1511 閑話:温泉女将は自動人形
私は女将。
この温泉宿『でうす・えくす・まきぃな』の女将を務めております。
その出自はオートマトン。
いうなればみずからの意志で動く人形です。
何故オートマトンが温泉宿の女将に?
それを語るには長くなります。
かつて私たちは、とある人形師によって作り出されました。
何のために作られたか? 作られた私たちで何をするつもりだったのか?
今となっては創造された私たち自身もわかりません。
しかしながら人形師自身は、数多くの自動人形を作り出しながら、その過程の中で世を去ったようです。
創造主も亡く、目的もないままただ在り続ける私たちを救ってくださったのが聖者様です。
ただ打ち捨てられた私他、多くの自動人形を回収して改修し、役目を与えてくださいました。
人々を助ける役割を。
私たちの存在に進化をもたらし、人とほぼ見分けがつかぬようにしていただいたのも聖者様のお力です。
私たちオートマトンは最初、農場のお手伝いとして働いていましたが、のちに数十体がこの温泉宿に移り、働くようになりました。
この温泉宿は、聖者様が肝入りで築き上げたもの。
それを預かったことは聖者様から生命を頂いた者として光栄の極みです。。
それが……十年以上前のことでしょうか。
私たちオートマトン温泉仲居組は、一丸となってこの宿を守り続けてきました。
たった十年の間にも様々なことがありました。
始めは、ここ一軒だけだった温泉宿も周囲にどんどんと、同じような宿泊施設が建つようになりました。
これは需要の高騰に応えるため致し方のないことです。
ここいらの温泉は、利用してくださったお客様の口コミを中心に大きく知れ渡っていったのですから。
噂を聞き付けた新規客の皆様は多く、リピーターもまた多い。
我が温泉宿も大量宿泊を想定した規模となっていましたが、それでもあふれ返るぐらいでしたので、周囲に同種施設が並び立つことは必要に迫られてのことでした。
最初は新規建造の宿も聖者様が主導するか話し合われたのですが、議論の末結局パンデモニウム商会等、魔国の資本によって建てられることとなりました。
農場もそこまでの余力がなかったですし、それにすべてを農場で仕切ってしまうのも世界全体の発展を鑑みるとよくない……という結論に至ったからです。
私たちも、周囲に競争相手がいた方が気持ちが引き締まり、日々のサービスにも向上心がつくものと張り切りました。
周囲に一つ、二つと新たな温泉宿が建つようになり、たった一軒の温泉宿は規模を拡大して温泉街となっていきました。
我らが宿に『でうす・えくす・まきぃな』という屋号がついたのもこの頃からです。
たった一つであればただの温泉宿でよかったのですが、同じものが並び立てば区別するためにも名前が必要です。
あの時は、店員たちで話し合って店名を募ったものです。
『ごーすと・いんざ・すぇえる』とか『ろー・ぜん・めいでぇん』とか様々な案が浮かんで、どれもよい名前でしたが多数決の末に『でうす・えくす・まきぃな』に決まったのでしたね。
今になってみるといい思い出です。
もちろん、この温泉宿を守り続けてきた私たちの十数年は、楽しいこともあれば大変なこともある、波乱の連続でした。
左右にライバル店が並び立ち、一瞬も気が抜けません。
こちらが最初の一店、元祖で知名度が高いと言っても、ちょっと気を抜けばすぐさま捲られるのが客商売の恐ろしさ。
聖者様から預かったこの宿を、よもや廃業などさせまいと日夜懸命の連続でした。
お食事は毎日最高のものを。
素材から拘って提携先を厳選、板前オートマトンとも協議を重ねて時間と予算が許す限りに贅を凝らしていきました。
朝食にバイキング形式を取り入れたりもしましたが、宿の朝食は和食がいいという意見もありなかなか迷いましたね。
宿にも修理や改修が何度も入りました。
何しろ十年、建物にとっても長い時間です。
大工仕事には、農場からオークさんたちが来てくれるのが基本でしたが、私みずから金槌をもって修理に勤しんだこともあります。
その頃には、この宿もただ創造主からの預かりものではない。
他でもない自分たちの居場所だという意識が確固として芽生えてきました。
自動人形という、本来命なき絡繰の私たちですが、温泉宿『でうす・えくす・まきぃな』という自分たちの城をかまえて人々の笑顔を相手にする時、この上ない充実感と生きている実感を感じます。
きっとこの実感を得るため聖者様は、私たちに温泉宿をお任せになったのでしょう。
聖者様ご家族も、年に一度のペースで今でも当宿をご利用いただいています。
その日聖者様とそのご家族をおもてなしすることが、私たちにとっても初心に帰る重要な儀式となっています。
そんなこんなでかれこれ十数年。
当宿『でうす・えくす・まきぃな』はご利用客様からの評価も大変高く、当初の見込み客であった魔族の方々だけでなく、人族、人魚族の皆様も遠くよりお越しいただいています。
評価も星五から落ちることがなく、異世界温泉協会が主催する温泉宿コンテストでは五年連続のグランプリ獲得からの殿堂入りを果たすことができました。
過分な評価を頂いて、感動する限りですわ。
私たちは今日もお客様と、この温泉街のために、身を粉にして働き続ける所存です。
この体内で回る歯車が、いつか止まるまで……。
「女将、女将……」
おや、アナタは仲居人形の、ふらぁびお。
一体何ごとかしら? チェックアウトの時間はまだ先よね?
「厄介なお客様が起こしで……」
あら、最近はいなくなってきたのに。
悩みの種は尽きないものねえ。
かしこまりました、お客様はフロントかしら?
私が向かうと宿の玄関先に、いかにもな風体の男性客が五人ほどいらっしゃいました。
あらやだ、ガラの悪いこと。
「おうおう、アンタがここの親玉かい!? かッ、こんななよなよした女風情が仕切るとは腑抜けた宿だぜ!」
あらやだ、大きな声。
お静かに願います。当宿ではお客様が穏やかに過ごしておりますので。
「今日はテメエらにいい話を持って来てやった。この宿、ウチが買い取ってやるぜ」
あらあら。
「いい話だろう? 金額は……これぐらいでどうだ? 安心しな、アンタらは引き続き、ここで働かせてやるぜ。ウチの舎弟としてなあ!」
商いをしていると、こういう輩と無縁でいることは叶いません。
地上げ屋……と言うんでしたっけ?
ここ数年は温泉宿経営も好調ですので、景気のいい業界に乗っかろうと考える人々は、どうしても出でてきます。
さらには自分で一から積み上げていくのではなく、既にある程度進んでいる人からかすめ取ろうという。
まったく……楽なことしようとする人たちね。
しかも何かしらこの金額は?
こんな少額では当宿を一日貸切ることもできませんわよ。まずは相場を勉強なさってはいかがかしら?
「うるせぇな、金額交渉なんかする気はねえんだよ。こっちの言い値でこの宿を売ればいいんだお前らは」
話の通じない御方ね。
アナタたちの相手をするのはまるで人形と話している気分だわ。人形はこっちだけれど。
「断るとどうなるかわかってんのか? アンタだって怪我したくねえだろう、タイセツナオキャクサマってのにも被害が及ぶかもなあ。せっかくの素敵な思い出が最悪になっちまうかもなあ?」
下卑た笑い。
それで脅しているつもりなのかしら。
残念なことに、こういう連中は何年も前からウチにやってくるのです。別に招いてもいないのに。
今はまだ物珍しい温泉業界で、トップをひた走る当宿ですので。
乗っ取れば巨万の富が労せず手に入ると思っているのでしょう。
冒険者くずれとか魔王軍くずれとか、裏社会の方々がそれこそ週に一回、酷い時は三日に一度のペースでやってきて、相当困らされた記憶があります。
最近はめっきり少なくなったのですが……。
……え? 何故いなくなったのか、ですって?
それはもちろん、害虫は駆除するものだから、ですわ。
「おうおう、どうした? ブルッて声も出ねえのかぁ? 実際痛い目に遭わねえと立場がわかんねえのギャアアアアアアアッッ!?」
あら可愛い悲鳴。
そんなにいかつい顔して乙女のような叫び声を上げるのね。
「ほわひぇええッ? なんだ、お前? 手首が外れて? 中から出てくる? 何?」
あらあら、これが仕込み銃というものですわ。
体内に武器を仕込むなんてオートマトンの嗜みですわよ。
懐かしいわねえ、ほんの数年前まではこうして宿にたかってくる害虫を駆除していたものです。
すっかり退治できたと思っていたのに、やっぱり害虫は時間を置くとまた湧きだすものなのねえ。
ふらぁびお、ぱぅるまん、あんぜるむぅす、アナタたちも手伝ってちょうだい。
今日は年に一度の害虫駆除デーとしましょう。
「ぎゃああああッ!? なんだコイツら!? 体中から武器がぁああッ!?」
「逃げろ逃げろ! ここにいたら殺されるぅうううッ!?」
「誰だよ楽に儲けれるなんて言ったヤツ!? 死ぬより危険じゃねえかぁあああッ!?」
うふふふ、逃げてくれるのね嬉しいわ。
その流れでご自分の家まで駆けこんでちょうだい。害虫は巣ごと潰すに限りますからねえ。
そんな感じで、聖者様からお預かりした温泉宿は、今日も平和で安全ですわ。







