1520 ジュニアの冒険:超竜雑議
ここは最難関ダンジョン『聖なる白乙女の山』。
その入り口付近に湧いて出た街の一角の酒場。
そこに現れたのは可愛い女の子の姿をしていながら、世界一凶悪な種族の中でも一層凶悪な力を持った強き竜。
ウチの農場ドラゴン、ヴィールだった。
「おいおいおいおい……ここは女の子が遊びに来る場所じゃないぜ」
相手の見た目をそのまま信じ、油断しきったシャルドットさんが近寄る。
これがA級冒険者の振る舞いか?
「お嬢ちゃんだっからケーキ屋とかお菓子屋とか行くもんだろ? ここは大人の社交場だぜ? もうちょっとおっぱい大きくなってから出直し……」
「ふんがッ」
「ぐえええええええええええええええええッ!?」
押し潰された。
無造作にかつ即座に。
ヴィール的には上げた小指をそのまま下ろす。
それだけの動作で竜魔力が働いたのだろう。重力なのか空気圧なのか、それとも純粋なマナなのかは想像もつかないが、とにかくそれはシャルドットさんの鍛え上げられた肉体も何の意味もないとばかりに押し潰す。
圧倒的な強制力だった。
曲がりなりにもA級冒険者であるシャルドットさんが、ここまで一方的に瞬殺されるのは信じがたいことだ。
その光景に、酒場に集った酔客たちは呆然と注目していた。
「女の子の胸をからかうから潰されるのよ」
「そうですね、万死に値します」
気になってるところそっち!?
そっちか……!
僕も気を付けよう。
そんなことしている間に、当の注目の的ことヴィールはツカツカと歩を進め、こっちにやってきた。
それもそうか。
ここに用があるとしたら僕以外にないわなそりゃ。
「ようジュニア、迎えに来たのだー」
ようヴィール。
迎えに来た……とは?
この子ホントに自由だから、ホントに何しに来たのかが読めん。
なんか気が向いたから来たのだ、とか普通に言いだしそうだし。
しかも『迎えに来た』だって?
それはもしや農場から?
父さんか母さんに何かあったのか!?
「いや、ご主人様もプラティも元気溌溂だぞ。ご主人様は『尿検査、何もなかったー!』と喜び踊っていたな」
どういうこと?
まあ両親が元気であれば、それが何より。
じゃあ、なおさら誰の迎えできたというのか?
「そんなの決まってんだろう。アレキサンダー兄上だ」
おおう。
「ここはアレキサンダー兄上のお膝元なんだから、容易に想像がつくだろう。まあドラゴン族の中で言えばおれ様こそが、ジュニアとの絆ぶっちぎりだからな! 白羽のアローが立ってしかるべきなのだ!」
フンスと自慢げに鼻を鳴らすヴィール。
そういうものか。
「あの……ジュニアさん、このお嬢さんは一体?」
さすがに怪しんでか、この違和感たっぷり嬢への探りを入れるサリメルさん。
「何言ってるのよー。別にただのジュニアきゅんの親戚の子でしょう?」
そしてまったく何の警戒心もないヒビナさん。
「ジュニアきゅんが恋しくてここまで追いかけてきたのはわかるけど。ここはとっても危険な場所なんだゾ! 酔っ払いもたくさんいて危ないし、酔っぱらいなんてマジでホントにどうしようもないんだから!」
今はそのキミこそがマジでどうしようもない酔っ払いなんだがな。
あの『聖なる白乙女の山』講座中に一体何杯飲んでいた!?
すっかり出来上がっているじゃないか!?
キミより二階級も上のシャルドットさんが瞬殺されたというのに、その相手に気軽に絡んでいけるなんて酔った勢いでしかない。
「とゃーん、小さくて可愛いー。こんなこ一家に一台欲しいわよねー、スリスリ」
あッ、ダメだこれ以上ヴィールに馴れ馴れしくすると……。
それでなかなかプライドの高いドラゴンなんです。もっと厳かに扱ってくださいませ。
「テメエら……ニンゲン風情がいい度胸なのだ……!!」
ああッ、案の定ブチキレだした!
こうなったヴィールはもうやめられない止まらない!
「ガワしか見ねー未熟者どもがー! 心の目とかねーのかそういうのが! だったら誰にもわかるように肉の目にモノ見せてやるのだー!」
肉の目!?
感情が高ぶって新たな造語が作り出されている!?
しかし待て!
こんな室内でドラゴンの姿に戻ったら、それこそ空気を入れすぎた風船みたいに……!?
『うるおりゃああああああああああッッ!!』
「「「「「「ぎゃあああああああッ!?」」」」」」
その酒場に居合わせた人全員が、恐れおののくのだった。
* * *
「わかったかニンゲンども。見た目でヒトを判断するとエライ目に遭うのだ」
「「「ごめんなさい……!」」」
酒場は、何事もなかったかのように元に戻っていた。
一度、完全に木っ端みじんに吹き飛んだのに。
それをアッサリ、人命含めてまったく元通りに戻せるんだから竜の力は凄い。
「すすす、凄いですねジュニアさんは! ドラゴンの知人がいるなんて! いえドラゴンだから知竜!?」
それは知らないが……。
ヴィールはしかめっ面で、卓に出ていた唐揚げを貪っていた。
「味が薄いなー。下味のつけ方が足りねー証拠なのだ」
「味に煩いドラゴン……!」
農場の味に慣れてるからなヴィールは。
そしてヴィールは無言のままレモン絞って唐揚げにぶっかける。
誰にも断りなしだが、彼女だからこそそんな暴虐も許された。
まあ、話が逸れまくっているが、アレキサンダーさんが僕を呼んでるんですっけ?
それでヴィールが迎えに来た?
「いかにも。ご主人様以外に使われるのは業腹だが、それでもアレキサンダー兄上だけは話が別だ。アイツに頼まれて、首を横に振れるドラゴンはいねーのだ」
あの傲岸不遜の化身、ヴィールにここまで言わせるなんて。
アレキサンダーさんは、やっぱり竜の中でも別格ということなのか?
「そりゃそうなのだ。アレキサンダー兄上は竜の中でも最強。しかも自分以外のドラゴンすべてと敵対してもぶっちぎりで圧倒できるほど力の差があるのだ」
「アレキサンダー様以外のすべてのドラゴンを合わせたよりも、アレキサンダー様一体の方が強いってこいと?」
「違うな」
ヴィールは、唐揚げに残った小骨を吐き出しながら言った。
「アレキサンダー兄上以外すべてのドラゴンを合わせて、それを千倍にしたとしてもアレキサンダー兄上の方が強い。圧倒的にな」
「……!?」
「いや、一万倍……十万倍。数字などバカらしくなるほどに大きく開いた力の差。それぐらいにアレキサンダー兄上は存在が特異なのだ。力という一点において」
酒場に静寂が降りた。
ドラゴン訪問というだけあって他の関係ないお客さんまで聞き耳を立てていたらしい。
人間には想像もつかないドラゴンの力。
それをドラゴン自身の口から語られることで不気味な説得力が出る。
「いや、アレキサンダー兄上が特異なのはもう一つあったな。異様なほどニンゲンを好きすぎるところだ。そのお陰で父上と大喧嘩になって次期ガイザードラゴンの座から降りたぐらいだ」
そのお陰で、ドラゴン種全体を巻き込んだ後継者争いが勃発した。
結果、アードヘッグさんが先代を倒して新たな皇帝竜になったとか。
「ジュニアー、お前はアレキサンダー兄上と話したことあったか?」
え?
いや、実は一度も……!
父さんと話しているのを遠巻きに見たことがあるぐらいで……!
「そうだよな、でもアレキサンダー兄上は律儀なヤツで。ご主人様の息子であるお前のこともしっかり覚えていたのだ」
だから僕を迎え入れようと。
「兄上はご主人様に借りがあるからな。その借りを、息子に報いることで返そうとしているんだろう。律儀だからな兄上は」
“借り”って……?
父さんは、アレキサンダーさんにも何かしてあげたことがあるの?
「うむ、ダンジョンの改装を少々な」
「「「?」」」
ダンジョンの……改装……?
「農場にある、折れんところのダンジョンや死体モドキのダンジョン。ソイツらに組み込まれたアイデアを、アレキサンダー兄上のダンジョンにも盛り込んだことがあってな。あれは兄上大好評だったぞ」
「それって、もしや……!?」
サリメルさんが立ち上がる。
「今から十数年前、急に予想だにしないダンジョン変移が起こり、難易度がグンと上がったのです。突然の変容に冒険者もギルドも大層戸惑ったという記録があるのですが」
その混乱の黒幕が父さんだった……!?
色んな事件に大抵関わっている、あの人……!







