785 御霊神
『ななはんはぁあああああんッッ!?』
『何だこの神はぁあああッ!?』
地海二神が驚愕している。
先生の秘術によって召喚された、異界神に対して。
だって醸し出す迫力が半端ではないからだ。
俺だって正直息を飲んでいる。
顕れた異界神は、こっちの世界から見たらまさしく異形の様相で昔の日本の貴族みたいな服装をしていた。
冠を被って、手にはなんか座禅で肩を叩くような木の板を持っていた。
『この冠は垂纓冠といって主に文官の身分を示すものだ。そしてこの板は笏といい、儀礼用の装具だな。禅僧の用いる警策とはまったくの別物だ』
へえ、そうなんだ。
『少年老い易く、学成り難し』
顕れた平安風の神様は、威厳のこもった声で言う。
『千代に続きし君が代の、平安の御世より京より流れ神成り身。三十三天より賜りし号は日本太政威徳天。天朝より贈られし神名は北野天神。そして人の身にての呼び名を菅原道真である』
先生の秘術によって菅原道真が召喚された。
すげぇ。
俺としてはジュニアの七五三を祝いたかったが、その祝い方が全然わからなかったので、その手のことをレクチャーしてくださる御方がよかったなあと思って。
ふんわりとオーダーしておいたのに先生がよく応えてくれて、呼び出されたのがこの神様であった。
菅原道真といえば、前の世界では特に有名な神様ではないか。
学問の神。
人として生きていた頃から賢く勤勉で博覧強記。
それゆえに死後、神様として信仰されるようになってからは学問勉学を司る者として人気を博し、毎年の受験シーズンには数多の参拝客を迎えるという。
受験生の守護神!?
このような神様をお迎えできるとは!?
「お願いです神様!! ウチのジュニアとノリトをどうかいい大学に!! 私立中学に!!」
『『聖者がひれ伏したッ!?』』
五体投地する俺の姿を見てハデスポセイドス両神が驚愕。
『あんな一心不乱な崇拝、我らとてされたことがないぞ!?』
『おのれ、ポッと出の異界神が幅を利かせおって……、ここが誰のシマかわからせる必要があるのう!?』
などと供述して地と海の神様。
まるで地方の不良みたいなオラつき方で優等生……学問の神に絡む。
『おぅおぅ、すました顔して気に入らんのう。ワレどこのモンじゃ?』
『この世界を治めるハデスポセイドスゼウスの三兄弟といえば、この世界じゃ知らぬ者はないんだがのう。貴様も挨拶ぐらいして罰は当たらんのじゃないんか? あぁ?』
ガラ悪い。
この世界の主神どもガラ悪い。
田舎のゲーセンかと思われる空気となりながらもそれでも道真公は、塾帰りの優等生のごとき落ち着いた物腰で……。
『これは失礼いたした。異界へ渡りしなら、その主に義理を通すのは当然のこと。つまらないものではありますが、我が社の名物、梅が枝餅をどうぞ』
『これはどうもご丁寧に……ッ!?』
咄嗟に手土産を取り出すソツのなさ!?
『な、なかなか道理を弁えている神ではないか!? 余程育ちがいいものとみえる!』
『そそそそ、そうだな、主神にかなり近い筋の眷属神というところではないか!? であろう!?』
むしろここまで手際よく筋を通して、絡んできた方を動揺させている。
道真公は慎ましく微笑み。
『滅相もない。それがしなど八百万の末席にすぎませぬ。何しろそれがし神と認められしは神代が終わってから久しき平安の末でありますからして……』
『ほう?』
『それがしも始まりは人でありましたからな。生前より身を慎ましくし、徳を積むよう心掛けておりましたら至誠通じましたか、神となることができまして……』
『はぁーん! なるほどなるほどぉ!?』
なんか急に地元神がハチきりだした。
どうでもいいけどさっさと七五三の祝いをしたいんだが?
『何キミ? 人から神に成り上がった系? いるけどぉ? そういうのウチの世界にもいるけどぉー?』
『でもそういうヤツらってぇー。ウチの世界じゃ最下等なんですけどぉー? 神の血が混じってしまったから仕方なく神界に召し上げてやった連中なんでー!?』
主神どもよ。
マウントとるのはいいけど、その発言はそれで多方面にケンカ売ってない?
あとでいらぬ災厄を招き込んでも俺たちは関係ありませんからね?
本当に神話の住人たちはすぐ舌禍を呼び込む。
『他の方々は存ぜぬが、たしかにそれがしごときは端にもかからぬ若輩者。何しろ神に奉られた経緯からして、げにも恥ずかしきものにて……?』
『何々? 面白そう? お兄さんに話してごらーん?』
『実は生前、無実の罪にて流罪となりまして……』
『え?』
いきなりのガチトーンに、浮かれた神々の空気が一気に冷める。
『当時のそれがしとしてはショックでしてな……、何しろ出世街道をまい進しておりましたから挫折感がひどくて……。結局は左遷先で生を終えまして。……まあ、憤死ですな』
『ああ……、その……!?』
『当時はまあ死ぬほど頭にきましてなあ。まあ実際死んだわけですし。死後も恨みが募って浄化もされませんで、結局は怨霊化しまして。かつての政敵連中を次々呪い殺すわ。京に雷落としまくって火災に見舞わせるわ。あの頃はそれがしもヤンチャでしたなあ……!』
『『…………』』
『それでビビり上がった京人がそれがしに天神と祭り上げて……。いやぁ大したこともしていないのに逆に申し訳なくなってしまいましたな!!』
HAHAHAHAHAHAHA、と朗らかに笑う道真公とは対照的に、どんどん静かになっていく地元の主神ども。
『……なあハデスよ、どう思うアイツ?』
『ヤベェよ、マジヤベェよ。静かなヤツほどキレさせたら怖いっていう典型だろアイツ……!?』
『余、知ってるもん。雷司る神にロクなヤツがいないってこと……!?』
小声で話し合う。
ややして相談がまとまったようだ。
『いやぁ、アナタのように位高い神に来訪いただいて、この大地の主神ハデス誉れの極み。心から歓迎いたしますぞ?』
『この大海の主神ポセイドスも同じ。よろしければ新鮮な海の幸でもいかがかな?』
めっちゃ媚びとる。
触らぬ神に祟りなしとばかりに衝突を避けとる。
神か神に触らぬように必死こいとる。
『アナタならば聖者の願いを叶えるに不足ない! 余も安心して任せられる! 心配して様子を見に来る必要もなかったな!!』
『余もそろそろ日課のイソギンチャク観察しに戻らないと!!』
そしてこのせかいの一部分を支配する大地の神と海の神はそそくさと帰っていった。
まあ、恐れおののいて逃げたとも言う。
一体何なんだろう、アイツらは。
『……で、それがしが呼び出されし用向きは何かな?』
そうでした。
七五三のテーマだったのが、あのアホ神どもの乱入ですっかり置いてけぼりになってしまった。
どうか菅原道真様、この神社にお鎮まりになってウチの子たちの成長を祝ってあげてくださいませんか!?
『よかろう』
やったぜ!
『それがしを祀る社は全国津々浦々にあるでな。隔たれた世界の先にあっても何の不都合もあるまい。……落ち着いたたたずまいのよい域ではないか。これよりこの社を異世界天満宮と名付けてそれがしを祀るがよかろう』
わははーい!
『そして七五三の祝いも承った。我が社にも毎年その手の参拝客が訪れるので慣れたものだ。その子かな? 賢そうな顔だ。それ梅が枝餅をやろう』
「ありがとう、ごじゃまーす」
道真公!
どうかウチの子に御加護をお与えください!
そして学業成就を! 受験必勝を! 何卒第一志望に! よろしくお願いします!!
『幼子よ、勉強するのだよ。勉強を。勉学に励めば必ずや道は開け、栄達が望めることであろう。……それがしは勉学極めた末に破滅したけどな』
尋常でない説得力困る。
『冤罪で左遷されたので怨霊になって復讐してみた件』
追放モノのライトノベルのタイトルみたいな言い方やめてください。
ともかくも学問の神様直々の祝福を頂いてジュニアも無事七五三を済ませることができた。
我が子も一歩一歩成長しているな!!
『しかしながらこの子ども、既に神からの贈り物を得ているのではないか?』
へ?
『他の神の御手付きに横紙破りはできぬゆえ、一般的な祝福を与えるにとどめておいたが、そなたらは気づかなかったのかな? この程度の年齢であれば親の監督なしに神に触れることなどできまいに』
え? えッ? どういうこと!?
そう言われても俺にはまったく心当たりはないのだが!?
しかし同時に腑に落ちることもある。
ウチのジュニアがこれまで幼児とは思えない珍事を様々引き起こしてきたのって……。
もしや……。
それが原因!?






