!
仮に目の前に核ミサイルの発射ボタンがあって、それを押したら大爆笑をとれるとしたら迷わず押す女だったプラティは!?
何てヤツをリングに招来させたんだホルコスフォンは!?
「ままー、がんばえー」
無邪気に応援するジュニアがまた!
「観衆も、突如として現れたプラティ奥様に驚愕を禁じ得ないようですね」
「ネプチューンクィーンと呼んであげて」
万が一にも自分の奥さんが覆面レスラーやってる秘密を暴露されたくない。
「本日初登場の飛び入りレスラーで実力未知数のところ、奥様が元から持っている強者のオーラが有無を言わさず観客を飲み込んでいます。これでは注目せざるを得ません。生まれついてのスター体質というものですね」
「ウチの奥さんオーラは物凄いものが出るので……!」
「奥様の参戦だけで今日のイベントは成功したも同然でしょう。しかしながらここで終わらせるのは二流のマッチメーカーです」
「は?」
俺としては自分の奥さんが女子プロやるというだけで胸焼けしそうなんですが?
もう勘弁してください。
これ以上何があるというんですか!?
「アンタのマスクを狙う刺客が、このネプチューンクィーン一人だけとは思わないことね! さらに試合を盛り上げるため、さらなるゲストレスラーを呼んでいるとも知らずに!」
「なんですって!? さらなるお客様が!?」
「そうよ! 拍手をもってお迎えください!」
なんだこの妙に打合せしてあったような会話?
「ミス・マメカラスのマスクを狙うさらなる飛び入りレスラー! 魔族界からの刺客! 残虐非道と恐れられし冷酷の女が登場よ!」
プラティの紹介語りでさらに会場が盛り上がる。
魔族から?
一体何者が出てくるんだ?
そしてドライアイスの噴出と共にリングに降り立った、その華麗なる女体は……!?
「あ……、アスタレスさん……!?」
バカな……!?
魔王さんの妻……つまり魔王妃のアスタレスさんがまた際どいリングコスチュームに、鉄仮面めいたマスクをつけてリングに降り立っている。
他人の奥さんだろうと知り合いならなんとかマスク越しに識別できる。
その冷たく厳かな雰囲気に会場が飲まれているところ、プラティがさらに語る。
「人族のアンタが調子に乗せてはいけないと急遽参戦してくれた魔族の戦士! マスクを着けている仮の名を……魔族だから……魔族将軍としておきましょう!!」
「魔族将軍ッ!?」
まーたなんかギリギリそうなネーミング出てきた!?
しかしなんでよりにもよって魔王妃であるアスタレスさんがマスク被って参加してるの!?
「お互い今日は妻の応援が捗りそうですな聖者殿」
「うおッ!? 魔王さん!?」
気づけばいつの間にか、観客席の俺の隣に魔王さんが座っていた!?
今リング上で注目を浴びる魔族将軍の旦那さん!?
「アスタレスも二人目を無事出産して『なまった体を鍛え直したい』などと常々言っていましてな。そこへそちらの天使が交渉にやってきて、気づいたらリングに上がることに……!?」
ホルコスフォン……!?
またコイツの仕業か……!?
レタスレートの筋力が上がったのと同様に、ホルコスフォンの交渉能力がヤバいんだが。
「納豆のように粘り強い交渉……がモットーです」
「タフネゴシエーター!?」
そんな納豆天使が仕掛けたマスクウーマンの大乱闘。
……生き残るのは果たして誰だ!?






