520 民営化
我が農場に、アレキサンダーさんがやってきた。
世界最強の竜にして、恐らく全次元最強の存在であるグラウグリンツドラゴンのアレキサンダーさん。
かの御方が到着なされたと同時に、俺は土下座した。
「申し訳ありませんでした!」
「何事ですかな?」
俺なりにアレキサンダーさん来訪の目的を考えてみました。
最近そちらにウチのヴィールがよく窺っているそうで。
アイツが何かやらかしたのでしょう?
保護者としては、先んじて謝っておきませんと!
そんな風に俺が平伏していると、ジュニアもよちよち歩いてきて、俺の隣で平伏した。
単に父親である俺を見様見真似しているんだろうが、ジュニアよ。
父の姿をよく見ておくんだ。
大人として土下座の作法は必ず覚えておくべきだからな!
「早計なさらんでくれ。ヴィールは我がダンジョンでとても愉快な働きをしておる。アイツが配り歩くラーメンとやらは冒険者たちから大好評だ」
「そ、そうですか……!?」
俺はまたてっきりヴィールのやらかしで、アレキサンダーさんのダンジョンが崩壊したりしていないかと……!?
「本日訪ねたのは、別の用件でだ。まあ顔を上げてくれ。同じ目線でなければ話はできん」
「はあ……!?」
アレキサンダーさん、ドラゴンであるというのに相変わらずの人格者。
どんな奇跡が起きたらあのように理想的な最強者が出来上がるのか。
とりあえず、まだ土下座しているジュニアを抱え上げて、アレキサンダーさんと共に家へと入る。
談話の形が整ってから。
「さて、聖者殿は情勢に聡いかな?」
「情勢ですか……?」
アレキサンダーさんは言った。
一応念のために言っておくが、今この人は人間形態。
貫禄ある老翁の姿は、まことアレキサンダーさんの性格に似つかわしい。
で、情勢か。
一応、情報は収集するよう心掛けてはいますが……?
ネットもない世の中だし、すべてを聞き知っているとも自信をもって言い難い。
アレキサンダーさんは、どんな世の変動を受けてここを訪ねたのだろうか。
「魔国が、冒険者を呼び込もうとしておる」
「その話なら私も聞いたわよ?」
横からプラティが口を挟む。
ジュニアをあやしながら。
「魔国のダンジョンを管理するのに魔王軍だけじゃ足りなくなってきたんでしょ? 軍縮が進んでるらしいからねえ……」
「その穴を埋めるため、人間国から冒険者のシステムを輸入しようという」
ウチの奥さんが世界情勢に敏感だ……!?
元は王女様だし、それも当然と言ったところか?
ジュニアよ、母のああいうところを見習うんだぞ。
母からは賢明さを、父からは土下座を。
「魔族たちは、ダンジョンの管理モンスターの駆除を軍隊で賄ってきた。その方が国が完全統括できて都合のいい面もあろうが、それも戦時下という特殊状況下でしか成り立たんものだったな」
「世界中のダンジョンをくまなく抑えようなんて戦時下の動員力でもないと不可能だもんねー。戦争が終わって平時の規模に抑えようとしたら支えきれなくなる道理か……」
ふむふむ、そうか……。
そうかー、なるほどねー。大変だ。そりゃ大変だ!
……ジュニアよ。お父さんは別に何もわからなくて話についていけてないわけじゃないぞ?
必要なことは全部プラティが先に言ってくれるから、わざわざ俺が言い添える必要なんてないだけだ。
「……んで、その足りない分を民間に委託しようと?」
「そうだな。元々魔国と人間国は、ダンジョンという同じ問題に対して民と国とまったく違う対応をとってきた。それを改め、一方が一方を見習おうということだ」
「しかも勝った魔国が、敗けた方の人間国をね」
「そう、プライドの点から考えてもかなりの英断と言えよう。魔国の支配者は実利をしっかり見据えた、果断の為政者と言えるだろうな」
ジュニアー?
もうすっかり歩けるようになってー?
偉いぞ偉いぞー?
「噂の段階ではだいぶ前から言われてきたことよね? 軍縮のひずみが出てくることはわかりきっていたし。時間の問題だと多くの人たちが見てたはず」
「それがついに実行に移されるようになった。ここまで時間がかかったのはやはり魔王軍側のプライドの懊悩であろう。地上最強の軍隊となりながら、己が力の不足を認めるのは苦しいことだろうしな」
……さて。
そろそろちゃんと話にかたれるようにならないと、俺のプライドが粉砕される。
何かいいとっかかりはないものか!?
「先日、旧人間国の冒険者ギルドに通達があり。まずは魔国内数ヶ所に試験的なギルド支部を置くよう指示されたそうだ」
「それって……ダンジョン管理用の?」
「無論、また軍縮で退役となった魔王軍兵士を冒険者として登録し、雇用問題も同時に解決する肚のようだ。人間国から現役の冒険者を連れてきてもいいが、それだと今度は人間国まで人手不足になる」
「いい施策じゃない? 少なくとも政治ダメダメな人間国で上手く行っていた冒険者システムが、魔国では受け付けられないってことにはならないと思うわ。安全、経済、様々な面でもって最上の選択だと思えるけど?」
「理屈だけの話でならばな」
アレキサンダーさんの意味ありげな物言い。
なんだ? と空気が変わる。
「人にはプライドがあるものだ。そのプライドが、頭では正しいと理解している道をどうしても踏ませないこともある」
「まあ……、そういうこともあるわよね?」
「魔王軍は、これまでの数百年ダンジョンを管理し続け、まあ完璧と言っていいほどに抑え込んできた。同時に戦争にも勝利し、地上最強の軍隊という称号を得た」
そうして高まったプライドが、己が無力を認めるに邪魔となり、現状では独力でダンジョンを管理できないことも認められず、また民間の援けを借りることも潔しとできない。
「そのせいで魔王軍は、この改革を『受け入れる派』と『受け入れない派』の真っ二つに分かれて論争中らしい。必要に迫られながら、ここまで実行が遅れたのもそこに理由があるらしいのだが……」
「どこもくだらないことで停滞するのねえ」
そう言ってやるなやプラティ。
プライドが正しい行動の邪魔をする。
その気持ちはわかるよ。俺も男の子だから。
「しかし、現場を支える魔王軍も限界に達しつつある。そこで魔王軍は、冒険者ギルドへある提案をしたという」
――『冒険者とやらがもし、真の精鋭だというのなら勝負しろ』
「勝負?」
「『それに勝てたのなら実力を認め、魔国のダンジョンを任せてやってもいい』……と」
「何それ? 自分から提案し解いて条件を突き付けてきたって言うの? 見苦しいわねー?」
歯に衣着せないプラティ。
「魔王軍全体を納得させるには、これしか方法がなかったのであろう。勝負の方式は、あるダンジョンを同時に攻略し、成果の上げた方を勝ちとする。より早く最深部に到達する、巣食うモンスターをたくさん倒す。勝敗の基準は色々ある」
魔族側が、ダンジョン管理者としての冒険者の手腕を期待する以上、勝負は単純な殴り合いよりも、そういうものの方が順当か。
「人間国と魔国の間でまた面倒なことが起ころうとしてるってことはわかりました。でも、何故その話をアレキサンダーさんが俺たちに?」
アレキサンダーさんは竜の王ガイザードラゴンすら超える超竜。
そんな超越的存在であるアレキサンダーさんにとって、人間同士の争いなど虫が騒ぐにも満たない些事じゃないか。
あとその話を俺たちにすることも。
「うむ、ここからが我々に関わりある話なんだが……」
と改まって言う。
「とりあえず魔王軍と冒険者の選りすぐり同士で勝負することは決まった。勝負の方式もダンジョン攻略競争で決まった。では、次に決めなければならないのは、勝負の舞台だ」
舞台……。
「つまり、どこのダンジョンで勝負するかってことですね?」
いつの間にか俺自然に話に加わっている。
やったあ。
「そうだ、最初は私のダンジョンでやることが検討された。冒険者ギルドが管轄する中で最高のダンジョンということだから、選ばれたのは光栄というところだ」
人間相手にこういう物言いをするところがアレキサンダーさんの凄いところ。
「しかし話を進めているところで魔王軍の側から物言いが入ってな。曰く『人間族が普段から攻略しているダンジョンでは、人間族の方が圧倒的に有利ではないか』と」
言われてみればそうだな?
勝負なら公平を期すのが最低限の気遣い。
「でもそれを言うなら、魔国側のダンジョンなら魔王軍の有利になってやっぱり駄目なんじゃないですか?」
「そうだ、ならば勝負の場は、人間族の冒険者も魔王軍の兵士も誰も入ったことのないダンジョンが相応しい」
そんなダンジョンあるのかよ!?
……あるか?
「そうだ、聖者殿の農場にあるダンジョンならば人間国魔国、どちらにも属していないからどちらも攻略した経験がない。ヴィールのダンジョン、不死王たる先生が治めるダンジョン。どちらかを勝負の場として使用できるよう口添えをしてくれまいか?」






