309 新帝誕生
「ちょっと待っておくんなまし兄上!!」
あまりに突飛な提案だったからか、アードヘッグさんの口調が動揺でおかしくなっている。
「おおお! おれがガイザードラゴンなど身に余りすぎます!! やはり階級的にも実力的にも兄上こそ相応しいかと」
「弟よ。わたしは面倒くさいのが大嫌いなのだ」
皇太子竜さんの明君イメージが即座にしぼんでいく。
「わたしは自分のダンジョン管理だけに集中したいし、ダンジョンに入ってくるニンゲンたちの健闘ぶりだけに興味を向けたいのだ。ガイザードラゴンなどになって、他のドラゴンどもの争いを治めたりする暇などないのだ」
「そう言われましても! おれごときでは、すべてのドラゴンを服従させる自信などとてもありません! あくまで父上を倒したのは仲間の協力があったからで、俺より強いドラゴンなど兄上始めたくさんおります!!」
ドラゴンって、思ったより謙虚で殊勝なんだな。
この二人が特殊なだけか?
「……! そうだ! この際ヴィール姉上にガイザードラゴンをお任せしてはどうでしょう!?」
ここで流れ弾がヴィールに。
「ヴィール姉上の実力は、全ドラゴンの中でも十指に入りますし少なくともおれよりは強いです! この際ヴィール姉上にお任せした方が八方丸く収まるのでは!?」
ヴィールってそんなに強かったの?
初めて会った時から先生相手に攻めあぐねていたし、あんまり強いイメージじゃなかったんだがなあ。
もちろんドラゴンである時点で最強クラスなんだけど、ドラゴンの中ではそんなに強い方じゃないと思っていた。
それだけ先生が強いってことか?
さて、急に話を振られてヴィールは……。
「嫌だ」
「姉上えええええッ!?」
毅然と拒否した。
「いいのかヴィール? お前ガイザードラゴンになりたかったんじゃないの?」
だからこそ先生のところから聖剣奪おうとしてたんだろ。
今や遠い昔の話のようで懐かしさがこみあげてくるが。
「甘いなご主人様。すべての生きとし生ける者は時と共に移り変わるのだ。それはドラゴンとて同じ。……おれもまた、時が移り望みも変わったのだ!!」
ヴィールが今望むこととは?
「ジュニアを守護すること!!」
「おいおい」
「一生だ! 一生懸けてジュニアはおれが守り通す! ジュニアに危害を加えようとするやつは神であろうと滅ぼす!! あんなに可愛いジュニアを守ることこそ我が喜び!!」
…………。
ウチの息子が皇帝竜の地位に勝った。
ヴィールには時機を見て子離れしてもらうとして、現状はこのままでいいだろう。
「というわけでアードヘッグ、やっぱりお前がガイザードラゴンになるのだ」
「えええーーッ!?」
姉からも諭され、孤立無援のアードヘッグさん。
「先代である父上を倒したのはお前。これ以上に明快な条件付けはないのだ。諦めて皇帝になるのだー」
王者とはなりたくてなるのではなく、いやいや押し立てられるもの。
その好例を、目撃した気がした。
「いやいや待ってください……! やはり、おれ程度の実力では荷が重すぎるというか……!?」
「お前ならできる」
「できませんて。アレキサンダー兄上か、せめてヴィール姉上ぐらいの実力がなければ……!?」
「お前ならできる」
「お前ならできるって」
「ヴィール姉上まで!? いやしかし……!?」
「お前ならできる」
「お前ならできる」
「でもその……!?」
「お前ならできる」
「お前ならできるって言ってるだろ、しつこいぞ」
「はい……!」
酷い畳みかけを見た。
こうして新生ガイザードラゴンは、アードヘッグさんが務めることに決まった。
「まあ、即位の通達にはわたしも加わるから。わたしがバックにいるとわかれば、早々無茶をしてくる者もいまい」
「だったら最初から兄上がやれば……!?」
「誰がやるかが問題なんじゃない。お前がやることが大事なんだぞ」
これで話はひとまず済んで、一件落着となった。
あとは新ガイザードラゴンとなったアードヘッグさんが、ドラゴンを統括して世を平和にしてくれたら何よりだ。
具体的なことは、後々行っていくとして……。
「では、アードヘッグさんの就任祝いも兼ねて、ウチでお食事でもどうでしょう?」
いつまでも外で立ち話も何だし。
俺も単なる傍観者としてしかいる意味なかったので、そろそろ存在感を誇示したい。
「いやニンゲンよ。こちらから押しかけておいて既に迷惑をかけておるのに、これ以上邪魔することは……!?」
アレキサンダーさんがドラゴンらしからぬ遠慮ぶりを見せていて、ますます好印象。
「そういわずに、どうか持て成しを受けてください」
「ではお言葉に甘えて……!? そういえばヴィールよ。お前、このニンゲンの下で暮らしておるのか? また随分思い切ったことをしているな?」
一緒に母屋に向かいながらアレキサンダーさんヴィールに尋ねる。
「ドラゴン屈指のニンゲン贔屓を自負するわたしですら、そこまで融和していないというのに」
「ふっふっふっふ……! それは、ご主人様が凄いからだ。兄上もすぐさま実感することであろう!」
ヴィール、無駄にハードルを上げないで。
ここは一つ、腕によりをかけてご馳走を作らなければならないようだった。
アードヘッグさんの就任祝いも兼ねて。
* * *
昼食にはやや遅い時間帯ではあったが、昨夜のうちに仕込んでおいた豚の角煮をお出しすることにした。
正確には角イノシシの肉の角煮だけど。
一緒に茹でたヨッシャモの卵も煮込んで、すっかり煮汁が染み込む。
醸造蔵から糠漬けを貰ってきて、おにぎり味噌汁を添えて、急拵えとしてはこんなものか。
最強ドラゴンであるアレキサンダーさんは、見慣れぬはずの料理を物怖じなく口に入れて。
「……美味い」
たとえばグルメ漫画でもそれなりにランクの高いキャラが取るようなリアクションをした。
「いや、わたしもときにニンゲンたちから献上品を貰うのだが、このような美味は知らない! これは、モンスター肉でも五大妙味の一つとされるスクエアボアの肉! それを食べやすいように熱してある……!」
なんか本当にグルメ漫画っぽく分析しだした。
「直接火を通したのではないな……? これは、熱した水で温めたのだ! しかもただの水ではなく、何かしら混ぜてある水だろう。混ぜて味をつけてある。それが肉の中に染み込んでいるのだ」
御名答を言い当てる最強ドラゴン。
凄いなあ。
『煮る』とか『調味料』という概念を知らないから、そういった語彙が出ず回りくどい口調になっているが、だからこそ凄い。
自分の知らない調理法をズバリ言い当てているのだから。
「そうだそうだ! おれのご主人様は凄いのだ! アレキサンダー兄上も感服しただろう!!」
何故かヴィールが我がことのように自慢していた。
そしてヴィールよ。お前はウチで日々食ってるんだから遠慮しなさい。アレキサンダーさんやアードヘッグさんの二倍食うんじゃない。
「このような食べ物を作り出すもの。尋常ではあるまい……。そういえば!?」
何か気づきました。
「いつだったか人族と魔族の戦争に割って入ったドラゴンがいるという話を聞いたが、あれはお前ではなかったかヴィール!?」
「おう、兄上知ってたのか?」
「相変わらず竜の世事には疎いのに、ニンゲン世界の情報収集には余念がありませんな兄上」
懐かしい。
そんなこともあった。
ヴィールがドラゴンの姿で戦場に殴り込み『おれは聖者のしもべだ、ご主人様にちょっかい出すヤツは焼き尽くすぞ』って言った事件だよな。
「……ということは、このニンゲンこそ聖者!?」
「察しがいいなあ、このドラゴン」
「まさかこんなところでお目にかかれるとは……。今、人間国ではアナタのことが噂になっておりますぞ。聖者という万能者が住む農場があると!」
「そんな、大袈裟な……!」
「まさかここが!?」
本当に察しがいいなあアレキサンダーさん。
そしてあまりにリアクションがいいので、こっちもなんかおだてられてるみたいで嬉しくなってきた。
相手が最強ドラゴンってこともあるんだろうが……。
「あの、もしよければ見学していきます?」






