606 試合開始
そしてついにやってきたわ。
プロレス興行の本番当日が。
花形スター選手モモコです!
……ごめんウソ!
プロレスという概念がまさに今日からスタートした異世界において誰もが皆ルーキーなのよ!
私もまだまだ駆け出しのヒヨッコ!
でも、必ずやこれから連勝街道を驀進しアタックナンバーワンに輝いてみせるわ!
「非常に燃えていますねモモコは……!?」
というわけでセレナちゃん!
いつもはパーティメンバーで相棒だけど今日だけはライバルだよ! もし対戦することになっても手加減しないから! 全力で最高のファイトをしようね!
「それはいいのですが……、その、この衣装は……、本当にこれを着て試合しないとダメですか……!?」
そう言ってセレナちゃん、自分の出で立ちを見下ろす。
とっても似合ってて可愛いわよ!
この日のために、あのバティさんが仕立ててくれたリングコスチュームじゃない!
「しかしこの衣装、思った以上に露出が高いというか……!? おヘソも太ももも丸出しで、ほとんど下着姿ではないですか……!?」
下着よりは露出してないでしょー。
ブーツも履いてるし肘サポーターもしてるし。
いつもの女魔族さんの格好とそんなに変わらないわよ!
私だって試合に臨むからには出来たてホヤホヤのリングコスチュームに身を包んでいるわ。
モモコの名に相応しいピンク色のメインカラーで、とっても可愛くてお気に入りよ!
「忘れないでセレナちゃん! プロレスは真剣勝負であると同時にショーでもあるのよ! 多少はいやーんマイッチング☆な格好でお客さんを魅了しないと興業が成り立たないんだよ!」
「どうしてモモコはそんなにエンタメに前のめりなんですか……!?」
きっと女の子は誰でも一度はアイドルに憧れるからだよ。
女子プロレスラーとアイドルはなんか近いと思わない!?
「あと『いやーんマイッチング☆』って何ですか?」
「今そこにツッコむ?」
とにかく女子プロとして好成績を上げれば臨時ボーナスとかもらえるかもしれないし!
冒険者にとってお金は大切なのよ!
「というわけで今日は勝ちまくって声援を受けまくろうねセレナちゃん!」
「無論、私だって出場するからには勝つつもりです。魔王軍人には、たとえショーであろうと負けることは許されません。しかし……」
しかし?
「声援を受けまくる、というのは難しいかもしれません」
えッ? どうして!?
他に誰が出るのか知らないけれど、少なくとも私とセレナちゃんの可愛さを持ってすればハコが埋まるのは確実じゃない。
「そう甘いものではないでしょう。何しろプロレス? とやらは魔国において初めての試み。耳にしても『何のことか?』と首を傾げる者がほとんどのはず。それを押して見に来るヤツなど相当なもの好きぐらいです」
た、たしかに……!?
この異世界でプロレスは、まだ始まったばかりの娯楽……!?
「おまけに今日の試合会場として選ばれたチューケイチの街は、人間国へと繋がる街道沿いにあります。かつては人魔戦争において重要な後方支援を担っていた、いわば要衝です」
そーらしいわね。
一応確認しておくけれど、チューケイチの街は魔国側にある街だからね。
そして人間国との国境近くにある街なのよ。
ピンクトントンさんが主導するプロレス興行最初の地として、この街が選ばれたのには、もちろん理由がある。
これから人間国の冒険者が、規制緩和されて魔国のダンジョンへ入っていくようになる。
元々魔国にはいなかった冒険者が、魔国の一般庶民さんにすんなり受け入れられるかは甚だ不安。
もしかしたら不審者として通報されちゃうかも。
それを避けるために先んじて、冒険者に馴染みのない魔国の皆さんへ、冒険者のことを知って受け入れてもらおうという目的で試みられたのがプロレス興行なのよ。
この催しを通じて、誰か一人でも冒険者がスター選手として浸透すれば、冒険者全体が魔族さんたちにとって身近な存在になるわ。
「そのためにこそ魔国内で人間国にもっとも近く、そして規模のあるこのチューケイチ街が選ばれたのでしょうが、それが却って仇になりかねないと私は懸念しています」
「なんで!?」
「人間国に近い地理だからこそ、この街はかつての人間国の暴虐がどこより記憶に残っています、生々しく」
「暴虐って……!?」
「戦争していたのですからね。敵国に憎しみを抱くのは至極当然のことではないでしょうか?」
そうかもしれないけれど……。
かつて戦争していた国との敵意や憎しみが蟠っているとしたら、もっとも顕著なのが国境沿いのこの街ってこと?
人間国と戦うために多くの人たちが行き来していたことだろうし、もしかしたら直接攻撃に晒されたこともあるのかもしれない。
そんな人たちにとって、催し物のために訪れた人族なんて『どの面下げてきやがった』ってことになるんじゃない?
ヤバいわ。
言われてみたら入場した途端、空き缶や生卵をぶつけられるビジョンしか浮かばなくなっちゃった!
私たちはスター選手どころか鼻つまみ者に!?
いきなり大人気という、そんな都合のいい展開はないわね!?
「やだ考えてみたら急にお腹が痛くなってきたわ! 四方八方からのブーイングなんて私のガラスのハートじゃ堪えられない!」
「情けないこと言わないでください。何事も実を結ぶには忍耐の時間が必要なのです。そしてアナタのハートにはもっさり毛が生えているので大丈夫ですよ」
そんなヒトを図太いみたいに。
ああ、そうこうしているうちにイベントが始まってしまう!
まずは試合の前に、出場選手全員で開会式ですって!
嫌よ! 生卵投げつけられるのは嫌!
入場するなり大ブーイングは嫌ああああああッ!?
* * *
そして実際にリングに上がってみると……。
……降り注ぐのは大歓声だった。
「何よまったく予想通りじゃない!?」
一番最初の!
誰よ、嫌われるとか言った人!? 私の繊細な感性が擦り切れるところじゃないの!
実際に会場へ出てみた私たちを待っていたのは満員の観客に、耳を揺さぶるほどの大歓声。
私たち選手へと送られる声は、敵意とか拒絶とかそんなもの一切なしに完全無欠の歓声だった。
ホームだわ! ここは私たちのホームだわ!
「意外ですね……!? ブーイングすら覚悟していたのに、ここまで歓迎されるなんて……!?」
本当に意外そうな声をしているのはセレナちゃん。
そうよ、彼女が散々私を脅してきたのよ!
リスさんのように小心な私をあんなにビビらせて、蓋を開けたらまったく不安なことなかったって騙されたわ!
この精神的ストレスの慰謝料を支払ってよ!
「はっはっは驚いたかい? さすがに僕たちも無策で突入するほど無謀じゃないよ?」
「アナタはカトウさん!?」
何故ここに?
「今日は僕もレフェリーとして試合に参加するんだよー。それよりも驚いたでしょう? アウェーのはずの魔国の街で何故こんなに歓迎されるのか?」
はい、まったくです!
完璧に予想を外されたけどセレナちゃんの推測にも一理あったと思うのでこの展開は完全に意外というかなんというか!
一体どういうことなのでしょうカトウさん!?
「我々だって、イベント成功のためにしっかり布石は打ってきたということさ。この日のためひたむきに続けてきたドサ回りが功を奏したよ」
「ドサ回り?」
とか話していたら……うわ何?
急に観客さんたちの歓声が、さらにビートを上げてきたわよ!?
「来場の皆さま……大変長らくお待たせしました」
あッ、カトウさんがなんかアナウンスしだした!?
レフェリーとして!?
「本日、参戦予定の最後の選手が入場します。拍手をもってお迎えください! 我が新団体希望の星! 既にスター選手としての名声をたしかにした才色兼備の最強レスラー!」
スター選手!?
この私を差し置いてそんなヤツが既にいるの!?
「マスクで顔を隠しその正体は不明! しかしそのミステリアスさがさらなる魅力を呼ぶ! その気品ある佇まいから『仮面王族』のニックネームを既に得ている、トップスターの貫禄はもう充分だ、それでは入場していただきましょう!」
カトウさん、スッと息を吸って……。
「謎の覆面美女レスラー! その名はミス・マメカラスだああああーッ!!」
大いなる熱狂と共に現れる女子レスラー!
覆面している!?
女子レスラーで覆面レスラーなの!?
しかし被っている覆面然りリングコスチューム然り、キンキラの刺繍でド派手に輝いているから滅茶苦茶眩しいわ!
いや、それだけじゃない!
輝かしいのはけっしてガワだけの話ではなく、着ている当人自体がキラキラ輝いているのよ!
なんていうの!? オーラってヤツ!?
そういう芯から出ていく輝かしさが、私ら庶民とは根本的に異なっている!?
なんなの、この生まれついての品格の高さは!?
これが貴種ってヤツなの!?
「皆! 豆を食べなさい!!」
ミス・マメカラスなるリングネームの女子レスラーが開口一番の言葉!
「豆を食べれば誰もが健康で幸せに! 私こそが豆の使者! 豆の伝道師! この覆面レスラー、マメカラスがリングに豆の花を咲かせて見せるわ!」
おおおおおおッ!!
と呼応するように観客席が熱狂する!?
たった一回目のイベントでこうも観客の心を鷲掴みにするなんて!
謎の覆面レスラー、ミス・マメカラス。
一体何者なの!?







