307 ドラゴン来る・覇
我が農場にドラゴンがやって来た。
いや、もう別にドラゴン襲来くらいは大した事件でもなくなってきている。
ヴィールを始め、何回繰り返されたことか。
『だからもうドラゴンなんて慣れたもんだよ』と思うこと自体、感覚がマヒしてヤバいのかもしれないが。
しかしそれでも新たに現れたドラゴンは、俺を始め農場住人全員の度肝を抜いた。
それぐらい一線を画する存在だった。
まず大きさが違った。
これまで出会ってきたドラゴン……、たとえばヴィールとかアードヘッグさんのドラゴン形態なら何度も見て慣れているが……。
それより一回り程度大きかった。
特にドラゴンなら普通に生えている翼の大きさが違う。
体格自体も一回り大きいのに、翼については三倍近くの大きさがある。
だからその翼を広げて飛ぶと、それこそ空を覆い隠すかのようで、他のドラゴンより遥かに大きく見えた。
さらに、そのドラゴンの特殊性というべきか、鱗の色が純白に輝いていた。
今まで見てきたドラゴンの鱗の色は、ヴィールなら銀、アードヘッグさんなら金とかだったが。
このドラゴンは峻嶮に降り積もる万年雪の、輝く処女雪のような白だった。
そして何より、そのドラゴンが放つ覇気とでも言うべきもの。
素人の俺ですらわかる。
これこそ覇者が放つべき気迫。
「ぎゃわああああああッ!?」
「うひいいいいいいいッ!?」
あまりに凄まじい覇気に、もはや凄いものに慣れたはずの農場住人ですら前後を失い逃げ惑う。
来たばかりの留学生などは、その場で泡噴いて気絶した。
「これは……、まさか……」
呆然と立ち尽くしながら、空舞う強ドラゴンを見上げる俺。
俺はあのドラゴンを一目見るなり確信した。
「間違いない……! あれこそガイザードラゴン!!」
竜の皇帝と称される最強竜!
これまで何度か話題に出てきて名前だけは知っているが、だからこそ思い当たった。
ヴィールたちすべてのドラゴンの生みの親で、全ドラゴンを支配する者。
元々最強とされるドラゴンの中でさらに最強なのだから、それはもうどうしようもないレベルということになる。
それが何故いきなり農場に乗り込んで!?
俺たちなんかやらかした!?
実際俺たち、知らないうちに何かやらかしてる事案が時折あるからなあ。
土下座する準備しないと!
そうこう考えている間、ガイザードラゴン(?)は空中を旋回し、一向仕掛けてくる様子もない。
しかしやっと地上に降りてくるかと思いきや、俺たちのいる場所から大分離れて、農場の外れに着陸した。
何故そんな離れたところにわざわざ?
俺も着地点へダッシュで向かう。
やっと追いついたころ、神々しい強ドラゴンの姿は光に包まれ、ズンズン収縮していった。
そして人の形へ……。
「お仕事中、お邪魔いたす」
ドラゴンの人化は慣れたものだった。
あの皇帝竜(?)が人に変身した姿は、まさに王者の貫禄に相応しいもの。
豊かな髭を蓄えた、老人の姿だった。
老人とは言うが、だからといって老いて衰えた印象はまったくなく、背筋はピンと立ち、全身気力が漲って、若者と変わりない力強さを発している。
顎から臍辺りまで伸びる髭は、老人であることを印象付けたいかのように白色。だが、あまりに毛質がいいのか白を通り越して銀色に輝いていた。
髪の毛も髭も量豊か。
まるで威厳と親しみやすさを保つよう、あえて老いを装っている。
規格外の若さと強さを備えた者が。
そんな風に思えるほどだった。
「警戒を解いていただきたい。わたしは、争いを携えてここに来たわけではない」
「あっハイ」
皇帝竜(?)意外と友好的。
と言っても相手は最強の中の最強。仮にケンカ腰で来られても、こちらは対抗しようがないので武装解除する以外ないのだが。
「まずは唐突な来訪を詫びさせてもらう。先に伺いを立てるべきなのはわかっていたが、こちらへの伝手がないので押しかけ同然に訪ねさせてもらうしかなかった」
なんか非礼を詫びらせた?
礼儀正しいぞ、この最強ドラゴン?
「いえいえ、そんなお気遣いなさらずに……」
「上空から眺めさせてもらったが見事な畑であるな。広大であるだけでなく、植えられた作物の瑞々しさが、遠くからでも一目でわかった。余程大切に育てられているのだろう」
「いえいえ!」
しかも褒められた!
ウチの畑のこと褒められるとテンション上がるなあ!!
「大事な畑を踏み潰してはいかぬと、こちらに着陸させてもらったが、問題ないだろうか?」
「問題ないです! ここただの空き地なんで!!」
わざわざ農場の外れに降りてきて何だろうと思ったら、そんな心配りを!?
凄いなガイザードラゴン(?)。
想像していたより随分紳士的ではないか!
ヴィールに見習わせたいぐらい。
「わたしはグラウグリンツドラゴンのアレキサンダーという者」
「あれ?」
なんか想像とまったく違う名前が出てきた?
確信すらしていたのに。
「ここからドラゴンの気配を察した。もしよければ取り次いでもらえないだろうか?」
* * *
特に断る理由もないので、対応することにした。
ウチにいるドラゴンと言えば、ヴィールで間違いないだろう。
「おお! アレキサンダー兄上ではないか! 久しいな!」
会うなりヴィールは、来訪ドラゴンと親しげに挨拶する。
やっぱり知り合いなのか。
そしてヴィールが、アレキサンダーさんとやらに……。
「死ね」
「なんでいきなり罵倒!?」
挨拶の直後に罵倒が出た。しかも最高クラスの。
「今のおれには、ジュニアのお昼寝を見守るという大事な使命があったのに。それを邪魔する者には誰であろうと死あるのみ」
「キミちょっとジュニア原理主義者になりすぎてません!?」
ウチの息子が生まれてから、ヴィールはずっとこんな調子だった。
実親である俺やプラティなどより数段ヴィールこそがジュニアのことを猫可愛がりしている。
まあウチの子を好きでいてくれるのは嬉しいんだが『最近度を越してないかね?』と心配になることが幾たびか。
「まあ、ジュニアのことはプラティが見てくれるから……! それよりも紹介してくれんかね、このドラゴンさんを」
「ご主人様に命じられたからには、いたしかたない。コイツはおれの兄竜でアレキサンダーというのだ」
「お兄さんをコイツ呼ばわり!?」
そして、この竜がガイザードラゴンだとばかり思っていた俺は、壮絶勘違い野郎!?
『あれは間違いない確信キリッ』。
なんてやってしまって恥ずかしい!
「兄上はグラウグリンツドラゴンだからな。次のガイザードラゴンの筆頭候補なのだ」
へー。
跡取り息子ってヤツか。
「しかも兄上は、その称号に恥じることなく最強の竜力の持ち主で、実力的は既に老いた父上より上なのだ。今や地上最強の竜はアレキサンダー兄上と言ってよいだろう」
「あまり持ち上げんでくれ。わたしは平穏に暮らす一ドラゴンに過ぎぬよ。後継者の座も父から取り上げられてしまったからな」
え? なんで?
「父と考えが合わなくなってしまったゆえ……」
「兄上は、やたらニンゲンを依怙贔屓する変わり者ドラゴンなのだー。父上は、そんな兄上のことを侮辱しまくりだったからな」
ヴィールが解説を加えてくれる。
その父上ってヤツこそ、竜の皇帝ガイザードラゴンのことだよね?
「だが、わたしはそのことを後悔していない。父はニンゲンたちのことを愚かで脆弱な種族と見下すが、わたしの考えは違う。ニンゲンこそもっとも強固で、壮大なことを成しえる種族だ」
あらまあ。
「たしかにニンゲンは弱い。一人一人の能力などたかが知れている。しかしニンゲンは一人だけでなく、多くの仲間と協力し合うことで、どんな困難をも乗り越えることができる。たとえできなくとも、問題に向き合ってきた経験と信念を積み上げ、次世代に託すことができる。そしていつかは打開する。それがニンゲンの、ドラゴンにはない能力なのだ!」
「兄上ってニンゲンのこと喋ると早口になるよな」
ヴィールに一言でまとめられた。
「それで兄上は今、ニンゲンどもの勢力圏内にあるダンジョンに巣食ってニンゲンどもを迎え入れてるんだっけ?」
「うむ、頑張るニンゲンたちを応援したくてな。我がダンジョンでは冒険者たちが好きに入って採取できるよう取り計らっている」
凄く人類に優しいドラゴンではないか。
「そんな兄上のニンゲン好きを父上はバカにしまくってたんだけど、実力はもう既に兄上の方が上だから下手に悪口言えない。だから腹いせに兄上の後継者としての資格を剥奪したのだ」
「皇帝竜、器小っせえ」
「それで他のドラゴンたちによる後継争いが始まったのだが……。そういえば兄上どうしたのだ? 今さら外に出て。後継争いに絡み直す気か?」
ヴィールは久方ぶりに外に出てきた長兄に聞いた。
「いいや、わたしは今さら皇の座に興味はない。しかしそんなわたしですら看過できない事態が起こったようでな」
アレキサンダーさんは、威儀を正して言った。
「父上が倒されただろう? ヴィール、お前何か知らないか?」






