413 不死の最高王
『ふにゃははは、バレてしまってはしょうがにゃい』
「シャベッタアアアアアアッッ!?」
猫がシャベッタ!?
猫がああああッ!?
『落ち着いてください聖者様、そやつはただの猫ではありませぬ』
「といいますと!?」
『猫の体を借りていますが、宿っているアストラル体は別のものです。ワシと同類です』
先生と同類!?
ってーことは……!?
『ワシと同じノーライフキング。その中でも最年長を誇るノーライフキングの博士』
ノーライフキングの博士!?
それがこの猫の正体!?
『この者に比べればワシなど千歳ちょっと越えた程度の若輩者にすぎませぬ。永遠に匹敵する生にてすべてを知り得たはずなのに、なおも知識を求めて猫の体を借りて世界中を散策する。それが博士の在り方』
「そんなッ!?」
こんなにも可愛いのに! 人に対して媚びまくりだというのに中身は先生と同じだと。
つまり鷹揚なお爺ちゃんであると!?
詐欺じゃないか。
『詐欺ではないにゃ、吾輩は可愛い猫だにゃ』
「シャベッタ!?」
『猫には可愛がられる権利があるのだにゃあああ』
寝転がりながらも尻尾を振って、たっしたっしと床を叩く。
その横柄な態度もたしかに猫そのもの!?
「しかし何故ノーライフキングが猫になった!?」
『変身したわけではありません。あの猫の「体」は、正真正銘猫のものです。そして博士の本体は別にあります』
先生が代わって説明。
『博士の「本体」は、今でも本拠地ダンジョン奥深くに保管されています。博士はその「本体」を起因にアストラル体を飛ばし、猫に憑依しているのです』
『ノーライフキングの体は、肉体とアストラル体のハイブリッドで経年劣化とかないはずにゃすが、四千年も動かしてるといい加減ガタが来るにゃよ。「このままじゃ朽ちるな」ってんで動かさずに保存して、猫ちゃんたちの体を代わりに使わせてもらってるにゃ』
『前々から思ってましたが、なんで猫なんです……!?』
『猫、可愛いにゃ』
『可愛いですが……!?』
何ということでしょう。
農場に現れた猫、ノーライフキングだった。
本来猫などいないはずの農場で見かけたからなんか変だなとは思ったが。
まさかここまで凄いオチが潜んでいたとは。
世界最恐の災厄の一つ、ノーライフキング!
しかもその中で一番凄いの!?
『そう、吾輩こそノーライフキングの中でも最強の力を誇る「三賢一愚」の一人。その中でも最高の長寿を誇るノーライフキングの博士にゃ!』
『その変な称号考えたのも博士ですよね?』
『先生も「三賢」の中に入れてあげたにゃ。嬉しいにゃよ? ガイザードラゴンとサシでやって勝てるのが選考基準にゃ』
そんな物凄いノーライフキングの一人が我が農場へ!?
猫の可愛さとは一番かけ離れた、緊張感!?
『恐れる必要はないにゃ。コイツの基礎はたしかに猫だにゃ』
猫の口を介して博士が言う?
『吾輩は長年の魔法研究によって構築したアストラルネットワークを介し、世界中の猫たちと繋がってるにゃよ。必要な時に必要な場所にいる猫の体を間借りして、感覚を共有してるにゃ。おかげで世界中のどんな出来事もリアルタイムで観測にゃ』
『しかし猫の感覚器でそこまで知覚できますか?』
『大丈夫にゃ。猫の目も耳も鼻も、そしてビンビンのおヒゲも、人類なんぞよりずっと高性能にゃすよ』
ざりざりの舌だけは別だがにゃ、と博士。
『別に人格……、もとい猫格を上書きしているわけじゃないので、この体の主体は今この時も猫の方にゃよ。猫の迷惑になることはしないにゃ』
と言いつつ博士、自身の前足をおもむろに舐めだした。
ホントだ、たしかに猫だ。
集中力が秒単位でもたず、すぐ毛づくろいする。
ただまあ、ここまでの説明で博士なるノーライフキングの在り方はわかった。
それは究極の超越者ノーライフキングの中でも奇異なものであるのだろう。
朽ちかけた自分の体から離れて霊体だけを駆使し、地上にいる特定動物に宿る。
博士の説明から推測するに、世界中にいるすべての猫に博士は憑依可能で、世界中すべての猫が博士の目であり耳である。
もしそんなことが実現可能であれば、博士が世界中で知りえないことなどないではないか。
元の肉体が朽ちて使用不可能になったとはいえ、そんな無茶な方法を思いつきよるとは。
「ノーライフキングの肉体が朽ちるほどに長生きっていうのも相当凄い話よね……!?」
プラティが戦慄しながら言った。
『にゃーに、おかげで猫の体に宿れたのだからそう悪い話じゃないにゃよ。一度は猫になってみたい人生だったにゃ』
『ワシもあと二千年ほどしたら真似してみますかのう』
先生がそう言って、二人(一人と一匹?)の間に大爆笑が起こった。
ノーライフキングジョーク。
あまりに超越者すぎて俺ごときでは笑えない!!
『……で、博士は聖者様の農場に何用ですかな?』
と、先生が聞いてきた。
『何言ってるにゃ? 先生がここを紹介してくれたにゃ。面白そうだから観察しにいくと伝えたはずにゃ』
『たしかにそんなことマナ通信で言いましたが、もう二、三年前のことですぞ? なんで今になって?』
『何を言ってる、その二にゃ。ノーライフキングにとって一年二年など誤差範囲にゃ』
『言われてみればたしかに。最近生者と交わる機会が多くて気が短くなっておったようですな』
『先生が若い証拠にゃ。千歳なんてまだまだ鋭気が漲っておるにゃ』
またしても超越者ジョーク!?
「と、ということはあれですか……!? この化け猫は先生の紹介で訪れたと?」
『申し訳ない。しかし博士にかかれば、ここの存在を知られるのは時間の問題ですし、あとで「なんで黙っとったにゃ」と責められるくらいなら話した方がいいと思いましてなあ』
そんな苦手な先輩に対する後輩みたいな……。
先生がそうなってしまうのが博士というノーライフキングなのか?
『博士は知識の蒐集欲が物凄いのです。ノーライフキング化して四千年が経った今でも新たな知識を探し求めています。そのために世界のどこにでもいる猫に憑依しているのです』
『知識を得るという目的のためには人類の傍にいることも重要な条件だからにゃ。人類の傍にいて常に自然なのは猫か犬にゃ。そして机の上に登っても怒られないのは猫だけにゃ』
ウチでは怒りますからね?
『世界は常に新しい知識で溢れているにゃ。ノーライフキングの中にはたかだか数百年ですべてを知り尽くした気分になる二流がいるにゃすが、それは自分の限界が見えてしまっただけにゃ。心に新鮮さを持ちさえすれば、世界も常時新しいにゃ。それこそが不老不死にゃす』
猫が……!
猫がなんか含蓄のあること言ってる……!
『この農場はたしかに興味深いにゃ。先生の紹介がなくてもいずれ吾輩は、ここに気づいて訪れていたにゃす。先生を責めるに値しないにゃよ』
「責めるつもりは……!?」
「大体秘密にしときたいなら最近のキミらは迂闊すぎるにゃ。魔国でも人間国でも派手なことしでかしたにゃ」
農場博覧会とオークボ城のことでしょうか……!?
そこを指摘されるとぐうの音も出ない?
『安心するにゃす吾輩は、天空の神々ほど無粋ではないにゃよ。興味深いものを弄り倒してダメにしたりはしないにゃ』
「つまり農場に過剰な干渉はしないと?」
『吾輩は観察者にゃ。ただ黙って見詰めるだけにゃー』
ノーライフキングは猫の姿で伸びをした。
その様子は、なごやかな猫そのものだった。
『どうにゃ、吾輩を追い出すにゃ?』
「……いや、危険がないというなら先生の知り合いだし無碍にはできません。好きなだけいてください」
可愛いしな猫。
いるだけでお得。
そんな猫が向こうから住みついてくれるというならオッケーでしょう。
既に我が農場にはポチたちがいるというのに。
犬に加えて猫も加わったサイコーではないか!
まあ、あえて問題があるとしたら……。
「わー、ねこですー!」
「かわいいのですううううーーーッ!」
大地の精霊たちが猫の存在に気づいた。
彼女たちも猫の可愛さは大好きなようで、即座に周囲に群がる。
「かわいいですかわいいです!」
「なでるのですー!」
「せなかをなでるのです! あたまをなでるのですー!」
「あごのしたをかくのですー!」
「おなかをワシャワシャなでるのですー!」
「しっぽを掴むのですー!」
「みみをうらがえすのですー!」
「はなのあなをふさぐのですー!」
「あくびしたくちに、すかさずゆびをつっこむのですーッ!」
やりたい放題。
猫を前にした子どもたちの標準的な行動だった。
『…………』
それらに囲まれて博士は。
「あっ、逃げたのですー!」
「ネッコが逃げたのですー!」
「おうのですううううううッッ!!」
猫の天敵、子ども。
幼いがゆえに加減を知らず、可愛いがゆえに追ってくる。
猫にとっては完全な有難迷惑。
『ふにゃああああッ!? 子ども嫌い! くんな! あっち行けえええええッ!?』
正確には精霊で子どもじゃないんですけどね。
最高ノーライフキングの博士にも唯一の弱点があった。
猫であるがゆえに。
子どもが苦手。






