第66話 決別
「無事でよかった……マコト」
「んな大げさな」
イラから真琴が目覚めたと聞き、クイナスたち“龍王の咆哮”は宿まで真琴を見舞いに来ていた。ベッドの上で身を起こした真琴は安心で涙ぐんでいるクイナスたちに苦笑した。
「でもありがとな」
「当然だろ」
クイナスははぁとため息をつきながら笑った。晶窟を抜け、真琴たちを見つけたクイナス達はその後大急ぎで真琴を町まで連れ帰った。見つけた当初の真琴はかろうじて生きているとはいえ、どうして生きているのか不思議なほどの重傷だった。
限界を超えた負荷を全身にかけ、さらにいくつもの貫通痕とそこから流れる出血。血もなぜか黒く染まっていた。
だがクイナスたちを迎えに来る馬車はまだ一日あり、クイナスたちにも担いでいくだけの体力はなかった。
どうしようかと途方に暮れていた時に出会ったのが、積み荷を乗せ、新しい護衛の冒険者とともにたまたま通りがかったビヘイヨだったそうだ。
ビヘイヨは助けを求めるクイナス達に、ぶつぶつ言いながらも手を貸し、無事真琴を町まで送ることができたということのようだ。
ちなみにビヘイヨは真琴を送るとまたすぐ町から出て行った。
「自分は正直慌てましたよ」
「あぁ。あの時のイラさんは冷静に動揺してたよな」
ヘーハイトスは、傷だらけの真琴を町の病院に運び込んだ後、木陰の小鳥亭にいるはずのイラに話をしに行った。そして病院に駆け付けたイラは真琴の状態を見て、言葉を失った後、真剣な顔で「衛生兵!」と叫んだらしい。
「動揺する先生か……見てみたかったな」
「結構見せていると思いますがね。君と最初出会った時、『おっさん』呼ばわりされたことはまだ覚えていますよ」
「それはもう忘れてくれ。あの頃は俺も若かったんだ」
ジト目のイラに、真琴はあわあわと手を顔の前で振った。
「おっさんか。玉石相手によくそんな口を」
「待て待てヘーハイトス。俺はあの時まだ先生のことを玉石って知らなかったから。知ってたらそんな馬鹿なこと言わないし」
「いやマコト。イラさんの纏う雰囲気は明らかに歴戦だろ? 確かに実力を隠している風ではあるが、気づかなかったのか?」
「う……」
イラをいじろうとしたらとんだカウンターを食らってしまった。真琴はがっくりと肩を落とす。
ただ、イラが瀕死の真琴を前にして、動揺したのは本当だ。真琴からわずかな死相が見えたこともあり、大慌てで治療を施した。
「全く、イゾの町に治癒が使える精霊術師がいないと聞いて焦りましたね。真琴の傷を見て、医者たちは半分匙を投げていたような有様でしたし。自分が治癒の精霊術を使えたからよかったものの」
「ん?先生白の精霊術使えたんだ?」
呆れと安心まじりのイラの言葉に真琴は首をかしげる。普段の訓練の中でイラが使うのはもっぱら黄、青、赤、緑の四色だ。白と黒を使っているところは見たことがない。
「苦手なんですよ。白と黒の精霊術は。両方とも中級まで使えはしますが、あえて使おうとは思いませんね。特に戦闘に感情、知覚干渉を行うシイナさんのような使い方は不可能です。感情や知覚の操作は難易度が特に高いですから」
「ふぅん」
苦手というだけで使えないわけではない。治癒の精霊術は最低でも白の中級以上だ。イラは手持ちの白の精霊結晶を使って、慣れない治癒の精霊術を真琴に施したのだ。
ただ、とその時真琴を治癒した時のことを思い出してイラは内心疑問に思う。
イラは帝国との戦争で積み上げられるほどの死体を見てきたせいか、死相を見ることができる。癒すことはできない、死の気配を感じるだけの嫌な特技はしかし、嫌味なほどに精度が高い。
イラが病院に駆け付けた時、真琴の顔には確かに死相が浮かんでいた。だからこそイラは焦ったのだし、もう助からないのでは?という考えが頭をよぎった。
だが真琴は助かった。今もピンピンしている。イラが施したのは特別な精霊術ではない。精霊術の教本にも載っているような体力を回復させる精霊術と、傷を癒しを速める精霊術。リリアーナが使えるような瀕死の人間を引き戻すような強力なものではないし、死者を一時的に蘇らせるようなものでもない。
特別なことは何もしていない。イラの白の精霊術は平凡だ。無論、玉石として類稀な制御力と出力はあってもそれだけ。
なのに真琴は助かった。いや、仮にイラの治癒がなくても真琴は助かった可能性が高い。晶窟からイゾの町まで命をつなぎ留めていたことが理由だ。イラの治癒は真琴の復活を速めただけに過ぎない。
治癒の効きが良すぎる。これは真琴の持つ肉体の頑丈さからくるものだろうか。
「違いますね」
クイナス達とあれこれ話し始めた真琴を見ながら、イラは彼らに聞こえないようにつぶやく。
「あれは明らかに致命傷だった。真琴も人間です。それこそ腕を斬り飛ばしても再生などできない程度には。しかし真琴は今生きている」
これはおかしい。イラが治癒を施す中で、確かに見えた死相は消えていった。そのこと自体がおかしいのだ。人間の範疇を超えている。それはつまり。
「真琴が使った何か。それは人間の領分を超えたところに存在している」
得体のしれない何か。それを真琴が宿していることに不安を覚える。しかし絶望視はしていなかった。
「真琴は自分でもその能力を危険だと認識しているようでしたし、なら安全でしょう」
真琴がその能力の危険性を理解していないのであれば、釘を刺す必要があるだろうが、その必要はなさそうだ。
イラが一人考えをまとめていると、ちらちらと真琴たちがイラに視線を向けていた。イラはこくりとうなずくと立ち上がる。
「自分は少し息抜きしてきます。真琴の看病で疲れました」
「……ごめん先生」
「真琴が謝ることはありませんよ」
どうやら真琴たちはイラがいない場所で話をしたいらしい。イラは時間つぶしにと紅茶を飲みに一階へと下りていった。
不思議と、イラの心に不安はなかった。
*
「真琴は強いな」
イラが出ていき、タンタンと階段を下りる音が消えるとクイナスが口を開いた。
「……なんだよ。改まって」
なんとなく、クイナス達に言いたいことがあるような気がしていた。だからイラに出て行ってもらえるよう目で合図を送ったのだが、どんな話をするつもりなのだろうか。
「いや、最後に真琴と別れた時よりも真琴はずっとずっと強くなったんだってな」
クイナスの表情は真剣そのものだ。ガッツとヘーハイトスも同じ表情をしている。
「そうでもないよ。ハイオーガの時だって、なんで勝てたのか不思議なくらいだ」
「でも俺たちはあいつに手も足も出なかった」
真琴の言葉にクイナスは首を振った。
「それは……」
「聞いてくれ真琴」
「俺たちが初めて出会った時、マコトはオーガと戦って、その、なんだ」
「クイナスたちのフォローがあったから倒せたな」
あの頃の真琴は大馬鹿野郎だったと、四人で笑う。けれどその笑いはどこか緊張感を含んでいた。
「でも俺たちはお前のそんな馬鹿なところがいいって思ったんだ」
笑いが途絶え、ポツリと響いた言葉に真琴が目を見開く。
「それって」
「お前はさ、楽しんでたんだよ。冒険を、戦いを。それはあんときの俺たちに足りてなかったもので、お前がいたからこそ俺たちは金級になれた。楽しい毎日を送ることができた」
クイナスの言葉に嘘はない。むかつくことはあった。鼻につくところはいくらでも見つかった。でも、
「マコト。お前は確かに俺たち“龍王の咆哮”の仲間で、今も仲間だって思ってる」
だからいきなり出て行かれて傷ついた。真琴にとって自分たちの価値はその程度だったのかと思った。それでもなお、クイナスは、ガッツは、ヘーハイトスは真琴のことを大事な仲間だと思う気持ちは変わらなかった。
「だからさ。俺たちのところに帰らないか? また“龍王の咆哮”として、一人の冒険者として俺たちと楽しい冒険をしないか?」
クイナスの言葉に真琴は黙り込んだ。驚いていた。クイナスはいきなりクランを抜けた自分のことを決してよくは思っていないだろうと思っていた。しかし彼らは真琴のことを仲間だという。
「俺はまだ、クイナスたちの、“龍王の咆哮”の仲間なのか?」
「当たり前だ」
震える声で聞いた真琴に、三人は力強くうなずいた。真琴の頭に冒険者の、クイナス、ガッツ、ヘーハイトスの三人と過ごした日々がよみがえってきた。
オーガを協力して倒した。酒を浴びるように飲んで、次の日二日酔いで死ぬかと思った。博打に手を出して、クイナスがすっかんぴんになった。取り返そうとしたヘーハイトスと真琴も有り金全て持っていかれてどうしようかという時に、ガッツが大穴を当てて逆に金持ちになった。森の王と戦って、勝って皆もみくちゃにされた。
仲間のいる毎日は楽しかった。女っけだけはなかったものの、冒険者の生活は真琴の思い描く愉快な異世界生活そのもので、今でも温かい思い出として記憶に残っている。
「俺は……」
クイナスたちに謝りたかった。もう一度会って、仲間に戻りたいと思っていた。あの日々が懐かしい。嫌なことなんて一つもない。きれいなものばかりだ。けれど、
「ごめん」
真琴は目線を下に落とそうとして、ぐっと目をきつく瞑った後にクイナスたちをまっ直ぐに見て答えた。
「クイナスたちのことは俺も今でも仲間だと思ってる。三人といられて俺は楽しかった。これは本当だ。嘘じゃない。けど」
「わかってるさ」
それ以上言葉を重ねようとした真琴を、ガッツが優しく受け止めた。
「俺たちは弱い。真琴よりもずっと。そして真琴は今よりももっと強くなりたいんだろう?」
普段あまりしゃべらないガッツの言葉に、真琴は胸がジンとした。ガッツに真琴は小さく頷く。
「俺たちもさ。話し合ったんだよ。わかってたことだ。真琴は俺たちよりも強い。今のままじゃ俺たちは真琴におんぶにだっこだ」
釣り合っていない。今の“龍王の咆哮”と真琴では対等な仲間になれない。
「真琴がイラ・クリストルクを選ぶことはわかってた。だからそんな泣きそうな顔するな」
ヘーハイトスがポンポンと真琴の頭をたたいた。その温かさに真琴は目頭が熱くなる。
「俺たちも頑張るからさ。真琴に追いつけるように。だからお前はお前で頑張れ」
「……あぁ」
クイナスの言葉に、真琴は何度もうなずく。彼の目からは涙がぽろぽろこぼれていた。そんな真琴を三人は微笑みながら見つめ、そして静かに部屋を出て行った。
“龍王の咆哮”が出て行って、真琴はベッドの上で自分の両手を眺めた。一度死ぬ前とはくらべものにならないくらい肌が厚くなり、マメができた右手。精巧に作られているけれど近くで見るとどうしてもわかってしまう義手の左手。
真琴は左手で右手の甲を強くひっかいた。
「血の色。赤に戻ってきたな」
ひっかいてにじんだ血は黒がわずかに混じった赤。“龍骸”を使って変異した真琴の体は少しずつ元に戻ってきていた。
「はぁ」
クイナスたちの言葉は嬉しかった。でもそれ以上に真琴は強くなりたいという気持ちの方が強かった。今の真琴にとって、クイナスは守るべき仲間であっても背中を預けられる仲間ではない。
「ごめんな」
一時を共に過ごした仲間たちとの決別に、真琴は小さくつぶやいた。




