790 マスカラ・コントラ・マスカラ
俺です。
案の定、俺の不安が的中するような事態になった。
俺の予想は当たるんだ。
白い方が勝つ。
負けた。
まあいいや。
とにかく俺が予想した通りにレタスレート案件がヤバい様相を迎えようとしていた。
「覆面剥ぎ取りデスマッチ!?」
レタスレートから受けた報告を要約するに、そういうことだった。
発端は記者会見中の記者からの質問であったらしい。
マスクをつけたレタスレートの素顔に執着し、割り込みしながらずっと同じ質問を繰り返し続けていたという。
これはあれだ。
自分が満足する答えが来るまで聞き続けるというアレだ。
本来ならそこで記者をつまみ出してもいいぐらいだが、レタスレート本人が迂闊と言うべきか、あるいは堂々と言うか相手の誘いに乗ったという。
条件付きで。
「それが覆面デスマッチ……!?」
「試合をして負けた方がマスクを脱がされるのよ! どう? スリリングで盛り上がる試みでしょう!?」
そりゃあ盛り上がるだろうけど。
既に確立されている方式だしねえ。
しかしその方式はリターンに見合ったリスクが伴う方式ですことよ?
「あのさあ……!? キミがなんで顔を隠してリングに上がっているかわかってるよね?」
キミは公式に死んだことになっている人間なのだよ?
旧人間国の王族たちが一人残らず死んだことで戦争の決着とされるんだから、それが『生きてました』となったら最悪戦争再開につながりかねない!
キミの素顔が公衆に晒されることは、それぐらいのリスクを伴うんですよ。
爆弾級の素顔なんよ!
「大丈夫よ、そこには私も一計を案じておいたわ」
「そうなの、よかった……!?」
やっぱりレタスレートもここ数年の農場生活で知恵を身に着けていたようだな。
しっかりと考えながら行動しているってことだ。
「私は特別な家系で、素顔を見せたら死ぬ掟があることにするのよ」
「どっかで聞いたことがあるような!?」
そしてそれの何が解決に繋がるというの!?
ハイリスクが限度を突き破ってウルトラハイリスクになっただけじゃん!?
「大丈夫、勝てばいいのよ勝てば! 負けたら素顔を晒すというルールなら負けさえしなければなんも問題がない!? オールクリア!」
オールクリアじゃねんだわ。
最悪の事態を想定していない計画は計画になりえない。
「素顔見せたら死ぬ設定も、命がかかっていたら最大限のパワーを発揮できるという考えからよ! これで私に一部の隙もない! 全勝優勝は間違いないわ!!」
どこから出てくる無根拠な自信!?
これは本格的にレタスレートの墓穴を事前にほっとく必要があるかな?
「ご安心くださいマスター。レタスレートの敗北は万に一つもあり得ません」
そう言って話に加わるのは納豆天使ホルコスフォンだ。
今日も会話の片手間に納豆をかき混ぜている。
「まず前提として、レタスレートは団体最強のレスラーです。これまでの対戦成績は四七一勝ゼロ敗。いまだ無敗伝説を継続中です」
四七一!?
俺の知らない間にそんなに戦ってたの!?
「それゆえデスマッチルールでもレタスレートが完勝する確率は九十七.八五パーセント。揺るぎない数値です」
それって高確率をひっくり返されて敗北する天才キャラのフラグなんでは?
そういやこのホルコスフォン。
レタスレートがレスラーデビューしてからずっと傍についてジャーマネ的なことをしていた。
完璧なサポートで勝利に導くとでも?
「そして万が一にも抜き差しならない事態となったら、わたくしがすべてを灰に還して事態の収束を図りましょう。これで完璧です」
「完璧の方向性がまったく違う」
あまりにも危険な思想だった。
違う意味での悲しい争いが勃発してしまう!?
「あるいは納豆をたくさん食べさせて和解するのです。納豆はすべてを解決します」
これもまた危険思想。
何か一つの概念にすべてをゆだねるのはやめてほしい。
「マスターの懸念はもっともながら、ここでやめることはできません。一度宣言したことを撤回できないのも当然ながら、既に発言の効果は最大限に波及しています」
「私の素顔が見られるかもって、前売り券は即効完売したらしいわ。今場所を大きくして追加席を用意してるらしいけど、一体最終的にどれくらいの集客になるんでしょうね?」
たしかに俺もちょっと見てみたいと思うからなあ。
これだけ大騒ぎになったからには途中でやめられないと。
難儀なことになってしまった……。
果たしてレタスレートは、お顔の秘密を無事にして戦い抜くことができるのだろうか!?
* * *
そして試合当日。
心配になって俺も見にきてしまった。
「これが異世界のプロレス会場か……!?」
実は来るのが初めて。
基本俺はノータッチな催しだったのでな……!?
それで拗ねてたわけじゃないんだが、特に開催を告げられても観戦しに行くことはなかった。
しかし実際に来てみると熱狂ぶりに、俺すらビビる。
「きえんばんじょー」
一緒に連れてきているジュニアやノリトも圧倒されていた。
子ども二人を連れてくるなら妻のプラティも一緒なはずなんだが、何故か今は別行動となっている。
なんで?
とにかく異質な空間だ。
子どもの情操に悪いので帰らせてもらいたいぐらい。
「途中退場は罰則ですマスター」
しかしそれは叶わなかった。
隣の席に座っているホルコスフォンがバッチリ俺のことを見張っていたから。
「せっかく観戦にいらしてくれたいるのですからキッチリと最後までレタスレートの勇姿を目に焼き付けてくれなければ困ります。こちらの特製納豆を提供いたしますので是非食してください」
「観戦のお供に納豆!?」
せめてポップコーンとかになりませんかね!?
…………。
観念して観戦に集中するとしますか。
まずは場の雰囲気でも楽しもうかとあえて観客席に視線を配る。
するとまあ大したものであった!
「マメカラス! マメカラス! マメカラス!」
「最強! 最強! 最強!」
……マメカラスってレタスレートのことだよね?
固定ファンがついているの? もしや?
「もちろんです。団体王者として君臨するレタスレートは人気もまたトップ。総ファンのうちの半分がレタスレートのファンとすら言われています」
「滅茶苦茶な割合!?」
「だからこそ今日の試合でレタスレートが負けようものなら大変なことになるでしょうねプロレス興行の存続に関わってきます」
そりゃあたしかに負けたら彼女の選手生命が断たれるも同義ですから、最悪ファン層人口の半分が一気に消えるということになる。
充分コンテンツの存続に関わってくる。
……だからなんで、そんなのるかそるかの勝負をやるの?
「私は信じています。レタスレートが必ずや無敗神話を更新し、今日の窮地も無事乗り越えてくれると。そして今日のイベントを大成功に納めてくれると」
ホルコスフォンの絶大な信頼は、固く結ばれた友情ゆえだろうか?
ここまで来たらたしかにレタスレートの勝利を信じる他ないんだが……。
「そういえばレタスレートの対戦相手ってどんな人が出てくるの? マスク剥ぎデスマッチってことは向こうもマスクマンなんでしょう?」
いや女子プロレスだからマスクウーマン?
よくわからんが、レタスレート以外にいったい何人ほどのマスクをつけた女子レスラーがいるんだろう?
「レタスレート以外には一人もいませんね」
「え? じゃあ勝負できなくない」
互いのマスクを賭けたのがマスク剥ぎデスマッチでしょう?
会対戦相手もマスクしてなかったらどうにもならないじゃないか?
「はい、なので対策が打たれました」
「対策?」
「既存の選手が今日だけはマスクを被って参加するというものです」
……?
それって意味あるの?
日頃から素顔を晒している子が、負けていつもの顔を晒すだけじゃん?
何てノーリスク。
対するレタスレートがハイリスクすぎる!?
何でこんな勝負を承認した!?
一体、これからどのような勝負が始まるというのだろうか!?






