1117 知らないことを知らないこと
農場内での意見の調整もできたので、今度は外へ向かって通達を行う。
まず向かう先は魔国。
魔王さんの下だ。
直接の提案をくれたのはあの人だし、真っ先に報告を入れるならあの人のところかとね。
というわけでベレナに頼んで転移魔法で飛んだ。
アポなしで訪問するのは失礼かと思ったが、幸い魔王さんはご在宅で俺のことを快く迎えてくれた。
「聖者殿! よく来てくださった!!」
てっきり魔王としてのお仕事で忙しいかと思いきや、応接室らしきところへスルリと案内してくれて、淹れたてあったかコーヒーと上質なお菓子がすぐさま来た。
まるで俺が訪問することがわかっていたかのようだ。
「実は……聖者殿が来られるのを待っていた」
対面に座った魔王さんがおずおずと明かす。
「先日は、即応でき兼ねる提案をしてしまい聖者殿を困惑させてしまった。だからこそ答えを出してくれたならすぐさま対応できるようにしていたのだ」
俺がいつ結論を出すかなんてわからなかったのに……。
これが魔王さんの誠意ってことか。
ならば俺もそれに応えて、自分の答えを告げる。
「前向きに検討しようと思います」
つまり農場国を立ち上げるということだ。
「おお……!!」
それを聞き、飛び上がるようにソファから立つ魔王さん。
「それはよい……! それはよい!! 聖者殿が担ってくれるならばこの世界は益々栄達しよう!」
はい。
俺も世界の成り立ちに深く関わっていく立場になったからには、精一杯務めていこうと思います。
もう責任から逃げようとは思いません。
「心強い。……これで、開拓によって新たに確保されるエリアを魔国、人間国、人魚国の三大国が交流していくためのハブ国家にしていく、という目標にぐっと近づいた」
魔王さんおもむろに言う。
「全種族の融和……という理想を実現するのに聖者殿はこの上ない象徴だ。全種族のいずれにも属さず、それでいて全種族のいずれとも繋がりがある。聖者殿の懐の広さから、いずれ世界の平和を揺るぎないものにしていくと期待させてもらいたい」
「たっ、たはははははは……!」
苦笑いするしかなかった。
魔王さんの俺へ向けた期待値が半端ではない。
大袈裟な……と言いたいところだが謙遜する俺は昨夜で捨てた。
家族と仲間と、多くの人々を引っ張っていくために、俺は聖者……大いなる力と責任の持ち主であると、みずからを奮い立たせる。
「わかりました。一緒に世界をよくしていきましょう」
「世界を引っ張っていく同志として、改めてよろしく頼む」
固い握手を交わす俺と魔王さん。
めっちゃ強い力で握ってこられる。そんな我が手と同様に全身が引き締まる思いだった。
「ではまず、我が臣下に聖者殿のことを紹介していこう! 魔国首脳部と顔合わせをし、その存在を確固とするところから聖者殿の国……つまり聖国の始まりとするのだ!!」
おおう、魔王さんハイテンション。
俺が承諾することが余程嬉しいのか?
それに国名は現在、農場国で固まってるんですが、聖国って何?
「よし、まずはこの吉報を我が政の片腕……ルキフ・フォカレに伝えるとしよう! 誰ぞ! ルキフ・フォカレを呼んでくれ!!」
大きな声で人を呼ぶ魔王さん。
なんというか一挙手一投足が大きな津波のような流れだ。これが王様クラスの人物力といったところなんだろうな。
* * *
コーヒーを飲みなどしながら十分ほど雑談していると、ドアの向こうからバタバタと迫ってくる足音。
そしてバタンとドアが開く。
「魔王様! 宰相ルキフ・フォカレまかり越してございます!」
「うむ」
「火急の用件と伺いましたが何事でしょうや!? まさかまた大魔王の大バカ野郎が益体ないことでも閃きましたでしょうか!?」
久しぶり。
魔国宰相のルキフ・フォカレさんだ。
今や世界一の大国となった魔国の政治面での長。主君である魔王さんを裏から補佐し、縁の下の力持ちと言っても過言ではない。
むしろ彼が主導で魔国の政治を回していることもあり『世界一忙しい男』の異名もほしいままとする生粋の働き者だ。
今日もきっと大事な案件を進めている途中、魔王さんの呼び出しに即応してきたんだろうなあ。
「うむ、朗報だぞルキフ・フォカレ。例の聖国の件、先方からの了承がとれた」
「何と! それでは聖者が承諾したのですな!? これまで世界の裏に紛れ、隠然たりながらあまりにも強大な影響を及ぼしてきた聖者が、ついに表舞台に!?」
なんか凄い言われ方だなー。
そんなに影響出してましたっけ?
「うむ、これで世界はまたぞろ急速に動き出すぞ! 我ら魔族も乗り遅れぬように気を引き締めねばな!」
「やれやれ、また案件が増えそうですな……!!」
力ない苦笑を漏らすルキフ・フォカレさん。
きっと今の時点でも数えきれないぐらいの仕事を抱えてるんだろうなあ。
容易に想像できるのが悲しい。
「しかしながら機会は、こちらの都合を考えずに巡ってくるもの。手いっぱいだと言って見過ごしては目の前でむざむざ掻っ攫われるのみです。魔族が世界のトップを走り続けるためにもこのルキフ・フォカレ、魔国宰相として微力を尽くしましょう」
「よろしく頼む」
「そこで……」
ルキフ・フォカレさん、何やらそわそわとして……。
「状況を大きく動かす前に一つ、我が願いを聞き入れていただきとうございます」
「ふむ?」
何だいきなり改まって?
ルキフ・フォカレさん、恭しく傅いて言う。
「どうかこの私めにも大いなる聖者への目通りを叶えていただきとうございます。これから聖者主導の国が出来上がるにしても、魔国で重職を担う私と何の面識がないのは不都合があるかと思いますれば、是非とも……!」
「え?」
魔王さんの素っ頓狂な声が上がる。
俺も上がった。
オイオイオイオイ何を言ってやがれるのですか?
ルキフ・フォカレさん、俺とならよく会っているじゃないか?
「何を言っているのだルキフ・フォカレよ。そなたと聖者殿ならこれまで何度となく会っているではないか?」
「は?」
魔王さんも同じ感想を持って、同じことを言った。
それに素の反応を返すルキフ・フォカレさん。
「いかなることでしょう? 私と聖者が既に面識を持っているですと? もしやまったく気づかぬうちに?」
「こちらがその聖者殿だが」
どうも、聖者です。
ナマステ。
「なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!?」
ルキフ・フォカレさんの本気の驚き様から、本当に俺が聖者だとは知らなかったようだ。
「彼は、たしか温泉宿で一緒にいた!? オークボ城とかいう祭りの会場でもチラチラ見掛けたような!?」
「それはそうだ。あの温泉宿を築いたのは聖者殿だし、オークボ城も聖者殿が率いるオーク軍団が始めたものだ。そこに聖者殿の姿があるのは当然のこと」
「では何故私に言ってくださらぬのです!? 私はてっきり偶然通りかかった一般人かと!?」
一般人と見間違えられる男、聖者です。
そんだけオーラがないってことだろうか? ここ最近やたらと持ち上げられているからむしろそういう扱われ方に安心してしまう。
「え? 言ってなかったか?」
「聞いておりませんが!?」
衝撃の事実に魔王さんも困惑。
「いやー、たしかに紹介するヤツが多くて誰をいつ引き合わせたか記憶が曖昧なような? それにルキフ・フォカレそなたに関しては父上が紹介した気もしていたし、それですっかり顔合わせ完了していたものと……!?」
「クッソまたあの男か!? 自分の楽しみ優先で少しも義務を果たそうとしない!」
これが情報の行き違いというヤツか……。
ホウレンソウも大切だが、確認も同じぐらい大事ってことね。
「何ということだ……!? 聖者が正体不明ゆえに二重三重の安全策を講じて事態を動かしてきたというのに……! 最初から正体を知っておればそんな手間必要なかったではないか……!? 私は、しなくていい手間をかけていたということか……!」
ルキフ・フォカレさんの苦労人力がまた上がっている……!?
苦労にも色々あるがしなくていい苦労をあえてすることほど精神が摩耗することはあるまい。
これが究極の苦労人の生き様ということか。
とりあえずは正式に教が初対面ということで名刺交換でもしておこう。






