632 毎朝飲みたいもの
始まりました。
グィーンドラゴン争奪ラーメン作り一本勝負。
各選手一斉に、まずは素材の吟味から行います。
こういうノリだったっけ?
最初花嫁修行という触れ込みだったのが、蓋を開けてみたら料理勝負大会みたくなっているんですが?
「いいものなら売れるというナイーブな考えは捨てるのだ」
そしてヴィールが何かの玄人っぽいセリフを吐きながら解説席に座っている。
「実況はこのおれ先代ガイザードラゴンたるアル・ゴール。解説はヴィール。そして審査員は現ガイザードラゴンのアードヘッグでお送りするぞ」
マジかよ。
完全にお祭りとして仕立て上げやがったな、このお父さん竜。
「さてヴィールよ。まずはラーメンドラゴンの先駆として、この勝負がどのような展開になっていくか予想を窺おう」
「今なおストックが余りに余っているゴンこつスープの大消費チャンスなのだ。同種ドラゴン相手なら濃度百%でも飲めるからな。じゃんじゃん使ってほしいのだ」
それ予想じゃなくて願望。
かつてドラゴンのシードゥルを出汁にとったスープ……名付けて豚骨ならぬゴンこつスープは、ドラゴンのエキスがたっぷり染み出て常人には飲めないシロモノだった。
迂闊に捨てるわけにもいかないのでヴィールに厳命し、いまだ在庫を抱えさせている始末……。
……なのは余談。
そんな余談に関わったシードゥルも今日は何故かラーメン大会に参加し、美味いラーメンを作らんと素材の厳選に勤しんでいた。
「わー、トマトって赤いですわー!?」
……ラーメンにトマト?
いや、ツッコむべきところはそこじゃなく。一番疑問なのはマリーさんの他にも何人もの女性がラーメン作りに勤しんでいるということだった。
マリーさんは当然として、シードゥルの他にもあと四人は女性の参加者がいる。
あれ誰?
やっぱりドラゴン?
「妃の座を狙うグリンツェルドラゴンどもだな」
実況役のアル・ゴールさんが解説する。
「ニンゲンどもの世界でもよくあるんだろう? 王の正妻を巡る熾烈な女の争いというのが? その常がドラゴン社会にも押し寄せてきたということだな」
「自分の能力ではなく他者の権力をアテにするようになってはドラゴンもお仕舞いなのだー」
アードヘッグさんの代からドラゴンは種としての在り方を改め、他の生物同様、妻を迎えて家庭を営むようになった。
その改め方がいまいち徹底していないのでいまだ多くに知れ渡ってはいないんだが、目端の利く者はそれなりに知っているんだろう。
今ラーメン作りに火花を散らしているグリンツェルドラゴンたちは、皇帝竜の妻となって、その強権を疑似的に我がものとしたい女たち。
女て怖い……!?
「いや、全員が全員権力目当てというわけではあるまい」
「アードヘッグさん?」
皆が嫁ごうとしている獲物……もとい目標のアードヘッグさんは、今回の重要人物という割には影が薄い。
「シードゥルは完全に遊び半分で参加しているし、楽しければそれでいいのだろう。権力志向なのは有象無象のグリンツェルドラゴンたちだけだ……何より……!」
アードヘッグさんの視線が、真っ直ぐ向かう先はマリーさん。
マリーさんは柄にもないエプロン姿で、グツグツ湯気立つ鍋に向かい合っていた。
そのひたむきな姿は、最初に出会った時の女帝のような傲然ぶりは欠片も感じられない。
むしろ特定の人のために一生懸命頑張る可憐な女性。
そんなマリーさんの姿を、アードヘッグさんは真っ直ぐ見詰めるのだった。
* * *
そして、調理タイムが終わって、それぞれのラーメンが完成した。
「わー、キュウリって長いですわー」
シードゥルだけが終わっていなかった。
素材の野菜を眺めて楽しんでいるだけで終わったようだ。
……ラーメンにキュウリ?
まあいい。
ここからは審査タイムだ。
各グリンツェルドラゴンたちが腕によりをかけて作ったラーメンを実食し、評価する。
「ラーメン食うのは速さが命なのだ! ダラダラ食ってたら麺が伸びるし冷めたスープなんてマズいだけなのだ! シャカシャカ食うのだー!!」
ちょっと待って?
できたラーメン完食させる気か?
試食なんだから二口三口程度でいいんじゃない?
「竜魔法で物質の時間を止めればいいだけじゃない。それでいつでもアツアツを召し上がっていただけるわ」
「おっちょこちょいねヴィール姉様って」
有象無象のグリンツェルドラゴンたちからからかいの声が出た。
っていうか竜の魔法って時間止めれるの? やっぱ凄いなドラゴンって?
「そんなことより! わたしたちが腕によりをかけて作ったラーメンをアードヘッグ様に味わっていただきたいですわ! それによってわたしたちがどれほど皇帝竜を支えるに役立つか証明されることでしょう!」
もっとも奮い立っているのは、俺はまだ名前も知らないグリンツェルドラゴンの皆さんだった。
『我こそ皇妃竜に!』と野心に燃えていることなんだろう。
「まずはわたし! グリンツェルドラゴンのハイネから行かせていただきますわ!!」
やっと一人名前が判明したけど、覚えていなくてもいいんだろうな。
「ガイザードラゴンは竜の王! その妃となるグィーンドラゴンも竜の頂点に立つ壮麗さがなければなりません! それを意識して調理させていただきました! タイトルは……!」
バーンと差し出されるどんぶり。
「『極! ビッグバンコスモラーメン!~煌めく星屑をそえて~』ですわ!!」
なんか凄いのが出た!?
どんぶりから弾け出るラーメンが、しかしなんか魔法的な効果で渦巻き、結果的に散ることもなくどんぶりを中心に滞留している!?
これはまさにラーメンの星雲!?
「しかもなんかキラキラしている!?」
「北西地方で採掘された宝石を砕き、粉状にしたモノを散りばめたのですわ。『星屑をそえて』という副題の意味がここにありましてよ」
美しい。
その全景はまさしく幻想的で、芸術作品を言っても過言ではないが。
「はい、不合格なのだー」
「なんでですの!?」
「ダメに決まってるだろうが、このアホ! 宝石の粉なんか入れて、そんなもの体の中に入れたらお腹壊すのだ!」
ドラゴンエキスたっぷりな時点で致命的に有毒ですけれどね。
「いや、いただこう」
「アードヘッグさん!?」
「おれのために作ってくれたものだ。おれの腹に収めなければ彼女たちの頑張りを無駄にすることになる」
皇帝!
なんとお優しい!
この虚空に渦巻く、もはやラーメンと呼ぶにも微妙なものを悪戦苦闘しながら飲み込むアードヘッグさん。
ドラゴンの胃袋なら宝石でも消化できるってことだろうが……!?
……権力志向のグリンツェルドラゴンが繰り出す創作ラーメンは、いずれも似たり寄ったりで、料理というよりは芸術作品……しかもアバンギャルド系。
それだけにボリュームも多く、全部食べるとなれば腹もパンパンになるほどだった。
しかもそれが三~四連続。
いかにドラゴンの胃袋と言えども生真面目に食べ続けていくと限界は早めに訪れようというものだった。
「アードヘッグさん……! 本当に残さず全部食べるなんて……!?」
「げっぷ……!? おれのために作られたもの、すべて平らげねば作ってくれた者たちの想いにも、犠牲となった食材にも礼を反する……!!」
アナタ生真面目すぎるよ!
生きとし生けるものに対して誠実すぎるよ今代の皇帝竜!?
しかし、ここまででアードヘッグさんの胃が限界であることは明確。
これでは最後に残ったブラッディマリーさんの料理が喉を通らなくなる可能性も?
「……」
マリーさんもそのことは心得ているのだろう。
よしんば食べられたとしても、胃がはち切れそうな状態でさらに詰め込まれる料理など美味しさが半減してしまうのは自明。
彼女は限りなく不利な状態にあることはたしかだった。
「……こうなることはわかっていたわ」
自分の番が回ってきたマリーさん、静かに言う。
「アードヘッグは生真面目だから、自分のために作られた料理を残さず食べるということは。だから最後の順番を受け持つわたくしは、そのために特別なラーメンを用意しました」
「特別なラーメン!?」
「麺なしラーメンですわ!!」
麺なしラーメン!?
ラーメンから麺がなくなったらスープしか残らないのでは!?
……はッ!?
「そうです、お腹の中をもっとも占有するのはお湯を吸ってたっぷり膨らむ麺! それを除くことによってこれ以上体積増加を止めたのです。そして残ったスープには、アードヘッグの胃をいたわるよう味噌ベースにいたしましたわ!」
麺の入ってない味噌ベースのスープ……!?
それは……!?
ただの味噌汁じゃないか!?
「通りがかりのニンゲンの王女から勧められて、トーフというものを入れてみました。これくらいなら胃も受け付けるでしょう?」
「豆腐の味噌汁!?」
痛飲した翌朝に飲みたいナンバーワンの胃に優しい味噌汁ではないか!?
仕事に、付き合いに、疲れ切った夫を体の内側から癒す妻の知恵!
これで落ちない男の胃袋があるだろうか。
「…………素晴らしい」
麺なし味噌ラーメン改め、ただの豆腐の味噌汁をすすってアードヘッグさんの表情に生気が戻った。
「ここまでおれのことを大事に考えてくれる料理は、マリー姉上にしか作れません。改めてお願いしたい。このミソシルを毎日おれのために作ってくれませんか?」
「喜んで……!」
古典的プロポーズが炸裂して、決まった。
これにて皇妃竜争奪お料理対決はブラッディマリーさんの勝利であるべきところに収まった。
「はぁー? ちょっと刺激の足りない締めだな。もう一波乱あった方が面白いのに?」
この騒動の仕掛け人らしいアル・ゴールさんが言った。
この人には、ウチでの農作業を一通り強制してからお帰りいただこう。お望み通りの波乱だぞオラ。
「ちょっと待つのだ? 味噌ベーススープなら、おれのゴンこつスープは使用していないのか?」
そしてヴィールも目論見通りとはいかず、所蔵のスープは思ったほど減らなかったようだ。






