1136 シンギュラリティ
直面する問題を認識した俺たちは、早速問題のある開拓地へと向かう。
俺が訪れると、日々作業中の開拓者たちは歓声をもって出迎えた。
「聖者様だ!」
「聖者様がお越しになられたぞ!」
開拓地においての俺の人気はウナギ上りで、開拓の指揮者として受け入れられている。
有難い限りだが、今日ばかりは切り出す用件のことを思うと、無邪気に歓声を受け続けるばかりではいられない。
「今日は、キミたちにお願いがあってきた」
俺の神妙な雰囲気が伝わったのだろう。
俄かに歓声がやみ、シンと静寂が広がる。
『一体何を?』という戸惑いが場を支配する。
「俺が従えるオークやゴブリンたちへの差別的な扱いをやめてほしい。彼らは、俺の大切な仲間だ。彼らを卑下することは、俺を卑下することと同じことだと覚えおいてほしい」
そう伝えると一気にドヨドヨとしたどよめきが開拓者たちの間に湧き起こった。
そして一斉の抗議の声を上げる。
「何を言い出すんですか!? モンスターなど道具と同じですよ!!」
「オークやゴブリンなど、敵軍に突っ込ませるだけの使い捨て! そのようなモノに敬意を払えと言うのですか!?」
「いくら聖者様でも理不尽です!!」
ピキピキピキピキピキピキピキピキピキ……!
さすがに俺も怒気を抑えることができなかったのか、瞬時にして下がった温度に全員の口が凍った。
「いつも温和な旦那様でも、農場の仲間を罵られると違うわね……!」
後ろでプラティが呟く。
「もう一度言う。俺に従うオークやゴブリンは、俺の大事な仲間だ。道具なんかじゃない。キミたちとまったく同じ差のない掛け替えのないものだ。危害を加えることも、侮辱することも許さない」
うーん、今の声かなり据わっていたかな?
皆、言葉を失い、息を飲む音ばかりが聞こえてくる。
ちなみに、今の俺の生命に反発したのはやはり魔族の開拓者たちがほとんどだ。
逆に人族の開拓者たちは『何なん?』という感じのポカン顔を晒している。
やはり人族と魔族との間に認識の違いがあるのだろう。
「人族の人たちに聞きたい。キミたちは彼らについてどう思う?」
俺の後ろに居並ぶオーク、ゴブリン軍団を示して尋ねる。
「……はあ、別に何とも?」
「最初は、『モンスターと話せるなんて珍しいな』とは思いましたが」
「会話してみると案外気さくだし、仲よくなれると判断しました」
好意的な意見が返ってきた。
そもそも人族側の開拓者は傭兵や冒険者から派遣されてきたものが多く、フリーランスなだけに自由な価値観の持ち主が多い。
だから今まで見たこともないコトやモノにも、それほど抵抗なく受け入れられるのだろう。
しかし魔族の方はそうでもないらしい。
「モンスターと同等なんて認められるかー!」
「聖者様は我々を愚弄するのかー!」
最初はゴニョゴニョと抑え気味だった反意が、段々と勢いを盛り返してきている。
それだけ生まれついての刷り込まれた価値観は強いということなんだろう。
これを一朝一夕で塗り替えることはまず不可能だ。
「だからこそ、今日の作戦が効くのよ。ガツンと、価値観を塗り替えるのよ!!」
プラティの言葉の後押しに、俺も突き進むぜ。
「魔族の皆さんの不満ももっともだ。そこで今日は、ある催しを考えてみた」
「催し?」
ドヨドヨと戸惑いの声が上がる。
「レクレーションとでもいうかな? あるゲームを行う。キミたちの相手はこのオーク、ゴブリン軍団だ」
告げられた事実に、驚きと怖れの空気が返ってくる。
「お、お戯れを聖者様!! 相手はモンスターですよ!? 人類が力で敵うはずがないじゃないですか!」
「しかも聖者様所有のモンスターどもは、他よりよっぽど強い! そんなものと力比べなど、我々を殺す気ですか!?」
所有言うな。
この世界は人身売買は認められておりません。
「何を勘違いしている? レクレーションといっても色々な種類があるだろう? そりゃ運動能力を競うものもあるだろうが、それ以外の能力が試される種目だってあるだろう」
「はい?」
「今回はもっぱら、知力を競うレクレーションを用意した」
つまり知恵と知識をもってオークゴブリンたちと競い合ってほしいということだ。
「本気ですか聖者様!?」
「それならさすがに我々の圧勝ですよ! モンスターごときが知恵で人間に勝てるわけがないじゃないですか!!」
おうおういい気になっておる。
「ですが、ただ勝負するだけじゃ面白くないですな! オレたちが勝ったら、ちゃんとモンスターたちには分際を守らせると約束してください!」
「そうです! 使役モンスターは人間の下! そのことを徹底してくださいませんと!!」
聞いてもないのに向こうの方から条件提示してきた。
交渉する手間が省けて大助かりだ。
「それでは逆に、俺たちのオークゴブリンが勝てばキミたちは、彼らのことを認めてくれるんだね?」
「いいですよ! そんなこと絶対ありえないでしょうけどね!!」
絶対というものは絶対にない。
ということをこれから彼らは知ることになろう。
「モンスターは人類より力で優れている分、知恵には劣る。だからこそ総体的に人間はモンスターより高等な生物なのだ……」
プラティがボソボソ言う。
「……それが魔族の大方の主張なのよね。だからこそ力でねじ伏せても意味がないわ。彼らが真の拠り所としている知性で屈服させる必要があるのよ!」
そのためのレクレーションということ。
そして我が農場のオークゴブリンたちは、勝利に必要なものを既に持ち合わせているということだった!
彼らの努力の結果が早速、日の目を見る機会を得た。
さあ行くのだ、俺のオークとゴブリンたち!
お前たちが厳しい勉学の末に身につけたものを披露してみよ!!
* * *
それでは、レクレーションその一。
早押しクイズ。
では第一問。
1860年に、時の大老井伊直弼が暗殺された事件のことを……。
「桜田門外の変!!」
正解!
では第二問。
1789年、バスティーユ牢獄への襲撃から始まる……。
「フランス革命!!」
正解!
第三問。
宇宙世紀0087から始まる、地球連邦軍による内紛のことを……。
「ちょっとちょっとちょっとッ!? 待って待って待って!?」
ハイ不正解。
「違う! 答えたわけじゃない! なんなんですかその問題は!? まったく聞き覚えがないんですけど!?」
歴史の問題ですが?
「オレたちが知っている歴史じゃないんですけど!? 歴史の問題なら、第何代の魔王様の名前とか、人魔戦争における有名な局地戦とか、そういうのが問題で出るべきでは!?」
あれぇ? そんなこと言って?
わからないんですか、地球の歴史問題が?
オークやゴブリンより賢いって自慢気に言っていたのに、そのオークやゴブリンが普通に答えられる地球の歴史問題を答えられないんですかぁ?
まあ、彼らは菅原道真公から徹底して歴史を学ばされてますからねえ。
「しかし我が君……!?」
「これはさすがに卑怯が過ぎるのでは?」
何故か味方のオークゴブリンたちにまで引かれてしまった。
まあ、こんなのテスト範囲外からテスト問題を作るようなものだから、そりゃ不公平感MAXか。
仕方がない。
公平性を保つためにも、違うレクレーションで知性を競うか。






