惑星テオロニア
小さな入り江の砂浜に波が静かに打ち寄せる。周囲は切り立った崖に囲まれており、高い波もここまでは届かない。海は青く澄んでおり、空の青さと相俟って見る者に天国に一番近い場所を想像させた。
そんな静かで美しい砂浜から数百メートル沖に水柱とともに何かが現れた。それはゆっくり波の音を掻き立てながら海から上がってくると、おもむろに砂浜に座り込んだ。
「つ、疲れた。というか…死ぬ。死んじゃう。いや、ゲームじゃなきゃ絶対死んでたよ」
謎の物体、いや、海の底から無事生還を果たしたハルカは砂浜に座り込むなり愚痴った。
ひとしきり悪態をつき満足したのか押し黙ると、彼女はぼんやりと海を眺めた。顔を上げて空も見る。柔らかな風が彼女の頬をなでた。
薄々は彼女も解っていた。脱出艇のポッドでは寒さを感じた。だから一か八かの大気圏突入にも漠然とした恐怖を抱いた。この砂浜でも温かな光に肌を撫でる風、潮の香を感じている。何より先ほど海で嫌というほど飲んだ海水はしょっぱかった。
「どう考えても高度なVR機能…とかじゃないよね」
まだ進化前の[クリムゾンフレーム]ならゲームだと信じて戸惑わなかったかもしれない。しかしこの人間そっくりな[カーマインハート]は五感を備えていた。何もかもが本当の事なのだと、ハルカに現実を突きつけてくる。
ハルカはゴロリと横になると手足を大の字にして砂浜に寝転がった。ひんやりとした砂が気持ちいい。
「こんな物語みたいな事態が私に降りかかってくるなんて…」
気になる事は山のように存在したが、頭がさっぱり働かない。
「あ~~~~~もう!!悩むのは後だ!とにかく行動!」
ハルカは上半身を起こして、すべてをブン投げる事を自分自身に宣言した。
この異世界で生き抜くために、ハルカはまず自分の能力を確認する事にした。
どうもこの体は人間にそっくりだが、似て非なるモノのようだ。でなければ先ほどの何者かの攻撃で叩き落され、海の底深くしずんだ脱出艇から泳いでここまで上がって来られるはずはなかった。
軽く体を動かしてみる。流石にLv150の[クリムゾンフレーム]ほどの身体能力は無いようだが、ステータスなりの力は感じる。少なくとも現実の春香の体よりは遥かに高性能だった。
次にシステム関連を調べてみる。
システムにはゲーム時代のメニューがログアウトも含めてすべて存在した。だが当然というか、グレーアウトしていて選択できない。他にもマップ機能やフレンド通信等が使えなかった。
視界に映る各種ゲージはオンオフが出来た。意識するだけで表示が切り替わる。デフォルトで表示されるHP・EPの項目には、今は新しくBEPというゲージが追加されていた。現在BEPはスッカラカン。HPは危険領域でゲームなら回復が必要な状態。EPは半分程となっているが、じわじわと回復してきている。怪我などはしていない事から、HP表示はおそらく活動に必要なエネルギーではないかとアタリをつける。食事をすればたぶん回復するはずだ。たぶん。EPはゲームでは空間に漂うエーテルを取り込むと説明されていた。これはたぶんそのままだろう。BEPに至ってはさっぱり想像できなかった。
最後にアイテムを調べてみた。
と言っても彼女のアイテムボックスには二つの物しか入っていなかった。
一つは戦艦アマテラスのショップで購入したナイフ。刃渡り30センチ程でサバイバルナイフと言われる物によく似ている。念のためにそのまま腰のマウントに装着する。
もう一つは卵型のツルツルした物体で、アイテムボックスには[ニア]と表示されていた。自分が進化したように、サポートキャラのニアも進化しているのかもしれない。が、孵し方が分からないのでそのままアイテムボックスに戻す。
ちなみにそのあたりの石や草をアイテムボックスに入れられないか試してみたが無理だった。異世界は想像以上に厳しい。
ひとしきり自分の体をチェックした後、ハルカはこれからどうするかを決めなければならなかった。
戦艦アマテラスでの出来事を思い出してみる。倒れ込むプレイヤーも多かったが、脱出艇に向かって走る人達もかなりいた。自分のように地上にたどり着いた者もいるに違いなかった。それに脱出艇のAIは不時着先を海岸沿いの人工建造物の近くに設定すると表示していた。正体不明の物体からの攻撃により軌道が変わってしまって少し離れてしまったかもしれないが、海岸沿いに移動すれば見つかるはずだった。
「まずはプレイヤーか人を探す。いや、その前に食べ物かな…」
さっきから体がハルカに対して空腹感を執拗に訴えかけていた。
「よく出来た体だよね」
他人事のようにハルカは呟いた。
砂浜から続く、灌木が所々に群がる緩やかな斜面を登りきると、そこにはもう鬱蒼とした木々が茂る森が広がっていた。
ハルカは早速食べられそうな実がなっている木が無いか辺りを探す。そう時間もかからずに赤い実のなっている木を発見した。よじ登って実をもぎ取り匂いを嗅いでみる。甘い香りがする。触った感じは思ったより固い。いくつかを地面に落とし、枝から飛び降りる。と、彼女は首筋に何か寒気のようなものを感じた。反射的に着地と同時に前方へ身を投げ出し回転する。ハルカが着地した上を青白い影が過ぎった。
回転からそのまま膝立ちし、腰のサバイバルナイフを素早く抜く。周囲に目を走らせると、青みがかった白い毛を持った、狼のような獣の群れに囲まれていた。
「なるほど、木の実を取りに来る動物を待ち伏せして狩る訳ね」
獣たちはハルカの隙を伺いながらじりじりと包囲を縮めてくる。
ハルカはダッシュして包囲の僅かな隙間を抜けようとした。しかしそれは獣たちの巧妙な罠だった。影に潜んでいた一匹が行き場をふさぐ。それに合わせて囲んでいたうちの二匹が口を大きく開け時間差でハルカに襲い掛かった。
何処に避けてもその咢からは逃げられない。手慣れた、そして完璧なタイミングだった。
しかし、ハルカは慌ててはいなかった。これまで幾度となく繰り返してきた、エネミーとの対戦で培われた経験が自然と体を動かす。右手のサバイバルナイフが予備動作なしに右後方へ突き出された。それは最初に襲い掛かってきた獣の胸に吸い込まれるように刺さり、そのまま上方へ切り上げられていく。ハルカの右腕は円を描くように動き、握られたサバイバルナイフはそのまま時間差で次に襲い掛かってきた獣の肩口に当たり、胸を経て腹までを一気に切断した。
獣の血しぶきがハルカを真っ赤に染め上げる。ほんの一瞬の出来事だった。
二匹の仲間を瞬く間に切り伏せられた獣たちは、敵わないと悟ったのかリーダーらしき獣の一吠えを合図に素早く撤退していった。
ハルカの視界の隅にチカチカとシステムからのメッセージが光る。レベルが上がっていた。
ゲームとは違い、獣の死骸は自動でアイテムにもならなければ、消えもしなかった。
残った死骸とべっとりとついた返り血に、ハルカも陰鬱な気分になる。
「レベルが4に上がったのは嬉しいけど…やっぱり現実をこうして突きつけられるとちょっとへこむなぁ…」
でもやはり、ハルカも死にたくはなかった。この惑星テオロニアでどう生きていくことになるのか、現状ではさっぱり先が見えてこなかったが、何か良いことだって待ってるはずだと思いたかった。
落とした赤い実を拾い、砂浜へと戻る。体を海水で洗い、その後赤い実を一つ食べた。これまで食べたどんな果物よりも甘く感じた。
日はすでに中天からすこし傾いていた。今から人や街を探して動くにもタイミングが悪い。ハルカはまたエネミーの類に遭遇した時の事を考え、簡単な武器を手作りする事にした。
「フンフフン、フン、フ~ン♪フフフン、フフン、フン、フ~♪」
鼻歌を歌いながら砂浜で熱心に木を削り、数時間かけて仕上げたのは長さ1メートル強の木刀だった。
「何といっても使い慣れたものが一番!フェイントくらいには使えるよね」
何度か軽く振ってみた。思っていたよりも上手く作れた木刀に、すっかりご満悦な表情を浮かべる。落ち込んでいた気分が少し晴れていた。
そうこうしているうちに空は夕焼け色に染まってきていた。太陽が海の向こうに沈んでいく。ハルカにとって激動の一日がようやく終わりを迎えようとしていた。彼女は砂浜に座り込み、沈みゆく太陽を眺めながら、木刀を抱えて眠りについた。
メカ娘を期待してる人は、もうちょっと待ってね。




