633 蝙蝠だけがやってくる
ドラゴンたちのプロポーズ騒ぎも終わって、農場にもやっと平穏な日々が戻ってきた。
とはいえノリト(第二子)が生まれたばかりで日々育児戦争なのは事実なのだが。
あと農場留学生たちの卒業試験の準備で、ノーライフキングの先生も忙しそうにしているし。
先日知り合いになった異界の神々を召喚しては、何やら真面目に話し合っている。
卒業といえば定番の季節は春なので、それに先んじるべき卒業試験は農閑期となる冬頃を予定している。
それまでに先生は、教え子たちの修行の集大成となるべき大スケールかつ絶妙の難易度を決めた最強試験を用意するつもりのようだ。
先生も生き生きしておられるし、やりたいようにさせておくのが一番よいように思える。
ノーライフキングだけど生き生きとしておられるし!
そんなわけで久々のんびりできるかなあと思っていた矢先だが、そうは問屋が卸問屋。
今ではすっかり有名になっちゃった我が農場は、何かあるとすぐ新しい客人を迎えることとなるのだった。
* * *
で。
今回やってきたお客さんは……。
S級冒険者のゴールデンバッド。
「……なんで?」
明らかに招かれざる系の客だった。
招いた覚えはたしかにない。
しかし実際にこうして訪ねてきているから不思議だった。
我が農場は基本、世界の果てともいうべき場所にある。
人里から遠く離れ、位置もわからず、ここに来る人は基本限られた交通手段……。
1.転移魔法で飛んでくる。
2.ドラゴンなら飛んでくる。あるいはドラゴンに運んでもらう。
3.人魚なら海中を泳いでくる。
……大体この三つのうちどれかでしか農場に訪れることはない。
今、目の前に現れたS級冒険者ゴールデンバットも、一度はここ農場の土を踏んだことはあるけれども、その時は人間国住みのドラゴン、アレキサンダーさんに運んできてもらったはず。
もう一度ここへ来るためにはアレキサンダーさんか、他のドラゴンか。あるいは農場にある座標コードを知っている人に転移魔法を唱えてもらうか。
いずれにしろ誰かに頼んで連れてきてもらわないとダメなのだ。
が、ゴールデンバットのヤツは一人でここに来た。
彼を連れてきたと思しき同行者は影も形も見当たらない。
ということはコイツ、独力で農場に辿りついたの?
どうやって?
「飛んできた」
そうだった!
コイツは飛べるんだった!
人族でも特有の、獣の因子の混じった種族……獣人。
そんな数奇な運命を生まれ持ったコイツは蝙蝠の獣人であり、通常よりも獣の因子を顕在化させる奥義『獣性解放』でもって翼を生やし大空を飛行することができる。
飛行能力って案外レアなんだよな、この世界。
空も飛べれば陸の孤島ともいえるここ農場にも到達できるか?
「いや、だからと言って位置がわからんでしょう?」
アレキサンダーさんに飛んで運んでもらった経験があるとはいえ、景色を見てちゃんと覚えておく余裕があるかどうか。
「位置は前に来た時に分析と割り出しは大体済んでいたから」
「どうやって!?」
「まず太陽の角度だな。時刻と、影の伸びる向きや長さを比べたら自分が大体どの辺にいるかわかる。あとは生息する虫や鳥を観察して。どの地方にどんな生物が住み着いているかはフィールドワークをしていれば頭に叩き込まれる。草木なども観察対象に入れれば完璧なのだが、ここはお前たちによって調整された植物が多いので例外にした」
「それらを照らし合わせて、農場の位置を把握したと?」
「うむ」
コイツ……!?
これが全冒険者の頂点に立つS級冒険者の手腕!?
しかもこのゴールデンバットは、S級の中でもさらにナンバーワンと称されるぐらい究極的な実力者なんだった!
そんなヤツにかかれば、僅かな情報からでも前人未到の農場へ到達すること自体わけないということなのか。
「いや、しかしここまで飛んでくるのは力がいったな。『獣性解放』は体力も精神力も消耗するんだ。ヘトヘトだから休める場所を提供してくれないか、あとメシも」
コイツぅ!?!?!?
割かし人格者の多いS級冒険者の中でもコイツだけはどうしようもない!
自分の欲求にしか従わないピカイチの困ったヤツだ!!
コイツが自分の冒険欲求のみを追い求め、冒険者ギルドへの貢献をまったく考えない分、同じS級冒険者シルバーウルフさんがどれだけ苦労を重ねていることか!
冒険者ギルドに報告してシルバーウルフさんに引き取りに来てもらおうか!?
そしたら苦労人の彼の苦労がまた増える!?
「今日訪れたのは他でもない。アンタらに是非とも頼みたいことがあってな」
「当然のように話を進めないで!!」
「アンタらにしか頼めないことだ。己の力のみで達成してこそ冒険の意義があるのだが、不可能に対して無策で挑戦するのは冒険ではなくただの自殺行為。そこを考えてアンタらの助力を欲するだ。この気持ちを汲んでくれ」
「知るかよ!」
勝手に押しかけてきといてなんだ!?
これがシルバーウルフさんなら、頼み事があるんなら手土産片手にきて両手を地面につけて礼儀を払うところだぞ!
……だが、逆に考えたらこれくらいの性格の図太さがないとトップを極めることなんてできないってことなんだろうか?
「オレには生涯を懸けて取り組む大事業……いわばライフワークともいうべきものがあってな」
「はいはい」
相手もかまわず進めてくるから、俺もかまわず聞き流すことにした。
「オレは山を愛している」
「はい?」
しかしあまりにも前後の文脈がぶっ飛ぶので思わず聞き入ってしまった。
「山はいい。遠くから眺めれば、その雄大なる全景と季節によってさまざまに変わる色合い……とにかく美しい景色でオレの心を洗ってくれる」
人の心を……ではないんですね?
「また登ってもいい。ひとたび山の胸中へ飛び込めば、山はあらゆる侵入者を拒絶し、存在ごと消し去ろうと牙を剥く。しかしだからこそ困難を排し、頂上まで登り切った時の達成感は、他の何者にも例えがたい!」
あ、このコウモリ山のことになると早口になるな。
隙あらば同じ趣味に引きずり込もうとする人の喋り方だ。気を付けなければ。
「ということでオレは山を愛しているのだ。ここまではわかったな?」
「ハイ」
「山好きが高じ、世界中のあらゆる山を登ってみたいと望んだのが冒険者の道に入るきっかけだった。奇しくも冒険者が挑むべきダンジョンは洞窟タイプと山タイプに二別されるのでな。山ダンジョンに入る時はそれはもうやる気が上がったものよ」
「そうすか」
「洞窟ダンジョンもいいものだがな。しかし個人の好みで言えばオレは断然山ダンジョンだ。新しい山に登ってみたい。まだ誰も登ったこともない山を。そうした望みをもって前人未到の山を探索するうち、ヒトはオレを未開ダンジョン探索専門家と呼ぶようになった」
ダンジョンに入り、内部の魔物を間引いたり宝を持ち帰ることが冒険者のメイン業務。
しかしその他で、マイナーとはいえダンジョン探索以上の重要度を持つのが、まだ見つかっていない未登録ダンジョンを発見することだという。
既に発見されているダンジョンを攻略することよりも、まだ発見されていない、あるかどうかもわからない未発見ダンジョンを見つけることの方が困難さも危険さも段違いに跳ね上がる。
それを達成した時の功績の大きさも。
一人の冒険者が生涯一つ見つければ充分な快挙だという未発見ダンジョンを十以上も発見したのは、冒険者ギルド発足まで遡ってもゴールデンバット以外にいないという。
厄介なヤツだが、冒険者ギルドとしてけっして無視できない凄いヤツでもあるのだ……!
……ってシルバーウルフさんが言ってた。
「……フッ、大袈裟な話だ。オレはただ誰も登ったことのない山の頂に登って、誰も見たことのない景色を見ることが好きなだけなのにな」
「あっ、ハイ」
「望みの赴くまま、オレは様々な山へと登り続けた。何百という山を征服したことだろう。その時オレはふと気づいたのだ」
何に?
「『このままでいいのか?』とな。オレが山へ登り続けるのはオレ個人の欲求によって。このままではオレの山への愛は永久にオレ一人だけのもの。こんな豊かな人生をオレに与えてくれた山のために恩返しすべき時が来たのではないかとな!」
「アナタにはもっと先に恩返しすべき対象が、他にあると思いますがね」
冒険者ギルドとか、シルバーウルフさんとか。
「ただの我がまま野郎だったオレをこんな心境にさせた山の偉大さということだ。やはり山は素晴らしいな」
我がまま野郎だって自覚はあったのか。
「そこでオレは考えた。山へ恩返しするためのオレが何をすべきか。これまで登った何百何千という山。その中から『これは!』と思うものを取り上げる。それらの特徴特色を紹介し、文章としてまとめ。それを編纂して資料にする!」
なッ?
それはまさか……!?
「その資料は、オレが冥府へ去ったあとも受け継がれ、後世に山の素晴らしさを伝えることだろう! その感動がいつかオレと同じような山好きを生み出し、山との会話を繰り返していく! それこそが山への恩返しだ!」
そうして作成された、厳選された名山を紹介する資料……。
「それはまさか……百名山みたいなアレ!?」







