754 バティの兼業主婦への道
ふーん、俺です。
本日は舞踏会帰りのバティから、その土産話を聞いております。
結婚の決まった彼女は、お相手の男性がいいとこの貴族なために、そっちの社会に馴染む必要があった。
そこであちこち集いに出席して、顔を売る必要があったりなかったり?
そんな理由から結婚前の婚約期間中ながらも、バティはここ最近毎日のように魔都で開催される舞踏会や晩餐会やらお茶会やら芋煮会やらに参加している。
昨晩も一席の受けてきたらしいが……。
「そこで、身バレしてしまったと?」
「はいですー」
しんなりした表情で呟くバティ。
彼女が服作りの仕事をしているのは公には秘密のことだ。
何しろ今を時めく大人気ブランド『ファーム』のたった一人の服職人だからして。
そんなのが公に知れたら大騒ぎになるに決まっている。
そして実際になった。
らしい。
「昨晩のパーティはその話題で持ちきりで、もう囲まれて大変でした……!」
バティは貴族の貴婦人淑女から絶賛称賛の嵐だったという。
「いやぁ、買った人からは感想を言われたり、まだ買ってない人からは憧れを言われたりで大変でしたよ……! 思えばユーザーからの生の声ってこれまで直接貰ったことがなかったから新鮮でしたね!!」
「えッ? 俺たちもよく作ってもらった服の感想言うよね?」
「農場の外では初めてってことです」
まあ作り手にとっては自分の作ったものの感想を言ってもらうのって至上の幸せだものね。
リアクションがあるからこそ創作作業を頑張れる。
言葉に伴ってお金も入ればなおよい。
ちなみに会場でバティに寄せられたユーザーの声はこんな感じ。
――『「ファーム」のドレスを着ていったら意中の殿方からプロポーズされました!』
――『今まで引っ込み思案の性格だったのが「ファーム」のドレスを着ることで積極的になれました!』
――『「ファーム」のドレスでコンプレックスだった巨乳が気にならなくなりました!』
――『「ファーム」のドレスで腰痛が治りました!!』
――『「ファーム」のドレスで地球滅亡が回避されました!!』
そして未購入のユーザー予定者からはその場でただひたすらドレスの制作注文が殺到したという。
『ドレスをよこせ!』『私も「ファーム」のドレスで殿方のハートを射止めるんじゃぁ!』『私も「ファーム」のドレスで腰痛を治す!!』
……とか。
とはいえ全部断ったそうだが。
「注文は全部パンデモニウム商会を通す約束ですからねー。それを破ったら仁義が保てません。私が直接受注するのは農場関係者たちだけです」
基本的にバティは農場専属で、農場に住む者どもの衣服を最優先で作り、空いた時間でシャクスさんが持ってきた注文をこなす。
予約が詰まって数年待ちというのもそういう要因があってのことだ。
そもそもそっちに割かれる時間が少ない。
「でも、本格的に結婚しちゃったらさらに時間が取れなくなるねー。昨夜みたいにパーチーに出ることも多くなるんでしょう? 貴族夫人として」
「そですねー」
何しろバティの旦那様になる人は生粋の貴族らしいのだから。
俺はまだ直接会ったことはないけれど。
貴族夫人ともなれば家に管理を仕切ったり、社交界で名を広めたりして中々に忙しいんじゃないかって言うのが俺のラノベ知識だ。
あと慈善事業?
とてもじゃないが、何かしらの兼業ができるとは思えない。
とはいってもバティは奥様に収まる気持ちはさらさらなく、結婚後も天才デザイナーの道をまい進する決意のようだが。
「そらもう、魔王様のお許しも出ていますからね。これからは女も働きに出る時代なんですよ」
それは俺も以前聞いた。
人族との戦争が終わり、それまで大半を軍事につぎ込んでいたあれやそれやのエネルギーが様々な分野に再分配されていく。
その一環で軍縮も進み、多くの軍人さんたちも必要な分だけ残してドンドン退役していく。
その大半が、ノブレスなオブリージュを持つ貴族なので、戦いの義務が消えればあとは自分の領地を治める仕事が残るだけだ。
それまでは戦争に出た夫の留守を守って、奥さんが一手に引き受けていたことだが、夫帰還で担い手がダブルとなりそれぞれ余暇ができることだろう。
戦争により長く停滞していた文明文化を躍進させる絶好機ではないのか?
「という感じで魔王様も推奨しています」
「ふーむ」
そういやバティは結婚後はどうするの?
農場を出て旦那さんの家(屋敷?)に移り住むことになるんだろうけど。貴族である旦那さんの方がまさかこっちに越してくるわけにもいかぬだろうし。
そうしたらバティはもうこっち来れない?
デザイナーは続けるとしてもそうなったら誰が農場の衣服を作るの?
ジュニアが育ち盛りで毎月のように新しいお洋服が入用なんですが!?
「まあ大丈夫ですよ。転移魔法で毎日出勤しますから」
「その手があったか……!?」
魔都と農場が物理的にどれだけ離れていようと転移魔法があれば一瞬で行き来できる。
ゾス・サイラも人魚宰相として昼は人魚宮で働き、夜には転移魔法で農場へ帰宅しオークボと寝起きするつもりのようだからな。
素晴らしきは転移魔法よ。
「じゃあこれからもバティは農場で俺たちの服を作り続けてくれるんですね!? やったー!」
「当然ですよ、聖者様には大恩があるんですから、まだまだ返しきれていないうちに結婚したぐらいで恩返しを中断しませんよ」
「やったー!」
「とは言っても結婚生活やら旦那の社交の付き合いやらで取れる時間は激減するでしょうがね」
「やだー!!」
乙女バティ。
恩義に報いる心はあるがやっぱり最後には恋愛を取る女。
ある意味正しい。
「この分じゃこれまで通りの服作りはペースに支障をきたすでしょうねと思っております確実に。農場も人が増えてきてますしね。前々から思ってたんですよ、どっちみちこの状態を私一人で支え切れるわけがないって」
「は、はい……!?」
「ミシンがあって効率化ができると言っても限度があるんですよねー。限界点はとっくに越えていると思うんですけど、それでも何とかできてしまう自分の能力が恨めしい。アスタレス様に鍛えられすぎてブラック体質が染みついちゃってるんですかねー」
「はい……ッ!?」
「そもそもエルフたちもオークゴブリンたちもバッカス様らも皆チームでやってるっていうのに私だけいまだに一人って言うのがおかしいんですよ。何故? 私がそれでもできてしまうから? 問題ないからって現状を放置すればひずみが大きくなっていくんですよ?」
「すみません……!?」
どうやら結婚という現状の変化はこれまで水面下で燻っていた問題にも光を当てることとなりそうだ。
「ということで感じるんですがね。さすがにそろそろ増員が必要ではないかと。私の部署にも」
「アナタの部署……!?」
いつの間にやら一局の長気取りなバティ。
「実はもう既に動いていましてね。昨夜のパーティ帰りに姉のところに寄りまして」
「はいはい」
バティのお姉さんといえば、やっぱり魔都で服作りをしている職業の人でしょう?
生き別れになってなお同じ職業につき、それがきっかけで再会したんだから家族揃っての服好きだということがわかる。
バティのお姉さんだけでなく、そのご両親も魔都で一大ファッションブランドを主宰していて、多くの職人を抱えている。
その業界ではけっこうな実力者なんだろう。
「それで姉に言ってきたんですよ。『そっちの才能のある前途有望な若手を二、三人よこせ』って」
「高圧的!?」
「それで上手いこと人員回してもらえることになりまして。農場に置いて仕事を覚えさせようと思うんですが、かまいませんよね?」
そのケンカ腰で回してもらえたんだ……!?
始めと終わりの間にどんなプロセスがあったのかわからないけど交渉凄いな……!?
これだけ砕けて話し合えるのが家族の強みってことなのか?
そういやプラティもよく兄のアロワナさんにケンカ腰で要求しているけど、ちゃんと通るもんなあ……!?
でも将来大きくなったジュニアからそんな風に言われたら、俺は泣く自信あるけど!?
「かまいませんよね?」
「俺は一向にかまわん!」
何にしろそこまで話が進んだあとじゃ俺に対しては事後承諾でしかないんじゃ?
「あと手が増える分、ミシンの増産もお願いします」
「はい……!」
「よっし! これで人を増やす下地はできた! これで事業を拡大し『ファーム』ブランドのドレスやスーツを大量生産して貴族どもに売りまくって旦那の社交界受けをよくするのと同時に資金ゲット!!」
……。
かなり狡猾に計算を推し進めているようだ。
バティさん、ただ夢を追うクリエイターかと思いきや結婚を機に現実に根差した良妻へを変わりつつある。
これが女の恐ろしさか……!?







