415 魔法革命
こうして博士が我が農場に完全に住みつくようになってから、ヤツはどこにでも現れるようになった。
猫は頭さえ通ればどこにでも侵入できると言うが、いや本当どこにでも。
居間だろうと寝室だろうとトイレだろうと、風呂……は濡れるのが嫌らしくて近づかないが。
特に台所で調理中ニャーニャー言われるのが煩くてしょうがない。
『にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃー』
「ええい! こういう時だけいかにも猫らしくしやがって!?」
狙いはわかっているので、仕方なく三枚おろしにしている魚の余った骨のところを落としてやる。
「骨にこびりついたところでも舐めとるがいいわ」
『ケチ臭いにゃー、たっぷり身がついたところを落としてくれてもいいにゃよ?』
そんな中で博士が特に出没するのは留学生の授業だった。
先生が留学生相手に講義しているのを、香箱座りでジッと見つめている。
『やりにくい……!?』
先生はノーライフキングの先輩から凝視されて緊張気味だった。
珍しい。
それでも無事授業を終わらせて解散。
「先生、今日もご指導ありがとうございました!」
「さ、畑の手伝いするべ」
「オレは自主練ー」
「猫ちゃんまたねー」
「猫ちゃん可愛いー」
生徒たちもすっかり猫の存在になれたので、興奮のままにワシャワシャせず、擦れ違いざまに背中を一撫でしていくのが精々だった。
授業場から生徒がいなくなったあとで……。
『生者に教えをつけるなど、モノ好きだにゃー』
博士が先生を茶化す。
『そんな酔狂をするのは老師ぐらいのものかと思ったにゃす。先生が老師の真似事をするとはにゃー』
『よしてくだされ。ワシはあやつなどと違って、人々に教えてはならない禁法の区別はついておりますぞ』
さりげに怖いことを言う。
『ワシが彼らに教えているのは半分は自分のためです。ワシが異形となって修めた知識が、彼らを通して世の役に立つのならば、永遠に死なぬ体になった意味もあったのではと思いましてな?』
『面白い言い回しにゃす。ノーライフキングになる者は大抵、永遠そのものを求めて意味にゃんか求めにゃんすよ』
『永遠に変わることがない永遠など紛い物の永遠です。そうは思いませんか。真の永遠とは生と死を繰り返し、一時も留まることのない変化にこそある』
『わかるよ、わかるにゃすよ』
『真の永遠を手放したワシが、彼らに託すことでワシの蓄えたものを永遠の流転に送り出すことができるのです。これこそ不死の王となった我が最上の喜び』
うん。
難しい話になった。
死を超越した向こう側にいる人たちだからこそ成立する会話に、いまだ四苦八苦から解放されない俺は近寄ることもできない。
『にゃー、そういうことであれば』
博士がなんか思いついた。
『吾輩からも、なんか教えられることがあるかもにゃ。ちょうど考えていた課題があるのにゃ』
『なんですと?』
『先生も思ったことがないかにゃー? 法術魔法って無益すぎるにゃ?』
法術魔法とは。
この世界にある魔法形態の一つである。
魔族が使う魔術魔法。
人族が使う法術魔法。
この二つの頭を取って魔法というのかは知らないが。とりあえず地上での主流と言われるのは、この二つだ。
『吾輩は前々から思ってたのにゃ。二大主流魔法という割に、法術魔法は不便だし、微妙だし、そしてコスト高すぎにゃ! 一回使うたびに自然マナを傷つけるとか効率悪すぎにゃーん!』
『使えるのが教団の神官のみというのも問題でしたなあ。あれではごく一部の特権階級を強化する役割しか果たせません』
で。
それがどうなの?
『便利で効率よくて誰でも使える魔術魔法。不便で効率悪くて使えるものがごく一握りの法術魔法。あまりにも不均等だと思わにゃいかにゃ?』
『それはそうですが……』
『なので吾輩は、もっと法術魔法をちゃんとしたいと思っていたのにゃ! 教団なんて腐った組織に独占されず誰でも使えて! かつ自然に優しく副作用がない! そして多岐に渡って使える法術魔法を作りたいのにゃよ!』
『おお!』
先生の反応が鮮やかだ。
『……人魔の戦争も終わり、人類同士が傷つけあう時代も終わりました。そういう意味では人族に新たな力を与えても問題ありませんな』
『人族の子たちは、魔法も使えないまま知恵と経験だけを頼りにダンジョンに挑んだりするのにゃー。吾輩も元人族として、彼らを助けてやりたいのにゃ』
博士は人族出身なのか。
人間から不死の王、不死の王から猫。
なかなか稀有な経歴をお持ちだ。
『わかりました。そういうことならワシもお手伝いしましょう』
『先生が手伝ってくれるなら捗りそうにゃー。……そうだ、老師も呼んで「三賢」勢揃いでやるにゃ?』
『やめておきましょう、あやつの術形態は独特すぎます』
こうして先生と博士の、新魔法開発プロジェクトがスタートした。
効率悪すぎて使い物にならない法術魔法を、ちゃんと使える者に一から作り直そうという野心的な試み。
最高峰ノーライフキングがタッグを組んで挑むに相応しい題材だった。
* * *
『そんでまず私を呼んだの?』
召喚されたのはヘルメス神。
天界に所属する神様で、神々の伝令役という立場からか自分の意思で下界に降りてくることのできる唯一の神様だ。
今回は先生に召喚されたけど。
『一応法術魔法はお前らが与えたものだからにゃー。一応義理を通しておくにゃ』
『相変わらずふざけた格好してるね博士。こっちとしては全然かまわないよ。好きにやったら?』
意外というか意外でもないというか、ヘルメス神は下界の変容に無関心だった。
『いや、どうでもいいってわけじゃないよ? 今ちょっとそれどころじゃないっていうか、アポロンが勝手に三界協定結んじゃったじゃん?』
ああ、農場博覧会の時ですか。
『アレに反発する天界の神がいてさ。賛成派反対派で天界を二つに割っての戦争になりそうなんだよね』
たしかにそれどころではない事態ですね。
「大丈夫なんですか!?」
『アポロン側に私とベラスアレスとヘラクレスがつくからまあ大丈夫。キミらの世界に迷惑をかけることはないと思うよ? ヤバくなったらハデスおじさんポセイドスおじさんに頼ることもできるし』
はー。
まあ頑張ってください。
『それでも念のため聞いとくけど、ちゃんと人族のためを思った魔法作りをしてくれるんだろうね? 嫌だよ、キミらをきっかけで人族が不可解な進化を遂げるの!?』
『心配ないにゃ、節度をもって対応するにゃーん』
博士から請け負われても……。
何か漠然とした不安が残る。
『法術魔法最大の問題は、自然マナを莫大に取り込んで効果を発揮するところ。おかげで大地に満ちるべきマナが枯渇し、悪影響が出る』
と先生。
『そこで改良としては、人族が自分の体内にあるマナだけを使用して発現させる小規模魔法とする。個人レベルでの扱いならそれで充分だろう』
『話としては納得できるけど大丈夫? 自然マナすら枯渇させる法術魔法の動力源を人体に求めたら……』
使った人即座に干物にならない? ってことか。
『そこは我々の研究如何だな』
『心配ないと思うにゃー。こう見えて人族は三大種族の中でも飛び抜けて人体マナ保有量の大きい種族だにゃー』
え? そうなんです?
『それが人族の種族としての特徴なのです。ホレ、レタスレート姫が怪力を得たのも、そもそもの原因はそこですな。農場での生活で保有する人体マナが活性化されて筋力に変換されているのです』
そんな裏メカニズムが……!?
『吾輩や先生や老師といった『三賢』の全員が人族出身なのも関係ある話にゃー。でも大抵の人族は、生まれ持った潤沢な人体マナをまったく活かせていないのにゃー』
そんな不遇の時代に終止符を打つために、先生と博士が立ち上がる。
* * *
そして先生と博士は凄く頑張った。
自分たちの新開発する魔法が、人族の新しい未来を切り開くと信じて。
既にノーライフキングとして生命を超越したはずの彼らが、いまだ死に囚われた人間のために何故尽くす?
超越者としての哀れみか。それとも超越者となるために捨て去ったものへの償いか。
あるいはその両方を満たすためか、人智を超えた力の持ち主が、そのすべてを駆使して挑むに相応しい課題に挑む。
その結果……。
* * *
『やったー! 完成だー!』
『新生法術魔法第一号完成だにゃー!!』
先生と博士が喜びに沸き返った。
あんな興奮する先生初めて見た。
『今はまだ威力が小さくてショボいが、ここから更なる発展を遂げることだろうー!』
『小さい一歩だけれど大きな一歩なのにゃー!!』
喜びに打ち震える二人を遠巻きに見守る俺。
そんな俺のところへ再びヘルメス神がやってきた。
「あ、どうも。今日は何の御用です?」
『どもー、いやこないだ言ってたろ? 不死の王が二人がかりで法術魔法を作り直すって、その話をハデス様にしたんだ。そしたら「たしかに人族が魔法を使えないのは可哀相だ」って言ってね……』
人族も魔術魔法を使えるように設定してくれたらしい。
『これで魔族も人族も分け隔てなく生きていけるよね!』
『『ちょっと待って!?』』
こうして超越者たちの苦労は水泡に帰したのだった。
……神は相変わらずエグイことしてくるなあ。






