607 千の豆を持つ女
結局開会式は、トリで現れた覆面レスラーにすべてを持って行かれる形になってしまった。
何なのアイツは!?
私がアイドルになるはずだった今日のイベントで、アイツは既にアイドルじゃない!?
「彼女の活動は、今日以前からずっと続いているからねー」
「どういうこと!?」
「イベントの開催が決まってから、魔国中を回って宣伝してたんだよ。主要な都市で力自慢のパフォーマンスをしたり、握手会をしたり、豆のプロモーションをしたり。そうして地道に人気を獲得していったんだよ」
「豆のプロモーションって何!?」
まあそこはスルーしておくとして……。
さっき言っていた『ドサ回り』って、つまりはそのことだったのね!?
ぬかったわ。
試合前にそんなことをして注目度を高めておくなんて。
そんな手段があったなんて!
ゴングが鳴る前から試合は既に始まってたってことなのね!? 私もやっておけばよかった! 何たる不覚!?
「いや、モモコちゃんたちはやらない方がよかったよ」
「えッ? どうして!?」
「やっぱりまだ魔族にとっては人族って敵な認識でね。巡業開始当初はかなり厳しく拒否られたみたいだよ。不審人物ってことで衛兵に追いかけ回されたりもしてね」
「えッ? マジで?」
「行く先々で石を投げられて、普通だったら心が折れそうになるところを耐え抜いて巡業し続けた結果が、あの大人気なのさ。お陰で今日のイベントも無事開催できたし、本当にミス・マメカラスは救いの女神だよ!」
その話が本当ならば、あの覆面女なんて強靭な精神力なの……!?
私だったら一回でも拒否されたら心が折れて逃げ出したくなるんですけど!
そんなショッキングな扱いを受けても何度だって立ち上がれる心のタフネスさが、あの覆面女の胸の内にあるってこと!?
外には黄金のような煌めき、内には強い芯を持つ……!
それこそまさに……!
「豆! 黄金色の表面に、芯の強さを内包する大豆! その豆の強さを体現せし者こそ、この私ミス・マメカラス!!」
覆面女はまだパフォーマンスを続けている。
それに呼応して会場も沸きたつので、私は嫉妬でムカつく。
「とにかくわかったわ……! 今日のイベントで倒さなければいけない目標が……! つまりはあの覆面女ね!」
あの覆面レスラーをリングで叩きのめしてこそ、私のトップへの一本道が開かれるってわけね!
俄然やる気が出てきたわ!
ストーリーの骨子が固まったのだから!
「で、カトウさん! 私たちはあの女といつ戦えるの!?」
「その予定はないよ?」
「ええええええええええッ!?」
ストーリーの骨子が崩れ去った!?
「地道な下積みの果てにスター選手となったマメカラスさんには、下手な対戦相手はぶつけられないからね。ファイナリストとして我が団体の頂点、ピンクトントンさんとのスペシャルマッチが決定済みだよ」
一番いい立ち位置じゃないのよ。
何故そこに私がいない!?
「モモコちゃんが凄いのは認めるけれど、何の実績もない状態じゃ、さすがに重要な局面は任せられないよ。団体自体スタートしたばかりなんだからスベリは許されないのさ!」
「そんなッ!?」
ガガーン!?
「ピンクトントンさんは人間軍の傭兵だった経歴からして魔国に受け入れられるか不安だったけど、案外こっちにもファンが多いようでね。やっぱり知名度が高いのは有利だよね」
「傭兵ビル・ブルソン(ピンクトントンの本名)といえば魔王軍から『肉厚暴走特快』『太いは正義』と恐れられた猛者ですから。彼女のタックルに轢かれた兵士たちの中には『癖になる』とたわけた感想が数多く……!」
補足を入れてくれるセレナちゃんだが、補足のせいで益々わけがわからなく……!
「キミたち女の子はわかってくれないかもだけれどね……。男は案外太めの女性の方がより好みだったりするんだよ……」
カトウさんが遠い目に!?
ええい、話が逸れたわ。
要するにあの覆面女レスラーは、そうして戦場で実績を積み重ねてきたピンクトントンさんに、何週間かそこらで名声を並べた女。
それはただ単に強いというだけでは到底成し遂げられない。
やはり生まれついてのスター性を備えているってところね!
そんな強大な相手と、普通なら主人公の私はすぐさま戦えるはずなのに、どうして対戦できないのかしら!?
「だから実績がないからだよ。そしてごく自然に自分のことを主人公と言う肝の太さ」
「やっぱりハートに毛が生えていますね、モサモサと」
誰もがこの世界に生きる主人公なのよ!
このイベントでスターと戦えないなら、私の物語は盛り上がりを失ってしまうわ!
「まあまあ、別にこのイベントが最後ってわけじゃないんだし、ここで活躍しておけば、次のマッチメークである程度希望を容れてもらえるかもしれないんじゃない? 頑張りなよ?」
「私の対戦相手は誰なの!?」
「モモコちゃんは、同ランクの女性冒険者とのマッチが予定されているよ。第三試合だから早めに準備しておいてね」
「どうでもよさそうな前試合いいいいッ!?」
そんなの尺の都合でいつでもカットされそうじゃないの!?
下積みの悲哀をここで味わったわ!
「フン、手ぬるいわね!」
と言ったのは誰か?
コーナーポストの上に立って会場の注目を一斉に集めている覆面女!?
ミス・マメカラス!?
「お行儀よく並んだ試合なんか見せられてもお客様は退屈なさるだけだわ! プロレスとは流血のエンターテイメント! スリリングでエキサイティングでなければいけないのよ!」
な、何を言う気なの!?
「弱者が強者に挑む、そしてあるいは奇跡の逆転勝利があるかもね! それくらいの展開がなければお客様に来ていただいた甲斐がないわ! というわけでこの私、謎の覆面レスラー、ミス・マメカラスの名において対戦形式の変更を要求するわ!」
な、なんだってーッ!?
「トーナメントよ! トーナメント形式で参加者全員が戦い、最強者を決めるのよ!」
トーナメントですって!?
何なのその漫画みたいな展開!?
「戦って、戦って、戦い抜いて! 最後の一人を決めるまで戦い続けるのよ皆の衆! そしてトーナメントの頂点に立った者に与えようじゃない!」
「与える? 何を!?」
「真の最強者であるこの私への挑戦権を!!」
おおおおおおぉーーーーーッ!? と会場が盛り上がったわ!
あの覆面女は不遜にも、自分自身を挑戦を受ける王者に位置付けている!
微塵も疑うことなく当然のように!
なんという傲慢! なんという自信!
これはある意味、選手全員に叩きつけられた挑戦状だわ! 私も含めた!
会場も、このあまりにも大胆な要求にざわついている……!
揺さぶられている。
ここにいるすべての人たちが、あの覆面女の高貴な気迫に飲み込まれている!?
「ふざけるなー! 何の権利があってー!」
「そうよー! 王者の座は、団体代表のピンクトントン様が相応しいわーッ!」
中には冷静さを保てる人もいて、この大胆極まる覆面女に反論する人たちもいたわ。
しかし覆面ミス・マメカラス、そんな反論をむしろ『待っていました』とばかりに受け止めて……。
「そうね、アンタたちの言うことももっともだわ。ならば私は、私が今ここにいる中でも最強であることの証をほんのちょっとだけ見せてあげるわ……。……ホルコスちゃん!!」
「了解ですレタスレート」
あああああーーッ!?
何よあれは!?
上空に翼を持った人間が飛んでいる!?
あれはもしや……天使!?
翼を持った人といえば天使!?
「うええええーーーッ!?」
しかもその天使は何故か、大岩を持ち上げているうううッ!?
あんな大岩どこから持ってきたの!?
持ち上げている天使本人の十倍以上の体積があるんじゃない!?
あんなの持ち上げて空を飛べるなんて、あの天使こそ何者!?
「では、行きますよレタスレート」
「おう! いつでもきんしゃい!」
「落としまーす」
ひょい。
うはあああああああッ!?
天使の野郎!?
あんなにクソ大きな岩をポロッと手放しやがったわ!
あんな上空から!
支えるものを失ったら重力に従って落ちるだけじゃない!
そしてその下には他でもない、大言壮語の覆面女レスラー、マメカラスがいるッ!?
ああなったら岩の下敷きになってぺちゃんこせんべいになるしかないわッ!?
「せいッ!?」
「!?」
覆面女が真上へ突き上げた拳が、落下する大岩に触れた、その刹那。
跡形もなく粉々に砕け散った……!?
いや、もちろん岩がよ?
「な、なんだってーーーーッ!?」
「アフターケア上昇竜巻アッパーカット!!」
ミス・マメカラスがもう一方の拳を振り上げると、その勢いで起こった竜巻が、細かい無数の岩の破片を巻き上げ、遥か上空へと吹き飛ばしていった。
破片にぶつかって怪我をする観客など、お陰で一人もいなかった。
「同じことができる人がいるなら、名乗り出てちょうだい。今すぐ私との対戦をセッティングしてあげるから」
しかし、声を上げる者は一人もいなかった。
私自身を含めて。
本当に何者なのよミス・マメカラス!?







