444 新米皇帝発展記その八 竜の社会見学
そんなわけで我々はお邪魔した。
グラウグリンツドラゴンのアレキサンダー兄上が主を務めるダンジョン。
『聖なる白乙女の山』へ。
* * *
「若きガイザードラゴンが突然訪問し、何事かと思えば……!?」
ダンジョンの最深部……いや山ダンジョンにおいては最頂部というべきか?
とにかくそこに鎮座するアレキサンダー兄上は、人間形態をとっていた。
人類に対する異様な傾倒を見せるアレキサンダー兄上は平時でも本来のドラゴン姿ではなく人間形態をとっているらしい。
竜帝ガイザードラゴンをも遥かに超える超絶ドラゴン兄上。
そのパワーが無秩序に発散される竜形態よりは、人間形態でいる方が常時楽なのかも。
おれたちも訪問先の家主に倣って人間形態に変身する。
「見学か。……勉強熱心でよいではないか」
「アレキサンダー兄上こそ紛うことなき最強ドラゴン! その兄上が治めるダンジョンこそ、新たな竜帝城作りの参考になると思いまして!」
アレキサンダー兄上はグラウグリンツドラゴンの称号を持っているが、それは別名、皇太子竜。
皇帝竜とも呼ばれるガイザードラゴンを継承する第一候補が名乗る竜名だが、無論その称号を得るには物凄く強くなければならない。
もっともアレキサンダー兄上は、グラウグリンツドラゴンの枠組みを遥かに超えて最強で、現役皇帝だったころの父上が恐れて滅ぼそうと企んだほど。
本来ならば、このアレキサンダー兄上こそが新たなガイザードラゴンになるべきだったのだが、御本人に興味がないらしくお鉢がおれに回ってきた。
でなくばおれのような若輩者がガイザードラゴンになれるわけがないし。
しかし兄上は帝位を譲るにあたって最大限の協力をしてくれると約束してくれた。
だから今回頼らせてもらった。
「兄上のダンジョンはニンゲンたちからも大層評判が高いと聞きます! その秘訣を是非とも学ばせてください!」
「ぬははははは、皇帝となったくせにおだてが上手いではないか」
兄上が浮かれている?
実に珍しいことだった。
「ダンジョン作りは私のライフワークなのだ。破壊も闘争も血沸き肉踊りはするが、創造と育成より意味あることではない。力だけあれば何でも壊すことができるが、作り育てることは力だけではどうにもならぬ。だから私はそれらの行為を慈しむのだ」
「素晴らしい! 参考になります兄上!」
やはりアレキサンダー兄上は、他のどのドラゴンとも違う。
超絶最強であるばかりでなく、治者の振舞い方をしっかり心得ている。
兄上もまた英雄であり王者の風格を持つドラゴンよ。
「しかし我がダンジョンに目をつけるとは弟よ。お前も心得ているではないか。我がダンジョン『聖なる白乙女の山』はもうかれこれ数百年、人類から親しまれ続けておる。人類にとってダンジョンは必要なものだからな。より貴重で、豊富な素材を採取できるダンジョンほど有難がられる。その上で険しく難関で、冒険者たちの挑戦欲を掻き立てる構造ならなおさらよい。そうつまり、ダンジョンの評価は人類が行うのだ。これが大事だ。他者に評価してもらわなければ自己満足にしかならんからな。その点、私のダンジョンはなんと、人類たちが定めたダンジョン等級で六つ星を獲得したのだ! 凄いだろ!? 本当はダンジョンの星付けは一から五までしかないのに、それを超えての六つ星だ! いやーあれほど努力が報われたことを感じたことはなかったな! お前もダンジョンを作るなら人間に侵入されることを意識しなさい。彼らが喜ぶものを作ればきっと彼らはそれに応えてくれるから! それこそが創作の意味なのだ! 醍醐味! お前もやってみればきっとわかるからその面白さが!!」
「アイツ、ダンジョンの話になると早口になるよな。チッ」
父上が舌打ちした。
「ダメですぞ父上、ところかまわず舌打ちしては」
「うっせえ! アレキサンダーの若造が悟った気分になりやがって! 何が創作だよ! ダンジョンなんてテンプレに沿って作っときゃいいんだよ!」
相変わらず父上はアレキサンダー兄上と仲悪いなあ。
「そういえばアードヘッグよ、さっきから気になっておったのだが……!?」
兄上が語るのを中断して尋ねてくる。
「お前、なんだかたくさん引き連れて訪ねてきたな。やたら大所帯ではないか?」
「皆、付いてくると言ってきかなくて……!?」
「それなのに何故全員めっちゃ不機嫌そうなのだ?」
そうなのだ。
おれとともにアレキサンダー兄上のダンジョンを訪問した竜たち。
何故か皆等しく不機嫌。
元からアレキサンダー兄上と対立していた父上は仕方ないとして……。
ブラッディマリー姉上。
「なんでアレキサンダー? なんでアレキサンダーのところなのよ!? わたくしのダンジョンの方が学ぶところがたくさんあるでしょう?」
次にヴィール姉上。
「おれのダンジョンの方が凄いのだー。規模では負けるけど、構想とかアイデアでは絶対勝ってる自信があるのだ! そういうとこ全部ご主人様が手を加えたとこだけどな!」
あとシードゥル。
「ぎゃああああああ……! この方が最強ドラゴン、アレキサンダーお兄様!? 目の前に立ってるだけで腰がガクガクですわあああ……!」
コイツは単にアレキサンダー兄上の強さにビビっているだけだが。
他の二人は……?
「特にヴィール姉上。なぜアナタまで来てるんです? アナタは農場に帰ったんじゃないですか?」
「マリーのヤツから誘われたのだ! 一緒にアレキサンダー兄上のダンジョンにケチつけまくろうってな!」
マリー姉上なんでそんな陰湿な?
かつてガイザードラゴンの座を狙っていたマリー姉上なら、アレキサンダー兄上を敵視していたのもわかりますが?
「何かしらこの床は?」
マリー姉上、指先で床をつつつ……、と撫でて……。
「ほらこんなに埃がついているではないですか? 掃除の行き届いていないダンジョンね?」
「マリー姉さまダメですわ! 嫁入り前から姑っぽくなっていますわ!?」
本当に何しに来たんだろう?
さすがに床が汚れるのは仕方ないだろうに。
『申し訳ありません。偉大なるマスターの玉座を清めきれぬこと、私の責任』
誰?
気づけばアレキサンダー兄上の傍らに誰かいた。
人型ではあったが肉はなく骨が剥き出し。アンデッドであることが一目でわかった。
「えーと、どちら様?」
『マスターアレキサンダーにお仕えするノーライフキングでございます』
えー?
「兄上ってノーライフキングから仕えられてるんですか!?」
すげえ!?
そんなドラゴン他にいないよ!?
「わ、わたくしだって、その気になればすぐノーライフキングの下僕ぐらい……!?」
「おれには近所に死体モドキがいるのだー!!」
マリー姉上もヴィール姉上も対抗心を燃やすな!?
特にヴィール姉上は、それ先生のこと言ってるの!? 知ってるよノーライフキングの先生は、むしろヴィール姉上の保護者でしょう!?
『お気になさらず。私ごとき他の不死王たちに比べれば取るに足らぬ若輩者。「三賢一愚」のごとき超越者の足元にも及びません』
こういう謙遜してるヤツが却って怖いんだよなあ。
それなのに姉上たちは言葉面を真に受けて威張り散らしている。
「そっ、そうよねえ? 従者に成り下がるノーライフキングの実力なんてたかが知れてるわよねえ?」
「おれたちはドラゴンなのだ! 敬うのだー!」
ノーライフキングは恭しく首を垂れるが、あれはあくまで客に対してもてなしてる態度だよな?
客以外を前にした時、あの不死王はどう動くのか?
「家令よ。彼らの望みを叶えてやってくれ。我がダンジョンを心行くまで案内してやると言い」
『マスターのご意向のままに』
アレキサンダー兄上に命じられて従う不死王。
「あらお兄様、アナタみずから案内してくださらないの? 竜帝ガイザードラゴンに対して敬意が足らないんじゃなくて?」
マリー姉上が挑戦的な口調を浴びせる。
やめて! 実力的には圧倒的のその上にアレキサンダー兄上が上なんだから!
「そう言われるとまさしく正論で心苦しい。だが私は今ここを離れるわけにはいかんのでな。家令に代理させることを許してほしい」
「理由?」
「冒険者のパーティが一団。もうすぐこの頂上にたどり着きそうなのだ。せっかくゴールしたのに主が席を外していたのでは可哀相だろう?」
なんとそこまで配慮しているとは、さすが兄上!
『冒険者モモコのパーティですか。ただいま十階層を攻略中なのであと一息といったところですが、消耗具合からしてそろそろ引き上げるかもしれませんよ? あと今十一階層にソンゴクフォンうろついてますよ?』
「それでもよい。ニンゲンたちの可能性を信じ、私はここで座して待つのみだ。弟妹たちの持てなしはお前に任すぞ」
『畏まりました』
兄上かっこいい……!?
挑戦するニンゲンたちを信じぬいて、挑まれる者の責務をしっかり果たそうとしてる。
「ケッ、気に入らねえ、いい子ちゃんぶりやがって」
「ドラゴンはもっと悪辣であるべきですわ」
「おれの方が偉いのだー!」
それを気に入らない他ドラゴンたち。
ドラゴンって基本は救いがたい種族なんだな。
『ではご案内しますこちらへ』
「あ、どうもご丁寧に……!」
我々はノーライフキングの家令の案内を受けて、最高ダンジョンの見学を始める。
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ちょうどクリスマスの良い日に5冊目の大台を刻むことができました。
これも皆様のご愛読のおかげです!






