689 春の新茶
春は新しいことを始めるのにもってこいの季節。
なので一気に様々なことが起こるため、農場学校については一旦置いておいて別の話をしていく。
春だから、すっかり農場名物の一つになった桜の世界樹も満開になって華々しい。
いつぞやプラティが珍しく我がままを言って『世界樹の葉っぱがほしい』と言うのだからここは夫の甲斐性を見せようと奮起した結果、作ったのがこれ。
人工的に世界樹を再現するのに依り代となる木が必要で、それがたまたま桜だったというので副次的に満開の桜を楽しめるようにも待った。
今年も世界樹としての機能を持った葉っぱで包んだ桜餅で舌鼓を打ちつつ花見としゃれこむぜ。
まだまだゼロ歳児のノリトは舞い散る花びらを物珍しそうに見つめ、もうすぐ三歳のジュニアは今にも桜の花で一句読みそうだった。
「世界桜樹のはなのいろー、ぎょーしゃひっすいのことわりをあらわすー」
一句読んだ。
まあ皆楽しそうだからいいか。
俺も満開桜に目を楽しませつつ、桜餅の甘さに渋い茶のコントラストで舌も楽しませた。
「あぁ~、やっぱりお茶を作って正解だったなあ」
茶畑を作ってお茶の生産に成功したのは去年だったか一昨年だったか。
やはり日本人の俺としては緑茶の渋みは忘れられない。
この趣味を是非とも後世に残していきたいところだが。
……え?
花見なら酒ではないかって?
それなら向こうの方でバッカスどもがどんちゃん騒いでいるから、アイツらに任せておけば大丈夫!
それはともかく……。
「聖者様よ! 今こそついに始動の時よ!!」
「なんだよいきなり?」
現れたのはエルフのエルロン。
しかも来ているものがまた独特で……着物ではないか!?
ジャパニーズワフク!?……が何故異世界に!?
「茶を喫する時の正式な服装がこれなのだと、教えたのは聖者様ではないか? それを再現するためにバティと相談して、一年以上の歳月をかけてやっと完成たものがこれだ!」
とエルロンが着ているお着物は、それはもう完璧な仕上がりだった。
『あーれー』『よいではないか、よいではないか』の悪代官ごっこも再現可能。
「今年、ついに我々の進撃が始まるのだ……! 一年以上の予備期間を経て準備万端……! 今こそ我らエルフが、世界を支配する時がきた!!」
なんか物騒なこと言ってるなあ?
いつからエルフはそんな危険思想を持つ戦闘種族になった?
「我らエルフの提供するお茶が! 世界を席巻し支配するのだ!!」
「ああ、そういう?」
そういやお茶の本格生産が始まった一昨年前。
そのお茶に多大な興味をもって担当を名乗り出たのがエルフだったな。
何かしらやってる気配は窺えたが、特に形となって発表されたこともなく、すっかり音沙汰なかった。
だから記憶の彼方に消え去るところだったのだ。
「ちなみに同時期にスタートしたコーヒーは順調に流行っていて、魔国にはグレイシルバさんの店舗を始め、多くのコーヒーショップが立ち並んで大流行らしい」
今や魔都のナウなヤングたちに欠かせぬアイテムと化しているらしいコーヒー。
それに対してお茶の方はどうだ?
「マッチャチャチャチャ……! まさか私たちが今日まで何もせず手をこまねいていただけとお思いか……!?」
「何? 今の笑い声?」
キャラ付け?
「我々は入念な準備を進めていたのさ! 何の算段もなく突っ走っても目標達成できない! それは盗賊時代に得た大事な教訓だ!」
教訓を得る過程が、なかなか称賛できない。
「世界中にお茶を流行させるには、まず何より生産体制の確立が必須! どんなに需要が増えても供給が逸れに追いつかなければ話にならないからな!」
「それはまあ……、たしかに……!?」
コーヒーの例でいえば、グレイシルバさんの喫茶店で流行の兆しが見え始めた絶妙のタイミングで、魔島からのコーヒー豆輸入が確立されたんだよな。
結局あれが引き金になって、世界中を巻き込んだコーヒーブームへと発展した。
それは必要とされた時期にたまたま大口の輸出元が発見されたということで、幸運に恵まれたタイミングの問題以外の何者でもなかったろう。
何の計算もせずに偶然だけに頼っていては、そんな奇跡は起こせない。
エルロンたちが大売出ししようとしていた、お茶にとっても……!
「ならばキミたちは、お茶の供給が追い付くように入念な準備を……!?」
「元々農場では、我々の飲む分しか作られていないしな。我らの都合で生産を増やせ、などというわがままも言えん」
そこは常識的なんだね……!?
「そこで我々は、自分たちの力でお茶を生産する体制を整えることから始めたのだ!! 我らエルフ族の重鎮、エルフ王やL4C様に協力を要請してな!」
「なにぃー!?」
それは、エルフ王ことエルフエルフ・エルフリーデ・エルデュポン・エルトエルス・エルカトル・エルザ・エルゼ・エルヴィーラ・エルマントス・エルカトル・エルーゼ・エルフエルフ・ミカエル・ウリエル・ガブリエル・アリエル・アリエナイ・ラファエル・エル・エルファントさん。
そしてエルエルエルエルシー略してL4Cさんのことか。
エルフ族は、偉い人ほど名前に『エル』がたくさん入っているシステムらしくて、それを伝えておきたかったからけっして尺稼ぎじゃないぞ!
「そうだ、ハイエルフであるあの方たちは、私の陶芸の大ファンだからな。私の頼みなら快く引き受けてくれる」
「いわゆるパトロンだよね……!?」
「あの方たちの協力が得られたら百人力。早速農場からひそかに持ち出した茶ノ木の苗を、エルフ勢力圏内に植えて広大な茶畑を作り出すことにしたのだ!」
「ちょっと待って? 今『ひそかに持ち出して』って言った?」
それ平たく言うと『盗んだ』ってことでは!?
まだ盗癖が治ってなかったのか元盗賊!?
「安心しろ許可は取ってある」
「誰から?」
「私から」
「屁理屈!?」
『盗人にも三分の理』とかそういう話じゃねえぞ!?
しかし、都合のいいことに(?)L4Cさんが治める人間国側のエルフ領は自然破壊の結果、森が荒れていて植林作業を進めている空き地が多くある。
そこに茶ノ木を植えていけばちょうどいい茶畑に……ってなるのか?
「しかも、我らの計画はそこでとどまりはしない!」
何ですかもう?
結局、エルフの森に茶畑はできたのできないの?
「魔国側のエルフ領を支配するエルフ王様からのご厚意で、世界樹の聖気を分けていただくことができたのだ! それを掛け合わせ、世界樹の特質を持った茶ノ木を人間国側エルフ領に大量植林を達成!」
「は……!?」
「それらは一年かけてすくすくと成長し、そして一番積みの新茶を蒸して揉んで乾燥させて出来たものがこれだ!」
どん!
そして俺の眼前につきつけられた、袋入りのお茶。
そのパッケージには、いつぞは認可の下りた軍神ベラスアレスの紋章入り!?
「エルフ特産、世界樹の茶葉!」
「世界樹の茶葉ッ!?」
おいおいおいおいッ!?
それはそれはそれは!? その名の通り世界樹の因子が多く含まれている茶葉ってことなんだろうか!?
「それ、世界樹の葉とどれくらい違うの? むしろ同じもの!?」
「お茶として飲用できる分、世界樹の葉より優れものだぞ! 葉の薬効はまず同等!」
なんてものを生み出してくれたんだッ!?
そんなものから抽出されたお茶成分ってどうなるの!?
世界樹の葉の効能がモロに!?
あッ、これがもしや『世界樹のしずく』ってヤツ? 使用しただけでパーティ全員のHPMPを全快してしまう、あまりにアレすぎてゲームバランスを崩してしまうから一回に一つしか持ち歩くことができない制限付きのアレ。
……と同じものを食後や休憩時間のたびに飲める!
とんでもなさすぎて泣ける!?
「ここまでの努力の成果が形となったので、日頃お世話になっている聖者様に一つお裾分けしよう」
「ああ、はい、どうも……!?」
あまりの衝撃すぎて頭が真っ白なままだったから、勧められるままに受け取ってしまった。
「これからは世界樹の葉で包んだ桜餅を、世界樹の茶葉から湯出したお茶受けとして楽しむのが農場のスタンダードとなっていくだろう」
「そんなスタンダード突拍子もなさすぎる!?」
「そして、お茶を注ぐ器と、菓子を載せる皿は私の作品で!」
「そこも抜け目ないな!?」
なんという遠大で着実な計画なんだ!?
エルロンめ、一年以上の時を懸けてこんな盛大なことを狙っていたとは!?
しかしそんな茶葉を一般流通させて大丈夫なの?
この異世界のすべての人々が、世界樹の薬効が含まれたお茶を常時飲用したら、全体的なレベルが底上げされたりしない!?