1555 閑話:挑戦の裏側
オッス俺、聖者。
……はぁあ~~~~……。
緊張した、気疲れした。
愛するジュニアに、あんなに冷たい接し方をしないといけないなんて。
良心が痛むし、嫌われたらと思うと胃がキリキリ痛んでくる。
俺は今、我が息ジュニアに挑戦状を叩きつけてきたばかりだ。
可愛い子には旅をさせよ、というが、その格言通りに旅に出てお漏れを鍛え上げてきたジュニア。
そのジュニアの旅が終わりを告げようとしている今、その最後の締め括りとして、立ちはだかるラスボスがいるとしたら……。
それは俺にしか務まらない!
ジュニアの父であり、そしてアイツが目指す農場王の先達である俺!
乗り越えるべき障害そのものである俺にしか!
というわけで慣れない敵役など演じてきたのがついさっき。
あの張り詰めた空気でジュニアと向き合うのが耐えがたくて、逃げるように帰ってしまった。
現在は盗んだバイクならぬ、正当な所有権のある愛馬に跨って疾走中。
俺が跨るサカモトも、気疲れで消沈している。
すまないなサカモト……、親子のイザコザに巻き込んでしまって。
農場に戻ったら美味しいニンジンを食べさせてあげよう。それともリンゴやサツマイモがいいかな。
俺もジュニアにツラく当たったことで精神消耗してアニマルテラピーが必要だ。
心が悲鳴を上げている!!
ジュニアに嫌われたかもしれないから!!
「そんなにしんどいなら、わざわざ嫌われるようなことしなけりゃいいだろうによ」
うおおッ!? 誰だ!?
天空疾走するサカモトに並走しながら話しかけてくるヤツは!?
「オレだよ、オレオレ」
ノリトォおおおおおおおッ!?
問題児の次男が!? 呼んでもないのに颯爽登場!?
「へーへー、どうせオレは誰からもお呼びじゃねえよ。兄貴と違って必要とされない人間なんだよオレは」
すーぐに僻みやがる、このひねくれた思春期は!
そういうことを言ってるんじゃないだろ、俺は我が子らに分け隔てなく愛しているよ、我が身に代えても!
というか、本当にどうやってこのタイミングで現れたの!?
さらにはどうやって最速ドラゴン馬サカモトと並走しているの!? でないと会話できていることに説明がつかないんだけれど!?
「ハッ、オレが何に乗っているのかわからないのかい?」
なんか乗ってる!?
何その外見、近未来バイクみたいな乗り物!? スライドブレーキしそう!?
「これこそオレが独自研究で開発した、単身搭乗専用の高速移動魔導マシン、名付けて『ホイール・オブ・芳忠』だ!」
何だそのあっちこっちから差し障りありそうな車体名は?
「極限までの小型化に成功した魔導エンジンで、サカモトに匹敵する速度での走行が可能。しかも空陸両用だ! 小型化したエンジンがあまりに高コストなことと、完成機体の操縦が難しすぎて現状オレしか扱えない等々の欠点があって、量産化は夢のまた夢だけどな」
ウチの次男はいつからこんな研究者キャラになったのだろうか?
なんか母方の血が濃く出てるんだろうけれど、プラティの方はもっぱら薬学の専攻なのに、ノリとの工学分野ツリーはどこから生えてきたのやら……?
「それでオヤジ、なんか“らしくない”ことしてたみてーじゃん?」
うっぐ。
抜け目ないこの次男、先ほどの対決風景も把握済みというわけか。
「兄貴みてーないい子ちゃんには、けっこう辛い接し方だったんじゃね? 大丈夫かなー? これで落ち込んだりしてねえかなー?」
やめろぉおおおおおおおッ!?
なんでそんな酷いこと言うの!?
わかっているよ俺だって、できるならばこんな言い方したくなかったよ!
ジュニアも世界中あちこち回って苦労に苦労を重ねてきたんだろう。
俺もそんなジュニアを讃えたかった、駆け寄って抱き寄せて『よく頑張った』とねぎらいの言葉をかけてやりたかった。
しかしまだダメなんだ。
ジュニアの頑張りには目標があるんだ。
その目標を達成できたとハッキリするまでは、ジュニアの旅は終わりじゃないんだ!
「ふーん、そう」
なんだあ、その気のない返事は!?
キミの実の兄上の正念場なんだから、もうちょっと手に汗握ったりしてくれてもよろしくってよ!
「でも、それだけならあえて厳しくする必要もないんじゃね? 一先ず最終局面まで来たことを褒めて讃えて撫でてゴロゴロしてから、正真正銘最後の試練に向かわせてやればよかったんじゃね?」
そこまで猫っ可愛がりするかよ……!?
お前は自分の兄を何だと思っているんだ?
……まあ、俺もそれでいいかなと思っていた。
あの日までは。
そう、あの武泳大会の日。
観客席からジュニアの激闘を見せられた日のことだ。
アイツは、心から真剣に勝負に取り組んでいた。
同じく武泳大会に出場していたアロワナさんナーガス義父さん、ヘンドラーくぅん、シャーク将軍他様々な人々の闘志に応えるために。
人を思いやり、だからこそ一切の手心を加えず全力で打ち砕く。
そんな男の覚悟がこもった戦いを見て、俺もこのままではダメだと悟ったんだ。
「……ダメとは?」
特に、アロワナさんが息子モビィ・ディックくんへ背中で語った準決勝戦。
みずからの実父であるナーガスさんへ全身全霊を懸けて挑んだあの戦いであの人は、自身が父親を越えるだけでなく、自分の息子に対しても『父を超えるとはどういうことか』ということを熱く語っていたように感じられた。
あんな熱い父親像を子に示すことができるとは。
俺はあの時、アロワナさんを心から尊敬して同時に羨ましいとも思った。
俺もあのように、子どもたちに背中で語れる父親になりたいと!
子どもたちにも、そんな父親が必要だと!
「……それであんな柄にもないことをしたと?」
そんなに柄じゃなかったかなあ?
特にジュニアは、僕のあとを継いで農場国を任せたいと考えている。
あの子がもしキッチリ成長できないまま農場国を継承したら、それは本人のためにもならないし、農場国に住むすべての人々にも不幸だ。
だからここは心を鬼にしてでも、ジュニアの資質を見極めるために憎まれ役をかって出なければと!
物凄く嫌だけど!
さっきから胃がキリキリして、明日にはトイレに引きこもりそうだけれども!!
それでも俺は、父親としての責務から逃げない!!
「はあ……ご立派だねえウチの父上は」
皮肉げに笑うノリトさん。
「それだけ手厚く育ててあげれば兄貴もさぞかし立派な王様になるだろうよ。オヤジはちゃんとした後継者をもてて、兄貴は夢への階段をしっかりと用意してもらえてお互い万々歳ってところか」
何を言ってるんだノリト。
「お前だって挑戦権はあるんだぞ」
「は?」
ジュニアの旅の成果を試す。
その決闘の場はあえて、一対一ではない形式にしておいた。
乱入したければいつでもどうぞ、という感じだ。
よってノリト、お前がジュニアを押しのけて、自分が後継者になりたいというのなら……。
……そのチャンスはあるぞ。
「は? 何言ってるん……!?」
おお、動揺しているな。
ノリト、お前も日々頑張っていることも父は知っている。
長男が持つ異様の才能と書いて『究極の担い手』と読むものを、お前は生まれ持ってこなかった。
ジュニアのすぐ下の弟であるために、そのことを何よりコンプレックスにして育ってきたことも知っている。
それでも腐らずに自分に備わった才能をひたむきに鍛え続けてきたことも。
だからお前にもチャンスはあるべきだと思っている。
もちろん、お前に兄を超えたいという向上心があればの話だが。
別に辞退してくれてもいいよん? んん?
「……クッ、舐めやがって」
それだけ言い残してノリトは、盗んだバイクならぬ、自分が苦心して作り上げたバイクを走らせ去っていった。
ふふ……照れ屋め。
ジュニアとの決闘の場にアイツが出てくるかは……五分五分だな。
ジュニアのためだけじゃない、ノリトのためだけでもない。
彼らが主役の時代が訪れた時、彼ら一人一人では凌ぎ切れないピンチが襲ってくることもあるかもしれない。
その時もっとも頼れるのは、心から信頼し合える兄弟だ。
今は思春期特有のすれ違いがあろうが、それを解くきっかけがあってもいいだろう。
すべては愛する我が子のため。
我が子らのためなら俺は、鬼にも悪魔にも、冒頭で婚約破棄する王子様にもなって見せる!






