395 博覧会の来客その三
我が名はルシフェラゴ。
魔王となるはずだった男である。
前魔王の長男にして嫡子。普通の流れであれば我が父上のあとを継いで魔王になるべきところだった。
しかし実際はそうならなかった。
末弟のゼダンがクーデターを起こしたからだ。
兼ねてより出来がよく、戦場に出せば大将軍、内政に用いれば名宰相なること確実とか言われて我も期待をかけていた末の弟。
『そんなんだったらいっそ魔王も任せちゃおうかなー?』とか冗談で言ってたら、本当に魔王の座を奪われてしまった……!?
いや、実際のところ臣下のほとんどがゼダン側に回った。
太子の我よりゼダンの方が魔王に相応しいって言って。
何故なら我は父上に似て文化を愛し、芸術を奨励していた。父上に負けるかという勢いで連日舞踏会を催し、サロンには様々な文人画家を抱え込んだ。
それが散財だったようで。
『このままルシフェラゴ様が魔王になったら魔国が潰れるぞ!!』という危機感が募ったらしい。
てなわけで弟の中で一番有能なゼダンを台頭させてしまった。
大袈裟な。ちょっと国家予算の半分溶かしただけじゃない?
って軽く言ったらボッコボコに批判された。
そんなわけで我は今、本来魔王となるべきところを、ごくこじんまりとした地方領の領主に格下げされて日々ささやかに暮らしている。
いや本来なら権力争いに負けた太子とか殺されて当然なんで、飼い殺しでも生かされてる分感謝すべきなんだろうけど。
とは言っても領の運営も代官が行って我は一切タッチできないからマジ飼い殺し。
『お情けで生かしてやってるんだから、ここで自然死するまで静かにしていてください』と言わんばかり。
それでも生きていればなんか情勢が変わって、返り咲きの機会もあるかなあと思いきや、無理だった。
元々有能なゼダンのことだ。
一時期はなんか失踪したとかで盛り返しの好機かなと思えたがなんてことはない。
すぐさま電撃的に舞い戻り、僅かな好機に浮かれたお調子者どもを一掃してしまった。
自分が魔王になった際に除ききれなかった反抗の残りカスを今度こそ根こそぎ抹消してしまった。
その直後の人間国滅亡、人魔戦争の終結。
歴代魔王の誰もが成し得なかった偉業を成し遂げたことで、ゼダンの体制は盤石となった。
首尾よく嫁貰って跡取りも拵えたということだし、これもう隙なしだろ。
終わった。
我が雌伏は永遠に雌伏のまま終わるんだなってんで自暴自棄になりかけた、その時だった。
当の魔王となったゼダンから書状が来た。
超怖かった。
何せ魔王として完全な優位をたしかにした弟からの便りである。
『もう兄上を生かしておく理由もなくなったしそろそろ死ね。毒も併せて送っておいたからな』ぐらい書いてありかねない。
しかし毒瓶らしい同梱物もなかったので恐る恐る開封して読んでみると……。
『招待状』
とか銘打ってあった。
『このたび久々に博覧会を開くことになりました。ルシフェラゴ兄上は、一際ああいった催しがお好きだったので、これを機会に魔都へお越しくださりませんか。旧き兄弟の誼を温め合いたく存じます』
的な要件が書いてあった。
ふざけんなよ!?
こちとら好んでもいないのに田舎の奥底に押し込められ、名ばかりの領主に仕立て上げられたんだ。
それを気紛れで呼びつけられて、『はいそうですか』とホイホイ上洛しろと!?
我とてかつての魔王太子、魔王となるはずだった男としてのプライドがある!
敗者になっても勝者に媚びることなどせぬ!
……魔都に戻った途端捕まって処刑とか、そういうことを怖がってるわけじゃないぞ。
すみません嘘です、そういう展開が本気で一番怖いです!!
プライドと恐怖心から、我はこの末弟からの要請を無視した。
それからしばらく経って、父上からも手紙が来た。
今は大魔王として隠居している先代魔王の父上だった。
『親愛なる我が息子よ。弟からの頼りに返事を出していないそうだが、息災か。まさか筆も持てぬほど衰えているのか。心配である。ワシも愛する息子と久々に会いたいので、いい機会だから来るといい。お前は本当に博覧会が好きだからな。魔王太子時代は十七ヶ月連続で博覧会を主催しておったぐらいではないか』
父上も、今はすべての権力をゼダンに取り上げられた隠居爺のはず。
ゼダンに命じられて誘い出しに加担したとしてもおかしくない。
我とて長男としてもっとも父上から愛された息子。愛され過ぎて甘やかされて次期魔王に相応しくないって烙印を押されたが……。
そんな愛すべき父上からの要請でも、我は魔都に行ってやるものか!!
そうしてあらゆる誘いを拒否して領地に引きこもること数日……。
ヤツがやってきた……!!
* * *
「『来い』って言ってんのに無視するとか何様だよ?」
この我、元次期魔王第一候補だったルシフェラゴ。
喉元に折れた聖剣を突きつけられている。
「キミに魔王様の要請を拒否する権利があると思ってるわけ? 思ってるならとんでもない思い上がりだなあ。生かしておく価値もないほどに」
「ひぃいいいい……!?」
「この僕をこんな山奥までご足労させてさあ。わかってるでしょう僕が面倒くさがりなのを? その僕にこんな手間暇かけさせてケンカ売ってる?」
「売ってないです! 売ってないです!」
世が世なら魔王になっていたはずの我を臆面もなく脅せるこの男。
ベルフェガミリア。
今は四天王になったんだっけ!?
「キミを魔都から追い出す時に言ったはずだけど? キミを生かしておくのは魔王様の慈悲なんだから、魔王様への感謝を忘れず毎日お礼言わないとダメだよって? それなのに何魔王様のお手紙無視してんの? 字も読めないほど阿呆だったの?」
「いやでも……ッ!? 今後再び魔都の土を踏んだら生かしておかないと言われましたし……!?」
そう、まさに今、目の前にいるアナタに!!
「そんなのより魔王様の命令の方が優先されるに決まってるでしょ? その程度の判断もつかない無能だから都落ちするんだよ」
「すみませんッ!?」
「まあキミがそんだけの無能ってわかってたのに手を打たなかった僕にも責任があるってことだよね。仕方ないから面倒くさいのを我慢して来て上げたよ。さあ選びなさい。今ここで死ぬか、上洛して魔王様の前で処刑されるか」
「どっちにしろ死ぬってことじゃないですか!?」
本当に恐ろしい。
ゼダンを代表とした新王権においてもっとも恐ろしいのがベルフェガミリアだ。
表向き怠惰な役立たずを演じているが、裏に回ればあらゆる手段を厭わず邪魔者を始末する。
なんだかんだで甘いゼダンがどうにかこうにか魔王を務めていられるのも、裏方でベルフェガミリアが鬼悪魔の役割を担っているからに他ならない。
ヤツらの政敵だった我だからこそ一番わかる。
ゼダンが止めなければベルフェガミリアは魔王の座を狙える兄弟姻戚を皆殺しにしただろうし。
ゼダンに止められてから『少しでも怪しい動き見せたら殺す』という脅しがメチャ怖かった。
その脅しを理解できずにグチグチ文句垂れてた弟が何人か、まったく音沙汰なくなってしまったのも怖すぎる。
ゼダンが仁徳で包み込み、ベルフェガミリアが厳格で締め付ける。
この二者の両立によって現王権の盤石が成立しているのだ。
「ではさっさと行きましょう。キミごときクズのために無駄にしていい時間は僕にも魔王様にもないんだからね」
「ハイ……」
こうして我は、もう生きてるうちは二度と踏めないと思っていた魔都の土を踏むことになった。
* * *
そして実際に魔都へたどり着くと、我は予想外に暖かく出迎えられた。
「兄上! よくぞ来ていただいた!」
しかも魔王みずから。
末弟のゼダンが両手を広げて抱きかかえてくる。
「書状を送ったのに返答がないので心配いたしましたぞ! まさか直で来ていただけるとは……」
「いやあ……、ウチ山奥ですから……、通信が不便で……!?」
謁見の席でもベルフェガミリアが後方から睨んでいたので『王の親類』としてでなく『臣下』として接する。
そうしないと命がない。
「我は陛下の臣でございます。あまりに大層な歓待は恐れ多ございます……!」
「何を仰る、アナタは我が兄ですぞ!」
「本来なら陛下の覇業の妨げとして誅殺されるところを、こうして生き永らえているのは陛下のご慈悲。このご恩には忠節で応える以外にありません」
この受け答えでいいよね?
殺されないよね?
ちらりと振り返ったらベルフェガミリアが頷いていた。
よっしゃ!
「ではそれで……、早速博覧会へと向かいましょう。兄上は博覧会が好きですからな! ベルフェガミリアも共に来るがいい。今日は兄弟三人で心行くまで楽しもうぞ!」
「面倒だけどお付き合いしましょう」
ゼダンがサラッと言いやがったけど……。
ベルフェガミリアの正体は父バアルがあちこちの女に生ませた諸子の一人。
母親が身分低いメイドだったとかで王位継承権がなく認知すらされなかったが、実力をメキメキ発揮したところをゼダンより見出され召し抱えられることになる。
そういう出自だからか、ゼダン以外の魔王家親族にメチャ厳しい。
何故かゼダンだけは特別扱いで士官の求めに応じたからこそ魔王ゼダンが誕生した。
ゼダンはその功績に応えて、公には庶民であるアイツを堕聖剣フィアゲルプの継承家系へ養子に入れ、四天王として取り立てた。
正式に認められていなくても魔王家の血統に連なる者でなければできない処置だった。
いずれにしろベルフェガミリアがいる限り、ゼダンの魔王としての地位は安泰だろう。
* * *
まあ、それはそれとして……。
博覧会楽しい!
超楽しい!!