550 そしてマスターになる
さて、こうしてオークボ城エキシビション。
ゴールデンバットvsシルバーウルフさんの競争は、シルバーウルフさんの大逆転勝利で幕を閉じた。
「シルバーウルフ! シルバーウルフ! シルバーウルフ! シルバーウルフ! シルバーウルフッ!!」
観衆も勝者へ惜しみないコールを送って、勝利を祝福する。
それも勝ったのがシルバーウルフさんだったからだ。
人徳ある者が栄冠を手にしてこそ誰もが祝福してくれる。これがゴールデンバットだったら舌打ちが漏れたことだろう。
そう、大事なことは成果だけじゃないのだ。
皆の心を一つに合わせる和も大事!
そのことを忘れてしまったことが蝙蝠野郎の敗因だったのだ!
忘れるどころか最初から知らなかっただけかもだけど!
「いやー、いやいや、名勝負だったにゃーん」
そして現れるもう一人のS級冒険者ブラックキャット。
猫の獣人のお姉さん。
結局彼女は何をしたんだろう?
「期待通りだったにゃ。シルバーウルフちゃんならきっとあの我がまま蝙蝠野郎をギッタンに叩きのめしてくれると思ってたにゃーん」
「え? お前は私のこと応援してたの?」
意外そうな声を上げるシルバーウルフさん。
それもそうか。
あの猫娘、どっちかを応援する理由も見当たらないしな。
…………。
それはそうと、俺もS級冒険者の問題児どもと触れ合いが進んで大分対応がぞんざいになってきたな。
反してシルバーウルフさんへの尊敬の念が膨れ上がる。
「お前はてっきりただの賑やかしで変な対戦を思いついたとばかり思ったが……。ああ、そうか。単にゴールデンバットが嫌いだから私を応援したと?」
「それもあるけど、純粋にシルバーウルフちゃんに勝ってほしかったにゃーん。この勝負には実は重要なことは懸かってたにゃーん」
「重要なこと?」
黒い猫、オークボ城の観客がいまだ注目している中で高らかに言う。
「この勝負に勝った者を次のギルドマスターに任命するにゃーん」
「どええええええええッッ!?」
それに驚くシルバーウルフさん。
なんで!?
「聞いてないが!? そんなこと私は一言も聞かなかったが!?」
「勝ったら教えるつもりだったにゃーん」
「そういうのは勝負の前に通達するものじゃないのか!? 事後承諾なんてレベルじゃないぞ!!」
シルバーウルフさんの仰る通り。
ギルドマスターってのはアレだろうか? 冒険者ギルドで一番偉い人のこと?
そんな役職の後継者に任命されるなんて凄いじゃないかシルバーウルフさん。
「まあ、もしゴールデンバットのアホが勝った場合は何も言わずに流すつもりだったから、実質的にはシルバーウルフちゃんが次期ギルドマスターになるための試験みたいなものだったにゃ。見事打ち勝ったにゃ立派にゃーん」
「私にそんな意識はこれっぽっちもなかったんだが!?」
「実際ギルドきっての厄介者を押さえつける胆力なり実力なりは組織のトップとしてほしいところにゃーん。キミは今日それを示したにゃ。厄介者を打ち破ったにゃ」
その厄介者って、あの蝙蝠野郎のことか。
誰から見ても畏敬の念がないな。
「実力を示したキミは、充分にギルドマスターとなる資格を得たにゃ。これからの冒険者ギルドを引っ張っていけるのはキミだけにゃーん」
「いきなりそんなこと言われても! 嫌だなりたくない! ギルドマスターになったら責任がさらに倍増する!!」
可哀想なシルバーウルフさん。
今ですらS級冒険者としての責任を率先して背負っているというのに。
「そんなシルバーウルフちゃんだからこそ任せられるにゃーん。一番荷物を持ってくれる人がさらに持ってくれるものにゃん」
なんと言う残忍な法則。
「というわけでギルドマスターになるにゃん。シルバーウルフちゃんこれは運命にゃ」
「そんな運命はねえよ! 私にはわかっているんだよ! これから世の中がガンガン変わっていって冒険者ギルドもその対応を求められる! そんな改革期のトップなんて面倒に決まっている!」
「だから今のマスターも早めに引退したいのにゃん。あとを託せるのはシルバーウルフちゃんだけにゃーん。運命は心の中に宿るにゃん? そしてキミの心は進んで苦労を引き受けようとするにゃん」
「ウソだあああああああッ!?」
しかし肝心の現ギルドマスターがいないのに、よくここまで話を進められるものだ。
というかまだ一度も顔を合わせたことがない。
「いつもそうだよ、あのオッサンは! S級冒険者会合の時も、魔族との競争の時も、全部私に丸投げして姿も見せねえ! だから私が全部取り仕切る羽目になるんじゃないか!!」
「ならもういっそシルバーウルフちゃんが名実ともにトップになっちゃえって話にゃーん」
「だからそれが嫌だあああああッ!?」
全力で運命から逃げようとするシルバーウルフさん。
「大丈夫です! シルバーウルフ殿ならきっと務まりますよ!」
「わらわたちも応援しておるぞ!」
と、唐突に出てきた二人は魔族のマモルさんに人魚ゾス・サイラさん。
シルバーウルフさんも含めて『クローニンズ』と並び称された三人だ。
「マモル殿にゾス・サイラ殿!? 何故ここに!?」
「私もイベントに参加しに来ました。魔王様も参加されるということですので」
「わらわは開催者側じゃ」
変なところで縁のある三人。
「なりましょうよギルドマスター。こちらとしてもアナタに責任が集中した方が話が通りやすくて助かりますよー」
「わらわだって宰相やってるんじゃから、死なば諸共じゃよー」
まとわりついてくる同志。
苦労人たちは仲間を求めるが、だからこそ一緒により深みに落ちていこうとする。
這い上がろうとすれば足を引っ張り、別に這い上がらなくても足を引っ張る!
「シルバーウルフさん! ギルドマスターになってー!!」
「アナタがトップなら安心だ!」
「弱い冒険者たちを守ってー!」
観客席からもよき指導者を望む声が沸き上がり、当人を包み込む。
これはもう逃げ垂れない雰囲気。
「わ……」
「わ?」
「わかったよ! やればいいんだろうやれば!!」
「わーい! やったにゃーーんッ!!」
こうして冒険者ギルドに新時代の担い手が誕生したのである。
新ギルドマスター・シルバーウルフ。
S級冒険者と兼任。
「辞めないの冒険者!?」
「まだまだ探究欲は尽きないからな。しばらくは半現役でやっていくつもりだ」
「純粋に負担が増える!?」
やっぱこの人率先して苦労しに行ってるんではないだろうか!?
「よかったにゃーん。これですべて思惑通りにゃ」
「なんだよお前の目論見って?」
そういえば、この猫娘はどういう目的でここまで立ち回ってきたんだ?
シルバーウルフさんのギルドマスター就任試験であるかのような競争を仕組んだのも思えばコイツ。
最上級とはいえ一介の冒険者が、何の因果でこんな仕掛けを?
「だって私、現ギルドマスターの娘にゃん」
「ふーん、えッ?」
「ギルドマスターの娘にゃん」
「えええええええええええええええええッッ!?」
一番驚いていたのがシルバーウルフさんだった。
何で驚いてるの?
「だって知らなかったんだもの!? お前がギルドマスターの娘!? そんなこと一度も聞いたことがなかったが!?」
「言わなかったからにゃーん。冒険者同士、経歴を探らないのはマナーだし。私もお姫様扱いされるのが嫌だから黙ってたにゃーん!」
「キミの父親……今のギルドマスターは普通の人族だったような?」
「母親似にゃーん」
衝撃の事実発覚。
だが現トップの親族ならば後継者選びに奔走するのもあり得る話。
今までの出来事が一本の線で繋がった?
「というわけでギルドマスターになるからには私を嫁に貰ってもらうにゃーん」
「なんで!?」
「こう見えてギルド上層部は親族経営にゃーん。親からも『ギルドマスターの相応しい婿を捕まえてこい』『さもなくばお前がギルドマスターになれ』と煩かったにゃーん。シルバーウルフちゃんが生贄になってくれて助かったにゃーん」
「今生贄って言った!?」
「心配するにゃーん! こう見えても結婚したら尽くすタイプにゃーん! しっかり夫を支えてやるにゃーん!」
「そう言いつつ厄介事を全部押し付けてくるつもりだろうがあああああッ!? いやああああああッッ!?」
ここにまた一つ、一人の女によって人生丸ごと絡めとられていく男の姿を目撃してしまった。
目撃者として俺が何より思ったことは、狼の夫と猫の妻の間には、一体どんな子供が生まれてくるのだろうということだった。
「おめでとう!」
「新ギルドマスター夫妻、結婚おめでとう!」
「夫婦双方がS級冒険者なんて! 現場を知ってる人たちがトップを仕切ればきっと安心だぜ!」
「魔族とも仲がいいようだしきっといいマスターになってくださるわ!」
オークボ城の観客たちも、思わぬ慶事の目撃者となって祝福の拍手を惜しまなかった。
最後に一人。
今戦の敗者となったヤツ、S級冒険者のゴールデンバットが……。
「もしオレが勝ったら、オレがヤツと結婚してギルドマスターやらされていたのか。危なかったな……」
いや、それはない。
身の程を知ってください。
* * *
と、いきなり波乱のスタートを切ったが今年のオークボ城は始まったばかり。
これから怒涛の本戦に見ていこうと思う。
オークボ城の楽しさは、まだまだこれからだ!






