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天かける脱出艇

 真っ白な世界に自分だけが立っていた。…確か、自分はゲームをしていたはずだ。周りを見回すが何もない。ゲーム内で死んだ時に戻される電脳空間でもなさそうだ。そうか、自分は夢を見てるのかな…春香はふいに思いついた。その証拠に自分の事が良く見える。

 少し幼めだけど、それなりに整った顔、長い黒髪はポニーテールにしている。入門している古武術道場の道着を着け、手には木刀を持っていた。習った型をなぞり体を動かす。イメージした動きに寸分違わず体がついてくる。流れるように木刀を振るった。それは綺麗な刀の舞いだった。

 小さな頃から道場に通い、それなりの腕を身に付けた。女子の中では全国でも数本の指に入る自信はある。剣術は好きだった。あの無心になれる瞬間が心地良かった。

「懐かしいな…」

 あれ?まだ私、19歳だよね?



 耳に心地よくない電子アラーム音が聞こえてくる。

「あ~うるさい。もう起きるから…」

 深く沈んでいた意識が浮上する。重い瞼を無理やり開けようと力を入れるが、体が言う事を聞かない。ようやくうっすらと開いた瞼の向こうには乳白色をした硬質樹脂製の壁があった。

「…あれ?」

 瞼をゆっくりと数回、瞬きさせる。上半身を起こすと体がふわりと浮いた。周囲を見回す。そこは5、6人入ったら身動きが難しくなりそうなくらいの小さな部屋だった。真ん中には通路のような空間があり、左右にはゴツイ機械の腕が4つ並んでいる。そのうちの一つはハルカが寝ていたポッドをがっしりと掴んでいた。

「どうやらまだあの続きみたいね…うぅ、寒っ」

 ポッドの中から冷気が溢れている。ハルカは開いた蓋の端をつかんでポッドの中から抜け出した。宙に浮かんだまま前方にある扉へ向かう。たどり着くと扉は軽い音を立てて自動的に開いた。短い通路が続き、先にはさらにもう一つ扉がある。先ほどと同じで、やはり前に立つと自動的に開いた。

 そこはこの船のコクピットだった。2つの座席が隣合せで据え付けられ、座席の前には計器の類が整然と配置されている。前方には窓があり、外の景色が見えるようになっていた。

「ええと…そうなるよね」

 窓の外には青く輝く惑星テオロニアが視界いっぱいに広がっていた。



 どうやらこの船はサテライトベルトと一緒にテオロニアを回っているらしい。ハルカが座席に就くとモニターにAIからのメッセージが流れ、同時にテオロニアと、この脱出艇の位置が3Dマップに表示された。

「で、どうすればいい訳?」

 ハルカが尋ねると、モニターにAIからの計画が表示される。二度三度と見直してから、彼女はそれを信じたくなくてもう一度訪ねた。

「他に…方法無いの?」

 脱出艇のAIからの提案はごく単純なものだった。【この船のエネルギーがもう残り少ないので今のうちに惑星に降りることをお勧めします】というものだ。彼女もそれに対して文句はない。しかし、その成功率が問題だった。50%。半分の確率で炎の塊となって燃え尽きる。そんな最後は御免被りたかった。

「せめて80%くらいまで成功率上げれないかな?」

【想定されるパターンはすべて検討済みです。この脱出艇は惑星降下を目的とした設計をされていません。不確定要素が多すぎるため予想が困難です】

 そもそもハルカは乗り間違えたらしい。

「うぅ~~~~~~~~……」

 打つ手なし。ハルカが唸りながら身悶えているとコクピットの照明が落ちた。モニターにタイムリミットまでの時間が赤く灯る。時間は思っていた以上に無かったらしい。ハルカの目が据わった。

「あ~もう!女は度胸!惑星テオロニアへ降下~~~!!」

 ハルカはやけになって叫んだ。

 ただ一人の乗員に、提案した計画の賛同を得たAIは迅速に行動を開始した。テオロニアの周回軌道から船を大気圏突入させるために姿勢制御ノズルを細かく噴射する。適切な角度と速度で、脱出艇は光の筋を描きながらテオロニアへと落ち始めた。


 メイン噴射ノズルを頭にして、後ろ向きに突入を開始した脱出艇は順調に高度を下げていた。窓から見える外の景色は断熱圧縮により生じた高熱で夕焼けのように赤く燃え上がり、時折、高熱の塊が流星のように弾けては後方に流れていく。その美しい景色はこの様な状況下でなければ、ため息しか出ない感動をハルカに与えていただろう。

 ハルカは緊張からか、意味もなく固定され動かない操縦桿をきつく握りしめる。船体から異音が聞こえてくるが、いまさらもう祈る以外に何も出来る事はなかった。

 ピピッと電子音が響き、3Dマップに小さな赤い点が表示された。

【未確認飛行物体がこの船に接近中。高エネルギー反応有。増大中。この船を狙っているようです】

「な、なんでよ!?」

 さすがにこの船のAIにも理由はわからなかった。しかし乗員の安全を守るためには行動しなければならない。

【逆噴射で制動をかけ、射線を外してみます。3.2.1.噴射】

 メイン噴射ノズルから炎が吹き上がり、ガクンと船体が揺れる。嫌な音がして外壁の一部が弾け飛び、はるか後方へ消えていく。

「ちょ、どうなってんの?!」

 モニターに向かってハルカが叫ぶ。

【衝撃波が船体を掠りました。依然、未確認飛行物体接近中。新たな高エネルギー反応有。噴射ノズルに不具合発生】

 メッセージがモニター上を飛ぶように流れる。船体がさらに揺れ、破損個所からまた部品が飛んでいった。



 高速で飛びながら、彼はまだ遥か彼方にある目的の物体を眺める。その深く濃い碧の瞳は、この遠く離れた距離からでも細かな模様まで難なく把握する事が出来た。刷り込まれた知識からその飛行体が作られた物だと解る。ならば破壊せねばならない。と、彼は決断した。

 大きく広げていた翼を少し内側に折り曲げ、太く長い尻尾をピンと伸ばす。日の光に緑色の鱗がキラキラと虹色の光を放ち、翼の付け根に存在するエラのような場所から圧縮された空気が吐き出される。こうすれば飛行速度が上がる事を彼は本能的に知っていた。

 目標の飛行体を射程距離に捉えた彼は、少し速度を落とし攻撃準備に入る。咢を開き、魔力を口内に集中させる。空気中に漂うマナがそれに反応して輝き始めた。低く短い唸り声を上げると、光が針のような形を成し、衝撃を伴って発射される。

 それは[ストームニードル]と呼ばれる彼の得意な攻撃魔法だった。

 我らに課せられた第一の使命は空を守る事。どのような物でも我ら竜族に連なるモノ以外が空を飛ぶ事を決して許してはならない。緑の鱗を持ち大きな羽を広げて飛ぶその竜はそう考えていた。



 迫りくる緑竜の攻撃魔法にAIが【対処不能】と表示しかけた、その時に…その奇跡は起こった。

 船体が激しく揺さぶられ、大きな音とともにエンジンを含めた噴射ノズル部分が船体中央を基点にへし折れた。大小さまざまな部品が吹き飛んでいくのがコクピットの窓からも否応なしに確認できる。

「う、嘘でしょ~~~~~~~~~~~~!!」

 ハルカの絶叫と同時に[ストームニードル]が折れたエンジン部分に掠り爆散する。爆発に突入速度を殺される形となった脱出艇は二つのパーツに分かれ、それぞれテオロニアの海へと落ちた。


目標が大きな水柱を立てて海中に没していくのを確認した緑竜は、それでも数回上空を旋回し、余波が落ち着いたところで自分の棲み処へと帰って行った。


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