1574 ジュニアの冒険:鶏穴に入らずんば鶏卵を得ず
必要なことは、戦い。
ここに来てなんか出てきた。
これまで、バティさんに衣食住の“衣”の重要さを。
ベレナさんから事務職の役割を。
金剛カイコからコントの呼吸を、ポチたちからアニマルの触れ合いを学び直してきたというのに。
ここでまた戦いか。
争いは何も生まないって話の流れじゃなかったのか!?
「仕方ありません、農場でもっとも好戦的な存在、それがヨッシャモなんですから」
ベレナさんが補足される。
「そんなヨッシャモが試練を課すなら、やはり戦いになってしまうもの。一通り満足させてあげてください」
そう言われてもなあ。
すでにヨッシャモは、地上にいながら翼を大きく広げ威嚇のポーズ。
かつ片足を上げて、いつでも蹴りを繰り出せる臨戦態勢をとっている。
「クッソ、なんであんな危険な鳥を放し飼いにしているんだか、農場は。さっさと水炊きにでもしちまえばいいものを」
それな。
僕も、ずっと疑問に思っていたが、どうしてあんな危険な鳥の生息を許しているのか。
幼い子どもたちの安全のためにもとっとと絞めてチキンスープにでもしてしまった方がいいんじゃないか?
……いや、その理由を見出すことこそが、今回の試練の重要さじゃないか!?
「気づきましたかジュニアくん、さすがですね」
ベレナさん、やっぱりそうなんですか!?
「ヨッシャモの扱いは、農場でも長く意見が分かれて議論されて来たことなのです。もちろん、危険だからタッカルビにしてしまえという意見も多くありました。しかしそれでもなおヨッシャモは今日まで無事に、農場を我が物顔で闊歩している。その理由がわかりますか?」
なんだろうな、その理由。
「卵です」
そう、ニワトリといえば卵を産むもの。
ヨッシャモもまたそう。
いやそれ以上に、極上の卵をうむことで有名なのがヨッシャモという品種なのだッ!
「ヨッシャモのうむ卵は世界最高級と下界でも有名です。その味は粘り強く濃厚で、箸で挟めるほど形のしっかりとした黄身。そして栄養も満点。アナタたち兄弟も、日々ヨッシャモの卵を食べてここまで育ってきたのです!!」
幼き日から父さんが作ってくれたオムライス、目玉焼き、ゆで卵、茶碗蒸し、そして卵かけごはん……。
それらすべての大元に、あのヨッシャモがいるということか。
「いや待て。するってーとあのヨッシャモ、……メンドリ!?」
「美味しく栄養満点な卵の提供者。それゆえにヨッシャモは非常に危険ながら農場での生息を許されました。かつ、自由に放し飼いにしていなければ卵をうまないという厄介な習性の持ち主」
それゆえにヨッシャモは、あそこまで農場で我が物顔なのか。
「卵を狙ってくる者にヨッシャモは容赦なく、蹴りを繰り出します。それを掻い潜り、卵を持ち帰ること。それがある種農場の通過儀礼のようなものなのです!」
僕たちも農場の後継者として、それぐらいできなければならないってことか。
あッ、気づけばヨッシャモが産んだ卵が落ちている!?
ここでうんだのか!? プリッと!?
ここで僕は、今回の試練の概要を悟った。
ヨッシャモの恐ろしい蹴りを掻い潜って、卵をゲットするんだ!!
しかし恐ろしい。
あの殺意の塊のような鳥に肉薄し、掻い潜らなければいけないということに。
やはり農場の次代を担っていくには、知性や優しさだけでなく困難へ立ち向かっていく勇気も必要と言うことか。
「兄貴……」
ノリトが、例の家畜翻訳機をこちらへ向けてくる。
そこにはヨッシャモの心情らしいモノが猛烈に羅列してあった。
『殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……』
うわぁ……。
ふた昔ほど前のノベルゲーみたい。
なんでこんな無闇やたらに殺意高いの、あの鳥?
前世で僕ら、何かしたのか?
「大丈夫ですよ、あの鳥は誰に対してもそうです」
それはそれで大問題では!?
卵の味は落ちたとしても、もっと温厚な品種に切り替えた方がよくありませんか!?
「へッ、でもだからこそ試練としてはもってこいなんじゃねーの?」
不敵な笑みを浮かべるノリト。
おい待て。
いくらなんでもあの鳥に不用意に近づいては……!?
……!?
殺気!?
「コケッコゥ!!」
「ひゅおわッ!?」
ヨッシャモが繰り出してくる上段回し蹴りを、寸でかわすノリト。
よけきれずに当たった髪の毛が数本、切れ舞い散る。
「なんて切れ味の蹴りだ……!?」
まさしく命を刈り取る蹴り。
ヨッシャモはアレでもって長く、農場の恐怖として君臨し続けてきたのか。
「ひえええ……あんなのに当たったらシャレにならねえぜ……!」
たしかに恐怖そのものだが、ここで怖気づいては一生父さんの高みへたどり着けない。
「ちなみに聖者様は概ね他の人に頼んで卵取ってきてもらってましたね」
父さぁあん。
僕は、それでも自力で恐怖を潜り抜け、成長を証明する!
「ああああああッッ!? 兄貴が行った!?」
目指すは卵、立ちはだかるは翼ある死神。
命を刈り取る鎌にも似た、湾曲状の爪が襲ってくる。
しかし思い出せ、ここに至るまでに対面してきた強者たちとの修羅場を。
ベルフェガミリアさんやアロワナおじさんや、八傑衆の方々、S級冒険者の面々、そしてアレキサンダーさん。
それらよりもあのニワトリは恐ろしいか!?
んなこたーない!
「ほうりゃああああああッ!!」
「兄貴ぃいいいいいいッ!!」
スライディングで、蹴りを回避しながらニワトリをすり抜ける動作を同時遂行!
そのまま卵を掴み取り、一息も止まらず駆け抜ける!
「どうだぁ!?」
振り返ってみると、ヨッシャモは何事もなかったかのように闊歩し、地面へ向けて嘴を突き立てていた。
「……忘れている!?」
三歩、歩いたから。
これが鳥頭。
「瞬間的な殺意は高いですけれど、一過性ですぐ忘れるんですよね。それこそヨッシャモが長い間、農場にい続けられた理由かもしれません」
執念深く、いつまでも追い続けてきたら堪ったものじゃなかっただろうしな。
美味しい卵、瞬間的な殺意。
それら微妙な塩梅で、ヨッシャモは今日まで農場で生き残ってきたってことか。
そのバランスが崩れた時、アイツはシュクメルリとなるのだろう。
「よっしゃあああああッ! オレもゲットだぜ!」
ノリト!?
いつの間に!?
まさかコイツ、僕を囮にしてヨッシャモの殺意を向けさせたところで、自分は安全にかっさらって……!?
おのれ卑怯なヤツ!
「狡賢いと言ってくれ! 利用できるものは兄でも使う! それがオレの流儀だぜ!」
ノリトの、こだわりを捨てて実利をとるハングリーさは恐ろしい。
お互いに卵を手にした今……ここから優劣を決めるのは、素材を使った卵料理!
「目玉焼き!」
「卵焼き!」
ハァアアアアアアッ!?
ノリト! この卵焼き、固すぎるんじゃない?
火を通しすぎたんだよカチカチだよ!
その見た目通りにハードボイルドに固執してるんだな!?
「そういう兄貴こそ、なんだこのグズグズな目玉焼きは!? 黄身に火がほとんど通ってねーじゃねえか!? こんな箸でつついただけで破れて漏れ出してきそうな目玉焼き、皿が汚れてしょうがないぜ! ごはんの上に載せてたまごかけごはんモドキにした方がいいんじゃねーか!?」
ぬう、それは魅力的な提案……!?
……じゃない!!
いいんだよ! 黄身は半熟、もしくはまったく熱を通さずトロリとしていた方が美味しいだろ!?
嫌だろ、完全に固まって粉っぽくなった黄身とか!
ジュクジュクの黄身を、焼き固まった白身なり、付け合わせの千切りキャベツなり、それこそごはんに絡めて食べるのが美味しいんじゃないか!?
「だったら焼かずに生卵で食えやぁあああああッ!?」
それだと白身と混ざっちゃうだろぉおおおおお!!
「ここでも卵の焼き具合戦争が……!?」
それもまた食卓にて繰り広げられる終わることのない戦い。






