1509 ジュニアの冒険:ウォームド・エクスペリエンス
温泉に入る僕。
主目的はアゼルさんに温泉を体験してもらうことだが、今に至って気づいたことがある。
僕、メチャクチャ疲労している。
海の神界訪問から始まって、ポセイドス神族の濃いメンツとの邂逅。
そのままクロノス神の下へ行って人類創造の体験教室とか、鋼鉄巨人に乗って邪神と殴り合ったりとか。
さらにそのあと海を漂流してとか。
その間休む暇はほぼなし。
いかに若いと言えども、肉体は疲労のピークに達している。
この身体こそまさに温泉を欲している!!
一秒でも早く温泉に入りたい! ナウ!
「のう侍女さんや、このモノがたくさん並んどるスペースは何かのう?」
「ここは土産物コーナーでございます。温泉を楽しんだお客様が帰りしなに、知人縁者へ贈り物を確保するために用意してございます」
「ほほうふむふむ、気配りが行き届いておるのう」
「ちなみに私は侍女ではなく女将でございます」
アゼルさぁあああああんッ!
いざ温泉に入ろうというところで足踏みなさってます!?
いや、あれも立派な社会科見学だ!
自領の観光業を勃興させようと勉強心が熱い!
でも僕は! 一刻も早く! 温泉に入りたい!!
「お土産にもいろんな種類があるんじゃのう。……おや、これはなんじゃ?」
「お目が高い! これこそもっともオーソドックスにしてポピュラーな温泉土産、温泉饅頭にございます!」
「うまい! うますぎる!!」
温泉入る前からお土産物色しないでよ!
温泉入ってからにしようよ!
「その次に人気の土産物! 地元の芸術家が拵えたよくわからないオブジェです!!」
ウソだッ!!
それが次点の人気モノだってのはウソだ! 単価の高いものをここぞとばかりに売りつけようとしてるだろう!!
っていうか温泉に入ってからにしましょうって! 温泉入る前にそんなオブジェ買ってどうするんです? パンツと一緒にロッカーにしまう気ですか!?
「ぬう……たしかに帰り際に購入するのがお土産のエチケットかのう」
「取り置きしておきますね」
ようやっとアゼルさんと共に温泉へ。
ここの浴場は、父さんが拘り抜いてデザインした露天式の岩風呂だ。
僕もうんと小さい時に父さんと一緒に入った記憶がある。
今となっては懐かしい限りだ。
では浴場へ入る前に脱衣所で服を脱ぎましょうね。
「いゃん、はずかちぃッ☆」
やかましい。
萌え萌え美少女ならともかく、ちっちゃいおっさんが恥じらったところで何の高得点にもなりゃしねえ。
むしろ顰蹙を買うんだよ。
「厳しいのう、ちょっとしたボケではないか。はいはい脱げばいいんじゃな」
アゼルさんは意外に脱ぎっぷりがよい。
さすがに人間五十路も過ぎると羞恥心なんかで小揺るぎもしないか。
「ワシとてコーヒー農園の手伝いもするでのう。汗を掻いたらその辺で水浴びもするわい。そんな時にいちいち裸体で恥じらっておったら魔島じゃ生きていけんわ!」
島主だからと言って肉体労働からにげられるわけでもない。
ウチの父さんと同じだな。僕も見習わねば。
ではタオルだけを持ってついに露天風呂へ突入!!
おお、人が多い……!
イモ洗い状態だ!
これも繁盛の証なのだろう。
ともかく掛け湯で埃を洗い流してからお湯に入るんだ。
「ひゃっほぉーい! 飛び込むぞぉー!」
やめんかオジサン!
いい歳して公衆浴場マナーを振り切るな!
まず体を洗え!
最低限お湯かけろ!
「温泉とは面倒くさいんじゃのう……」
温泉というか公共のマナーだ。
そんな感じで、ついに、やっと。
我が身が温泉にイン!
ふぅわぁああああああああああああッッ!!
体が溶けるぅううううううッッ!!
肩こり治る! 腰痛治る! 体中の筋肉の張りが緩まっていく! 倦怠感が消えていくぅうううううッ!!
素晴らしい、これが温泉!
疲れ切った体に染みわたるぅううううう!
「のぅおおおおおおおおおおッッ!! 力が! 力が漲るんばぁああああああああああああああッッ!!」
対してアゼルさんは、想定を超えて元気溌溂になっていた。
うわぁ大丈夫? 効きすぎてない!?
そんな体からシュインシュイン鳴るような滋養強壮力は、温泉の効能にはないと記憶しておりますが!?
僕の想定する温泉の効能じゃない!?
「何を仰るジュニア殿! この温泉とやらの効能、たしかに貴殿の言う通り最高じゃぁあああああッ! 是非ともこの施設を、我が島民のためにも魔島に招致ぃいいいいいいいッ!!」
いかん、温泉で温まってアゼルさんのテンションがかつてないほどに。
ちょっと前からテンション安定しなかった余波か。
「かしましいな……温泉は静かに優雅に楽しむものだぞ」
ああッ、周囲からクレームが!
すみません、ツレが初めての温泉に興奮してしまって!
「人生初温泉か……さすれば我を忘れて感動するのも致し方ない。私も最初の時はいたく感じ入ったものだ」
……あれ、アナタは……?
ルキフ・フォカレさん!?
魔国宰相のルキフ・フォカレさんではないですかッ!
「おやッ、そなたは……聖者のご子息ではないか、まだ魔国におったのか」
いいえ、一度出立してまた舞い戻ってきました。
そう言うルキフ・フォカレさんこそ、思ってもみないところでお会いしましたね。
いつも忙しそうにしているのに。
もしや本格的に隠居して、湯治ですか?
「ははは、まさかまさか。まだまだ後進に譲るには時期尚早」
いやもう充分だと思いますがね。
それならばなおさらご多忙の中、どうしてこの温泉街に?
「私は月一のペースでこの温泉に通っておる」
通いだった!
常連だった!
「温泉に浸かると日々の疲れが取れてな。老体でもなんとか魔国宰相の激務を務められる程度にリフレッシュできるのだ。この歳でもどうにかこうにか現役でいられるのは、温泉のお陰よ」
ということは、温泉がなければルキフ・フォカレさんはもっと早く引退できたのでは?
何という悲壮な延命処置か。
「ところでジュニアくん、何やら面妖なツレがおるようだな」
あッ、おわかりになりますか。
たしかに面妖ですよね。
「お騒がせしておりますー」
アゼルさんも、俄かに冷静さを取り戻す。彼も彼なりにルキフ・フォカレさんの佇まいで気圧されたみたいだ。
ただ者でないと気づいて。
「……魔島の頭領アゼル殿とお見受けする。思いもよらぬ場所にて行き合うものだ」
なにぃッ!?
アゼルさんのことをご存じなんですかルキフ・フォカレさん!?
きっと一定以上の重要人物の名前人相音声、生年月日血液型趣味特技好きな食べ物嫌いな食べ物も、脳内にインプットされているんだろう。
「いや、精々顔と名前ぐらいで……」
「それでも凄い!」
対するアゼルさんは、ルキフ・フォカレさんをジッと見詰めて……。
「いや、ワシもわかるよ? ホラあれだろう、えと、えーと……“ゼ”から始まる……!」
記憶野が一歩及ばずなようだ。
アゼルさんは魔島の主として、魔都に招待されたことがあるらしいからルキフ・フォカレさんとも会ったことがあるはずなんだけれど。
しかし何とか誤魔化して乗り切ろうとする身振りが実に大人っぽい。
「まあよいではないか。湯殿で素っ裸で向き合えば、肩書きとて身から離れよう。今はお互い、ただの裸の湯治客。それでよい」
「はッ、ははははは! よいことを言うわい! この魔島の主アゼル感服いたしたぞ!」
だから肩書きはいらないんだって今は。
とはいえ魔国の内政の頂点、魔国宰相ルキフ・フォカレさん。
かつて独立勢力として王者の重荷を背負っていた、魔島の主アゼルさん。
二人の邂逅が何をもたらすのか、まだ誰にもわからない。
……ってか、なんでリラックスするべき温泉でこんなに緊張してるんだ僕?







