公爵令嬢は、おしとやかではいられない2
ギルド内に併設されたテーブル席の1つを陣取って、そこで俺は暇をもて遊び、ピアは昼の休憩時間がくるのを待っていた。
「暇ですね」
テーブルに突っ伏した状態で、ピアがぼやく。
「暇だな」
椅子に背中を預けて、俺は答えた。
「仕事しなさいよ」
無気力にピアが言葉を返してくる。
「お前がな」
俺も似たようなものだ。投げやりに返答をした。
「してるじゃないですか。こうやって時間を潰すのが、今の私の仕事ですぅ」
がばっと起き上がって、ピアが噛みついてきた。
「つーか依頼ってないのかよ」
俺も身を起こし、ピアへと聞き返す。
「ありませんよ。あなたが受注できる依頼は、新人アリゲーターが根こそぎ奪っていってますからね」
「はた迷惑な奴らだな。なんでそんなことする」
もちろん分かってはいたが、聞かずにはいられなかった。
「駆け出し冒険者に冒険者のイロハを教えるのが、今の演目ですからね。その次いでに、あなたへの嫌がらせをしてるんでしょうね」
「あいつらあれでも金級なんだよな。精鋭兵士か、場合によっては有力貴族お抱えの騎士並みの強さなんだっけか? 人は見かけによらないって本当だな。……弱かったけど」
「ほらまた挑発する。今は新人教育に熱心に取り組んでいて、あいつらの人望も上がってきてるんですよ。ちびり太郎でイジって陥れるのは、半年後にしようって決めたじゃないですか」
お前のほうが酷いと思うけどな。
「よし、お前ら準備はいいか。今回は郊外の平原に湿地帯、それと山岳地帯での魔物狩りだ。5つの依頼を3泊4日でこなす、いわゆる遠征ってやつだ、気を抜くんじゃないぞ」
「大丈夫でヤンス。ランク外の無能でも受けられる依頼でヤンスから、君たちなら余裕で達成できるでゲスよ」
「そうだ。過度に緊張する必要はない。リラックスして行こうぜ」
「はい。よろしくお願いします」
新人冒険者は3パーティーほどの大所帯だ。大勢の前で、あいつらは腕を組んで先輩風を吹かしている。さらにはギルマスもやってきて訓示を垂れだす始末だ。
「あの短足男って、あんなしゃべり方だったけか?」
「キャラ変みたいですね。個性をだすためか、ときどき変えてますよ」
芸が細かいというか、なんというか。
「さあ。出発するぞ」
出発式が終わると、新人アリゲーター達は、わざわざ俺達に近づいてくる。毎度のことなのでもう慣れたが、鬱陶しいことには変わりない。
「けっ! ボンボンが」
そしてすれ違いざまに睨みつけ、悪態をつくのも毎回のことだったりもする。
「相変わらずの嫌われっぷりですねぇー」
「なにを吹き込んでいるのか知らんが、あいつ達のおかげで、新人からも嫌な目で見られるしよ。先回りして邪魔でもしてやるか? 暇だし」
「やめなさいって、みっともない。それよりもアリベルトさんの姿が見えないですけど、教会ですかね?」
「そういやあ、ここんとこ見てないな。あいつの事だから、またくだらん物でも作って、ブヒブヒ言ってんじゃないのか?」
「そ、そうですね。ギルドにも来てないし、平和ですね」
なにそわそわしてんだよ。
「どうした? 落ち着きないぞ」
「そんなことないですよ。ところでそろそろお昼にしますか?」
なんだ、昼食にしたかったのか。
「そうだな。んじゃ、俺は食べに行ってくるわ」
「ま、待ちなさいって。いいから座りなさいよ」
なんだよ。また面倒事か?
言われたとおり座り直した。正面に座るピアは、どこかそわそわしていて落ち着かない。いつもと違う様子の緊張感に、なんだか俺も自然と背筋が伸びる。
「今日は特別に、私が作ってきてあげました。という訳なのでランチはここで済ませなさい。ちゃんと感謝しなさいよ」
隣の座席の上に置いていた鞄の中から、大きめの風呂敷を取り出すと、テーブルの上に置いた。包まれていたのはサンドイッチだった。
皿も用意していたようで、半分取り分けると、俺に渡してくれた。
「えっと。お勘定はいくら?」
「失礼ですね。いいから黙って美味しく食べなさいよ」
「お、おう。それじゃ遠慮なく」
メインは野菜サンドだった。だがその中に1つだけ、黄金色に輝くチキンサンドが入っている。
あれは最後に食べよ。
「うん。意外とうまいな」
野菜サンドの1つを取って、俺は素直な感想を言った。
「意外はよけいですよ」
「うん。うまい、うまい。こっちのチップスサンドも、うまい、うまい」
「美味しいは1回でいいですよ。2回言われるとなんか違います」
なにを言っても駄目なのな。
「…………」
「なんか言いなさいよ。せっかく作ってきたんだから」
さっきから言ってるんだが。
「でも、どうして急に作ってきてくれたんだ?」
「そうですね。再研修中に魔物に襲われたとき、どこからともなく飛んできたナイフに助けられましたからね。今日は機嫌がいいんです」
よかったー。いちおう見に行って。
「そうか。それは運がよかったな」
「ええ私は運がよかったです。でも、誰かにとってはそうとも言えないですよ」
「なんでだよ?」
「襲ってきた魔物って、私の腕を安全に確実にへし折るための、アリゲーターたちが仕掛けた魔物だったんですよ」
「ほう。それは物騒な話しだな」
「それを邪魔されたもんだから、ギルマス激怒しちゃって、絶対犯人を見つけてやるって、回収したナイフを持って、街中の武器屋に聞き込みに行ってましたよ」
そのへんで買った、安いナイフだからな、店主が話したらすぐに分かっちまうだろうな。
「その執念を仕事に向けさせろよ」
「本人にとっては、それが仕事なんじゃないんですかね。とにかく私から誰かに標的が移ったので、私としてはラッキーでしたよ」
「世の中には、いい事をしても不運に見舞われる奴もいるんだよ。それも頻繁にな」
あーちくしょう。助けるんじゃなかったぜ。
「……ところで、チキンサンド食べないんですか? それ私の自信作ですよ」
「最後に食べようとおもってな。とってるんだよ」
最後の野菜サンドにかぶりついて答えたが、目の前のピアの表情は乏しい。
「自信作なんだろ? 見ただけで分かるさ、冗談抜きでうまそうだ」
「いえ。まあ頑張ってください」
「なんだよ頑張るって」
口に放り込んだサンドを飲み込み、聞いてみたが、ピアはなにも答えてこなかった。ただ黙って自分のチキンサンドを食べはじめる。
「んじゃ。いただくとするか」
俺がチキンサンドに手を伸ばした、その時だった。
横から伸びてきた細い腕が、ひょいっと俺のチキンサンドを取り上げた。
「あっ!」
それこそあっと言う間だった。俺のチキンサンドは、見知らぬ女の口へと収まった。
「なにもしていなくても不運に見舞われてますね」
ふっと、ピアは鼻で笑ってくれる。
「あら。このチキンサンド美味しいわね」
「どうも。ありがとうございます」
「いや。つーか、あんた誰だ。俺のチキンサンド横取りしやがって、男だったら、有無も言わずにぶん殴ってるとこだが、その前に、いちおうは理由を聞いといてやろう」
現れたのは、くるりとゆるく巻きついた金髪に、金色の瞳を爛々と輝かせた見知らぬ女だった。
女は仕立ての良い服装に、機動性を重視したであろうデザインの、軽鎧を身に纏っている。素材も高品質なミスリル鉱石を惜しみなく使用していて、軽量で頑強な造りをした防具なのは、見ただけで分かる。
足下は薄汚れてはいるが、身なりからして、上流階級の人間である事は予測がつく。
防具だけで武器を所持していないのは気になったが、そんなところは今は問題じゃない。この女の最大の特徴。金髪に金色の瞳といったら、血統者の証し、つまりこの女は王族か公爵家、もしくはその血筋を引く高位貴族の人間だ。
俺としても、あまり関わり合いたくはない。ちょっとした行き違いに誤解、つまらん理由で、カルバンに迷惑はかけたくはない。
「どうしたの? じろじろと見てきて。私の顔になにか付いてるかしら」
「いいや。それで要件はなんだ?」
「喜びなさい。あなたを私の従者にしてあげる!」
女は胸を張って、自信たっぷりに言いきった。
「結構だ。頼むから帰ってくれ」
また変なのが現れたと、俺は正直、泣きそうになった。
「アリベルト。これはどういうことかしら?」
呼ばれて、にゅっと後ろからアリベルトが現れた。
「なんだ、そのご機嫌な格好は」
アリベルトはタキシードをぴっちりと着込んでいて、髪はオールバックになっている。さらには洒落た片眼鏡まで付けていた。
「お呼びでしょうか、レティお嬢様」
そして、しっかりと無視してくれた。
「彼は泣いて喜ぶと言っていたけれど、断られたわよ」
「サティアさんは泣いて喜び、靴底を舐め回すので、ここは靴底を突きつけるべきかと存じます」
「そう言えばそうだったわね」
女は軽く嘆息を漏らすと、手近な椅子に座るなり、足を突き出してきた。
「さあ、いいわよ。従者の儀式とやらをしなさい」
「ちょっと待てやぁ。お前ら俺をなんだと思ってやがる!」
「使い勝手のいい駒」
「令嬢と魔獣でございます。サティアさん」
「……靴底ぺろぺろ。変態ですね」
お前までそっち側に付くのかと、ピアを睨みつけたら、ささっと水筒を取り出すと、ハーブティーをコップに注いで、こっちに渡してきた。
「んで。結局なんなんだ。説明してくれ」
全員を座らせて──アリベルトだけは女の後ろで立って控えているが──俺は問いただした。
「言ったじゃない。あなたを従者にしてあげるって、そのために来たのよ」
「使い勝手のいい駒って、言ってなかったか?」
「従者ってそういうものでしょ?」
それは間違ってると思うぞ。
「分かった。それはいったん置いておくとして、それでアリベルト。お前は何やってるんだ?」
「レティ様の執事でございます」
「んなもん見れば分かるさ。急にどうしてそうなったんだ? 冒険者は辞めるってことでいいんだな」
「まさか辞めたりしませんよ。私でしたら、大抵のことなら片手間で出来ますので、ご心配なく」
それは冒険者か? それとも執事か?
「正直に申しますれば、執事属性が欲しかったのです」
「さっぱり分からん」
「たくさんの肩書きを持っていると、格好いいではありませんか、ですので私は、レティ様の執事に立候補したのです」
「……お前。もしかして神官になった理由も、それか?」
「職業を授けられてしまい、渋々ではありましたが、神官属性が欲しかったのも事実です」
渋々いうなよ。
「もう満足できた? 私も行きたい所があってね、そろそろ出かけたいんだけど、いいかしら」
いつのまにかピアからハーブティーをもらったようで、優雅な所作で茶を飲みながら、女が割って入ってくる。
「そもそもあんたは誰だよ」
「あら。私のことを知らないの?」
「知らん。ピア知ってるか?」
「知ってますよ。レティさんは有名ですから。あなたが来る少し前ですかね、シャルウィルに来たのは」
「お嬢様はベルティ公爵家のご令嬢。レティ・ベルティ様でございますよ」
「ベルティ公爵家っていえば、この国一番の大貴族じゃねーか!?」
思わず立ち上がってしまった。
「世間に疎いサティアさんでも、ベルティ公爵家の名は知っておられるようで、安心しました」
むしろ知らねー奴はいないだろうが。
「この女がベルティ家の人間って、本当なのか?」
俺はピアに耳打ちして聞いてみた。
「そうですよ、マジもんです。レティさんはお騒がせ……自由奔放、破天荒……活気のある冒険者さんです」
小声ではあったが、本音が漏れていたぞ。
「どう驚いた?」
女は立ち上がり、俺の横までくると、なにを企んでいるのか、一礼してみせた。確かに彼女の身のこなしは、ロマーナ姫にも劣らぬ、洗練された貴族令嬢そのものだった。言動はあれだが。
「私はレティよ。レティ公爵令嬢。よろしくね」
レティが手を差し伸べてきた。
「でもなんで公爵家のご令嬢が、こんな片田舎で冒険者なんてやってんだよ」
「そ、それは人生色々あったからよ」
俺の質問にレティがたじろいだ。
はっはーん。その態度に俺はピンときたね。
「ああそうか。追放されたんだな」
差し出された手を、瞬時に拳へと変えて──。
そして俺は殴られた。




