1341 ジュニアの冒険:丸くなっても角は立つ
しばらく見ないうちにこんなに大きくなって……。
というのは大抵年上側が使うセリフであるが、今回のケースでは年下側も使えた。
魔王さんを相手に。
だってマジで大きくなっているんだもん。
どうした魔王さん?
魔王さんの主なサイズ変更は、横方向にだ。
だいぶお腹周りが大きくなられて。
魔王さんも中年に差し掛かり、新陳代謝が緩慢になってきたのか、蓄えた分だけ消費するのが難儀になっていったというか。
まあ、お太りになられた……!
「はっはっは、歴戦の魔王がこんなに丸くなってビックリしたかな?」
と魔王さんは笑いながら言う。
この場合『丸くなった』というのは心の方か、体の方か。
「……アレが最近の父上の持ちネタなのだ。適当に愛想笑いでも返してやってくれ」
耳元でゴティア魔王子が小声で囁く。
中年になれば避けられない運命なのかもしれないが、魔王さんも随分お太りになられた。
幼少期の魔王さんは、筋骨隆々のマッチョさんだったのにな……。
しかも元がそんな風だから、その上から贅肉をつけた魔王さんはさらに巨大だ。
これはこれで貫禄も威厳もあった。
そういえばウチの父さんも、一時期お腹まわりに肉が付き始めたことがあった。
母さんに見咎められて『痩せろ!!』と厳しく言われて、それで何とか体重を落としたんだったか。
父さんは元々畑仕事で体を動かす機会も多いし、母さんに怒鳴られてからはランニングなどもして体型維持に努めた。
そのお陰でウチの父さんは今も中肉中背、非常に印象に残らない体型をしている。
しかし魔王さんは政務で体を動かす機会も少ないだろうし、逆に会食とかでカロリー摂取の機会も多いし、こうなるのも致し方ないのだろうか。
「はっはっは! いくさが絶えて体を動かす機会も減ったのでな! まあ、平和の大商がこの程度と思えば安いものよ! はっはっは!」
と魔王さんは朗らかに笑った。
アレ? と違和感を持った。
僕の幼き日の記憶では、魔王さんってこんなに大笑いする人だったっけ。
「父上はここ数年で、治世の名君としての振る舞いを身につけられた。穏やかで福々しく、周囲の者を安心させる振る舞いだ」
ゴティア王子の解説がありがたい。
ただ、どれだけ小声であっても謁見の間の対面では、魔王さんに聞こえなくするのは無理だった。
クククとくぐもった笑い声が漏れる。
「平和な世でいつまでもしかめっ面をしていても得がないのでな。しかも我のように立場ある存在ならなおさらだ。まあ戦場であれば悪鬼の形相もそれなりに使い道はあるのだろうが、やはり平和には笑い顔がもっとも似合う」
はあ……。
「そなたも聖者殿のあとを継いだ時には思い出すといい。とはいえ、我は戦場で鍛えた剛体では笑みを浮かべても却ってぎこちなくてな。この丸くて柔らかい贅肉に包まれて何とか様になったわ。まったく治世の名君も大変なことよ。わっはっは!」
と顎肉を揺らす魔王さん。
それがなんとも平和な時代の象徴のように思えてきた。
「アスタレス、グラシャラ、お前たちもどうだ? 友たるプラティ殿の息子がここまで立派になって、感じ入るところはあるだろう?」
魔王さんは両脇にいるお妃たちに尋ねる。
二人も、戦時から大分離れて朗らかな笑顔を見せるようになり……。
「ええ、プラティ殿は、ご長男を身ごもられるまで大分苦労を重ねておりましたから。今の彼を見ているとその苦労が報われたのだなと実感できます」
と第一魔王妃のアスタレスさんが言う。
えッ? そうなの?
僕の生まれる前の話など知るよしもないが……。
するともう一方の第二魔王妃グラシャラさんも言う。
「あの頃は、異世界からやってきた聖者様の子を身ごもるのは難しいと言われていてな。プラティ殿は神々の力を借りながら必死に努力を続けてきた。その甲斐あってお前を授かったのだ」
そんな過去が……知らんかった。
僕をこの世に送り出すために母が苦労していたこと、同じ人の母親から聞いてなおさら実感が伴う。
「魔王様も仰られたが、アナタが生まれて我が子ゴティアのよき友になってくれたらと思った。それが実現し、とても嬉しく思う」
「は、はははは……!」
愛想笑いで受け流すしかない僕。
ゴティア魔王子は、第一魔王妃であるアスタレスさんの実子であった。
「二人はいずれ魔国と農場国の主となり、両国の友好をより強めていく立場となる、二人の友情が、国同士の結びつきとなることを祈っている」
話が大きくなってる。
しかも、ここに来てから散々言われているけど、僕そこまでゴティア魔王子とズッ友な自覚もないんだがなあ。
この関係性をあえて言葉にするなら知り合い? と言おうか?
「そういえば、先日もゴティアの我がままに付き合ってくれたとか。迷惑をかけてしまい、すまないな」
「そんな滅相もない!」
あれは厳密には冒険者としての依頼を受けた形ですから。
報酬さえ支払ってもらえたら、多少の迷惑は許容しますよ。報酬分だけは。
「なんでも元四天王のベルフェガミリアを呼び戻さんとしたとか。私もかつて四天王としてヤツと同僚だったこともあるが、何を考えているか本当によくわからんやつだった」
「四天王のくせに、随分とのんびりしたヤツだったよなあ。他の三人は、功を競ってバチバチにやり合ってたってのに」
魔王さんを挟んで向かい側に座るグラシャラ妃も言う。
この人も元四天王だったか。
「ヴェルフェガミリアには躍起になる必要がなかったからだ」
中央で静かに言うのは魔王さんだった。
「あやつは真なる意味で最強だからな。自分より遥かに劣る小者がどう小競り合ったところで、あやつが身じろぎするだけですべて吹き飛ぶ。……もっともヤツはそれすら面倒くさがってやろうとはしなかったがな」
魔王様の言葉に、僕もゴティア魔王子もウンウンと頷いた。
僕らはもうあの人の滅茶苦茶ぶりを実体験したのだから。
「ゴティアよ」
「はッ」
「お前は人材蒐集に余念がないようだな。ベルフェガミリアだけではなく、ルキフ・フォカレにも宰相続投を打診していると聞いている」
「は、はい……ご賢察の通りです」
ゴティア魔王子が縮こまっている。
いつの間にか魔王さんから、あの福々しい雰囲気が消えていた。
「ベルフェガミリアとルキフ・フォカレ。二人は、我が治世をもっとも根元から支えてくれた二本の柱石だ。アスタレスとグラシャラが、我をプライベートから支える伴侶であることに対してな」
忠臣を褒め称えつつも、すぐ傍にいる魔王妃二人のフォローもしっかりする。
まさに統治者の振る舞い。
「ベルフェガミリアが軍部を、ルキフ・フォカレが政治を、重大な二分野で彼らの助けがなければ到底魔王の責務を果しえなかったであろう」
そこまで?
魔王様一流のリップサービスかまでは判別つきがたいが。
「二人はそれほどに、歴史と照らし合わせても並ぶ者は少ない、得難い臣下だ。自分の治世になっても彼らに働いてもらいたいというゴティアの気持ちもわかる」
「は、はい! その通りです!」
今、暗にゴティア魔王子が次の魔王になることを仄めかした?
やっぱり普通に後継者はゴティア魔王子で決まりなんだな。
「我は、自分が魔王になってからも立派に治められるよう、父上が誇る二名臣を我が下でも働いてほしいと思っています! ベルフェガミリア卿には色よい返事を貰えませんでしたが、せめてルキフ・フォカレ卿だけは……!」
「そのルキフ・フォカレだが……」
魔王さんの言葉に抑揚がない。
「彼が何代前から魔王家に仕えているか、知っているか?」
「はい、先々代の頃からと……」
「そうだ、我が祖父の世に仕官し、かれこれ六十年以上仕えている。特に我が父の代に苦労を掛けた。あの当時ルキフ・フォカレがいなかったら魔国は滅んでいただろう」
「そこまで?」
そこまで!?
国家の危機を救うなんて、そのルキフ・フォカレって人どんだけ有能なんだろう?
「そのルキフ・フォカレももう八十を越えた。現役にいるにはあまりにも長すぎる。近日……我は彼に引退を勧めるつもりだ」
「引退ッ!?」
「二十年は遅いがな。彼は、その人生のほとんどを魔国の内政のために捧げたと言ってよい。晩年ぐらい穏やかに過ごしてくれても罰は当たらんだろう。……いや、当たるな、一世紀近く彼を酷使してきた我ら魔王家に」
ゴティアよ、と息子の名を呼ぶお父さん。
つまりは魔王さん。
「お前の世になってまでルキフ・フォカレを使い続けることは許さん。お前は、お前の臣下をお前自身で探し出さねばならんのだ。それが出来ぬ者に魔王たる資格はない」
前言撤回、どんなに肥えられようとも魔王さんは鋭く、気を抜くことのできない恐ろしい支配者だった。
ところで完全に魔王さんとゴティア魔王子との会話になっているなら、僕もう帰ってもいい?






