353 和の器
こうして森のエルフ制圧が完了した。
ちょっと待て。
制圧したかったんじゃない。
彼女たちとは植林作業で協力を得たかったんだろうに。
なんで血で血を洗う仁義なき抗争に発展しておるんじゃ?
「まだそんなこと言っておるのか?」
俺が困惑しつつ抗議すると、現状統括者としてエルザリエルさんがため息を漏らした。
「コイツらが強硬で話を聞かないからだろう? コイツらは協力を拒否するどころか、妨害までしてきたのだ。叩きのめさねばだろう」
そう言って捕縛されている森エルフ集団を見やる。
簡単に制圧できたものの、ゴブ吉がいなかったら両陣営犠牲者を出して修羅場となっていた。
「おのれ侵略者め!!」
捕縛されている中で一人、まだまだ威勢のいいエルフがいた。
一番最後に捕まったハイエルフの子だった。
名前は……。嫌だ。言いたくない。
「このエルエルエルエルシー! おぬしらの横暴を絶対に認めぬぞ! 森のエルフ最後の一人になっても抵抗を続けてやる!!」
「だからその名前言いにくいよ!!」
何らかの対策が必要だと俺は皆と話し合った。
「……なあ? 彼女の名前呼びにくいから、何かあだ名か略称でも付けられない?」
「エルが四つでエル4とかどうだ?」
「よし、じゃあ最後にシーがつくので彼女の略称はL4Cで」
めでたく略称が決まった。
「こらー! 神聖なる名を勝手に略すなーッ!!」
俺たちの会話に怒声で割り込むL4C。
彼女の反発心は遺伝子に組み込まれていると思いたくなるレベルだが、このまま話し合いができなくては本当に俺たちはただの侵略者。
最終的に解放するのは決定としても、それまでに何とか交渉して植林作業に協力してもらえるようにしなければ。
「では、交渉に入るとしよう」
エルザリエルさんが言った。
「植林作業に協力するというまで指を一本ずつ切り落としていく」
「コラコラコラコラコラコラーッ!!」
それ交渉とは言わない!!
かなりキッツい類の拷問だよッ!!
「もっと意見を出し合う感じの話し合いにはなりませんか!? 互いの主張をすり合わせて、皆が満足できる結論を導き出しましょうよ!!」
「そう言われても、コイツらと我々の主張は完全に平行線だから……」
エルザリエルさんの瞳に完全なる諦念が宿っていた。
ちなみに現在ゴブ吉は『向こうの茂みが気になる』と言って草を刈りまくっている。
長年草を刈り続けてきた職業病か、一定以上に育った茂みを見ると居ても立ってもいられなくなるようだ。
趣味に走るゴブ吉は好きにさせておくとして。
「あの……、L4Cさん、俺たちの話を聞いてくれませんか?」
「だからその呼び方やめろ!」
とにかく穏便に済ませたい俺が果敢に交渉を試みる。
「俺たちは、この森に危害を加えようとしているわけじゃありません。むしろ助けようとしているんです」
痩せ枯れて僅かな範囲にまで縮小してしまったエルフの森を、再び大きくする。
そのための植林作業だ。
「それに地元の森エルフさんたちにも協力を……、せめて妨害しないで見守ってほしいんですが……」
「フン、知ったふうな口を……。おぬしたちは森の何たるかをわかっておらんのじゃ」
L4Cさんは、俺に対してアホを見下すような視線だった。
「……よいか? 森とは自然の賜物じゃ。自然のままに湧き、萌え出でて、繁栄し、枯れ尽きる。そのことに意味がある」
「ううぅ……!?」
「なのにそれらの営みを人の手で管理しようなど何たる傲慢。おぬしらの言う『しょくりん』とはそういうものであろう。自然と共にあって自然に活かされてきた我らには到底受け入れられぬ!」
いや……、まあそう言われればそうなのかもしれないのですが。
そう言われたら農作業自体も自然の理に反する行いなのかもしれないし……、さすれば自然主義のエルフと他の種族は相いれないということなのだろうか?
「こうなれば……!」
俺も諦めかけたその時、救世主が現れた。
「私がなんとかするしかなさそうだな」
「え、エルロン!?」
我が農場在住エルフの代表格!?
今まで『コイツなんで連れてこられたの?』感が非常に強かった彼女が、ここに来てついに出番!?
「聖者、姐さん、私に任せてくれないか? きっとエルフの長を納得させてみせる」
「うん……!?」「まあ……!?」
謎の自信に、俺もエルザリエルさんも圧倒されるばかりだった。
そしてエルロン、L4Cさんの前に跪く。
「……なんじゃ? おぬしも森を捨てて外に出たエルフか? 森から離れたおぬしらにエルフの資格はないぞ!?」
「L4C様。生き抜くために頑なになったアナタに、どんな言葉も通じますまい。だから私は何も語らない。その代わりに、これを見ていただきたい」
「なぬ?」
エルロン、背中に括りつけた風呂敷包みを下ろして、包みを開く。
『そういやそんなの持ち込んでたな何なんだアレ?』とも思ったが、開かれた包みの中身は……!?
皿だった。
「これは……!?」
え? なんで?
何故皿?
このタイミングで?
「何やってんだあのアホは?」
姉貴分のエルザリエルさんも呆れ顔だ!?
ただ一人……、当のL4Cさんだけは……。
「なんと素晴らしい皿……!?」
ええぇ……!?
「この皿……、おぬしが作ったのか?」
「はい」
エルロンが我が農場で担当している作業は、陶器作り。
食器類をはじめとして壺や甕など、生活に必要な道具を拵えている。
あの皿も、エルロン製の陶器の一つなのだろうが……。
エルロンの差し出した皿は、ただの皿ではなく何と言うか……前衛的だった。
普通の皿なら当然のように円形だが、エルロン製のその皿は円を基調にしていながら相当な歪みがあって波打つようだ。
しかも色も、抹茶のような濃い緑に着色してあった。
それがL4Cさんの目を奪っている、何故?
「この皿の色……? まるで苔生すかのように濃厚な緑? それが均一ではなく波打つように濃淡のむらがあり、まさに岩に生す苔のようではないか……?」
「この緑釉は、葉や苔のような自然の緑に限りなく近づきますよう何度も実験を重ねました。おかげで清潔感を保ちつつ、自然を充分に実感できる出来となりました」
「さらに皿の形も……。真円ではなく歪んでいる。でもその歪さが木や石と同じ風情を醸し出す。自然の中にならどこにでもあるもののような……」
なんかL4Cさんが絶賛しておられる。
俺にはただの皿にしか見えないんだけれども。
「ハイエルフのアナタにならご理解いただけると持参いたしました。この皿に自然の美を込めるため、私は血の滲む苦労をいたしました」
とエルロン。
「アイツ今そんなことに心血注いでるのか? アホだな?」
「ドワーフのエドワードさんと熱い芸術論を戦わせてるぐらいだから……!?」
「アホだな」
エルザリエルさん容赦ない。
だがどうしたことか、あの皿にL4Cさんの視線は釘付けになっている?
「L4C様は仰りました『人の手が加わったものなど自然ではない』と、そうかもしれません。しかし私は、人の手で自然の美を再現しようと、この皿を作り出したのです!」
そんな壮大なコンセプトが?
「もちろん簡単なことではなく、何度も挫折し失敗いたしました。しかしその甲斐あって、この皿を完成させることができました。まだ究極には程遠いですが、自然の美を込められたと思います。人の手で作りだされた器物に」
「うむ……、ううむ……!?」
L4Cさんがなんか唸っとる!?
もしや効いてるの!? このわけのわからない説得!?
「人の手を経たものに、自然の美が宿らないことはないのです。そもそも人類だって自然から生まれたものの一つ。それが自然と切り離されるなどありません!」
「つまり、人の手で植えられた木も、自然の森の一部になりえるということじゃな?」
「御慧眼……!」
「ハイエルフのわらわにものを教えるとは、生意気な小娘じゃ」
L4Cさんは、エルロンの歪み皿を手に立ち上がった。
「よかろう、森に棲むエルフは、植林作業とやらに協力してやる」
「「承諾したああああッ!?」」
俺とエルザリエルさん、まさかの説得成功に心から驚愕。
「わらわも視野が狭かったようじゃの。たしかに人も自然の一部。自然が自然を生み出すように、人の手からも自然が生まれる。この皿のように……」
俺にはまだ理解できない世界だった。
隣で呆然と立ち尽くすエルザリエルさんにも。
「私も、あと百年ぐらい生きなきゃ理解できないのか? その感覚……?」
え? 百年って、どういう……?
あのハイエルフさん二百歳なの!? ロリババアというヤツじゃないですか!?
こうして様々な驚きと共に問題は解決し、エルフの森植林事業は再び進み出した。
ちなみにゴブ吉は交渉中もせっせと草を刈り続け、森の奥にあるエルフ集落と森の外とを繋ぐ整備された一本道を作り上げていた。
「これで行き来するのに便利ですぞー」
「ぎゃあああああッ!? 幽玄なるエルフの隠れ里に何してくれとんじゃ、このゴブリンはああああッ!?」
エルフさんたちにとってゴブ吉は天敵のようだった。






