473 学生たちの成長
オレとラーティルは、揃ってオークラさんから拳骨を食らった。
「おごたいッ!?」
「はんッ!?」
変な悲鳴が上がるほどに痛い。
まあオークラさんが本気で殴ったら頭が胴体にめり込むだろうから、物凄く手加減してくれてるんだろうが。
「危なくなったら逃げろと言っただろうが! 何を意気揚々と立ち向かっておるか!?」
というのがオークラさんの怒る理由。
「お前たちにもしものことがあったら、聖者様や先生やお前たちの親御さんになんと言えばいいのか! 腹を切って詫びなければならんところだったぞ! もっと判断力を磨け! 引き際を見定めろ!」
「「すみませんでしたッ!」」
周囲では、騒ぎを聞きつけてきた同級生たちによってスクエアボアの解体が行われた。
滅茶苦茶な数いたから、これで肉の補充は事足りるだろう。
「で、でも我々も逃げるに逃げられない状況だったんですよ……!」
「スクエアボアの足の速さは人以上だし、立ち向かう以外に生き残るすべが……!」
ラーティルと並んで必死に言い訳していると、オークラさんの率直な一言。
「木に登ればよかったじゃないか」
「「え?」」
「イノシシは木登りできんのだ。避難してやり過ごすのが一番と前に教えたはずだが?」
…………。
……すっかり頭から抜け落ちていたようです。
いやあ非常事態だと肝心なことが思い出せなくなっちゃうようですね?
「……ワルキナ、ラーティルそれぞれ減点だ」
「「はい……」」
こうしてオレたちは危機を脱した。
* * *
減点はされたが、無事生き延びてオレたちは大きな糧を得たと思う。
重要な経験を。
オレが前に出て、ラーティルが後方を守る。
この位置関係で互いの長所を伸ばし、欠点を補い、より堅実な戦いを進めることができる。
「ありがとうワルキナ、お前のおかげで死なずに済んだ」
農場に戻ってから改めて礼を言われた。
よせやい。
「それはこっちだって同じだ。それよりアレ、上手くできたと思わないか?」
「アレ?」
「オレが守って時間を稼ぎ、お前が大技を決める」
「ああ……!」
アレが上手く機能すれば、誰にも負ける気がしない。
身体強化でパワーを手に入れたとしても、所詮人一人の体から出せる被害はたかが知れている。
それが獣の群れに襲われてよくわかった。
やはり広範囲、殲滅的な攻撃能力を求めたら魔族の魔法以上のものはないし、オレたち人族の戦い方に欠けるものだろう。
「でも強力な魔法を使うには、呪文詠唱の余裕を確保することが絶対必要だ。あの時はお前が守ってくれたおかげでその余裕ができた。戦闘中あんなに楽に必殺魔法を連発できたことはない」
「連発っていうには間を置いてたけどな!」
「だから発動から次の詠唱を間断なくできたって意味だよ!」
思い悩んでいたラーティルにも覇気が戻ってきた。
もう魔国に戻ろうなんて言い出したりはしないだろう。
「ああ、そういえばオレ、山で剣折っちゃっただろ?」
「滅茶苦茶情けないやり方でな」
「そこは忘れろよ……! で、新しい武器を用意したんだけど……」
「え? それ?」
杖だった。
人族のオレとしては何ともピンとこなかった。
「杖って武器に入るの?」
と。
武器だったらまず刃がついてないと話にならないし、よしんば鈍器だったとしても、もっと重い金属製にした方がいいんじゃないか。
それなのに杖って……。
「杖って!!」
「いや人族のお前にはわからんだろうけどな。マジックワンドっていって魔法を使うための補助具なんだよ」
ほう?
「宝石や呪具をはめ込んで霊的効果を得たり、精霊賛歌を刻みつけて特定の精霊との交感を深めたりする。それで魔法の力を高めるんだな」
わからん文化が違う。
「それがあれば魔法をよく使えるってこと?」
「そう、呪文の効果を高めたり、詠唱を省略したりできる!」
「でも武具としては頼りなくない?」
こんな細い杖で殴ったら、こっちの方が折れそうじゃない?
「だから戦いでは完全に魔法に頼ることになる。偏った戦い方だともいえるな。でも、これからの魔族はそういう戦い方の方がいいと思うんだ」
ラーティルの表情に迷いはない。
「これからの時代、筋力や接近戦で魔族は人族に絶対敵わないようになる。ならば及ばない分野を補うよりは、優れた部分をさらに磨いてもっともっと伸ばした方がいい」
「それで剣から杖に……?」
「もちろんそうなれば、肉弾戦接近戦に持ち込まれたら一気に崩れ去るだろうがな。でもその時はお前が助けてくれるだろう?」
もちろんだ。
もう魔族も人族も敵同士じゃない。
協力して同じ敵に立ち向かっていく時代になる。
違う種族、特徴が違って、得意も苦手も違う。
それらを補っていけば、きっと地上に敵はいるまい。
「これから魔族も人族も大きく変わるぜ。その変化を読み切った者が、次の時代のトップに立てる。そういう意味じゃ、オレたちは今変化の最前線に立ってて滅茶苦茶有利な状況にいるのかもな」
「なら、農場から去るっていうのはナシか?」
「もちろん、オレはこの恵まれすぎた環境で、自分の才覚がどこまで通じるか試してみるさ」
強いものが生き残るのではなく。
時代の変化に対抗し、環境に忠実に従い続けた者が生き残る。
そっちの方が結局、弱肉強食なんかより何倍も真実に近いんだろう。
ラーティルは、長い思い悩みの果てに、強さとは何なのかに気付いた。
「無論オレの出した答えが正しいとも思わないがな。農場にいる他の魔族生徒の中には、まだ単独での接近戦闘に拘ってるヤツもいる」
「そうなの?」
「魔術魔法を接近戦用に工夫し、詠唱なしで即時発動できるような仕組みを先生にお願いして考えてもらってるらしい。あと、生体マナによる身体強化法を試してるヤツもいるらしいぞ」
「魔族で?」
身体強化法は、生物になら誰にでも存在する生体マナを源にする。
生物になら誰にでもあるわけだから、生きててマナを活用できるだけの知性を持ち合わせていれば誰だって身体強化法は使える理屈だ。
「人族が、たまたま一番生体マナの基礎量が高いってだけで、他の種族が使えないルールはないよな」
それでも基礎量で負けるからには同じ方法で人族に挑んでも負けるのは目に見えている。
さらに上に行くには、もっと工夫が必要になるだろう。
「皆色んな新しい形を模索していく。同じ場所にいながら振り落とされてたまるか……! 絶対に最後まで駆け抜けてやる……!」
闘志に燃えるラーティルを見て、何故戦争で人族が負けたのかわかった気がしてきた。
身体強化法を与えられて、その凄さに酔いしれているだけのオレたち。
でもそれじゃダメなんだ。
ただ与えられて満足しているだけでは。
強くなりたければ、上へ行きたければ進化しなければ。
自分でどうするかを考え、自分の足で歩いていかなければ。
それができないヤツは、多少の追い風に恵まれて座したまま先に進めたとしても、いつまでの吹く風はない。
無風となって、ただ突っ立っているだけのところを自分の足で歩いていく者に追い抜かれるんだ。
「コイツらみたいな……!?」
今は先生から教えてもらった新技で優位になっているけど、このままじゃ確実にすぐまた負ける。
勝ち誇った傍からしてやられた気分になる。
だから魔族とは恐ろしい。
「オレも必死になって探してみるよ。人族の新しい未来を。ガラじゃないけどな」
「人族と魔族と、一緒に頑張っていこう」
互いの手を握り合う。
この場所で得るものは実にたくさんある。
* * *
ところで……。
このお話の最初の方で言い争いしてた魔族の男と、人族の少女。
いたじゃん?
アイツら付き合ってるらしい。
表で思い切り喧嘩し合って、裏でいちゃつくのが大いに燃え上がるんだそうな。
迷惑な。
爆発しろ。
爆発しろ。
 






