固有スキル
「どうおりゃっ!!」
雄叫びと同時に力を溜めた拳が振り抜かれる。アルゴの喉笛を目掛けて襲い掛かってきていたワーグの頭蓋が、その一撃で簡単にひしゃげた。そのままの勢いで地べたへと縫い付けられる。
すでにアルゴたちは廃砦から街道へと抜けて撤退を始めていた。追撃してくるワーグを連携しながら撃退していく。
「なぁ、おかしくねぇか?」
アルゴと同じく前線で槍を振るっているリューグが疑問を投げかけた。
「確かに妙だ…」
大型の斧で力任せにワーグを切り飛ばしながらガストも答える。
彼らが想定していたよりも追撃のワーグがずっと少なかった。最初の遭遇戦では予想通りの数で押され、昨日の内に設置した罠や魔導具でなんとか戦況を五分に持っていくという、ギリギリの戦いだった。それが撤退を始め、街道まで引くと急に追撃の手が緩んだ。
そもそも魔獣という普通の獣とは少し違う生き物は、一度戦闘を始めると、よほどの事が無い限り戦いを止めない。たとえ瀕死の状態になっても逃げたりはしなかった。そんな奴らから逃れる方法は二つ。闘って倒すか、縄張りとされる区域からある程度離れる事だ。魔獣は縄張りと定めた場所から離れる事を嫌う習性があった。
アルゴたちも当然それを狙って計画を立てていたが、この状況から考えるとワーグの新たな縄張りが想定していたものよりも随分と小さい事になる。あの倒されたブラックハウンドが持っていた縄張りは、少なく見積もってもここから数キロ先まではあった筈だった。
そこから導き出される回答は…
「アルゴ!拙いですよ。ワーグの縄張りがこれっぽっちって事は…」
エナルセルが後方から叫ぶ。
「分ってる!たぶんこいつらより強ぇ魔獣がこの先の縄張りを奪い取ったとしか考えられねぇ!」
ワーグに回し蹴りを放ちながらアルゴが答えた。
「やな予感がする。こいつらをぶちのめして、急いでヴェチカたちを追うぞ!」
これはギルドに報告しなければならない異変が起きている可能性がある。アルゴは自分の勘が外れてくれる事を久しぶりに願った。
父親が昔図鑑で教えてくれた危険な魔獣。それがヴェチカたちの前に立っていた。
体が竦み手が震える。それをそっと優しい掌が包んだ。
「お姉ちゃん…」
ヴェチカがハルカを見上げる。
「心配しなくていいわ…下がってて」
そう言うと、ハルカは手にしたバスターソードを鞘から抜き、前に出た。ブラッドレオに動きは無い。間合いを探りながら近づく。
彼女が一瞬で懐に入れる。そんな距離まで近づいた時、ブラッドレオが臨戦態勢に入ったのが感じ取れた。
ハルカはゆっくりとバスターソードの切っ先を天に向け、八双の構えを取った。
「はっ!」
ハルカが掛け声とともに一息でブラッドレオの間合いに踏み込んだ。バスターソードが唸りを上げてブラッドレオの首筋を狙う。それを軽く横に動いて躱したブラッドレオは体を捻ると、前脚を鋭く振り、がら空きとなっているハルカの脇へと繰り出した。
「キンッ!」と鋭い音がしてブラッドレオの爪が弾かれる。ハルカの左腕がいつの間にか腰のナイフを抜き、ブラッドレオの一撃を叩き落していた。
ハルカはそのまま腰にナイフを戻すと、振り切ったバスターソードの勢いを利用して再び間合いを取った。
最初の攻防はどちらも想定の範囲内で終わったようだった。睨み合う両者に焦りの色は無い。
「ゲームでいうとレベル50くらいの敵かな?」
ハルカは魔獣の実力をそう評価した。勝てない敵ではない。これがゲームであった時ならば「勝てる」と、言い切る事が出来た。だが、現在の状況では少々厳しい。
「それでも勝たないとね」
ちらりとこちらを心配そうに見るヴェチカに目をやる。負ける訳にはいかなかった。
ハルカのバスターソードの軌跡が途切れることなく宙を舞う。ブラッドレオはその斬撃を飛び越え、潜り抜け、鋭い爪の一撃を与えようと四つの脚を起用に操る。ハルカはそれをさらに受け、弾き、攻撃へと繋げる。
まるで最初から決められた演武を見ているようだった。
しかし、その均衡も長くは続かなかった。
ブラッドレオがその太い前脚でハルカの剣を受けた。血が飛び散り剣が肉へと食い込む。ハルカはそのまま振り抜けようとしたが、そうはさせて貰えなかった。脚に食い込んだ剣が抜けず、バランスを崩され踏鞴を踏む。
その隙にブラッドレオが大地を蹴って後方へ飛び距離を取った。咢の周辺の風景が蜃気楼のように歪んでいる。恐ろしい熱量がブラッドレオの口から漏れ出ていた。
赤い鬣がマナの収束現象で光る。咢が開かれ熱の塊が弾丸のように発射された。
ブラッドレオの狙いすました魔法の一撃に、ハルカは無意識に剣を振る。それはゲームの中で何度も使用したスキル【飛燕】のモーションそのままの動きだった。
剣先が炎の弾丸と拮抗し、互いを砕きながら弾け飛んだ。余波が周囲へ飛び散り森を焼く。すぐさま追撃が来ない事から、そうそう連発できない魔法だと分るが、普通の相手ならそもそも追撃の必要は無いだろう。
最初の威嚇目的の炎の魔法とは桁が違った。相手を必ず倒すに足る技、恐らくブラッドレオの持つ中でも最強の攻撃魔法。それをハルカはかろうじて致命傷を受けずに弾くことに成功していた。
ハルカはがくりと膝をつくと荒い息を吐いた。体中にはひどい火傷を負っている。最初に見せられていた魔法による攻撃だというのに、躱せなかった自分の迂闊さを呪う。バスターソードを地面に突き、ブラッドレオを睨んだ。
(でも、まだ…やれる)
彼女は気力を振り絞り、立ち上がる。小さな少女を守ると彼に誓った。その約束をこんなに早く破るわけにはいかなかった。
「お姉ちゃん!!」
悲痛な叫びが大気を震わせた。
人の強い意志こそが進化の行く末を決める。システムのコアはそれを判断の一基準としてプログラミングされていた。
よろめくハルカの視界の隅に文字が見える。先日の対ブラックハウンド戦の時と同じようにシステムメッセージが次々と表示されていた。
- レベル10に到達しました -
- カーマインハート固有スキル【ギガンティック・ブレイド】がアンロックされました -
- マシーナリーフレームへの融合が可能になりました -
- 素体の損傷 甚大 マシーナリーフレームモードへの移行を推奨 -
- 自己防衛プログラムに基づき強制的に融合を実行します -
首筋のチョーカーに緑白色の光のラインが浮かび上がった。
同時にハルカを中心に機械のリングが形成される。それがくるりと回転すると、ハルカの体を光が奔り、別の物へと作り変えていく。
ほんの僅かな時間で彼女の体は、ゲーム時代に慣れ親しんだ機械のボディーへと置き換わっていた。
- machinery frame phase:zero forced unite -
- complete -
- HPとEPの残量から推測される稼働限界までの時間は10分です -
「どうなってるの?これ…」
ハルカは一瞬、呆けたように呟くが、低い唸り声によって意識を目の前の存在に戻された。
ブラッドレオがひどく警戒した様子で此方を窺っていた。
ハルカは素早くボロボロのバスターソードを構えなおす。
「よくわかんないけど…これで形勢逆転と行きたいよね」
油断はできない。
(この体もそう長くは維持できないようだし…)
ハルカは視界に表示されたHPとEPのゲージが目に見えるスピードで減少し始めているのを確認すると、ブラッドレオに視線を戻した。




