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第73話 憎悪感染②


「くそが」

 今のイラを取り巻く状況は帝国との戦争を思い出させる。イラは迫る冒険者に六色細剣を振るった。

 イラが六色細剣を振るう度に、人が一人倒れる。多対一は、イラの最も戦い慣れた状況だ。イラは戦争の際、いくつかの例外を除いて味方と助け合って戦うなんてことはなかった。


 自分以外は誰もが敵。イラが剣を向ける相手は敵以外おらず、イラが殺すのも敵だけ。

 イラは六色細剣の引き金を引いた。使うカードリッジは黄。先端の平べったい非殺傷の弾丸が、鎧を着た兵士を撃つ。

 普段なら貫通するだけの威力を込めるが、今は気絶させる程度の威力しか込めていない。


「こいつらは……敵じゃない。だから殺さない」

 殺さないことにむきになっている。その自覚はあった。けれど意地でも張っていないとやっていられない気分だった。


 正面から槍で兵士が突いてきた。遅い。素手で払って顎を殴って落とす。


 その後ろから冒険者が矢を放ってきた。ヘロヘロだ。首をひねって、後ろに迫っていた貧民街の男に当てる。矢が刺さったのは肩。なら致命傷ではない。


 エザク エタナウ 矢を放った冒険者を風で吹き飛ばし、六色細剣のシリンダーを回転。青。流水の刃を生み出す。


 イラの手首が柔らかくしなる。その繊細な動きに従い、流水の刃は群がっていた住民たちを薙ぎ払う。


 弓なりに火球が飛んできた。兵士の中に精霊術師が混じっていたらしい。とはいえ腕は三流だ。流水の剣を操って火球を相殺。引き金を引く。勢いを増して伸びる水の鞭は精霊術師を的確に撃ち抜く。


「ちっ」

 作業だ。これは戦いではなく、相手を殺さないように手加減して意識を落とすだけの作業。

 玉石に至るまでの実力があれば、帝国兵も、冒険者も、王国兵も大差ない。動いて、生きるだけの的だ。戦争の時は憎しみから生まれる喜びでいくらでも戦い続けることができたが、今はただ疲弊するだけ。

 イラが有象無象に敗北することはない。しかし如何せん数が多い。この作業が始まって何時間経った?一体何人を倒した?わからない。なら何人殺した?それだけはわかる。ゼロだ。イラは誰も殺していない。それだけは言える。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 だからこの男の有象無象に過ぎない。イラは背後から振り下ろされた戦斧を見やり、ひらりとその場を動いて避ける。


「が……?」

 だがベアはその事実が理解できなかった。イラの動きはあまりに自然で、動いたという事実が認識から零れ落ちてしまった。

 一つ言えることは、戦斧を地面に叩きつけたベアは隙だらけということだ。


「眠ってろ」

 イラは上段蹴りでベアの後頭部を打ち据える。銀級冒険者であるはずのベアはあっけなく、力尽きた。

「お客さん」

「……だろうな」

 イラを平素の時に引き戻すような声。木陰の小鳥亭の店員だ。イラに紅茶を淹れてくれた手にティーポットを持ち、大きく振りかぶっている。


「……」

 イラは流水の刃を解除。シリンダーを回転させて緑に切り替える。

「し……きゃぁっ!」

 線の細い彼女に吹き荒れる突風を避ける術はない。持ったティーポットごと飛んでいき、敗者の群れに落ちていった。


「ぜっ!……ぜっ!」

 町に来てから世話になった人間すら、イラは容赦なく攻撃した。敵は無限に思えるほど湧き続ける。終わりのない作業に、イラの息も荒れ始める。


 彼の周りにあるのは老若男女問わず手足を砕かれ、身動きの取れなくなった人間たち。防具を身につけているものは稀で、大抵は包丁や棍棒などどこにでもあるようなものを武器にしていた。

 誰一人として殺されてはいない。しかし彼らは動けずとも、目に深い憎悪をたたえてイラをにらみつけていた。時折わけのわからない恨み言すら聞こえる。イラは彼らの目線を受けて、ぎりと歯を噛みしめた。


「何が……どうなってやがる」

 イラは背後から跳びかかってくる鋭い気配を察し、剣で斬り払う。剣から衝撃が伝わり、刃がしなった。イラの持つ剣は、剣というにはいささか奇怪な形をしている。


 刃は月灯りを受けて光を反射する聖銀。だが刃は細長く、よくしなる。鍔の代わりに太いシリンダーが取りつけられ、六つの弾倉には赤、青、黄、緑、白、黒。それぞれ六色の精霊結晶が封じられている。シリンダーの下には銃でよく使われる引金があり、イラの指はすでにそこにかかっている。


 イラが六色細剣と呼ぶそれは流水の刃を纏い、背後の敵と顔も見ずに数度打ち合う。振り返り、敵の顔を見て、イラは眉をひそめた。

「あなたは……」

「死ね。“透徹”!!」


 知った顔だった。クイナス。数時間前まで共に酒を酌み交わしていたはずの相手だ。強くなることを願い、そのための方法を聞いてきたクイナスは、持った長刀を立て続けに振るい、イラを斬り殺そうとする。


 剣の腕は十分一流。しかし“玉石”であるイラに及ぶものではない。玉石のイラと、金級冒険者のクイナスでは、天と地ほどの実力差があるのだ。

 長刀が突き出されたところを六色細剣で跳ね上げ、一歩踏みこみ、敵の胸に、空いた左手で掌底を食らわせる。「かはっ」と肺に残った息が吐き出される。胸から心臓へ突き抜ける衝撃は、命を奪うことなく敵の意識だけを奪う。

 弱い。そう思ってしまう自分はイラは歯ぎしりする。

 けれどイラは止まらない。彼は全身で他に敵がいないかを探り続けている。シリンダーを回転。自分の背中に土壁を出現させた。


「外したか!」

 土壁に突き刺さる矢。遠くから敵、ヘーハイトスが弓を射たのだ。こいつまでここにいるということは。左から迫る気配に、イラはとっさに気絶したクイナスを気配の方向に放り投げた。


「うごぁ!」

 盾を構え、イラに向かって突進してきたガッツがクイナスと衝突する。ガッツは目の前に飛んできた仲間を受け止めようとするが、そこにイラが追撃。ガッツの斜め右に入り込み、すいと足を出す。足払い。体勢を崩してから流れるように首へのひじ打ちで盾使いを昏倒させる。その間にもたて続けに矢が射られ続けている。イラは空いた腕で剣を操り、ひたすらにその矢を払い続ける。

 夜の暗い中でよく当てる。命中精度の良さすら腹立たしい。


「ウジム エタナウ」

「うぉっ!」

 さすがに厄介だ。イラはヘーハイトスに水球を放つ。弾は分断し、威力は抑える。いくらかは矢で相殺されたが、水がヘーハイトスの顔面に当たり、矢が止まる。


 意識を落とそう。続けざまに精霊術を使おうとしたイラだったが、急に視界が眩み、喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。

「ごほっ!げはっ」

 吐きだされたのは真赤な血。同時にイラの手足の先が冷えたような感覚に襲われる。動きが鈍る。吐血。麻痺。イラは傷一つ負っていない。ならば、

「毒か……」


 いつの間にかに飲まされていた毒に、イラの身は侵されていた。いつの間に飲まされていた?心当たりはあった。イラを襲った中には 店員の姿があった。そこで紅茶に混ぜるのもいい。特に今日の紅茶は銘柄が違ったし、味も濃かった。

 そうでなくともさっきの宴会。勝手自由に飲み食いする場所で、無味無臭の毒を混ぜることは難しくない。

 そして『玉石殺し』という酒。あの酒に入っていたとしたら、敵に回っているのはクイナスだけではなくて。

 イラは黙って首を振った。考えるな。考えるのは後。このままではまずい。敵は無限に湧き、体力が尽きずとも、気力が尽きる。元凶を探す方が先だ。イラは一度身を隠そうとするが、


 上から、強力な力を感じた。


「っつ……!!」

 イラはふらつく体をおして、その場を飛び退く。降ってきたのは炎。


 ()()()だった。


「君もですか……」

 イラは感情を感じさせない言葉で呟いた。体内に埋め込んだ人体操作の精霊器“操糸”の稼働率を上げる。『玉石殺し』を飲んだせいだ。アルコールは体内の精霊器の動きを鈍らせる。普段より反応の鈍い操糸にいら立ちを覚えつつ、イラは炎を発した男と対峙する。


「先生」


 手に持つのは装飾華美な片手剣。簡素な革鎧を着ていて、左手はよく見なければ分からないほど精巧に作られた義手。髪も瞳の色も黒。そこそこ整った顔立ちは無表情で、しかし剣を手が震えるほど強く握っている。


「真琴」


 イラの生徒、神谷真琴は激しい感情をもって、イラに剣を向けた。


 無表情だった顔に怒りが、そして憎悪が混じる。その対象は間違いなく自分の先生に、イラ・クリストルクに向けられていた。


「先生……死ねぇぇぇぇ!!」

 真琴がイラに向かって、一寸のためらいもなく致死の白炎を放った。


「ふざけるな。……ふざけるんじゃねぇぇぇ!」

 イラは目に憤怒を宿らせ、真琴に剣を振るった。致死の白炎は引き裂かれ、イラの剣が真琴に迫った。


 憤怒の中に困惑と悲しみを宿したイラ、


 憎悪に塗りつぶされた真琴。


二人の使う六色細剣と龍剣が激しい火花を散らしてぶつかり合う。


「争って、そして死ね。“透徹”」


 月灯りの下で「先生」と「生徒」が激突する。その光景を一人の女が満足げに眺めていた。


   *


 女も“透徹”が住民全員をぶつけた程度で殺せるとは全く思っていなかった。イラにイゾの町の住民を、そして冒険者たちをぶつけたのはあくまで()()()()。イラの気力を削ぐための作戦の一つでしかない。

 まさか金級冒険者すら一撃で難なく倒してしまうとは思っていなかったが、それもまだ想定内の内。


「毒を飲ませ、酒で酔わせ、住民を当てることで気力を削いで、それでも“透徹”は倒れない。本命はこいつだ」

 建物の上で女は戦いを見ている。“透徹”の弟子真琴。“透徹”の技術を知り、学んだこの男ならば、多少は“透徹”を削ってくれるだろう。


 イラと真琴は本気で戦っている。真琴がどう頑張っても、イラに勝てることはないだろう。しかし愛弟子との戦いを超えた後の“透徹”にどれだけの力が残っている?

「せいぜい殺しあえ。それが終わった時が、お前が死ぬ時だ」

 女はイラを殺すために町一つを乗っ取った。それでも殺せないというのであれば、女は……

本話後半は三章のプロローグの場面に当たります。ようやくここまで追いつくことができました。

ほどよくイラが追い詰められてきたところで、感想、ブクマ、ポイント評価、誤字報告などいただけると嬉しいです。

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