1135 だから学問をやれ
勉強!?
聞きたくない言葉だが!
日本の子どもに生まれて、勉強が好きなヤツなんているものか!
しかし当のその言葉を放ったオークボとゴブ吉は嬉々として続きを言う。
「我々は考えました。人として備えておかなければいけない、我々に足りないものは何かと」
「それは知性! 知性こそが人と獣を分ける重大な相違点!!」
ああ、はい……!
彼らはそうすることによって、そもそもモンスターである自分らを人に近づけようとしたんですね。
でも今言うことかなソレ?
任命式まだ続いてるんですけれど?
「生まれてきた子どもたちのためにも、誰からも後ろ指差されないためにも、力だけでなく知性も完璧なる者として大成したかったのです」
「子どもたちが『お前の父ちゃんゴブリーン!』などとなじられないように!!」
そうか……!
オークボやゴブ吉自身には『胸を張って生きればいい』と励ましたが、その子らまで同じ生き方を強いられねばならない……それが生まれた時から決まっているというのはいささか可哀想かもしれない。
彼らも自分らが父親になるにあたって、真剣に考えていたということか……。
「そこで我々は、農場の仕事や子育てに明け暮れる傍ら、先生にお願いして授業していただいていたのです!」
先生!?
ビックリして姿を探すと……先生いた!
満足そうにカラカラ笑っておられる。
『学ぶ意欲がるとはいいことじゃ。人間いくつになってからでも、学び始めるのに遅すぎるということはない。却って意欲溢れてよい生徒であったぞ』
教えるの大好きな先生にとっては水を得た魚であろう。
そんな先生は、農場国を興すにあたって文部大臣に就任してもらうことになった。
農場国の教育を一手に担うのはやっぱり先生の独壇場であった。
『二人とも優秀な生徒でしてな。最初は読み書き計算……基本的なところから学び始めて恐ろしい速さで吸収していき、今では物理法則や生命の仕組み、世界各地の地名や気候、哲学まで修めて非の打ちどころがありんせわい』
「神は死んだ」
「深淵が覗き返してました」
やめろ!
それは哲学者の中でも中二病の教祖とでも言うべきヤツの名言!
『生きることは学ぶこと!!』
ヒィッ!?
なんか唐突に出てきたと思ったら菅原道真公!?
勉学の話をしたらすかさず出てくる!
『そう! 人は学ぶことで人となっていくのだ! 学ばない人間などケダモノと同じ! 人間、皆平等なれどもそれでも差が出てくるのは、どれだけ勉学したかによって知性に差が出るからだ! 知性が豊かならば富むこともできるし災いを避けることもできる!! 知性が乏しければ栄達への道を見つけ出すこともできない! その知性を備える手段が学問なのだ! だからお前ら、学問をしろ!!』
どうどう……。
学問のこととなると容易くエンジンがかかる道真公。
先生もコイツをなだめるのに四苦八苦なさっていた。
『このような感じで公も途中から彼らの教育に参加されての、公の故国での歴史など丹念に教えてくださいましたわ』
「794ウグイス平安京!」
「1192作ろう鎌倉幕府!!」
いや、あっちの世界の歴史教えないで。
ここの世界の歴史を教えてよ!
「先生と道真公のお陰で、自分賢くなることができました!」
「これで子どもが育ってきた時に教えてやれることができますぞ!」
晴れやかな表情のオークボとゴブ吉。
そうか……最近姿を見かけないなと思ったら、ああして地道に学びを得ていたというのか……!?
子どもに勉強を教える……!
それはすべての親にやってくる試練であろうが、俺も大丈夫であろうか?
長男のジュニアは、向こうの世界に当てはめればそろそろ小学校に入る時期だ。
そう考えれば試練の時は近い。
「じゅ、ジュニアは足し算できるかなー?」
「y=a(x-b)²+c」
ん?
『そのうちリーダーたちに倣って、他のオークやゴブリンたちも学ぶようになっていきましてな。お陰で成果はよく出ております』
いまや、ウチのオークやゴブリンがインテリ集団に!?
俺が、農場国立ち上げのため世界中を回っている間にこんなことになっていたのかッ!?
「うーん? 意外な展開だけれども、却っていいことなのかもしれないわねえ」
この状況を眺めて、いかにも賢そうに顎を撫でるプラティ。
そりゃ、農場全体の知能指数が上がるのはいいことなのかもしれないけれど……。
「そういうことじゃないのよ。実はこの先懸念されていることがあってねえ」
ん?
それもいいけど、まだ任命式が続いてるんですけども?
パヌを酪農大臣に、バッカスを酒蔵大臣に、バティを織部にそれぞれ就任してもらおうと思ったけれど……。
もういいや! 一気にやっちゃおう!
パパパパパッッと!
* * *
それでプラティ、一体何が問題なんだい?
「農場国建国が決定してから、農場本体も開拓の支援に動き出しているのは知ってるわよね?」
うむ。
まだ開拓事業を手伝う程度の気持ちだった頃は、開拓者たちの主体性を崩してはならないと最小限の協力に留めていた。
しかし本格的に農場国を作るぞーとなってからは遠慮がなくなり、開拓に農場の全力を投じるようになっていたんだ。
その時、もちろん主力になるのはオークとゴブリンたち。
力自慢スピード自慢の彼らにかかれば百年計画も百日で済む。
大幅な時間短縮、作業効率化が見込めるはずだった。
「でも……それが今、意外な弊害を呼んでるのよねー」
Hey Guy?
「『オークやゴブリンに従うなんて嫌だ』なんて言い出すヤツらが出てきているのよ」
なんだってぇ!?
俺の仲間であるオークやゴブリンたちにそんなことを言うなんて!
いい度胸だなぁ! オイ!!
「オークゴブリンたちを拒否するのは大体、魔族の開拓者ね。魔族には、モンスターを使役する魔法があるでしょう? 戦時中なんかはそれを利用して、一部のモンスターを対人族軍の戦力としていたと聞くわ」
そういや前にも聞いたなそんな話。
魔族によるモンスター使役は、どんなモンスターでも自在に操れるんじゃなくて一定の条件を満たした魔物……。
……口頭の命令を理解できる程度の知能を有したモンスター……。
……じゃなければいけないはずだった。
たとえばオークやゴブリン。
きわめて人間に近い形質をした、いわゆる擬人モンスターはそれに準じて知能も高く、魔法による使役を極めて効率的に受け付けた。
だからこそ戦場では重宝され、魔王軍では『とりあえずオークかゴブリン投入しといてー』という使われ方をしてきたらしい。
そういう意味では、魔族たちにとってオークやゴブリンは馴染みあるモンスターなのかもしれない。
「彼らにとって擬人モンスターは、自分たちのために使うシロモノであるという意識が滲みついちゃっているから、ソイツらの指示を受けるなんてのが我慢ならないらしいわね」
ウチのオークもゴブリンも、パワーはあるしで開拓作業をやらせたらずんずん進む。
木は伐り倒すし、草だって刈りまくる。
さらには農場の作業で建築、開墾の経験もあるから、どんどん住みよい作業にしていく。
自然、人類の開拓者は作業を送らせてしまう。
そうなってくるとより円滑な作業を行うためにオーク、ゴブリンたちが指示に回るようになるのだが……。
――『煩い! オークやゴブリンごときが人間様に指図するな!!』
……と?
「気持ちはわからないでもないわよね。道義上は間違っているとしても、生まれた頃から道具だと認識しているものに命令されるなんて人としてのプライドが許せないでしょうからねえ」
何がだ!
オークボやゴブ吉たちは仲間であって道具じゃないぞ!
いくら価値観の違いだからと言っても許容できることじゃない! 建国を決めて早々揉め事は避けたかったが、強制してでも認識は改めさせなければ!
「そこでよ、最近のオークゴブリン勉強ブームがいい方向へ進んでいくんじゃないかしら?」
プラティは微笑みながら言った。
「果たして“道具”より愚かでいることを、人間様は許容できるかしら?」