閑話⑭ イゾの町と冒険者
クイナスが目を覚ました時、彼は急ごしらえで作られたテント式の救護所にいた。クイナスはなぜ自分がこんなところで眠っているのか、記憶をたどり、情けない自分を思い出した。
「あの女にいいように使われて、助けに入っても役立たず。くそったれが」
クイナスは手に顔を当てた。彼の記憶は真琴と一緒にセレナに斬りかかったところで断絶している。その先に会ったこと、彼に双刀を携えた女の記憶は残っていない。
近くにいるのは同じように気を失っている人々ばかりで、状況がつかめない。クイナスは身を起き上がらせた。起き上がる時にジクリと腹が痛んだが、動くことに問題はない。むしろ、ハイオーガにやられた後よりも調子はいいくらいだった。ヘーハイトスは、ガッツは、真琴やイラはどうなった。
クイナスが救護所を出ると、外の太陽は頂点にあり、瓦礫の山が見えた。そのそばにはいくつもの建てられた救護所があり、住民や冒険者、兵士らがせわしなく働いている。彼らの表情はいずれにしても暗い。
その中で一人、異才を放っている男がいた。兵士たちに指示を出している男。彼は白衣を着て、声を張り上げている。
「そこに点滴持って行ってちょうだい!」
「ちょっとあなた! いいお尻して……じゃないわ。その箱じゃなくて隣のを持って行って!」
野太い声でありながら女口調。不意にその男がクイナスの方向に向き直った。彼は血色のいい頬に手を当てると、シナを作りながら微笑んだ。
「あら。目が覚めたのね」
堂に入ったモデル歩きで男はクイナスの元に歩み寄ると、彼はクイナスの顔面を穴が空くほど眺めて、うっとりとした。
「いけてる顔ねぇ~。とっても素敵よ」
「そ、それはどうも」
こいつは一体何なんだ。クイナスは身を反らしながら男(?)と対峙する。
「お、俺は金級冒険者クイナスだ」
「自己紹介ありがとう。私はオウルファクト王国“黒の玉石”ニントス・ラン・スピーナル。あなたにはいろいろと話を聞きたいわね」
玉石を名乗った男——ニントスはうっとりとした表情を一転、猛禽のような眼をして笑った。
*
「――ふぅん。帝国の女が町に攻めてきて、持ち込まれた妖刀で住民が操られたと」
「あぁ」
クイナスとニントスは救護所のテントを回りながら、ヘーハイトスとガッツを探していた。その途中での話だ。
「なるほどなるほど。その帝国女は多分、イラちゃんを殺したかったのね。動機は怨恨。そのために町一つを使ったと。現実的なアイディアじゃない。なかなかやるわねその子」
「現実的って」
たった一人を殺すために町一つを犠牲にするのが現実的なアイディアか? 疑問が顔に浮かんでいたのだろうか。ニントスは困った顔で肩をすくめた。
「玉石なんて大体非現実的なものよ?フィリーネちゃん以外、玉石にしてみれば町一つを精霊術で崩壊させることくらい簡単でしょうしね。そんな存在を殺そうと思うなら、非現実的なアイディアが現実的になっちゃう。でも実際に町一つが崩壊しているのを見るとびっくりよね」
崩壊と言っても、町が一割瓦礫になって、住民がそこそこ死んだ程度だけれど。
七つ目の救護所を覗く。ガッツもヘーハイトスもいない。扉を閉じて、ニントスはクイナスと向き直った。
「ねぇ。誰が町を破壊したのかしらね」
「それは……」
ニントスは手を広げてぐるりと回転した。周囲にあるのは崩落した町並み。無機質な目でそれらを見回して、ニントスは言う。
「確かにイラちゃんにも町一つを破壊することはできる。でもイラちゃんがそれをするなら“概念爆発”って異能を使わないといけないのね。おかしいのよ。イラちゃんが概念爆発を使ったら、この程度ではすまない。瓦礫なんて残らず消滅よ。あなた、何か知ってるんじゃない?」
ニントスの追求にクイナスは黙り込んだ。知っている、とは言い難い。だが朧気な記憶から推測を立てることはできた。
この破壊を生み出したのは真琴だ。クイナスはイラに倒されて、うっすらとだがすぐに意識を取り戻した。その時にはセレナの支配も緩んでいたから、冷静に戦況を見ることができ、町ではイラと“龍骸”を纏った真琴が戦っていた。
イラに無理というなら犯人は真琴だ。しかしクイナスはニントスにそれを告げるつもりはなかった。
「さぁ。知らないな。帝国の女がやったんじゃないか?」
「それも一つの可能性。噂の新兵器もあるし。でも腑に落ちないの」
また別の救護所のテントを開ける。そのテントは他のテントよりも一回り大きく、中の設備も整っていた。
「マコト!」
その中に寝かされていたのは真琴だ。彼は全身を包帯で覆われた状態で寝かされていた。腕には点滴がされてあり、呼吸は弱々しい。
「私は彼がやったんじゃないかって疑ってる」
真琴に気をとられたところに、ニントスが差し込むように言った。クイナスはぴくりと肩をこわばらせる。
「そうね。まぁそれについてはいいわ。誰がやったかなんて、私には関係ない。何が起きたかの方が大事だもの。少なくとも、町には何百人かの死人が出ていて、しかも死体もまともに残ってない。大変なのはこれからよ」
「これから、か」
クイナスの様子から悟るものがあったのだろう。ニントスはテントを閉じ、隣のテントを開けた。そこにはヘーハイトスやガッツ、ベアも寝かされていて、クイナスはようやく安心することができた。
「私たちは数日もすれば去るわ。もし犯人捜しになった時、マコトちゃんとイラちゃんがいるのはいろいろとまずいのよね。私たちにとっても、あなたたちにとっても、ね?」
「……そうかもしれないな」
宣言通り、ニントスは町の復興の手はずを数日で整えてから町を出ていった。ニントスが即興で立てた復興のプランは、イラとセレナの戦いの最中、領主宅で震えていた町領主もうなるほどのもので、文句のつけようがなかったという。
そしてニントスはまだ目覚めていなかったイラと真琴も連れて行った。クイナスたちは、二人に別れを告げることもできなかった。
*
「やっぱり冒険者はやめようと思う」
それから数日。町の瓦礫を片付け、復興は少しずつ進んでいた。クイナス達も手伝いをしていて、休憩中、ベアが声をかけてきた。
「俺は何を考えていたんだろうな」
「ベアさん」
久しぶりに会った気のするベアはすっかり老け込んだ様子だった。クイナスや真琴をはめるきっかけになってしまったことを、気に病んでいる様子だった。
ベアはクイナス達に気落ちした様子で謝罪をし、深いため息をついた。
「やめるって、あれは操られていたじゃないのか?」
ベアは確かに冒険者をやめると言っていたが、それは真琴たちを誘い込むための方便の一つだと思っていた。
しかし、ベアは力なく首を振り、がっくりと頭を落とした。
「なんというかな。むなしくなったんだよ。マコトを見てな」
「むなしさか」
「あぁ。もういい年だからな。俺には先がない。でもマコトやお前らにはまだ先があって、しかも俺よりも強い。俺は今まで何をやってたんだろうって思うと、やる瀬なかった」
「俺らだって、あいつらに比べれば大したことないですよ」
力なく答えるクイナスに、ベアはまた首を振る。
「そうお前らが思うのなら、俺はもっとなんだよ。遠いんだ。あの時、引退を考えた俺は正気じゃなかったけど、正気に返った俺でも、思うよ。だからせめてお前らには頑張ってほしい。あんたらは、俺とは違うから」
それだけ言って、ベアは去っていった。クイナスも他の二人も、何も言えなかった。
*
言いようのない気持ちを抱きながらクイナス達は復興を手伝う。黙々と手伝って、手伝って、一週間たった頃には大量の兵士がやってきて手伝いは不要になった。
人手は足りた。しかし町の住民の表情は暗いままだった。もともとイゾの町は帝国の占領されて、戦後の努力の結果立ち直った町だ。
ようやく町が立ち直ったところに、再びの惨劇。戦争中を知っている者ほど思うところは多いらしい。
噂によれば、誰がこんなことをやったのだと、犯人捜しを始める住民もいるらしい。
崩壊から免れた大きな冒険者ギルドに行くと、領主からのわずかばかりの報酬と、ハイオーガの死体はニントスが持ち帰ったことを知らされた。
自分たちの知らないところで状況は動いている。無力だ。三人の顔色は暗かった。
「そうか。なら俺たちもそろそろ町を出ようか」
「だな」
次はどこに行こうか。護衛依頼を探して、その行き先に行こうか。そんなことを受け付けで考えていると、誰かがギルドに入ってきた。気配を感じ振り返る。クイナス達は目を見開いて沈黙した。
クイナスたちだけではない。ざわざわとした喧騒が一瞬で消えた。ギルドにいた全員がその男の登場に飲まれていた。
「あれ? なんで全員静まりかえんだ。俺の顔に何かついているか?」
入ってきたのは薄汚れた革鎧を着た野性的な壮年の男。無精ひげを生やし、髪も伸ばしっぱなしでぼさぼさだ。山で普段生活していると言われても納得してしまいそうな風貌。
あるいは浮浪者と言われてもしょうがない見た目だったが、男は場の空気を支配するほどの武威を纏っていた。泥で汚れた顔から覗く瞳は呑気そうで鋭い。武器を持っておらずとも、動きの一つ一つに隙がなかった。
彼の首にはギルドタグはかかっていない。だが彼は真っすぐギルドの受付に向かい、クイナスたちの隣に立った。汗の発酵したような、鼻をつく臭いがした。
「あー受付のねぇちゃん。なんか受けるのにちょうどいい依頼ってあるか? ランクが高すぎて報酬はいいけど誰も受けない的な」
男の覇気に飲まれたのか、受付は固まったまま動けなくなっていた。男はしばらく眉をひそめていたが、「あっ」と言う顔でがりがりと頭を掻いた。パラパラと頭からフケが落ちた。
「そっかすまん。山暮らしが長くて気配だだ漏らしだった」
不意に男の纏っていた武威が消える。しかし沈黙はそのままだった。あれほどの武威を自由自在にできる。ただものではないことは明らかで、誰もが男の正体を知りたがった。
「え……とその、ギルドタグを」
「おぅ! そうだったな」
ようやく言葉を発することができるようになった受付がどうにか問う。男はズタボロのズボンのポケットに手を突っ込むと、「黒色」のギルドタグを出した。
「黒の、ギルドタグ?」
信じられないといった目で受付はギルドタグを眺める。隣にいたクイナス達も同様だ。黒のギルドタグ。金級のクイナスたちでさえ、それを見るのは初めてだった。
「まさか」
「おっ!かくいうお前は金級かぁ。やるじゃん」
クイナスのつぶやきに反応して、男はクイナスたちのギルドタグを見て、ニカっと笑いかける。だがクイナス達の頬はひきつっていた。
黒を持つ男に言われても皮肉にしかならない。
星の数ほどいる冒険者だが、その中でも白と黒のギルドタグは特別だ。大陸に五十八人しかいない聖銀級には、常人の最上位と言われる金級の上を行った証明。「誰にも侵すことのできない」という意味を込められた白のギルドタグを与えられる。
そして黒のギルドタグの意は「何者にも染まらない至上の存在」。現在、公式にギルドが黒を与えた冒険者はたった三人。
「真金級、冒険者」
「そうさ!」
男は虚空から一条の槍を取り出した。装飾の一切ない、武骨な長槍。虚空から取り出せる武器はこの世にたった十四しか存在していない。
「真金級冒険者“悪食の獣槍”ハスターだ。今は腹が減ってるからな。どんな依頼でも速攻で終わらせてやるよ」
“暴食”の槍をトンと床につけて宣言したハスター。クイナスはハスターをじっと見ていた。
『狂気に足を踏み入れなくても常軌を超えた男のことを俺は知っています』
クイナスはハスターを見て、イラの言葉を思い出していた。“青の玉石”エクス・ナイツナイツは狂うことなく玉石になった。そして彼には導いてくれる師匠がいたという。
「クイナス!?」
気づいていたら、クイナスはハスターに土下座をしていた。ガッツやヘーハイトスは驚いた顔でクイナスを見下ろしている。
「お? どした?」
「俺を、あんたの弟子にしてくれ」
クイナスのもやもやした感情。それは強くなりたいという思いだ。真琴に追いつきたい。誰かの力になりたい。ハイオーガを見た時にも思ったし、イラを見ても思った。
真琴の隣に立つためには、あの馬鹿野郎を助けるためには強さが必要なのだ。
ハスターはしばらくポカンとした顔で土下座をしたクイナスを見ていたが、クイナスの前にしゃがみこんで、彼の肩に手を置いた。そして、
「ならまずは何か食わせてくれよ。腹が減ってしょうがないんだ」
話はそれからだ。ハスターはクイナスの手を引いて、立ち上がらせた。
以上、クイナスさんたち冒険者たちのその後でした。
真金級冒険者の実力は基本“玉石”と同格と思っていただければ大丈夫です。三章閑話最後となる次回は王都のとあるメイド服大好き少女の話です。




