公爵令嬢は、おしとやかではいられない4
「店主。来たわよ」
ギルド近くに形成された、冒険者御用達の商店街。この商店街通りに武器屋は数多くあるのだが、その中でも一番小汚い店舗へとやってきた。
鉄と油が混ざった、独特の煤けた匂いが充満する店内は、販売のみをする店舗ではなくて、鍛冶屋として客の注文にも応えてくれる、昔ながらの職人気質が残る老舗だ。
俺もここでナイフを購入したが、今はギルマスの手元にある。
「おう、嬢ちゃんか。約束の時間より早く来るってのは感心するが、男を2人も連れてきたってことは……襲撃か?」
「どうしてそうなるのよっ!」
「嬢ちゃんもだいぶゴネてくれたからな、そりゃあ警戒もするさ」
相当苦労したんだろうな、その光景が目に浮かんでくる。
「ご店主、それは無礼であります。レティ様は襲撃など、そんな野蛮な行為などするはずもありません。お嬢様だったら、問答無用で店舗ごと魔法で吹き飛ばして、終わりにします」
それこそ蛮行だろうが。
「だからしないってば」
執事にしたことを、後悔するような口ぶりで、レティは言葉を漏らした。
「おめぇさんは誰だい?」
「私はこのたびレティ様の執事になりました、セバスという者です」
嘘こけ!
「アリベルト、あんたは黙ってなさい。話がこじれるわ」
店主はレティの話を遮るように、手を上げた。
「そうかい。なあセバスアリベルトさんよお。このあいだ嬢ちゃんが来たとき、なにを要求してきたのか、知ってるか?」
よく分からなかったのだろう。2つの名前をくっつけやがった。
「もちろん知っております。オーダーメイドで頼んだメイスの代金を、ツケ払いにしようとしただけです。それをお認めにならないあなたは、しみったれです」
「他所ではどうだか知らねーけどよ。うちではそういう事はしねーんだわ」
なにしに連れてこられたのか、よく分かったぜ。
「しっかりと確認しなかった俺も悪かったんだ。完成品引き渡しの時に、嬢ちゃんが金を持ってねーことに気が付いてよ。あとは執事さん、あんたの話すとおりだよ。そこの気の強い嬢ちゃんと揉めに揉めたさ」
その時の気苦労を吐き出すように、店主は吐息を漏らした。
「にしてもだ、代金の1割や2割ぐらいは前払いじゃないのか? それなのに依頼を受けたのか?」
「あんちゃんか」
ナイフを買ったのを覚えていたのだろう。じろりと俺の顔を見ると、店主はそうつぶやいた。
「もちろんそれはもらったさ。だから制作に取りかかったんだよ」
「前金が高すぎるのよ」
レティが不満を口にした。
「いや、かかる費用の総額を持ってなかったら、結局は支払い不能になるだろうが」
小突いてやろうと思ったが、あとが怖いのでやめた。
「それでよ。今日の夕刻までに残金を支払わなければ、衛兵に突き出してやるって条件なんだよ。あんちゃんよ、俺を酷い人間だと思うか? これでも3週間の猶予をあたえたんだぜ」
なんていい店だ。これからはこの店に相談にこよう。
「執事まで連れてきたんだ。とうぜん代金は用意できたんだよな」
店主はぐるりと一同を見回した後に、レティへと問いかけた。
「もちろんよ。従者っ! 払ってあげなさい」
ほら来た。話の流れからして、そうだと思ったんだよ
「なんでだよ。この場合は執事が払うもんだろうが」
「はっはっは。私は宿代のツケと、防具の購入代金で破産状態にあります」
アリベルトは財布を逆さまにして、アピールしているが、こいつはアイテムボックスが使えるので、絶対に嘘だとわかる。
「俺にも手持ちがないつったらどうする?」
「えっ。そうなの?」
かなり狼狽えた様子で、レティは声を出した。
「じゃあ決まりだな。嬢ちゃん行くぜ」
「ちょっと待ちなさいよ。まだ夕刻じゃないじゃない」
さっさと終わらせたいんだろう。即座に店主が会話に入ってきた。
「俺を連れてくる前に、まずは確認するべきだったんじゃないのか?」
「アリベルトに確認とったわ」
確認とる相手が間違ってるって。いや、そもそも根本的に間違ってるか。
「レティ。重要な事柄は、君自身で確認を取るべきだ。人生窮地に陥っても、土壇場で奇跡がおきて助かるとでも? そんなことはないぞ」
「なに? 私に説教するつもり」
「まさか。そんな大層な身分じゃないさ」
俺が肩をすくめて答えると、レティは眼光鋭く睨みつけてきた。
「そんなの言われなくったって、分かってるわよ。ここまで来るまでにいっぱい失ったんだから。騙されて、巻き上げられて、いいように使われて、世間知らずの女がひとりで生き延びるのに、どれだけの苦労があったのか、あなたに理解できる?」
生きていく。ではなくて生き延びるという言葉に、胸が締めつけられた。
「多少なら、理解も共感もできると思う」
「そう、多少なりとも共感してもらえて嬉しいわ。私が奴隷落ちせずに済んだのも、あなたが思うような無鉄砲で向こう見ずな人間ではなかった。なによりの証左よね」
俺は黙ってうなずくことしか出来なかった。
俺の反応に、レティはにっと笑って、続けた。
「だったら嫌な思いをさせてくれた悪党共を、闇討ち同然に焼き払って、次の町に行くしかなくなった、悲しき公爵令嬢の境遇も理解してもらえるわね」
「悪いが、それは理解できん」
なにもかも一瞬で無かった事にしてくれる人だな。店主もバツが悪そうに頭を掻いていたが、今は目が点になっている。
「もちろん今のは仮の話よ。忘れてちょうだい」
そっぽを向いて、レティは付け足した。
「さあ。どうしようかしら」
ほとんど諦めたように、レティはボヤく。
「店主。残金はいくらなんだ?」
「金貨5枚だ」
「……メイスだよな? 異様に高くないか?」
「嬢ちゃんのわがままが詰め込まれてるからな。むしろサービスしたほうだ」
俺は財布から代金と大銀貨1枚を取り出して、店主へと渡した。
「あんちゃん。この大銀貨はなんだい?」
「迷惑かけたからな。それと店主の店は質がいいからさ、今後ともよろしくってことで」
「おっ。分かってくれて嬉しいねぇ。そういう事なら、ありがたく受け取っておくぜ」
「あんたちゃんと持ってるじゃない。なんで無いなんて言ったのよ」
「無いとは言ってない。それこそ君のいう仮定の話をしただけだ」
あまり納得していないのか、レティは頬を膨らませている
「レティ様。サティアさんは素直ではないのです。そしてたちの悪いことに、そこに乙女要素まで加わる始末、つまり乙女な天邪鬼なのです。お嬢様に頼られて嬉しいのに、でも拒みたい。ああ好きなのに、好きと悟られたくはなく、つい意地悪してしまう。けど嫌われるのはいや。はぁ。俺はどうすればいいのかと、常日頃から苦悩する日々。とまあこういう人なのです」
劇団にでも入れと言いたくなるような、熱い演技で、アリベルトは説明してくれた。
「よく分からないけど、ちゃんと従者として出すものは出したんだから、許せばいいのね?」
「お財布係りにとって、レティ様のお言葉がなによりの褒美だと、サティアさんは申しております」
言ってねーつーの。心の中で叫んでおいた。
「私の実力が分かったところで、早く注文した物を持ってきなさい」
「あいよ。嬢ちゃんには敵わんよ」
店主は店の奥へと入っていった。レティも満足した様子で、鼻を鳴らしている。
「ほら、これが注文の品だ。確認してくれ」
店主が持ってきたのは、メイスというよりも、相手に社会的死すら与えられそうな、威厳に満ちたデザインの王笏のようなものに見えた。
というのも、それには極めて殺傷能力の高そうな突起物が付いているからだ。しかも当然のごとく、先端には穂先が光っている。それでいて王笏としてのデザイン性も損なわれていないのだから、これは熟練した鍛冶師のみが創り出せる、芸術品と呼ぶに相応しい逸品だろう。
「期待以上の仕上がりね、褒めてあげるわ。それでこのメイスに銘はついているのかしら?」
店主がにっと笑った。
「俺はアイアンメイデンと命名した」
なぜだろう? 名前すらも物騒に聞こえるのは。
「外観も名前もいかつくていいわね。それで意味はなにかしら?」
「嬢ちゃんがこれを振るうとき、絶対誰かが死ぬって意味だ。敵味方関係なくな」
ぜひとも敵だけにしてもらいたいものだ。
「サティア、あなたの意見も聞かせてちょうだい。このメイスを見て、なにを感じた?」
レティはメイスを受け取って、俺へと聞いてきた。
「小国相手なら、見せただけで平伏させそうな、威厳さはあるな」
「そうでしょう、ハッタリが効いていて、いいでしょう。まずは見かけで威圧するのが基本よね」
武器で威圧する必要性って、あるのだろうか?
「その不必要に凶悪な刺はなんだ?」
「そこは嬢ちゃんこだわりポインのひとつだな。極限まで殺傷能力を高めるのに苦労したんだぜ」
店主は自慢気に話してくれた。
「綺麗な花には棘があるって、聞いたことないの?」
レティは後ろ髪を跳ねのけた。彼女の髪は空気を含んだかのごとく、ふわりと舞い拡がる。
「そりゃあ俺でも、それぐらいは知ってるけど……なんだよ」
そしてメイスを突き出してきて、レティは教えてくれた。
「それよ!」
「それかぁー」
否定すると、最初の犠牲者になりかねないので、言葉を濁しておいた。
「あんちゃんよ。メインはそれじゃねーんだわ。見てくれよ、メイスに埋め込んだ宝玉をよ。アレは職人泣かせだったぜ」
「宝飾品だと思ってたが、確かに宝玉だな」
「そうだろ? 宝石に見えるだろ。ここまで磨くのに手間暇かけたんだぜ」
「しかしこれだと見た目だけで、実用性はないんじゃないか?」
魔石を加工して、なにかしらの効果を付与したものを宝玉と呼んでいる。それらは多種多様で種類も豊富だ。そして使用するには、必ずと言っていいほど魔力が必要になる。
なので宝玉の特性や使用用途に応じて、ネックレスや指輪などの装身具に加工するほうが、まあ扱いやすいと言える。
このメイスのように武具に取り付けたりもするが、手もとから離れれば離れるほど魔力伝導率は悪くなり、それを補うには希少鉱石を使う必要がでてくるので、やはり一般向けではない。
「嬢ちゃんの手元を見てみな」
レティが手をずらすと、柄の部分に魔光石が埋め込まれていた。
「魔光石に魔力を流すと、柄の中にある芯棒を伝って、宝玉へと魔力が流れるんだよ。本当はミスリルで柄を造りたかったが、費用を抑えろってことだったんでね、そうしたんだ」
魔光石はエミルの核にも使われている鉱石だ。エミルの時代では、大変希少性のある重要鉱石だったが、それも当時の技術力あってのものだそうだ。
その技術力をすっかり失った現代では、魔力を流すとピカッと光って色が変わる、不思議な石としての認知しかなく、今ではもっぱら魔力測定で使用する、水晶としての利用価値しか見いだせていない。今でも希少鉱石ではあるが、その価値は低い。
「芯棒の素材はなにを使ってるんだ?」
「魔光石と他の鉱石を混ぜたものだ。悪いが、教えてやれるのはここまでだ」
伝導率だけで言えば、ミスリルより魔光石のほうが高い、それを知っている店主は腕だけじゃなく、知識も豊富なのだろう。
「気を悪くしないでくれ。興味本位で聞いただけだ」
「いいってことよ。あんちゃんにはチップをもらってるからな、これはサービスだ」
「実用性なんて、実戦で試せば分かるわよ」
レティが割り込んできた。様子を見るに、早く試したいようだ。
「それもそうだな」
「そこは期待してくれて構わないぜ。それと嬢ちゃんがどんなに乱暴に扱っても、壊れるのは相手のほうだからよ。気にするんじゃねーぞ」
「はっは。それは頼もしいな」
危険な匂いがぷんぷんするぜ。
「レティ様に相応しいメイスでございます。これで我々の身の安全も保証されたというものです」
建前は主人なんだから、お前が守れよ。じゃないとこっちに被害が及ぶだろうが。
「店主、世話になった。またなにかあったら相談にくるよ」
俺達が出ていくと、背中に向けて、店主がひと言だけ言ってきた。
「俺の名前はボルンだ。よろしくな」
あらためて名乗ろうかとも思ったが、片腕だけ上げて、終わりにした。
「あっ! ギルマスが聞き込みに来てたってこと、話すの忘れてたぜ」
ボルンは頭を掻いて、ほんの一瞬だけ黙考したが、すぐに結論へと至った。
「まっ、いっか。相手はギルマスだし、俺もあん時は、あんちゃんの名前知らなかったしよ。特徴だけ言われて、返事しただけだしなぁ」
ぼりぼりと、今度は尻をかいてボルンがぼやいた。
「でも。ナイフを購入した奴を知って、どうするつもりだったんだろうな。まさかあのあんちゃんが殺人犯だとかかぁ? ……ま、ねーわな」
それだけ言うと、ボルンは鍛冶場へと歩いていった。




