神速 VS. 神技
何故こうなってしまったのか?ハルカは今一つ納得できていない。
場所を変え、ハルカ達は再び街の外へと来ていた。先日、ミカヅチの訓練を見た場所だ。
「お姉ちゃん。頑張れ~!」
「超絶技、見せてくださいよ!」
「姐さん、気合っす!」
ここにはヴェチカやミカヅチとアサギリの二人、おまけにシルバーロアに偶々いた数人の野次馬まで付いて来ていた。ヴェチカと一緒になって、無責任な声援を飛ばしてきている。
「外野は気楽でいいわね…」
ハルカは思わずため息をついた。
実剣を使った模擬戦という事で、少し大型の防御フィールドを発生する防具を着けている。魔石を使い捨てにするタイプでかなり高価らしいが、すべてリーゼロッテが準備し、費用も彼女が負担していた。すぐに出してきたところからも、最初から考えていたと見るべきだろう。
アルゴ達もこのような危険を伴う訓練などめったにしないと聞いている。ここまでして剣を交える理由が、あの話から繋がり得るのか?ハルカには分からなかった。
彼女と向かい合う形で、数メートル先には青を基調とした鎧を纏ったリーゼロッテが立っていた。細身の長剣とバックラーを装備し、静かに始まりの時を待っている。その様は流水を止める堰を思い起こさせた。開始の合図という堰が切られたならば、青い猛威が荒れ狂い、すべてを押し流そうとするだろう。
(強い、なあ…)
ハルカはその立ち居振る舞いからリーゼロッテの力をある程度推測する。諦めにも似た感情が沸き上がってきていた。それは勝敗の行方に関するものではない。彼女の強さゆえに、この模擬戦を回避できる可能性がまったく無い事を理解したためだ。
そして、少しワクワクしている自分に気づき、ハルカは苦笑する。なんだかんだ言っても、剣を振るう事は好きだった。でなければ時代遅れの古武術道場で剣の修行などやってはいなかった。
心を落ち着け、体を自然体に持っていく。ハルカはゆっくりと、その身を戦闘モードへと切り替えた。
事の発端はリーゼロッテの言葉だった。
シルバーロアの応接室で彼女はこう口にしたのだ。「ハルカさんの素性に心当たりがあります」と。
ハルカが以前の記憶を失っているという事は、特に秘密にしている訳では無かった。突拍子もない発言などから、逆に信憑性は増している。やはり、自分がアースリングだと明かす事にまだ不安のある彼女は、しばらくはこのままで過ごしたいと思っていた。
そこにリーゼロッテの爆弾発言だ。この世界の知識が足りてないハルカには、彼女が何を言ってくるのか?見当もつかない。
口の中が乾いて、うまく言葉を出せないでいると、アルゴが先にその言葉に食いついた。
「そりゃ、本当か?」
「ええ。…ハルカさんと模擬戦をやらせて貰えますか?そうすれば、確信を得られると思います」
リーゼロッテは戸惑いの表情を浮かべるハルカを静かに見つめる。その瞳には強い意志が浮かんでいた。
その後はハルカそっちのけでとんとん拍子に話が進み、現在に至る。
リーゼロッテの迫力に押された形で決まってしまった、この模擬戦だったが、事ここに至ってはハルカにも異存は無かった。
二人の間に横たわる空気が熱に当てられゆらりと流れる。
最初は二人の近くにいたアルゴも、すでに離れた木の幹に背中を預けて眺めている。開始の合図など、この二人にはいらないと解っていた。
先に動いたのはリーゼロッテだった。
一撃必倒。並みの相手ならそれで終わっていただろう。彼女の鋭い突きが最短の距離をハルカに向かって奔る。彼女のあだ名[神速]は誇張では無かった。
ハルカの素体と呼ばれている現在のボディーの能力は、この世界のハンターで言うCランク程度の能力値しか無い。Aランクのリーゼロッテに比べると数段劣っていた。
しかし、幾つか劣らない物もある。それは反応速度と目だった。
偽装が解け、ハルカの赤みを帯びた本来の瞳が露わになる。人で言う水晶体部分に細いリング状の光が浮かんだ。事象のすべてを観測する人造の目はリーゼロッテの動きを最初から捉えていた。
ハルカの剣が正面へと構えられる。彼女は左手を剣の腹に沿え、リーゼロッテの剣先を受け、流した。
キンッ!と甲高い音をたて、剣が交差する。火花のようにも見えるマナとエーテルが発するエネルギーの残滓が散った。
リーゼロッテはそのままハルカの後方へ抜けると、振り返りざまに剣を左から右へと振り抜く。それを予期していたハルカの剣はすでに背中へと構えられていた。リーゼロッテの剣はハルカの剣の上を滑るように流れ、逸れていく。ハルカはその力を利用してステップを刻むように回転しながら三、四歩と歩みを進め距離を取った。二人は再び向かい合って対峙する。
一瞬の攻防に、見物している者は止めていた息を浅く吐いた。目が離せない。誰もがこの模擬戦はそう長くは続かないと理解していた。
リーゼロッテは再度、先手を選択する。
今度の始まりは突きではなく、オーソドックスな上から下への振り下ろしだった。そして、そこから連携技へと繋げる。それはゲーム中のスキルのコンボによく似ていた。全く同じでないのは、長い間に技が最適化されたためだろう。自身のマナを使用すれば、さらに攻撃を強化できるが、リーゼロッテはあえて使っていない。それでも恐ろしく速い斬撃は十分な威力を持っていた。
ハルカはその速く重い斬撃を悉く躱し、弾く。リーゼロッテの剣はハルカの身体に掠る事すら無い。彼女はその事実に驚愕すると同時に感動を覚えていた。自然と顔に笑みが浮かぶ。もっとハルカの技を見たいと、彼女はさらに速度を上げた。
代わって、ハルカは苦しさを増す。傍から見る程、彼女に余裕がある訳ではない。「柔よく剛を制す」等とよく言われるが、弱い力で強い力に対抗するには、それ相応のリスクが当然あった。剣を受けるタイミング、力、動作、どれかが少しでも狂えば体ごと弾き飛ばされる。それでもリーゼロッテが単なる力のみで押してくるなら、ハルカは何の苦労も無くカウンターを決める事が出来ていただろう。だが、彼女の鋭い剣撃はそれを容易にはさせてくれなかった。
それでもハルカは焦ってはいない。彼女には一つだけ圧倒的に優位なものがあった。
対人戦の経験、それがリーゼロッテには足りていない。彼女の真っ直ぐな剣は、それだけにハルカにとって読み易かった。彼女の攻撃の癖をおおよそ把握し、将棋や碁のように先の先の、そのまた先の手を読んでいく。
(ここからが勝負!)
ハルカの技が防御主体から一転した。リーゼロッテの攻撃を弾いた剣がそのまま彼女へと襲いかかる。一度、二度、三度と剣戟が響き渡った。それぞれマナとエーテルによって強化された剣の軌跡が二人を中心に美しい光の弧を描く。
数十合の打ち合いの後、ハルカの剣がリーゼロッテの斬撃を掻い潜り、彼女の胸元へと迫った。人を倒すためだけに長年に亘り研鑽されてきた技術[剣技]がハルカの魂には染みついている。その技が鉄壁の守りを切り崩した。リーゼロッテの闘志がふっと消えたようにハルカは感じた。
当たると思われた剣先がピタリと止められる。
ハルカはリーゼロッテの碧い瞳を見た。彼女もまた、ハルカのその赤い瞳をじっと見つめている。無言の時が僅かに流れた。
「私の負けです。ハルカ様…」
そう言うとリーゼロッテは一歩下がり、騎士が主に対してするような優雅な礼をした。
「少し早いんじゃない?まだまだ反撃する手もあったと思うんだけど…」
剣を退きながらハルカは問う。仮に最後の攻撃がそのまま当たっていたとしても、大したダメージは与えられなかっただろう。彼女はそこから数十手先まで読んでいたが、それでもリーゼロッテに負けを認めさせる程の攻撃がそう簡単にできるとは思っていなかった。それほどに「力」の差は大きい。
「訓練ならば確かに。しかし、この模擬戦に於いては先程の一撃で十分です。私が思い描いていた以上の…見事な技でした」
何らかの答えを得たという事なのだろう。ハルカとしてはすぐにでも聞きたかったが、みんながいるこの場では少し拙い。
「リゼさんが納得したならいいんだけど…えっと…戻ろうか」
「ええ。それから…[リゼ]と、お呼びください。[さん]は要りません。ハルカ様」
リーゼロッテの押しにハルカは少々戸惑う。なんとなく迫力を感じて、彼女が自分の事を様付けで呼んでいる事にも気が回らない。
「う~ん、じゃあ…リゼ」
ハルカがそう言うと、リーゼロッテは満面の笑みを浮かべる。それは純粋な好意の表れに見えた。
模擬戦が終わって、街へと戻る道すがら、みんなそれぞれが感じた事を語り合っていた。
ヴェチカとシルバーロアの面々は陽気に騒ぎ、ミカヅチは何か感じるところがあったのか、じっと考え込んでいる。そしてアサギリはそんなミカヅチを優しく見ていた。ハルカとリーゼロッテも歩きながら身振り手振りで技の事について何事か話し合っている。
アルゴは彼等を楽しそうに見ながらも、これからの事を考えていた。リーゼロッテとジークハルトが自分の知らない何かを知っている事は間違いなかった。それはこの後、ある程度説明してくれるのだろうが…
(面倒な事になる予感しかしねえ…)
ハルカが現れてからこっち、厄介事が列をなして自分に迫ってきている気がしている。おまけに街を取り巻く状況も、彼女の出現に端を発するかのように変化を始めていた。口の悪い人間なら、彼女を疫病神呼ばわりするだろう。しかし…
アルゴは楽しそうにはしゃぐヴェチカを見た。
(あの笑顔が見れるなら、こんな日々も悪くないさ)
何よりアルゴ自身も最近はこの状況を楽しみ始めている。他人からもたらされるトラブルも悪くは無かった。
(エナルセル達もこんな事思ってんのかねえ?)
多少なりともトラブルメーカーとしての自覚を持つ彼は、自嘲しながらそんな事を考えていた。




