1133 甘い格子
帰ってきました農場に、俺です。
いやー、くたびれた挨拶回り。
農場国を築くために必要なこととはいえ、社交性ゼロの引きこもりである俺には実にしんどいミッションであった。
しかもこれで準備段階でしかないっていうね。
こうやって各国との顔つなぎができて、連携がしっかりとれるようになってやっと農場国作りが本格スタートってわけさ。
ここから長い長い長い国作りが始まる。
そんなに長いスパンで挑むんだから、今日ぐらいゆっくり休んでもいいじゃないか。
というわけで休みます。
久々に何か新しい料理にでも挑戦してみようかなともった。
ここ最近、色んな偉い人にあって気疲れしたので、甘いものがいいなと思った。
糖分は脳に栄養を送ってくれる。
甘いものと言えばお菓子だが、疲れてもいるので手間のかかるものはやりたくない。
こうして範囲検索をかけていった結果、最終的に一つに残ったベスト候補。
「……ワッフルでも焼くか」
そう、ワッフルである。
あれが市場に出回り出したのはいつ頃のことであったか?
格子状の表面が特徴的で、クリームなどの味付けが一切なくシンプルに生地の甘さと香ばしさだけで勝負してくるグラップラーのようなお菓子。
……思えばコンビニ回りで数知れず耳慣れない名前のお菓子が登場しては、アッと言う間に流れ消えていくものだが。
ワッフルもその一つだと思われたのにまったく消えずにしぶとく残っている。
ワッフルの美味しさと食べやすさの証左ではあるまいか?
そんなワッフルを作っていくよー。
生地作りだが、これはまあホットケーキと同じようなものでいいんだろうか?
歯応え香ばしさもホットケーキとは一線を画した個性があるからワッフルなんだが……。
しかしそれ以前にもっと重要な、用意しなければならないものがあった。
ワッフルメーカーだ。
ワッフルのあの特徴的な格子模様を付けて焼くには特殊な器具が必要。
フライパンじゃただのパンケーキにしかなりようがないからな。
それはもちろん、このファンタジー異世界には存在しない。
……ないなら作るか。
いつだってそうしてきた。
焼き菓子を作るためのものとなると素材はやはり金属。
それ以外ないよな?
石焼ワッフルとか存在するかもしれないけれど少なくとも今はそんなに冒険しなくていいと思う。
だって俺は目前に、農場国作りという大冒険を控えてるんだからな!!
というわけで小さな冒険は回避しておくとして、俺は堅実にごく一般的なワッフルメーカーの製作にチャレンジしてみるとしよう。
……ワッフルメーカーとなるとあの特徴的な格子状というか碁盤目状の溝……凹凸が付いていないとダメだよな。
鉄板に凹凸を刻むのか……どうやりゃいいかわからんが、想像するだに大変そう。
しかしこういう時にこそ頼れる味方が俺にはいる。
金属関係についてはドワーフに聞くのが一番だ! ファンタジー異世界において右に出る者のいない職工のスペシャリスト、ドワーフ!
新しい調理器具を作ろうと思ったらまず彼らに声をかけるのが恒例となっていた。
* * *
さっそくドワーフ族のエドワード親方を訪ねて、ワッフルメーカーについて説明する。
こういうのが作りたいんだと。
エドワードさんは俺の話を真剣に聞いてくれて……。
「……ふむふむ? 鉄板に、縦横数本の溝をつけて、まったく同じものを二つワンセットで用意して、上下に挟んで熱すると?」
そうです、そうなんです。
俺の身振り手振りの説明でエドワードさんはよく理解してくれる。
「それは……聖者様、恐ろしいものを作ろうとなさいますな……!!」
エドワードさんは頬に一筋の汗を流した。
アレ? そんなに凄いものかな?
たしかに異世界のものであって物珍しいけれど、そこまで戦慄するほどのものか?
やはり金属に溝を掘る……というのが難しいのか?
俺は前途に不安を感じてしまったが……。
「だってこれ……拷問具でしょう?」
んん?
「この凹凸をついた鉄板を熱して、高温になったところで挟み込むんでしょう?……こう、手を? なんと残忍な手法を思いつかれるのか」
違うよ!?
エドワードさん、なんか恐ろしげに震えていると思ったら、そんな勘違いを!?
やめてください! 明るい農場生活にそんなダークな要素を持ち込まないで!
「違うんですか? てっきり建国に当たって綱紀粛正を強めようとしているのかと。犯罪者を取り締まるためにも刑罰のレパートリーは豊富な方がよいですもんね?」
俺たちが作る農場国はそんな恐怖政治で国民を縛り付けたりはしません。
ワッフルメーカーは拷問器具じゃなくて調理器具です!
苦痛とは対極の、甘くて幸せなひと時を提供するための道具なんですよ!
「そ、そうなんですか? それは失礼……!」
で、どうでしょう?
製造できますかね? やっぱりこの溝の部分が難しい?
「いや、可能ですよ。我らドワーフの加工技術を舐めてもらっちゃ困ります! こんなのお茶の子さいさいでさあ!」
よかった!
じゃあお願いします! 素材はこのマナメタルを使てくださいね!
「ぐえぇええええええーーッ!?」
久々のお約束なやりとりもあって、ワッフルメーカーは意外とサックリ完成した。
おお……!?
さすがモノづくり最強のドワーフさんたちの仕事ぶり、イメージ通りで完璧だ。
鉄板にはちゃんと溝が入っていて格子状だ。さらに上下一対の鉄板はちゃんとくっつき、ご丁寧に取っ手もある。
これなら最高のワッフルを焼けるぜ!
早速挑戦だ!
まずはワッフルメーカーを火にくべて、しっかりと熱する。
充分に熱を帯びたらあらかじめ用意しておいた生地をぶち込む!!
ワッフルメーカーを閉めてしっかりと焼いていくぜ!
ちゃんと満遍なく火が通るように、時折上下をひっくり返すぜ。
そうして直感的に『今だ!!』と思ったタイミングで開けると、中には甘い匂いをふんだんに放つワッフルが!
やった! 初めてにしては大成功!!
「ずわりゃぁああああああああああああああああああああああッッ!!」
と同時に何かが俺の足元へ飛び込んできた。
ヴィールだった。
スライディングをキメて土埃を上げながら俺の前に立ち上がる。
「ズルいぞご主人様! ここ最近新作オヤツなかったからすっかり油断していたのだ! 危うく見逃すところだったぞ!!」
さすがというか、新作料理アンテナはいつもながら鋭敏なヴィール。
別に隠そうとしたわけじゃないよ。
どうせ放っといても勝手に嗅ぎつけてくるだろうと思っていただけだ。
どっちにしろ味見役は欲しいと思っていたからグッドタイミングだよ。
さあ、お食べ。
「お、おう……? 何やら平べったいな、せんべいか? おれ様、甘い物の方が好みなのだ……!」
初めて見るワッフルにおっかなびっくりしながらヴィール、一口サクリと。
「あめぇええええええ! あまあまあまあま!」
反応よかった。
「思ってたより全然甘いぞ! 生地そのものが甘いのだ! しかも歯応えがあって食感も独特! これは新オヤツに相応しいのだ!!」
好評なようでよかった!!
生菓子じゃないから日持ちもするし、生地さえ作れればあとはいくらでも焼けるから開拓者たちに広めて焼かせるのみいかもしれない。
わざわざキャンプでワッフル焼く人もいると聞くからな。
これで開拓地での楽しみも増えるに違いない!
と、考えが逐一開拓地中心になっていることに気づいた。
その一方で……。
「……ん? ジュニア?」
気づけばいつの間にやら我が息ジュニアもやってきていた。
アイツもワッフルのい甘い匂いに誘われてきたか?
もちろん今はオヤツ時だから好きなだけお食べ。試し焼きしたワッフルもまだ全然残っているしな。
……と思ったが、ワッフルを見詰めてなかなか手を動かそうとしない。
どうしたのかと戸惑った直後……。
ジュニア、ワッフルの上にアイスクリームをデンと載せた!?
「「なにぃいいいいいいいいッッ!?」」
これには俺もヴィールも揃って驚愕。
ワッフルにアイスクリーム。
その最強の組み合わせを一目見た瞬間に割り出すなんて!
ウチの子は天才か!?
「まりあーじゅー」
そうだその通りだ!
「うおおおおおッ! アイスの冷たいクリーム感と、ワッフルの程よい硬さが絶妙に互いの食感を引き立て合うのだ! こんな組み合わせを思いつくジュニアは天才なのだぁあああッ!!」
ヴィールもジュニアを天才だと推している!
ああッ! さらにジュニア!?
ワッフルに載せたアイスクリームの上から……!?
さらにハチミツを垂らしたぁあああああ!?