355 新米皇帝発展記その二
引き続きガイザードラゴンのアードヘッグだ。
……。
いや、ガイザードラゴンじゃないかもしれない。
自信なくなってきた。
だって父上から『やれ』と言われたことが何度やってもできないんだもの。
『はー、頑張ったな。たくさんたくさん頑張ったな……』
『……』
『で、そのたくさん頑張った結果できたのが、この掘っ立て小屋か?』
父上。
その失望がありありと滲み出た口調やめてください。
おれの放出したマナが実体化して構成された、新・龍帝城。
それは小さかった。
本当に小さかった
人類たちの基準で言うところの小屋。
中身は一室しかない。
放出マナは充分足りている。
『龍玉』を得たおれのパワーは、それだけで間違いなく全盛期の父上に匹敵する。
足りないのはイメージだ。
頭の中で明確に実体化させる城郭の形が出来上がってないから、ちゃんとしたものを作れない。
おれのお粗末な思考力で賄えるのがせいぜいこの小屋程度の規模ということだった。
『父上……、やっぱりおれにはガイザードラゴンなど無理なのです。今すぐアレキサンダー兄上と交代しましょう……!』
『ま……!? まあそう落ち込むなよ? 誰でも最初はこんなものだって?』
父上の口調があからさまに優しくなった……!?
気を使わせてるとわかって、むしろしんどい……!!
『特にお前は、自分のダンジョンを持ってない段階からいきなりガイザードラゴンになったんだ。ダンジョン構成にも詳しくないし、イメージの材料になる知識が足りないだけなんだって、な?』
父上が不気味なくらい優しい……!!
益々惨めな気分に。
『…………』
落ち込むおれを見兼ねてか、父上がしょうがない顔つきになった。
『……別の話をするか』
『はい?』
『これからドラゴンの時代は大きく変わる。何故かわかるか?』
それは……。
ガイザードラゴンが父上からおれに代替わりしたからという話じゃなく、ドラゴンを生み出した祖神ガイアの手でドラゴンの在り方が変わったからでしょう?
と答えると父上は満足げに頷く。
『そうだ、ガイザードラゴンの在り方も、おれの代とお前の代とでは随分変わってくるだろう。……そしてドラゴンは元来奔放で自由だ』
ええ、それは……。
自分たちのことですし。
自由奔放ですよねドラゴン。
『強者ゆえに許された自由。生物として最強の座に位置し、天敵がいないからこそドラゴンは何者にも縛られない。自由とはつまりドラゴンの誇りだ。誇り高いドラゴンほど自由奔放なのだ』
さらに父上は続ける。
『だからこそおれはアレキサンダーが嫌いだった。ドラゴンの中でも飛び抜けた強さを持ちながら人類ごとき弱者に肩入れし、助ける。それは自分で自分を縛る行為だ。強者にとって、これほど誇りのない行為はないと』
だから父上は、アレキサンダー兄上を認めなかった。
息子や娘のドラゴンから力を奪ってまでアレキサンダー兄上と対抗しようとした。
『その結果が、お前ごとき伏兵にやられる結果だがな。結局おれこそ、ドラゴンの誇りの礎。自由の根拠となる強さを失った誇りなきドラゴンだったのだ……』
なんか自嘲的な父上。
『話が逸れたな』と言い直す。
『しかしそんなドラゴンの在り方も、変わる。万象母神ガイアがそう決めたからだ。アードヘッグ、お前はアレキサンダーと同様人類に肩入れするドラゴンだ。珍しいドラゴンと言っていい』
『それは、まあ……』
でもおれがそうなったのは父上のせいでもあるでしょう?
『英雄にあらざる王』もしくは『王にあらざる英雄』を見つけてくること。
それが当初、父上がおれに与えた試練だったのだから。
この試練を達成するためにも、おれは人類を観察せざるをえなかった。
試練の内容になっているだけに『英雄とは何か?』『王とは何か?』も考えながら見詰めなければならなかった人類を。
そのお陰でアロワナ殿と出会い、より深く人類の持ち味を噛み締められたのだが。
『新しい時代を迎え、ガイザードラゴンもこれまでとは違う方がいいのかもしれん。お前のように下等種族との融和を図るようなドラゴンが。まあその点でもアレキサンダーが適格だろうが、ヤツ自身にその気がないのだ。ならばお前がやるしかなかろう』
父上……!
本当に自由奔放で何も考えてないドラゴンとばかり思っていましたが、そこまで深い見識があるとは……!
『さすが父上、いいことを言うではありませんの』
『うひゃあ!? はあビックリした!? 誰!?』
突然背後から声を掛けられたので、おれも父上もビックリして振り向く。
するとそこにいたのは漆黒のメスドラゴン。
これは……ッ!?
『ブラッディマリー姉上ッ!?』
グラウグリンツェルドラゴンの!?
かつては次期ガイザードラゴン最有力候補と呼ばれていた強豪竜が何故ここに!?
『あら、わたしがここへ来たらいけないかしら?』
いけないってことはありませんが……!?
来る必然性もないというか。
『新たなガイザードラゴンとなったアナタが、どんな龍帝城を建てたか見物に来たのよ。仮にもわたしたちの新たな王者となる竜だもの。その振る舞いはしっかり確認しないとね?』
と言って、おれの粗末な作品一号を見やる姉上。
『なんなのこれは!? こんな粗末な掘っ立て小屋をよく城と呼べたものね!? やっぱりドサクサ紛れでガイザードラゴンになった者の程度が知れるわ!』
嘲笑う姉上。
おれは意気消沈した。
『アナタをこのままにしてはガイザードラゴンの威名も地に堕ちることでしょう。仕方ないからわたしが指導して……、ん?』
……なんですか姉上、おれを嘲笑しに来たんですか?
我が身の惨めさなど自分が一番わかってますよ。放っておいてください。
『きゃあああッ!? 何ガチで落ち込んでるのよッ!?』
『あーあ、せっかく持ち直したのに……!』
父上が呆れていた。
『マリー? マジで何しに来たの? ガイザードラゴンになれなかった腹いせに、せめて嫌味でも言いにきたのか? それ父さんドラゴンとして感心しないなあ?』
『そんなつもりはありませんわよお父様! わたしはただ、この不調法者がガイザードラゴンとしてしっかりしているか様子を……!』
『そんなこと言って……。あ! もしかしてアレキサンダーやヴィールがいないところでならコイツを倒してガイザードラゴンの座を奪い取れると!? 汚いマリーちゃんさすが汚い!』
『やめてくださいいいいいッ! 変な言いがかりはやめてくださいッ!!』
ヒトが真剣に落ち込んでるというのに傍で煩いなあ。
『マリー姉上。いくらガイザードラゴンに執着があると言っても、そんな姑息な手口はどうかと思いますぞ?』
『アナタも余計なところばかり拾ってるんじゃないわよッ!?』
何故かおれが怒られた。
どうして?
そんな混乱した状況の中で、さらなる混乱の下が投入される。
『いるかーッ!? いるかアードヘッグとやらーッ!?』
天空から降り注ぐかのような喧しい声。
何事かと見上げたら、上空に一体のドラゴンが飛翔しているではないか。
うーん、見覚えない。
『おれはグリンツドラゴンのマゴニーッ!! お前が汚い手を使いガイザードラゴンを盗み取ったと聞いた! ガイザードラゴンになるのはおれだ! 卑劣なお前を倒し、ガイザードラゴンの称号を真に持つべきおれの手に握る!!』
彼もガイザードラゴンになるために後継者争いに参加していたクチか。
『想像以上に噂が広がっている……!?』
『アレキサンダーのヤツが言い触らしたっぽいからな。これからあの手の挑戦者がドシドシやってくるんじゃないか?』
父上の言葉に、おれは益々げんなりとした。
そんな骨肉の争いの中心に、この身を置かねばならないのか否応なく?
『どうしたアードヘッグとやら!? このマゴニー様に怖気づいたか!? 所詮は卑怯者、せこい手段で勝利したドラゴンにあるまじき小物よ! 命が惜しくばすぐさまこのおれに譲位……、……うえッ!?』
上空にいる彼が好き放題述べる最中だった。
彼は演説を中断させられた。
苛烈な一撃を、その身に受けたからだ。
『おごべえッ!? なんだ今の漆黒の竜魔力は!? ……はあッ!? ブラッディマリー姉上ッ!?』
あれ、いつの間にかマリー姉上が急上昇し、マゴニーとかいう我が兄弟を一方的にボコボコにしているではないか?
『誰が卑怯者だと? 誰が小物だと? ……お前、このブラッディマリーの前で言ってはいけないことを言ったな?』
『ちょ! ちょっと待ってくださいマリー姉上!? おれが罵ったのはアードヘッグとかいうコソ泥ドラゴンで……!?』
『コソ泥だとぅ! いいか覚えておけ! アードヘッグへの侮辱はわたしへの侮辱! その非礼を血を吐いて償え!! ……直下式ダークネス・ミーティア!!』
『ほぎぇえええええええええッ!?』
無慈悲。
全ドラゴン中第二位と呼ばれたブラッディマリー姉上本気の猛攻で、攻め寄せてきたドラゴンは瞬く間にボコボコにされてしまうのだった。
……おれへの悪口にあんなに怒って、制裁までしてくれるなんて。
実はブラッディマリー姉上って、よい人? いやよい竜?
竜は見かけによらないものだなあ……。