1553 ジュニアの冒険:聖者の挑戦状
僕ジュニア。
目の前では、世の条理を越えた隔絶が展開されている。
『いやー、肉体が消失するのは初めての経験にゃが、概ね推測通りの結果になったにゃんねー。肉体がなくなっても魂が残って世界との融合を果たしたにゃ』
と、ネコが喋っている。
『今までは肉体をセンターとしておネコ様たちの精神に介入していたにゃが、その肉体がなくなることでセンターがなくなると同時にすべてがセンターになったにゃ。つまり一にして全、全にして一。我こそは世界と一つ、ネコたちと一つになったにゃ』
『数千年生きても新しい体験がある。素敵なことですなあ』
先生まで同じノリで進めている!?
これがノーライフキングの感覚というものなのか!?
『ノーライフキングの肉体といえども五千年に迫る経年の劣化には耐え切れずに崩壊した。しかしながら博士の魂&精神は、長い間ネコたちのノンビリ和やかな心と交じり合うことで、その集合的精神と同化した。それによって博士のソウル&マインドは肉体を失ってなおも存在し続けることに成功したのだ』
先生が解説を加えてくださっている!?
けれども!?
『これが他のノーライフキングだったら不可能だったでしょうなあ。どれだけそれっぽいことを言っても、霊的要素は物質を拠りどころとし、肉体の消滅と共に魂も別の次元へと消えていく』
『そこらの一般的なノーライフキングであれば、肉体が消失すると同時に魂もあっという間にあの世行きにゃ。冥神ハデスが手ぐすね引いて待ってるにゃー』
“一般的な”ノーライフキングというのが既に言葉として違和感満載なんですが。
一般的じゃないからノーライフキングなんですがね。
そしてノーライフキングの肉体だってそう簡単には破壊されないから皆から恐れられているわけで。
他のゾンビとかと違ってノーライフキングの肉体は半ば霊体だから、それこそ肉片一つ残さず消し去っても、自然マナを吸収しながら再生できる。
それでも博士の肉体が消失したのはあまりにも長い時間が流れすぎて霊体までもが変質し、元の形を覚えられなくなったせいだ。
魂までもが形を忘れる……などというのは気が遠くなるような時間で想像を絶する。
しかしそんな魂ですら耐え切れない悠久の時間を経て、肉体を失ってなお概念的に存在し続けられるようになったノーライフキングの博士は、異常の中の異常。
『言うなれば今の博士は、ネコの集合的無意識に同化した存在……よってネコという種が存続している限り存在し続けられる、ということですな』
『阿頼ニャ識、もしくはエイトニャンシズということにゃ』
いや、わかりません。
こんな奇跡の存在が出来上がる瞬間に立ち会えたということ自体は、まさしく歴史の証人になれたということで光栄なのかもしれないが。
なんだろうこの釈然としなさは?
ネコにすり寄られて、乞われるままに撫でていたら急に引っかかれた時のような釈然としなさは?
『というわけで聖者の息子くんもこれからよろしく頼むにゃ。きっと一生かけての付き合いになっていくだろうからにゃー』
僕にとってはね!
でもアナタ方は僕が死んだあともずっと続いていくんだろうがね!
本当に気が遠くなる!
『では、ここでの用が済んだところで、どうしますかジュニア殿?』
と先生に聞かれて『え?』となる僕。
どうするか、とは?
『ジュニア殿もさすがに世界中を一通り回り終えたご様子。様々な経験を経て大きく成長されたことでしょう。よってそろそろ故郷に帰還される頃合いと……』
うむ……!
『ヴィールも申しておりましたが』
たしかに。
僕の旅も見るものは大体すべて見終えて終盤となった。
大きく成長もできたと思う。
……ってことをヴィールとも話したっけなあ。
『ご帰還されるならワシの転移魔法でお送りしましょうぞ。故郷までひとっ飛びですぞ』
『えぇ~、それだと旅情がないにゃ。せっかくだからここまでの道のりを噛みしめるために通常の交通手段で帰ったらどうにゃ。どうせ長い人生、焦ることなんかないにゃ』
アナタたちよりは短い人生ですけれどね!!
しかし博士の言うことにも一理ある。
馬車にでも乗ってボチボチ帰るのもいいかと思う昨今。しかしそうも悠長なこと言ってられないのが僕の旅だった。
そう、いつだって……。
急変は唐突に襲ってくる……。
『おッ、なんにゃ?』
まずは微かな蹄の音から始まった。
パカラッ、パカラッ、と軽快なリズム。それだけで『ああ、ウマが走ってるんだなと』直感的にわかった。
しかしここは博士の本体を隠していた(過去形)秘境中の秘境。
そんな場所にウマで乗り入れてくる人などいるものか?
あッ、もしくは野生馬か?
そんなことを考えているうちに蹄の音はどんどん大きく、そして近くなってくる。
『ドップラー効果にゃ?』
『ウマの足音でドップラー効果が生まれますかな?』
不死者二名(一人と一匹?)も顔を見合わせている。
そしてついに、高らかなる蹄の音は、僕たちの頭上へと到達し、そして止まった。
……頭上?
大地を蹴る音を鳴らしていながら?
その蹄の主……やはりウマは、いと高き天空に座しながら大きく棹立ちになっていななきを上げる。
その振る舞いはまさしく名馬そのもの……。
ああッ、あれは……!?
僕は知っている、あのウマのことを!
サカモトだ!!
農場が誇る最強の名馬、その名はサカモト!!
サカモトはただの駿馬ではなく、名馬のドラゴンの遺伝子を掛け合わせて創り出したというホムンクルス馬。
作成者ゾス・サイラさんと言われたら納得だ。
ウマでありながらドラゴンの特性も兼ね備えたサカモトは、空中だってパカパカ走ることができる。
何しろドラゴン馬だから。
だからって空中で蹄を鳴らすメカニズムは摩訶不思議であるが、それがサカモトならとりあえず納得だ。
しかし、何故サカモトがここに?
普段なら彼は、農場の原っぱで草でも食んでいるだろうに……?
……いや。
サカモトが出てくるとすれば、それはごく自然なこと。
サカモトはウマなんだから、誰かを乗せて運んでくるのは日常茶飯事じゃないか。
そして、最高魔女の一人であるゾス・サイラさんの傑作……ドラゴン馬サカモトが背に乗せる人物と言えば一人しかいない。
それまで……、棹立ちになったサカモトの陰になって見えなかったその人物が……。
輝く太陽に照らされて、その姿を現した。
……とッ。
ととととと……ッ?
「父さんッ!?」
『おお、聖者殿も参られましたか』『奇跡の瞬間に立ち会うにゃ』
そうか。
博士の肉体が消滅して、世界と溶け合うこの歴史的瞬間。
その目撃者には僕のような若僧よりも、この世界に多くの影響を与え続けてきた父さんこそが相応しい。
父さんもまた、この場に招待されていたのだ。
「ジュニア……」
父さん……!?
何故だろうか、随分久しぶりに会ったせいだろうか父さんから圧倒してくるかのような気迫を感じられる。
「たくましくなったなジュニア。お前が旅で培った成長が一目見ただけでわかるぞ」
は、はいッ!?
何だこの厳かな雰囲気は?
こういうキャラだったっけ、父さん!?
「博士……、お招きいただいて失礼ながら。今日は愚息ジュニアへ伝えることがあってやってきた。アナタの脱皮に立ち会うことが主目的じゃない失礼をお許しください」
『脱皮じゃねーにゃー。つれないにゃー』
「そもそもウチの柱やらふすまやらを爪とぎでボロボロにしてくるヤツに払う礼儀はないし」
『ネコのワガママは笑って許すにゃ』
「俺は許さん。障子を破ることも棚からモノを落とすことも許さん」
最高のノーライフキングである博士に対してあの容赦のなさ。
僕にはまだアレはできない……!
僕もまだまだ父さんに及ばないことを実感させられる……!
「さてジュニアよ……、お前が旅立ってから幾つもの歳月が過ぎ去った。月は巡り季節は移り変わり、何年経ったか俺にもわからない……」
『何年も経ってはおりませぬぞ。せいぜい一年といったところでは』
先生からの冷静なツッコミが飛ぶ。
「長い旅の果てにお前が積み上げた成長を、俺は確認する必要がある。父として……だから俺は今ここで、お前に挑戦状を叩きつける」
挑戦状!?
「そうだ、お前が旅で身につけたものをすべて、この父にして聖者へぶつけてみろ。それでこの俺を揺るがせることすらできなかったら、お前におれの後継者である資格はない!」






